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1-3 大根泥棒


 ぐうーとお腹が鳴るっす。

 ぎゅるるぅとヒメのお腹も音を立てていますね。

 二人とも腹ペコっす。

 空の真上には太陽があり。

 昼食時ですね。

 ヒメが悲しそうに言います。

「テツトー、お腹空いたニャン」

 僕は眉をひそめて、

「そうだなあ」

 あれからかなり歩きましたね。

 村に到着しました。

 村人の服装は、中世ヨーロッパふうの農民の格好。

 今日の寝床と食事を確保するために、ですよ。

 村人に声をかけるんですが……。

 僕のコミュ障は、強い方です。

 今、畑の世話をするおばさんが目の前にいて、ですね。

「あ、あの」と声をかけました……。

「何だい? 見ない顔だねえ」

 慣れた人が相手なら良いんですけどね。

 初めての人と、会話のキャッチボールができないっす。

 僕はおどおどするばかりでありまして。

 やがておばさんは煩わしそうに言っちゃいます。

「用事がないなら、あっちに行っておくれよ」

 畑仕事に戻っていきました。

 まずいっす。

 このままでは食事にありつけません。

 ヒメがしびれを切らしました。

「テツト、次はあたしが話しかけてみるニャン」

 僕は面目なく頷きます。

「頼めるか?」

「まっかせるニャーン」

 道の向こうから若い男が歩いてきています。

 ヒメはそろそろと近づきました。

 立ち止まって両手を広げます。

「ちょっとそこの。命が惜しくば、食事を差ーし出ーすニャーン」

「は? なんですかあなたは?」

 男はうさんくさそうな顔で、畑に入っていきました。

 ヒメが戻って来ます。

 両目が潤んじゃっています。

「失敗したニャン」

「うん、見てた」

「次こそは、村人にあたしの恐ろしさを教えてやるニャン」

「いや、その方法はやめよう」

 苦笑しました。

 そこでヒメは何か閃いたんですかね。

 ぱっと顔を明るくしました。

「テツト、良い方法があるニャン」

「どんな方法だ?」

「ここでちょっと待ってるニャン。あたしの、ナイスあいでーあを試してくるニャーン」

 ヒメが走って行っちゃいました。

「お、おい、ヒメ!」

 あっという間に小さくなっていく背中。

 僕は待つことにしました。

 数分後。

「テツトー! 逃げるニャーン」

 ヒメが向こうから走ってきます。

 その両手には大根が三本。

 うら若い女性が追いかけてきているっす。

「待ちなさい! この、ドロボー!」

 ……まじか!

 他人の畑から大根を盗んだようです。

 僕のそばに来ると、ヒメは背中に隠れました。

 女性が走ってきます。

 怒りの形相で、剣を振り上げていますね。

 肌が真っ白い女性です。

 雪のようです。

 ちょっと、と言うか、かなりタイプっす。

「テツト、妖怪鬼ババを倒すニャン」

「いやいや、さすがに盗んじゃダメだよ」

「テツト、一本背負いニャーン」

 女性が僕の前で立ち止まりました。

 剣を下げて、こちらを睨みつけます。

「あなた、その女の子のお兄さんですか?」

 僕たちは兄妹に見えるんですかね?

 首を振ります。

「い、いえ」

「畑から取った大根を返してください。それは私の物です」

 後ろを振り返ります。

「ヒメ、返そう」

 ヒメは大根をかじりました。

 我慢ができなかったみたいっす

 ガリガリガリ。

「お腹が減ってお腹が減って、もう我慢できないニャーン!」

 女性の底冷えするような声。

「食べましたね?」

 その額に筋が、ピシリ。

 ふっと風が吹きました。

 肩口で切りそろえられた彼女の黒髪がサラサラと揺れます。

 日本人形のような顔の女性でした。

 ヒメはどんどん大根を食べます

 カラくないんですかね?

「そこの男。大根のお金を払っていただきます!」

「そ、そうですか……」

 僕はズボンのポケットに両手を入れるんですが。

 何も入っていません。

 両手を出します。

「無一文ですか?」

 彼女がたずねます

 僕は小刻みに頷きました。

 ヒメが強気に言います。

「その通りニャン! 参ったかニャン! 女よ、もっと大根をくれニャン」

 ヒメがどんどん食べます。

 ボリボリボリ。

 大根が一本無くなっちゃいました。

「大根を一つ食べ終えましたね?」

「ベリーベリーデリシャスだったニャン。よし、二本目に行ってみるニャン!」

 ガリガリガリ。

 女が剣を構え、

「あなたたち、殺します」

「待ってください」

 僕は両手を掲げました。

 拳が銀色に染まります。

「スキル?」

 女性が怪訝な顔でつぶやきました。

 ……スキル?

 アレですかね?

 いわゆる異世界ものでお馴染みの……。

「お願いします。僕たちの、事情を、聞いて、くれませんか?」

「事情?」

 ……良い言葉が出ないっす。

 態度で訴えることにします。

 僕は土下座しました。

「お願いします。どうかお願いします」

「この大根は甘くて旨いニャン。フルーツみたいだニャン。まるであたしに食べられるために育った大根ニャーン」

 ボリボリボリ。

 ヒメが二本目を食べちゃいました。

 女性はうんざりとした顔をしています。

 ため息を一つ。

「どうやら悪い人ではなさそう」

 剣を下ろしてくれました。

 続けて言います。

「大根三本の代金ぶん働いてもらう。あなたたち、着いてきて」

 僕は顔を上げました。

「い、いいんですか?」

「働いてもらう。着いてきて」

 女性は剣を鞘に収めます。

 振り返り、歩き出しました。

 ……はあ、良かったあ。

 後ろでは、

「ブラボーニャン、大根ブラボーニャン」

 ヒメが大根を全部食べちゃいました。


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