2-9 領主ミルフィ
山を下りて、みんなで町を歩いたっす。
フェンリルとヒメが仲良さそうに話をしていますね。
「ヒメはどうして傭兵をやっているワン?」
「お金を稼いで家を買うためニャンよ~」
「ヒメたちは家が無いワン?」
「今、アパートを借りているニャン」
「アパート? その言葉はよく分からないワン」
「アパートって言うのはニャンねー」
語尾に、ワンとニャンがつくので、まるで犬と猫が喋っているようです。
太陽はちょうど空の真ん中にあり、お昼時でした。
途中みんなで休憩をして、それぞれ持っている食料を食べましたね。
フェンリルは食べないと言いましたが。
イヨがパンと肉を分けてあげましたね。
また歩き出し、領主館を目指します。
途中、ナザクがだるそうに言ったっす。
「ジェス、どうするよ? この仕事、まだまだ時間がかかりそうだぞ」
ジェスが嘆息して返事をします。
「そうだね相棒、この仕事は投げて、別の仕事に行くー?」
「そうするか」
「それが良いね」
「おい」
ナザクが呼びかけました。
僕らは立ち止まって振り向きます。
「何だニャン?」
ヒメが両手を腰に当てて聞きました。
ナザクが顎をしゃくります。
「俺らは違う仕事をしに行くからよ。仕事が終わったら、報酬の一部を寄越せ」
「うんうん、あとよろしくー」
二人が僕らを睨みつけます。
「ふざけないで」
イヨが反論しました。
しかし二人と娼婦傭兵の女はもう別の方向に歩いて行ったっす。
イヨを無視して行っちゃいました。
方角的に、傭兵ギルドへ向かっていますね。
「なんて勝手な人たちなの!」
イヨが怒ったように言います。
「最悪だね」
僕は同意して言ったっす。
「報酬は渡さないニャン」
ヒメが眉をひそめていました。
立ち止まっていても仕方ないです。
それからまた歩きました。
二時間もして、やっとその大きな建物に到着したっす。
背の高い灰色の外壁で取り囲まれた、レンガ張りの白い屋敷。
門の入口には一人の門番の兵士が立っていますね。
イヨが声をかけます。
「あの……」
「ここはノーティアスの屋敷である! 何用か!?」
門衛のおじいさんが声を張りました。
イヨが言葉を続けます。
「あの、私たちは傭兵で、いまミルフィ様がギルドに出している、スティナウルフの件の依頼を受けています。その依頼について相談があって来ました。できれば、ミルフィ様にお会いしたいです」
「ふむ、詳しく話してみよ!」
おじいさんは偉そうに胸を張ります。
イヨは少し困った顔をして説明をしました。
「スティナウルフの長が、ミルフィ様に話がしたいと言っています」
「スティナウルフの長があ? その長はどこにいる?」
イヨは後ろにいるフェンリルを振り返ります。
青い髪の彼女が前に出ました。
「僕がスティナウルフの長だワン」
おじいさんは「フッ」と笑いました。
続けていいます。
「そこにいるのは人間の女の子ではないか!」
「良く見るが良いワン。人間とは違う両手両足に、頭には耳が生えているワン」
フェンリルは自分の頭の上に生えている獣耳も両手で触りました。
「んん? どーれ」
おじいさんは前に出て、フェンリルの耳をつまみます。
そして驚いたように身じろぎしました。
「こ、これは本物か! わ、分かった。ミルフィ様にお取次ぎする。少し待っていろ」
「分かりました」
イヨが頷きます。
おじいさんは門にカギ差し込み、金網を開いて中に入って行きました。
少し時間がかかりそうです。
フェンリルが聞きましたね。
「ミルフィ様は、どんな奴だワン?」
ヒメが首を振ったっす。
「あたしたちも会ったことが無いニャンよー」
「そうかワン」
フェンリルが顔をうつむかせました。
その肩にヒメが手を置きます。
「大丈夫ニャンよー。きっとうまく行くニャン」
「そうだと良いワンが……」
それから僕たちはしばらく黙って待ちました。
やがて門衛のおじいさんが歩いて帰ってきます。
「貴様たち、着いてこい! ミルフィ様との謁見を許可する。くれぐれも、失礼のないようにな!」
「ありがとうございます」
イヨが礼を言ったっす。
おじいさんがまた歩き出しました。
僕たちは門をくぐり、その背中に着いていきました。
玄関から中に入り、屋敷の奥の一室に通されます。
そこには大きな机の前で椅子に座っている女性がいたっす。
緑色の髪に、丸メガネをかけています。
年は僕より少し上でしょうか?
十代後半に見えますね。
書類に目を通していたようで、顔を上げたっす。
「こんにちはぁ」
少し甘ったるい声です。
イヨが前に出ます。
「領主様、お目にかかれて光栄です」
緑色の髪の女性が「あらっ」と言って笑みをこぼしました。
「堅苦しい挨拶は要りませんわぁ。ドルフ、椅子を用意してあげてください」
「かしこまりました」
ドルフと言う名前らしいおじいさんが、部屋の脇に立てかけてあったパイプ椅子を用意します。
僕たち4人はお礼を言って、並んで座りましたね。
ドルフは扉の横に立ちました。
緑髪の女性が机に両肘をついて、手のひらを組み合わせます。
「私が、ミルフィ・ノーティアスですわぁ。ご用件をどうぞ」
イヨが頭を下げて、喋り出します。
「私はイヨ・キステルです。この度は、ミルフィ様がギルドに出している、スティナウルフの件の依頼を受けて、仕事に当たったのですが」
イヨが左端に座っている青い髪の少女を見ました。
「スティナウルフの長、フェンリルさんが、ミルフィ様と話がしたいということで、連れてきました」
フェンリルがしゃきっと姿勢を正します。
「ふーん」
ミルフィは眼鏡のふちをつかんで、くいと上げました。
賢そうな瞳。
質問をします。
「まず第一に、フェンリルさんはどこにいるんですかぁ?」
フェンリルが返事をしましたね。
「僕がフェンリルだワン」
「貴方は人間の姿にしか見えませんが?」
「それは、人狼化しているからだワン」
「そうですかぁ。ではフェンリルさん。貴方は、自分がスティナウルフの長だと言うことを、証明できますかぁ?」
「証明?」
フェンリルが困ったように僕らを見ます。
イヨが言いました。
「私たちは午前中、スティナウルフたちの巣に行きました。スティナウルフたちはみんな、彼女を長と認めていました」
「ふむふむ」
ミルフィがこくこくと頷きます。
そして言いましたね。
「フェンリルさん、貴方がスティナウルフの長である事は分かりましたわ。それで、私に話とは、どのようなご用件でしょうか?」
フェンリルが立ち上がりました。
「人間の長よ、僕たちと争わないで欲しいワン」
「争わないで欲しいと言うのはぁ、おかしな話ですねー。先に人間を襲ったのはスティナウルフたちであると、報告を受けていますわぁ」
「それは何かの間違いだワン」
「間違いと言うとぉ、人間を襲ったのはスティナウルフではない別の何か、と言うことでしょうかー?」
フェンリルが顔をくもらせましたね。
歯切れ悪く言います。
「僕たちは、人間を襲ったりしないワン。襲わないように、みんなに言い聞かせているワン。ただ少し前に、群れから一頭、仲間がはぐれて、いなくなっているワン」
ミルフィが眉をひそめましたね。
「こちらにもぉ、スティナウルフの死体が一頭、回収されていますわぁ。フェンリルさんの言う、いなくなった仲間とは、その一頭で間違いないかと、思われますがー」
「そうに違いないワン!」
「その一頭は人間を襲ったと、報告されていますわ。その現場を見て、逃げ延びた者がいます」
「……何かの間違いだワン」
フェンリルは顔つきを険しくします。
ミルフィはまたメガネをくいと上げました。
「確かに、間違いかもしれません。なぜならスティナウルフは心臓を抜き取られていたようで、その後山で死んでいたからです。しかし、スティナウルフの心臓を抜き取って殺しましたと言う人間は、まだ名乗り出ていません」
フェンリルが鼻にしわを寄せました。
「心臓?」
「はい」
ミルフィが頷きます。
フェンリルが閃いたように言ったっす。
「心臓を抜き取って、相手を操るスキルが、確かあるワン」
「はい。私も知っていますわ。操心拳と言う、スキルがありますわね」
「それだワン! リタークは心臓を抜き取られて、操られたに違いないワン」
「リタークとは?」
「死んだスティナウルフの名前だワン」
「ふむふむぅ」
ミルフィが下を向きます。
何か考えて、顔を上げました。
「フェンリルさんの言うこと信じるならば。操心拳を使い、人間を襲っている者が他にいるというになりますわね」
「そうに違いないワン」
ミルフィは、「あはっ」と笑いをこぼしました。
「私の町に襲いかかってくる相手については、心当たりが多すぎて困るぐらいですわ。ノーティアス家は代々勇者が生まれる家系。魔族たちは、滅ぼしたくて仕方ないでしょう」
「魔族……」
イヨが弱ったような声をもらしています。
魔族って何ですかね?
魔物とは違うんでしょうか?
ミルフィが「分かりましたわ」と言って、両手のひらを合わせました。
続けて言います。
「フェンリルさん、貴方は頭が良いようですが、それはつまり、知的生命体であると言う意味なのですが、他の仲間も、あなたと同じぐらいに頭が良いのですかぁ?」
「スティナウルフは頭がとても良いワン」
「フェンリルさん。例えばここで私が、貴方たちが人間を襲わないことを認めるとしましょう。しかし、町の人間たちに、同じように認めさせるには、やってもらうことがあります」
「やってもらうことワンか?」
「はい。つまりそれは、人間たちがスティナウルフを身近に感じることですわ。身近にいる頭の良い生物が、例え人間を殺すほどの力を持っていたとしても、人間たちは駆除をしようとしたりしません。つまりフェンリルさん、私が言いたいことはですね、共存をしましょう、ということですわ」
「共存ワンか?」
「そうですわ」
「僕は、スティナウルフたちが山に住むことを許して欲しいワン」
ミルフィは首を振りました。
「それはできません」
「どうしてだワン?」
「近くにある謎の脅威を、人間たちは恐れ、駆除したがるからですわぁ」
フェンリルはまた下を向きました。
「……山を、下りれば良いワンか?」
「それだけではありません」
ミルフィが人差し指を立てます。
続けて言ったっす。
「人間と共に働き、共にお金を稼ぎ、共に食事をして、共に寝るのです。それができないのであれば」
ミルフィが指を下ろします。
「フェンリルさんたちには、サイモン山からすごく遠くに行ってもらうしか、ありません」
フェンリルが鼻にしわを寄せました。
喉をゴクリと鳴らします。
「分かったワン」
「それでは」
ミルフィがまた肘を机に着けて、手のひらを組み合わせます。
続けて言いました。
「具体的な話に入りましょう」
それからも、二人の話し合いは続いたっす。
洞窟にはスティナウルフが30頭近くいるらしいですが、少しずつ山から下りてきてもらい、町に住むことになりそうです。
馬の代わりに馬車を引いたり、重い物を運んだり、ミルフィはそう言う仕事をさせるようでした。
僕たちの依頼は完了のようでしたが、ミルフィは続けて仕事を依頼したっす。
それは、スティナウルフが町に定着するように、手伝えと言うものでした。
領主直々の依頼を断るわけにも行かず、僕たちは了解したのでした。
ぎゅ~、えたりそうだけど再開です。