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2-6 スティナウルフ


 体が揺さぶられています。

「テツト、起きるニャン。朝だニャンよ」

「ん?」

 僕はまぶたを開きました。

 目の前にはヒメの顔。

 ぱちぱちと焚火の音がしますね。

 温かいです。

 木漏れ日が差し込んでいて、辺りは明るいっす。

 どうやら、ずいぶん寝てしまったようですね。

 上半身を起こします。

「ふわ、ヒメ、おはよう」

「おはようだニャン」

 寝袋から抜けだして振り返ると、イヨが焚火の世話をしていました。

 彼女がこちらに顔を向けます。

「テツト、おはよう」

「おはよう、イヨ」

「川で顔を洗ってきたら?」

「そうですね」

 僕は立ち上がります。

 靴を履いて、川まで歩きました。

 なんか、体が重いっすねー。

 慣れない野宿をしたせいか、疲れが出ているようです。

 でも、これからも傭兵の仕事をしていくなら、野宿をする機会もたびたびあるかもしれません。

 慣れないといけないっすねー。

 川の前でしゃがみ込み、両手で水をすくいます。

 顔を洗いました。

 冷たっ!

 でも気持ち良いです。

 三回も洗って、僕はまた二人の元へ戻ります。

 イヨが食事の準備をしてくれていました。

 タオルの上に、サンドイッチが四つ並んでいます。

 僕は腰を下ろしましたね。

「これ、食べていいの?」

「うん」

「テツトのぶんだニャン」

 イヨとヒメのそばにもサンドイッチがありました。

 二つずつ。

 僕のものより数が少ないです。

 悪い気がしました。

「僕ばっかり、こんなに食べていいの?」

「テツトは、男だから」

「テツト、あたしに一つくれニャン!」

 僕はヒメに一つ渡そうと思い、サンドイッチを掴みます。

 イヨがヒメの頭を撫でました。

「ヒメちゃん、ダメよ」

「何でニャン?」

「男の子は、いっぱい食べるものなの」

「うー、そう言う理由なら、仕方ないニャーン」

 ヒメはあきらめたようで、自分の物を食べ始めます。

 イヨが両手のひらを握り合わせましたね。

「神よ、今日の恵みに感謝します」

 祈りを唱えました。

 僕は「いただきます」と言い、朝食を口に運びます。

 三人で朝食を終えると、出発の準備をしましたね。

 焚火の後片付けをしたっす。

 荷物を持ち、出発です。

 イヨが疑問をつぶやきました。

「どこへ行こう?」

 昨日は山頂まで登りましたが、スティナウルフの影すら見つけられませんでしたね。

「あたしに着いてくるニャン」

 ヒメが先頭を歩き出します。

「ヒメちゃん、スティナウルフの場所が分かるの?」

「分かるニャン」

「本当?」

「猫の勘だニャーン」

 イヨと僕が乾いた笑い声をこぼしました。

 とりあえず適当に進むしか無いっす。

 僕らは、ヒメの背中を追いかけて歩きました。

 山を歩くこと30分ほど。

 目の前に、岩のようなフンがありましたね。

「ほらあ! あったニャン!」

 ヒメが駆けて行き、フンをくんくんと嗅ぎます。

「嘘?」

 イヨが追いかけます。

 僕もそばに寄りました。

 匂いを嗅いでいるヒメが断定するように言いましたね。

「このフンは、嗅いだことの無い匂いだニャン。間違いなく、スティナウルフのフンだニャンね」

 イヨが聞きます。

「分かるの?」

「んニャン!」

 ヒメがフンから顔をはずして、辺りをキョロキョロと見回しました。

 鼻をひくひくとさせています。

「巣が近いニャン」

「近くにいる?」

「こっちだニャーン」

 ヒメが速足で歩き出しました。

「ヒメちゃん待って」

 イヨがその隣に並びましたね。

 僕は二人の背中を追いかけます。

 歩いて行くと、広い地面に青い毛をした巨大な獣が伏せっていました。

 一匹です。

 しかし、馬よりもデカいです。

「スティナウルフだニャーン」

「本当! 大きいわ」

「ぐるるぅ」

 スティナウルフらしき青い毛の狼が立ち上がりました。

(貴様ら、ここへ何しに来た?)

「え!?」

 イヨが両手を耳に当てます。

 僕も耳を触りました。

「声?」

(帰れ。ここは我々の縄張りだ)

 スティナウルフは言葉が直接頭に響いてきます。

 念、と言う奴ですかね。

 イヨが剣と盾を両手に取りました。

 僕も両手を構えます。

「ぐるるぅ」

 スティナウルフの眉間がびくびく。

「待つニャン」

 ヒメが前に出ました。

 話しかけます。

「スティナウルフよ。お前らは、この山に巣を作っているニャンか?」

(ここは我々の縄張りだ)

「お前らが人を襲うせいで、町の人が迷惑しているニャンよ。やめて欲しいニャン」

(我々は人間を食べたりしない)

「食べないニャンか?」

(我々は強い。しかし人間も強い。強い種族と争うことを我々はしない)

「でも、被害が報告されているニャンよ~」

(それは何かの間違いだ。去れ、人間たちよ)

 イヨと僕が顔を見合わせました。

 僕は困ったような声で、

「どうしますか?」

 イヨが何か考え、前に出ます。

「スティナウルフ。あなたたちは直接人の脳に話しかけられる。頭も良いみたい」

(いかにも)

「人を襲ったのが誤解であるのなら、町に来て、私たちの領主と話して誤解を解いて欲しい」

(人間。我を罠にはめる気だな?)

「違う」

(去れ。我々は山を下りたりしない)

 イヨが顔をうつむかせます。

 またヒメが話しかけました。

「スティナウルフよ。お前らの一番偉い奴と、話をさせて欲しいニャン」

(フェンリル様と? 話してどうするつもりだ?)

「話してみたいニャン! フェンリルとやらを連れて来いニャン」

(フェンリル様を倒して食べる気だな。そうはいかん)

 ヒメが首を振ります。

「あいつ、頑固だニャーン」

「本当ね」

 その時っす。

「おい、スティナウルフがいるぞ!」

「マジか相棒! ようやくだな」

 声のした方を振り向くと、ナザクとジェスがいたっす。

 その後ろには名前の知らない女性が一人。

 僕は昨日の夜のことを思い出して、暗い顔になりましたね。

 ナザクは僕たちに気付いたのか声をかけます。

「おう、お前らじゃねーか。オークソルジャーに殺されたと思ってたが」

「ナザク、お前、人にアドバイスしといてそれは無いだろ」

「アドバイスするんじゃなかったな」

「ナザク、お前ひでーな」

 二人が僕に近寄りました。

 浅黒い肌のナザクが、僕の肩に手を乗せたっす。

「とりあえず、スティナウルフは俺たちがもらう。お前らは下がってろ」

 茶髪をツーブロックに刈り上げているジェスが同意しました。

「そうそう、ここは傭兵の先輩に任せなさいって」

 ナザクとジェスが一直線に歩いて行きます。

 スティナウルフが警戒に顔をしかめました。

(人間ども。我らの縄張りを侵すならば、我が牙でかみちぎってくれる!)

 こちらへ走り出す青い狼。

 ナザクがダガーを抜いています。

 舌打ちをしましたね。

「喋れるのかよ」

 ジャスが両手を構えていました。

「気持ち悪い狼だなあ」

 その後ろの女性も、剣を抜いていますね。

 スティナウルフが突進して来ようとして。

「待つニャン!」

 ヒメが狼を守るように立って、両手を広げたっす。

 スティナウルフが地面に足をつけて、ずざーと止まりました。

 ナザクが眉をひそめます。

「おい、白髪の女。あいつは害獣だ。そこをどけ!」

 ヒメはぶんぶんと首を振りましたね。

「どかないニャン! スティナウルフは、話せば分かる奴だニャン」

 ナザクがおどすように言います。

「どけ。殺すぞ」

 ジェスも同意して小刻みに頷きました。

「そうそう、か弱い女の子は下がっててよ。そうじゃないと、怪我しちゃうよお?」

「ぐるるぅ」

 スティナウルフが威嚇するように吠えます。

(どけ、そこの人間! 奥の人間は我が食べてやる!)

「どかないニャン!」

 ヒメが叫びました。

 イヨと僕がヒメの前に立ちます。

 ナザクとジェス、そして名前の知らない女性に向けて、攻撃態勢を取りました。

 ナザクが両手を開きます。

「おいおい、それ仕事妨害」

 ジェスが困ったように言いました。

「君たち、標的の味方をするのー? その行動、傭兵ギルドに報告しなきゃいけないけど」

 イヨが言ったっす。

「スティナウルフの問題は私たちが解決する。頭が良くて話せるみたいだから、討伐は不要という判断。貴方たちは、この仕事をあきらめて」

「あきらめれるわけねーだろ!」

 ナザクがいらいらとした声でわめき散らします。

 続けて、

「二日間歩いてきたんだぞ俺たちは! 報酬無しで仕事を終えられるかってんだ!」

 イヨの眉間がぴくぴく。

「じゃあ、報酬は分けるから討伐はしないで。私たちについてきて欲しい。スティナウルフと、対話での解決を図る」

 ナザクとジェスが顔を見合わせます。

 ジェスが軽薄そうな声で言ったっす。

「どうする~、相棒」

「めんどくせえけど。ちっ、仕方ねえ、のってやるか」

「分かったよ。相棒」

 ナザクと後ろの女性が武器をおさめました。

 ジェスも両手を下ろします。

 ヒメがまたスティナウルフを振り返りましたね。

「スティナウルフよ! フェンリルと話がしたいニャン!」

「ぐるるぅ」

 スティナウルフは一回吠えましたが、表情を緩めたっす。

 体を反転させて、ちらりとこちらを見ます。

(ついてこい)

 歩き出しました。

 僕たちはその背中に続きます。

「罠なんじゃねえのー?」

 ジェスの怪訝そうな声。

 ナザクが声を低くして言いましたね。

「その時は、ジェス、全員やるぞ」

「了解了解」

 二人はもしもの時の算段をしているようでした。

 そして歩くこと数分。

 崖の下に、大きな洞窟が見えてきたっす。


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