2-5 娼婦の傭兵
その日。
山頂まで登ったんですが、スティナウルフは見つけられませんでしたね。
他の動物のフンならあったみたいですが(ヒメが匂いを嗅いでくれました)、スティナウルフのものは見つかりません。
川のそばで野宿をしようと言うことになりました。
僕たちは山の中腹まで下ります。
夜。
いま、ヒメとイヨが川で水浴びをしているっす。
夏とは言えど川の水は冷たく、体を洗うのはとても寒いはずでした。
「水が冷たいニャーン」
「本当ね」
「イヨに水をかけてやるニャン」
バシャバシャッ。
「ちょ、ヒメちゃん、やめて」
二人の生生しい声が聞こえてきます。
僕はすぐそばで、荷物の番をしていましたね。
川に背を向けてあぐらをかいています。
焚火をつけていて、火がだんだんと大きくなってきています。
モンスターや人が来なければ良いのですが……。
まあ大丈夫でしょう。
その時っす。
「キャーッ!」
イヨの悲鳴が響きました。
えっ!?
僕は立ち上がります。
オークでも出たんでしょうか?
急いで川に駆け寄ります。
「大丈夫ですか!? 二人とも」
「イヨ、大丈夫かニャーン?」
「転んじゃった」
月明りに照らされて、ヒメとイヨの裸が露わになっていました。
水のしずくをまとい、キラキラと輝いています。
「オークでも出たんですか!?」
僕は二人に聞きます。
イヨが立ち上がり、こちらを振り向きます。
両手で胸とアソコを隠しました。
ヒメは特に隠そうとしません。
二人とも顔をしかめたっす。
「変態が出たニャン!」
「テツト、覗かないで!」
二人がバシャバシャと僕に水をかけます。
「ご、ごめーん!」
僕はたまらず退散しました。
服が水浸しになってしまったっす。
でも。
すごく、綺麗だったな。
ヒメと、イヨの裸。
しっかりと脳にインプットしましたよ。
むふふ。
また焚火のところで、僕は背を向けて座りましたね。
やがて、ちゃぷっと音がしました。
二人が川から上がったようです。
タオルで体を拭き、また同じ服を着たようで、こちらに歩いてきたっす。
ヒメが僕の背中に抱き着きましたね。
乳白色の髪がまだ湿気をおびています。
「ニャハ、テツト、あたしとイヨの裸はどうだったかニャーン?」
僕は顔が赤くなりました。
「み、見えなかったんだ」
嘘っす。
イヨも来ました。
僕にジト目を送っています。
「テツトの、エッチ」
「み、見てないっす」
「エッチな目で見てた!」
「み、見てない見てない」
「もう、仕方ない」
イヨが僕の対面に腰かけます。
続けて言いました。
「テツトも、水浴びをしてきて」
「あ、はい」
ヒメが僕の背中から離れました。
イヨの隣に腰かけます。
「イヨ、テツトは嘘をついてるニャン」
イヨがコクコクと頷きます。
「うん、分かってる」
「さっき、あたしたちの裸をじろじろと見たニャン」
「うん、分かってる」
「エッチな目で見てたニャン~」
「……私たちの裸は、高いんだから」
僕はタオルを持ち、たまらず言って走りました。
「み、見てないっすからねー」
川のそばに行きます。
その場で服を脱ぎました。
やばいっす。
息子が大きくなってしまっています。
僕は川に一歩踏み出しました。
「冷たっ」
体に鳥肌が立ちましたね。
深くまでは行かずに、タオルに水をつけて、肌を撫でます。
いやー、寒いっす。
早く済ませてしまいましょう。
ふと。
背後で足音がしました。
振り返ります。
ランタンの明かりで照らされる僕。
「イヨ! テツトがヌードサービスをしてくれているニャン!」
「ふーん、結構筋肉質ね」
ヒメとイヨがじろじろとこちらを見ています。
「え、ええっ!?」
僕は慌てて両手でアソコを隠します。
しかし、激しく膨張していました。
隠しきれません。
両手からはみ出ています。
ヒメが怪訝な顔つきで言います。
「イヨ、テツトのアレが、なんか大きくなっているニャン」
「クス、すごく大きいわね。逞しいわ」
「テツトはあんなところに武器を隠し持っていたニャンか~」
「うふふ、すごい立派な武器だわ」
僕は悲鳴を上げました。
「や、やめてください! 見ないでください!」
川の深くまで行って、身を沈めます。
冷た!
寒すぎて、体にしびれるような感覚があります。
「テツトが逃げたニャン」
「ヒメちゃん、そろそろ許してあげましょう」
「そうニャンね」
「うふふふふ」
二人が去って行きます。
僕は両目から涙が出そうな気分でした。
……くそう、見られてしまった。
大きくなってしまったところを、ヒメとイヨに。
鼻水を感じて、僕は何度もすすります。
それから。
川から上がり、タオルをしぼって体を拭いたっす。
それまでと同じ服を着て、二人の元に戻ります。
「にゃふふ、テツト、いい水だったニャンか?」
「あはは、テツト、中々良い体だったよ」
二人が顔を赤らめています。
僕はたじたじでした。
「み、見ないでくださいよ~」
そう言うのが精いっぱいでした。
「男なんだから、恥ずかしがること無いニャン」
「そうそう」
「テツトはあの武器をいつ使うニャンか?」
「ヒメちゃん、それはね」
「イヨ、言わなくていいっす」
僕はその場にどっかりとあぐらをかきました。
焚火の温もりに当たります。
それから三人で、持ってきていたパンと干し肉を食べたっす。
イヨが食べながら言いましたね。
「明日の昼までにスティナウルフが見つからなければ、一度山を下りよう」
「下りるニャン?」
「うん。食料が足りないし、私たち、こう言うの慣れていないから。だから体力的にも、無理はできない」
「確かにニャーン」
「一度アパートでゆっくり休んで、もう一度来る」
「それが良いニャン」
僕は干し肉をかじります。
肉が硬くてしょっぱいです。
歯で強くかんで、手で肉を握って引き裂きます。
何度も咀嚼して飲み込みました。
食事が終わると、ヒメとイヨが寝袋に入ります。
交代で焚火の番をしなければいけませんでした。
モンスターが現れた場合にも備えなければいけません。
なので一人は起きていなければいけませんでした。
最初は僕、4時間後にイヨ、またその4時間後にヒメの順番です。
いま、二人がくうくうと寝息を立てています。
僕は二人の愛らしい寝顔を見ながら、焚火に小枝を差し込みました。
パチッと音が鳴りますね。
もっと稼いで、二人に楽をさせてあげたい。
自分がふがいないような、センチメンタルな気分に包まれます。
ふと。
遠くで女性の悲鳴が上がりました。
「なんだ!?」
断続的に、女性が悲鳴を上がっています。
僕は立ち上がりました。
……悲鳴にしては、変ですね。
どこか気持ちの良いような声です。
その高い声は、暗闇の中にうっすらともれて聞こえてきます。
まさか!?
僕はその場を離れて、ゆっくりと歩き、声の方向に近づきました。
……!
男と女がセックスをしているっす。
ナザクたちです。
確か昼間見たとき、知らない女性がいましたね。
その人がナザクに犯されているっす。
強姦!?
だとしたら、助けないと!
僕が動き出そうとした時、後ろから肩に手が置かれました。
振り向くと、イヨがいましたね。
いつの間に起き出してきたんですかね。
「イヨ?」
「しっ」
イヨは口に人差し指を当てました。
僕の腕を引いて、もとの焚火の場所に歩きます。
「イヨ、今のは?」
「傭兵の男たちは、ああいうことをするの」
「ああいうこと!? あれは強姦なんですか!?」
「強姦じゃない。通称、娼婦ギルドって言うところから、ああいう行為も込みで、町の傭兵の女性を借りているだけなの」
「ええ!?」
僕はびっくりしてしまいました。
焚火のもとに戻ります。
二人で腰を下ろしましたね。
「最悪ですね」
僕は顔をひきつらせます。
三角座りをしたイヨが両足を抱きしめて下を向きました。
「以前お父さんから聞いた話だけど。ああいうのは仕方ないの。傭兵の仕事は、いつも命がけだから。ああいう仕事をする女性も必要なの」
「そうなんですか?」
「うん。明日死ぬかもしれない男に、快楽を提供する女性。強姦ならまずいけど、女性も報酬をもらって、納得ずくでやっている。女性は、男たちの足手まといにならないように、傭兵としてのスキルも磨かれている。だから、私たちは見ないふりをするしかない」
「な、なるほど」
「うん。ちなみに、町によっては、娼婦ギルドが無いところもあるの。そう言う町の治安は悪いみたい」
「どうしてですか?」
「人間にはストレスのはけ口が必要。バルレイツの領主、ミルフィ様はそう言う事情をよく分かっておられる。そう言う役目をする人間を雇ったり、作ったりしている。娼館街の存在も公認。おかげで、この町の治安は良いわ」
「……そうなんですか?」
そこでイヨが顔を向けましたね。
「うん。テツトも、ああ言うこと、して欲しい?」
彼女の顔が赤いっす。
それにどこか、怪しい笑顔でした。
僕は首を振ります。
「ううん、僕はいいよ」
「必要なら言って。必要なら、私がしてあげる」
「な、何を言ってんすか!?」
イヨが薄く笑います。
「いずれ必要な時が来る。その時は言って」
「い、イヨ?」
彼女が僕の手を握ります。
そして真剣な顔をしましたね。
「テツト」
「な、何ですか?」
「お願いがある」
「はい?」
「お願い、娼館には行かないで」
娼館って言うのはつまり。
日本で言うところの風俗ですよね?
中学を卒業したばかりの僕です。
存在は知っていますが、行ったことはもちろんありません。
行く勇気も無いっす。
「い、行くわけ無いっすよ」
「約束」
イヨが小指を、僕の小指に絡めます。
「約束?」
「うん、約束」
「分かりました」
「絶対の、約束」
「わ、分かったっす」
「うん。それじゃあ、私はもう少し寝る」
イヨが立ち上がり、また寝袋の元に行って、中に入りましたね。
こちらに背中を向けるイヨ。
僕は焚火に少し大きな枝を入れて、火力を強めます。
ぱちぱちと言う音が、遠くから聞こえてくる女性の嬌声をかき消してくれるように。
そう願いました。