2-4 急所
雑貨屋で寝袋を三つ買いました。
折りたたむと背負えるように出来ていて、一人一つずつ担ぎます。
他にも食べ物など、野宿した場合に必要なものを買いましたね。
なるべく荷物は少なくしたいっす。
移動や、急な戦闘になった場合、邪魔になるからです。
家の財布を預かっているイヨがお金を支払いました。
「まいどどーも!」
雑貨屋のお兄さんが子気味の良い声をくれます。
僕たちは頭を軽く下げて、店を出たっす。
少し遠くにある大きな山を、イヨが見つめます。
「よし、サイモン山に行く」
「行くニャーン」
ヒメがロッドを両手で持ち上げました。
二人が肩を並べて歩き出します。
僕はその後ろに続きました。
車があれば移動が楽なのに。
そう思ってしまうのは僕だけでしょうか。
道路を見ると、荷馬車や、馬に乗った人を見かけます。
僕は疑問に思い、たずねました。
「イヨ、山まで荷馬車に乗せて行ってもらえば楽なんじゃない?」
彼女はちらりと振り返り、
「町の巡行馬車は、お金がかかる。うちにそんな余裕ない」
ヒメが聞きました。
「巡行バスがあるニャン?」
「バス? ううん、違う。馬車」
「あたし馬車に乗ってみたいニャン」
「また今度ね」
イヨは薄くほほ笑んで、歩き続けます。
確かに無駄な出費は避けたいところでした。
僕は気を引き締めて、その背中について行きます。
一時間も歩いたでしょうか。
山の登山口に到着します。
看板があり、サイモン山温泉は左、と書いてありました。
「温泉ニャン!」
ヒメがはしゃいだような声を上げたっす。
彼女は猫だった時、猫のくせにシャワーを嫌がったりしませんでしたね。
むしろ気持ちよさそうに浴びていたのを覚えています。
ちなみに当然ですが、温泉に連れて行ったことはありません。
「今日はこっち」
イヨが言って、登山口から石段の坂を上り出します。
「イヨ、あたしは温泉に行きたいニャン。ちょっと寄っていくニャン」
「ダーメ」
イヨが立ち止まって首を振ります。
ヒメがわがままを言ってその場で跳ねます。
「行きたいニャン行きたいニャン」
僕も注意したっす。
「ヒメ、仕事中だから」
「うー、仕方ないニャン」
しぶしぶあきらめてくれたようです。
三人で石段を上ること20分ほど。
石段は無くなり、土の地面になりました。
整備のされていない坂を上り、また進むこと1時間。
遠くには山が、でん、とそびえ立っており、山頂は遠いです。
ふと疑問が浮かびました。
スティナウルフの巣は、何も山頂にあるわけではないですよね?
どうやって探せば良いのでしょうか。
そんなことを思っていると、イヨが立ち止まります。
「ヒメちゃん、テツト、そろそろ昼食にする」
ちょうど坂がなだらかな場所でした。
林の中であり、藪などはありません、
見晴らしがよく、休憩するにはちょうど良い場所でした。
「ご飯だニャーン」
ヒメがぴょんぴょんと飛び跳ねます。
三人が寝袋を肩から下ろしました。
僕はリュックも下ろして、中から食べ物と飲み物を取り出します。
大き目の木の下。
その木を背にして三人で腰かけましたね。
卵とハムと野菜のサンドイッチを頬張ります。
「旨いニャン! 旨いニャン!」
ヒメがむしゃむしゃと食べています。
次々に無くなるサンドイッチ。
食いしん坊すね。
イヨが苦笑しています。
「ヒメちゃん、もっとゆっくり食べて」
「そんなこと言われたって、お腹が空いたニャーン」
ぱくぱく。
ゴクゴク。
ヒメがぷはあと息を吐きました。
イヨが仕方ないというふうに笑いましたね。
彼女もサンドイッチをつまみました。
そして顎に手を当てます。
「スティナウルフなんて、いないじゃない」
ヒメが顔を向けたっす。
「たぶん、隠れてるニャン」
イヨは胸ポケットからメモ帳を取り出します。
「夜行性とは書いてないし、人を襲うのなら、昼間のいまに出てきても良いものだけど」
「んニャン、多分~、こっちは三人もいるから襲うにも襲いかかれないニャン」
「そうかもしれない、警戒されているのかも」
イヨがメモ帳を胸ポケットにしまいました。
ふと。
がさりと後ろで音がしたっす。
イヨと僕が反射的に立ちあがります。
「スティナウルフが出たニャン?」
ヒメは持っていたサンドイッチを一気に頬張ったため、ほっぺが丸く膨らみました。
イヨが背中から盾を取り、剣を抜きます。
林の向こうからは、一匹のオーク。
僕はほっと息をつきました。
「なんだ、オークですね。それも一匹」
イヨが首を振ります。
「違う。テツト、オークの目を良く見て」
「え?」
僕はオークをよくよく観察します。
体のところどころに剣で斬られたような傷跡があるっす。
傷はもう治っているようです。
つるっぱげでは無く髪があり、鼠色の毛が肩まで垂れていますね。
人間から奪ったのか、三日月のように刀身が曲がった剣を持っています。
そして、赤い瞳の色。
威圧感のある雰囲気がただよっていました。
たぶん、人間を何度も殺したことがあるオークです。
マーシャ村の山で見たオークは髪が無く、目は緑色だったはずです。
イヨが眉間にしわを寄せたっす。
「オークソルジャーだわ」
「オークソルジャーニャン?」
ヒメも立ち上がります。
「ぐほーおう!」
こちらに敵が走り出しました。
イヨが指示します。
「ヒメちゃん、スローを!」
ヒメがロッドをモンスターに向けます。
「スローニャン!」
オークソルジャーの体に紫色の輪っかが出現しましたね。
動きが半分ほどに遅くなります。
「ぐほう?」
困ったようなモンスターの鳴き声。
イヨが走り出しました。
「テツト! やろう!」
「分かった」
僕は彼女を追いかけます。
剣を振りかぶるイヨ。
肩口に当たりましたが、浅いです。
かすり傷程度の傷にしか与えられていません。
僕も敵の胸にパンチを繰り出しました。
鉄拳はすでに発動済みっす。
ワンツー。
ドンドンッ。
「ぐほう?」
オークソルジャーは痛くなかったのか、馬鹿にしたように笑いましたね。
……なんて皮膚の硬さだ。
イヨが剣を振りかぶります。
「せいっ!」
カーンッ。
頭に命中しましたが、弾き返されました。
「ぐほほーおう!」
スローの効果が切れたモンスターが、僕に向けて剣を薙ぎます。
「プチバリア!」
イヨが僕の前に出て、小さなバリアで防いだっす。
カーンッ。
火花が散っていますね。
「スローニャン!」
ヒメが再度、オークソルジャーにデバフをかけました。
「ぐほぉぉぅぅ!」
怒ったようなモンスターの声。
僕はどうやって倒せば良いのか分かりませんでした。
イヨも困ったような顔をして、盾を構えています。
「馬鹿ども! 急所を突け!」
突如として後ろからかけられた声。
振り向くと、ナザクとジェス、それに知らない女性が一人いて、遠巻きにこちらを眺めているっす。
「急所ニャン?」
ヒメが小首をかしげます。
ナザクが眉間にしわを寄せましたね。
「急所が柔らかいなんて基本だろうが!」
ヒメが聞きます。
「急所はどこニャンか?」
「目、首、みぞおち、チン〇、そういう骨の無いところを狙え!」
「分かったニャン!」
イヨと僕も頷きました。
イヨが指示します。
「テツト、私が次の攻撃を防ぐ。テツトは目を狙って」
「分かった!」
「ぐほおおう!」
スローのかかったモンスターが、ゆっくりとした動きで剣を振ります。
盾のバリアで防御するイヨ。
オークソルジャーは隙だらけでした。
僕は唱えたっす。
「へなちょこパンチ!」
オレンジ色の波動に包まれる右拳。
「くらえっ!」
オークソルジャーの左目を狙って殴りつけました。
ドゴンッ!
「ぐおおおぉぉう!」
左目が陥没し、両手で目を押さえるモンスター。
「せえいっ!」
イヨが突きを放ったっす。
反対の右目に深く突き刺さり、血が噴出しました。
「ぐおおおおおぉぉおう」
モンスターが地面に倒れます。
イヨが両目を狙って剣を突きます。
追い打ちでした。
僕はためしに、モンスターの股間を思い切りぶん殴ってみます。
気持ち悪い感触がして、それがつぶれました。
「ぐあぁぁああああああう!」
オークソルジャーのひと際大きな悲鳴が響いたっす。
びくびくと痙攣したのち、動かなくなりましたね。
死んだようです。
イヨと僕は顔を見合わせて、ほっと息をつきました。
「あたしたちの勝利だニャーン」
ヒメが胸をでんと張っていますね。
……そうだ。
僕はアドバイスをしてくれた礼を言おうと思い、振り返ります。
しかしナザクたちの姿はありません。
イヨもキョロキョロと辺りを見回していました。
「あの三人なら、もう上の方に行ったニャンよ」
ヒメは気づいていたようで、教えてくれました。
「そう」
イヨがカバンから布を取り出して、剣についた血のりを拭きます。
続けて言いました。
「とりあえず、助かった」
僕は頷きます。
「そうすね」
今度会ったら礼を言うべきでした。
そして三人で昼食の後片づけをし、また登山を再開します。
僕は疑問に思ったことをつぶやきました。
「ナザクたちも、同じ仕事を請け負っているってことかな?」
規則正しく揺れているイヨの黒髪。
「たぶん、そう」
ヒメの乳白色の髪がサラサラと風になびきます。
「早い者勝ちニャン。スティナウルフよ、早く出てこいニャン」
「出てきてくれると良いけどね」
「どう探せばいいか……」
「簡単ニャン」
ヒメが微笑しました。
「ヒメ、探し方が分かるのか?」
「ヒメちゃん?」
「んニャン。スティナウルフのフンを見つければ良いニャンよ~。そのフンの近くに巣があるニャン。それに」
ヒメが自分の鼻を指でさして、ひくひくとさせます。
「あたしは鼻が利くニャン。フンで、スティナウルフに匂いが分かれば、あたしが匂いで巣を見つけられるニャンよ~」
「そうか!」
「なるほど!」
僕とイヨが笑顔を浮かべたっす。
ヒメはもともと猫です。
その頃の嗅覚が残っているのでしょう。
「二人とも、フンを探すニャーン」
ヒメがロッドを左手でくるくると回します。
僕たちはフンに注意をくばり、山を登って行ったのでした。