2-3 依頼
朝食を終えると、イヨがいつものように食器を洗ってくれました。
僕たちはレザーの服と、同じ素材のズボンに着替えたっす。
色合いこそ違うものの、三人とも似たような格好でした。
仕事着っす。
ヒメとイヨがスカート姿でないのは残念ですが、これから遊びに行くわけじゃあ無いですね。
イヨとヒメはカバンを肩にさげます。
僕はリュックを背負いました。
それぞれ中に必要なもの、昼食の食料や飲み物などを入れましたね。
イヨが腰に剣、背中には盾を背負います。
ヒメは両手にロッドを持ちました。
出発です。
今日も傭兵ギルドに行き、仕事をもらうっす。
アパートを出て道路を左に真っすぐ行きます。
ちょっとした坂があって、上るとすぐに下りになり、右に折れて進んでいくと、酒場と宿屋に挟まれるようにして傭兵ギルドの建物がありました。
建物の前には剣を掲げた剣士の像。
もう見慣れたっす。
両開きの扉をくぐると、ギルドには大勢の人がいました。
列を作って並んでいます。
仕事をもらうために、朝のギルドは込んでいます。
入って来た僕たちに舐めるような視線を向ける傭兵たち。
どいつもこいつも屈強そうで、ひと癖もふた癖もありそうな顔ですね。
男性の方が多いですが、女性の傭兵もいました。
女性の大根のような太い腕を見ると、とてもじゃあありませんが、女性として意識できないす。
僕らも列の最後尾に並びました。
「おいお前」
知った声がして、びくりとして顔を上げます。
浅黒い肌にダガーを腰に差した男。
ナザクが目の前にいました。
折れた頬は治ったんですかね。
誰かにヒールをかけてもらったのかもしれません。
その隣には茶髪をツーブロックに刈り上げた男がいますね。
両腕を胸にくんで、へらへらと笑っています。
イヨとヒメが身をすくめていたっす。
僕が前に出ました。
「何か?」
「お前、テツトと言ったか? この間は良くもやってくれたなあ」
ナザクの恫喝するような声。
「おいおいナザク。お前、こんなガキンチョと娘っ子二人にやられたのかあ?」
ツーブロックの男が愉快そうに腹を揺らしました。
「うるせえぞジェス」
ナザクが、ジェスと言う名前らしい男の腕を叩きます。
「お? やるか? やるか?」
ファイティングポーズを取るジェス。
その両手が銀に染まります。
……!
鉄拳でした。
どうやらジェスは、僕と同じモンクのようです。
ナザクが絡むように言ったっす。
「おいテツト、俺はお前たちの先輩だ。まず酒をおごれ」
ジェスが眉をひそめます。
「いきなり新人いびりかよー。ナザク先輩、こっわーい」
僕は首をかしげました。
「用事が無いんなら、もういいですか?」
ナザクが舌打ちをします。
続けて、
「ジェス、行くぞ」
「待てよ相棒、娼婦ギルドに寄っていこう」
「分かってるって」
二人が扉から出て行きました。
僕は疑問に思ったことをイヨにたずねたっす。
「イヨ、娼婦ギルドって?」
イヨは顔を少し赤くします。
「傭兵ギルドは、傭兵が依頼をこなすために人数と戦力が不十分と判断した場合、補填を専門とした傭兵を貸し出ししているの。町や町の外の道案内も兼ねているから、補填要員のほとんどが町民で構成されてる」
ヒメと僕がこくこくと頷きましたね。
「でも何で、娼婦ギルドニャン?」
「それは……」
口ごもるイヨ。
説明しづらいようでした。
僕は首を振ります。
「無理に言わなくてもいいよ」
ほっとしたような顔のイヨ。
「ありがと。でも、後々分かる」
それからも列に並ぶこと十数分。
僕たちの番がやってきました。
赤い髪に顎髭の似合うダリルが声をかけてくれたっす。
「よっ、テツト。それにイヨとお嬢ちゃん」
「「おはようございます」」
「おはようニャン!」
三人で頭を下げます。
ダリルがクリップボードに止められた紙をはぐりました。
「今日はでかい依頼が来てるぞ。Eランクの傭兵でも、請け負いが可能な仕事だ。どうだい、やるか?」
彼がクリップボードの紙を一枚とって、カウンターの上に置きましたね。
三人で紙を読みます。
スティナウルフの駆除。
場所、サイモン山。
遠方からやってきた凶悪な魔物、スティナウルフが群れで巣を作っている。
通りがかった町民を襲うなど、被害が出ている。
スティナウルフの駆除し、巣があれば破壊して欲しい。
報酬、20万ガリュ。
依頼人、領主ミルフィ。
簡単なスティナウルフの絵が描かれていますね。
体長は3メートルから、大きなもので5メートルもあるようです。
イヨが前に出ました。
「領主が直々に依頼を出しているの?」
ダリルは快活な表情で頷きます。
「ああ。こりゃあ良い依頼だ。報酬もでかいし、何よりも、ミルフィ様にパイプを作るチャンスだぞ?」
「報酬が20万ガリュって書いてあるけど。この依頼、他にも請けている傭兵がいるの?」
20万ガリュがあれば、半月働かなくても3人が生活ができますね。
ダリルは少し困ったような顔で、
「ああ。実はそうだ。さっきも何組かの傭兵が、この依頼を受けて行ったよ」
イヨが眉をひそめたっす。
「仮に私たちがスティナウルフを一匹倒したとして、貰える報酬はいくら?」
ダリルは両手を開きます。
「そこは、依頼を請け負った傭兵同士で話し合って決めてくれ。自分の取り分を主張して、報酬を勝ち取るのも仕事の内だ」
「この依頼はやらない」
イヨは首を振りましたね。
そこでダリルが右手をグーにした口元に掲げました。
「ごほん、ミルフィ様は、傭兵ギルドに強い影響力を持ったお方でなあ」
ダリルはまた、ごほん、と咳払いをする。
「ミルフィ様は気前の良いお方で、彼女が働きかければ、イヨや嬢ちゃんが傭兵になるのも、テツトが傭兵ランクを上げるのもすいすい進むかも、いやあ、これは俺の独り言なんだが」
「やるニャン!」
ヒメが依頼の紙を引き寄せたっす。
「ヒメちゃん……」
そう呼んだイヨの頬にも、期待のえくぼが浮かんでいますね。
「やるかい? じゃあテツト、紙に名前をサインしてくれ」
僕は疑問に思っていたことを聞きます。
「あの、サイモン山ってどこですか?」
ダリルはきょとんとした顔をします。
「すぐそこの山だけど、テツト、知らねえのか?」
「私知ってる」
イヨが僕を見ました。
ダリルが顎をしゃくります。
「イヨ、案内してやれ」
「はい」
頷くイヨ。
それなら安心でした。
「分かりました、それじゃあ、サインします」
僕はカウンターに用意されていた万年筆を取り、依頼書にサインします。
「何度も見るが、見たことねえ文字だなあ」
ダリルが感慨深げにつぶやいて、僕のサインを眺めましたね。
紙を別のクリップボードに挟みました。
僕たちは依頼書の控えをもらったっす。
イヨが胸ポケットからメモ帳とボールペンを取り出します。
「ダリルさん、スティナウルフの情報を出来る限り教えて」
「そうだな」
ダリルが説明を始めます。
僕も集中して聞きました。
イヨがしっかりとメモを取っていきます。
数分後、僕らはダリルに背を向けていました。
「頑張れよ! 三人とも」
僕たちは一度振り返り、
「はい」
「うん」
「頑張るニャン!」
ギルドの建物を出ます。
外に出たところで、イヨが言いましたね。
「とりあえず、雑貨屋に行く。泊りがけになるかもしれないから、必要なものをそろえないと」
「了解ニャン!」
二人が肩を並べて歩き出します。
僕はそのすぐ後ろに続きました。