1-20 引っ越し
教会に村の女たちがやってきたっす。
「なにやってんだい、ラタン! 戦う相手が違うじゃないか!」
「リガート、もう大丈夫さ! 女たちは無事だよ!」
「ポフ! イヨちゃんを攻撃してどうするんだい! イヨちゃんを助けるんだよ!」
女たちが旦那や息子、義父やおじいさんなどを叱咤しました。
「そ、そうか!」
「女たちが無事なら、もうシャーバル家に味方することはねえ!」
「みんな! 女たちは無事だー!」
男たちがセルルの方を向きます。
僕とイヨは顔を見合わせて笑顔を浮かべましたね。
その隣にヒメが来たっす。
「テツト、イヨ、あたし上手く助け出したニャン!」
「ナイスだぞ、ヒメ」
「ヒメちゃん、良い子」
二人でヒメの頭を撫でました。
「えへへー、頑張ったニャンよ~」
ヒメが嬉しくてたまらないというような顔をします。
知らない女性が来て、僕に唱えました。
「キュアポイズン、ヒール」
僕の体が正常な色に戻ります。
背中の傷も治りました。
「これでもう大丈夫さ」
僕は頭を下げました。
「あ、ありがとうございます」
剣を持つセルルが額に滝のような汗を流していましたね。
唇はひん曲がっており、顔色は青いっす。
その後ろにギニースが近寄ります。
「父さん、どうしよう」
「ま、任せておくのーう。息子よ」
セルルはでっぷりとした腹を張りました。
そして言ったっす。
「村人たちよ! シャーバル家にあだなすと言うことが、どういうことか、分かっておるかのーう? 貸している土地の税金は、引き上げなければいけないのーう。それも、10倍だのーう!」
「「10倍?」」
村人たちの困惑したような声。
「10倍はきついな」
「俺んち、払えねーよ」
「10倍は勘弁してください」
男たちが悲鳴のような声を上げます。
セルルがにやりと笑いました。
「いま、シャーバル家に味方するのならば、10倍に引き上げるのをやめにしてやるのーう。さあ、どうするかのーう?」
「「くっ!」」
男たちがこちらを見ます。
その時。
「土地の税金を引き上げるですと? そもそもセルルよ。みなの土地の権利書を持っておるんですかいな?」
後ろから村長が歩いてきたっす。
その後ろには三人の女がいて、大量の紙を持っています。
セルルがしまったというような顔をしたっす。
「そ、その女たちが持っているのは、土地の権利書! 家から盗んだのか!」
村長が指示するように言いました。
「三人とも、捨てんさい!」
「はいっ!」
土地の権利書が地面に投げられます。
村長は右手を突き出したっす。
「ふはは、ファイアーボール」
炎の火球が射出されて、土地の権利書が轟々と燃え盛ります。
セルルが剣を捨てて、燃える権利書に飛びかかりました。
「ぬああぁぁぁぁぁああああああああああああ!」
権利書を拾おうとするんですが、どれもこれも燃え尽きて、破片しか残らないですね。
村長はにやりと笑いました。
「これで、村の土地の所有者はいなくなりましたな。ほっほっほ。シャーバル家、恐るるに足らーず!」
セルルが顔を上げて睨みつけます。
「村長よ。やってくれたのーう!」
村長はしたり顔で言ったっす。
「マーシャ村の、村長の名において命じる。シャーバル家は、村を永久追放じゃわい!」
「さんせーい!」
「そうだそうだ、それが良い!」
「シャーバル家は、村から消えろー!」
村人たちが同意の声を上げました。
「と、父さん……大丈夫?」
ギニースが父親の肩に手を当てます。
セルルは両手を顔に当てて泣いたっす。
「なんで俺が、こんな目に合わなければいけないのかのーう! 俺は、この村の英雄、この村の救世主、この村の支配者だのーう! そうだ、ギニースよ! お前が悪いのーう。早くこの村長のばばあを切り捨てるが良いのーう!」
「わ、分かったよ。父さん!」
ギニースが、地面に転がっている父親の剣を取りました。
それを村長に向けます。
立ちはだかる村の男たち。
ギニースがおたけびを上げて走り出したっす。
「きやあああああいっ!」
横からイヨが拳を振りかぶったっす。
「あなたなんかと結婚しない!」
拳が頬にめり込み、ギニースはその場に崩れ落ちました。
「げふうっ!」
村長が両手のひらを叩き合わせます。
「これにて、結婚式は失敗じゃ! 男たちよ、セルルとギニースをひっ捕らえて連れてこい! 今から、シャーバルの家を破壊するぞよ!」
「「おおー!」」
セルルとギニースが男たちに首根っこ掴まれて、連れていかれます。
気絶しているナザクまで、担がれていきました。
ふと気になって、僕はイヨにたずねました。
「ギニースのお母さんは?」
イヨが少し悲しそうな顔で言いましたね。
「ずいぶん前に、亡くなったの」
「そうですか」
セルルの泣き声が響きます。
「ううううおううおううおう! ううううおううおううおう!」
「早く歩けこの豚野郎!」
男がセルルの尻を叩いたっす。
ギニースが文句を言うように叫んでいましたね。
「俺は一人で歩ける! 首を掴むな!」
「うるせえぞごらあ!」
村の男がギニースの足を蹴りつけます。
見るも無残なシャーバル家の最後でした。
僕はほっと息をついたっす。
ヒメが両手を腰に当てて胸を張りました。
「あたしたちの、大勝利ニャーン!」
そしてそれから。
三人でイヨの家に行きました。
家は壊れていて、中に入るのは危険でしたが。
それでもイヨは入って行き、少々の着替えと大事なものをカバンの中に入れて持ってきたっす。
ウェディングドレスは着替えたようでした。
黒のワンピース姿ですね。
三人で顔を向け合いました。
ヒメが口を開きます。
「これからどうするニャンか?」
イヨが人差し指を立てます。
「町へ行く。宿を借りて、今日はそこに泊まる」
僕は頷きました。
ヒメが右腕を突き上げます。
「出発ニャーン」
「うん!」
「そうだね」
僕たちが行こうとしたその時でした。
「お主ら、待ちんさい!」
村長が歩いてきたっす。
「村長さま!」
イヨが前に出ました。
村長はカバンを持っています。
それをイヨに差し出しました。
「これを持って行きんさい」
「これは?」
イヨが受け取ります。
「行くのじゃろう? きっとお主たちの役に立つ。持って行きんさい」
「あ、ありがとうございます」
イヨが頭を下げたので、僕とヒメも同じようにしました。
村長が僕の前に来ます。
僕の手を両手で握りました。
「お主、テツトと言ったか?」
「あ、はい」
「この度の件、世話になった。それと、これからイヨちゃんを、どうかどうか、お願いしまする」
頭を下げる村長。
僕は恐縮したように後頭部に手を当てました。
「あ、はい」
「どうかどうか、お願いしまする」
村長は涙を流しています。
何と答えたら良いのか分からないっす。
「村長さま……」
イヨは涙ぐんでいました。
「まっかせるニャーン」
ヒメだけは胸を張っていて、自信満々といったような態度でした。
「子供が出来たら、わしにも一言、便りをくれるかの?」
「村長さま!」
イヨが顔を赤くしていましたね。
僕はやっぱり何と答えたら良いか分からないっすね。
「どうして子供が出来るニャン?」
ヒメは首をかしげていました。
そして。
僕たちは村長と別れて、町がある山の方角へと歩き出します。
三人で肩を並べました。
「ふんふんふんふーん」
ヒメが鼻歌を歌っています。
「明日から、町でアパート探さないと」
イヨが意気込んでいました。
「アパートニャン?」
「うん。住むところ」
「家を買えば良いニャンよ~」
「家を買うお金は、まだない」
「テツト、働くニャーン」
僕は笑ってため息をついたっす。
「頑張るよ」
「頑張ってね、テツト」
イヨが僕を呼び捨てで呼んだっす。
嬉しい。
僕は顔が赤くなって、頬をぽりぽりとかきます。
「う、うん、頑張るね。イヨ」
「あー、何照れてるニャン。テツト、おっかしいニャーン」
「う、うるさいな」
僕は吐き捨てちゃいます。
そんなこんな。
僕たちはこれから、町へ引っ越しでした。
これで一巻が終わりです。