1-2 ヒメがついてきた
道端に寝ている僕。
ここはどこですか?
顔を動かして辺りを見ます。
林に囲まれています。
なんか、山っぽいっすね。
だけど。
どうしていきなりこんなところに?
ベッドに寝ていたはずですよね?
あれ。
足が動いた。
「えっ!?」
両手を地面につけて、立ち上がります。
立てたっす。
うそでしょ?
両手のひらを握ります。
もしかしてこれってあれですか?
異世界転移ってやつ。
そんなわけない、と思うけど。
他にこの状況を説明する方法がないですね。
オタクな僕はもちろん知ってます。
アニメやラノベで読んだことがありますね。
改めて、辺りに顔を向けます。
「やったニャン! 人間になれたニャン!」
両手を万歳しながらジャンプする裸の女の子。
え、誰?
カワイイけど。
どうして裸?
乳白色で長い髪。
髪が腰まで届いてますね。
目は金色。
というか、ですよ。
語尾にニャンをつける女の子なんて。
最近いるんですかね?
いないような気がしますね。
彼女がこちらを向きました。
「テツト!」
僕の名前です。
「テツト! あたし、人間になれたニャーン!」
走って抱き着いてきました。
誰?
というか、ですよ。
可能性は一つしか考えられないですね。
「お、お、お、お前」
顔をすりすりされています。
「どうしたニャン? テツト」
顔を上げる女の子。
「ヒメ、なのか?」
「あったり前ニャン! ヒメだニャン」
両手を腰に当てて、ヒメは胸を張ります。
チャーミングな垂れ目。
素直に可愛いですね。
「と、とりあえず、これを着てくれないか?」
僕は灰色のパーカーを脱ぎます。
黒のTシャツ姿になりました。
パーカーをヒメに渡します。
「えー、要らないニャンよ。服を着せるなんて、猫には不要だニャン」
「それはお前が猫だった時の話じゃないか。ヒメはいま人間なんだ。寒いだろうから、着てくれ」
「あー、確かにちょっと、毛皮が無いから寒いニャン。じゃあ着るニャン!」
ヒメがかぶるように着ます。
身長はそれほど高くないですね。
パーカーの裾が太ももまで届きました。
2人とも足は裸足ですが。
とりあえずこれで良いっす。
前後を見渡して、僕は顎に手を当てます。
「どこに行けばいいんだろう?」
「テツトは何を悩んでるニャン。うちに帰れば良いニャン」
……この世界に日本はあるんですかね?
無いような気がしますね。
「うちには帰れないね」
「どうしてニャン?」
「どうしてって、僕たちは異世界に来たからだよ」
「異世界?」
ヒメがこめかみに人差し指を当てます。
そして顔を傾けました。
やがて笑顔で。
「ああ、前にテツトがアニメで見てたのと同じだニャン」
「ま、まあ、そう言うことだよ。これから、どうすればいいかなあ」
「とりあえず家を買って、日向ぼっこするニャン。ごろごろするにゃん~」
「いや、それは、どうだろう」
ズボンのポケットに両手を入れます。
何も入って無いっす。
まあ、財布があっても、仕方ないっすよね。
とりあえず。
ヒメの言うような家は買えませんが。
宿泊するところが必要です。
そのうち食事も摂らなければいけませんね。
町か村に行けるといいっすけど。
「ヒメ、歩こう」
「歩こうって、どこに行くニャン?」
「町か村まで、行かなきゃいけないんだ」
「どうしてニャン?」
「人を頼って、事情を話して、家に泊めてもらうんだよ」
「泊めてもらう? 自分の家を買えば良いニャンよー」
「自分の家を買うには、お金がいっぱい必要なんだ」
「お金? ああ、あの、ちゃりんちゃりーんって音が鳴る、あれのことだニャン?」
「そうだ。それを稼ぐ前に、今日は泊めてもらわなきゃいけない。だから、人のいる場所に行こう」
「分かったニャン! 行くニャーン!」
歩きだすヒメ。
元気いっぱいに両手を振っています。
僕はその隣に並びました。
ふと。
「ぐほほ!」
木々の合間からモンスターが1匹現れました。
緑色の体躯。
RPGのゲームで見たことがあるような魔物。
オークか!
さすがに驚きました。
僕の心臓がドクンドクンと跳ねています。
「しゃうぅぅううう!」
ヒメが威嚇をします。
猫の時と同じような鳴き声。
僕は、彼女の前に立ちはだかります。
「ヒメ、逃げろ! モンスターだ!」
「あいつ気色悪いニャン! 倒すニャン!」
ヒメが走って行こうとします。
僕はその体を抱きしめて、
「ダメだよ! ヒメ! 逃げて!」
「逃げるって言ったって、どこに逃げれば良いニャン?」
「それは、分からないけど」
「じゃあ倒すニャン!」
「ヒメ! 本当に待って。あいつは、僕が、倒すから」
「ニャン?」
僕は前に出ました。
柔道をやる時と同じ構えを取ります。
手首から両手が銀色に染まりました。
……え?
「なんだこの色?」
「ぐほーう!」
オークがこちらに走ってきました。
手の色の変化は、後で考えるっす。
オークの左腕を掴みました。
一本背負い。
ドシンッ。
「ぐおぉ!」
苦しそうな声を上げるオーク。
すぐに立ち上がろうとするんですが。
袈裟固めにします。
「ぐおう! ぐおう!」
オークは必死の声。
立ち上がろうとします。
くそったれ。
僕は懸命におさえます。
ダメだ。
柔道の技では、殺すことはできないっす。
せめて締め技を習っていれば良かったっすけど。
しかし気づきました。
両腕に信じられないほどの力が溢れていて。
両手の色が変わったせいでなんでしょうか?
相手の首を、思いっきり圧迫します。
「ぐおぉぉ、ぉぉ、ぉぉ」
袈裟固めは固め技です。
本来窒息させることはできません。
ですが、あまりの大きな圧力に、息ができなくなったようでした。
オークがよだれを流して白目を向きます。
僕は立ちます。
「やるニャン! テツト! さすがニャン!」
ヒメが喜んで跳ねています。
「ヒメ、逃げよう」
オークはまだ死んでいないかもしれない、ですよね?
「行くニャン!」
「うん」
二人で並んで走り出します。