1-16 包囲(イヨ視点)
森の隠れ家。
その場所は、マーシャ村の山の中腹にあった。
場所を知っているのは、村人の中でも特に村長との信頼の厚い者だけ。
私は知らされていた。
いまギニースの指揮で、村の男たちが集まり、隠れ家を包囲している。
私が場所を告げたのだ。
……もういい。
私のために、村人が争って死人が出たら、それこそ大変だ。
私がギニースと結婚すれば、それだけで済む話。
隠れ家からは、ここに逃げ延びた村人たちが外に出てきており、いま武器を構えている。
その中には村長さまの姿もあった。
テツトとヒメちゃんの姿は無い。
ここにはいないようだ。
無事であれば良いが。
私は右手を上げて、ギニースに合図する。
「どうした?」
金髪の男が剣を揺らした。
「村長さまと話してくる」
私は手を下げて歩き出す。
「いいだろう」
ギニースの偉そうな声が背中にかかった。
武器を構えている隠れ家のみんなの元へと近づいて行く。
「「イヨちゃん?」」
「イヨちゃんだ」
みんなが口々に私の名前を呼ぶ。
私はその前で立ち止まった。
村長さまが前に出てくる。
「イヨちゃん、これからワシらが助けてやるからの」
優しい顔と声。
私は首を振った。
「村長さま、もう私を助けなくて良いです。私はギニースさまと結婚します」
「ふ、ふざけるでない!」
村長さまが叱るように言った。
私はビクッと身じろぎする。
「一度きりの人生を、好きでもない男の元に嫁いで棒にふるでない! 女は好きな男に嫁ぐこと。それが花というもんじゃ! 絶対、ワシらが何とかして見せる!」
「でも」
私は周りを見回す。
続けて言う。
「村長さま、包囲されています」
「決戦じゃ! イヨちゃんもこちら側に立って、戦ってくれるのう?」
私はほとほと困り果てた。
村長さまは私なんかのために命を燃やしてくれている。
それがすごく嬉しくて、悲しかった。
もう涙が止まらない。
「村長さま、多勢に無勢です」
「大丈夫じゃ。取り囲んでいる男どもは、本気で襲い掛かってきたりしないだろう。全て、わしが子供の頃からおしめを変えてやった男どもじゃからな」
村長さまはしゃがれた笑い声をあげる。
その時だ。
ギニースが右手を上げた。
声を張る。
「全員、家に武器を向けろ」
男たちがこちらに弓を構える。
それらの顔には逡巡の迷いが見える。
……っ。
村人たちを争わせるわけにはいかない!
私は剣を抜いた。
「イヨちゃん!?」
驚いたような村長さまの声。
他のみんなも動揺したような声を出している。
私は剣を振り上げて――
――切っ先を自分の首に向けた。
「村長さまたちがあきらめてくれないのなら、私は死にます」
「イヨちゃん!?」
村長さまが困ったように眉を八の字にする。
私は決意を込めて言った。
「村長さま、どうか、あきらめてください」
「この、あほんだらが!」
叱り飛ばすような声。
「どうしてそこまでシャーバル家に味方する! お前はギニースなぞ、好きではなかろうが!」
「私は」
微笑して言った。
「村のみんなが大好き」
両目からぽろぽろと暖かいものがつたう。
続けて言う。
「村のみんなが死ぬような争いをするのなら、この首を捧げる所存です」
「ふざけるのも大概にせい! イヨ!」
村長さまの肩に、後ろから手を置く村の男がいた。
「村長、もうやめにしましょう」
「くっ! やめれるはずなかろうが!」
「イヨちゃんはここまで言っています。引き際です」
「く、くそっ!」
村長さまが顔を落とすのと、他のみんなが武器を下ろすのは同じタイミングだった。
それから。
隠れ家にいた全員が縄で両手を縛られる。
捕虜になった。
最後、村長さまは私に言った。
「イヨ、ワシはもうお前を村の人間だとは思わんからな!」
その厳しい言葉に、私は何も返事ができない。
ギニースが嬉々とした声で言った。
「全員、撤収!」
捕虜を引き連れて、私たちは山をくだる。