8-8 冬旅
翌日の朝。
僕たちが傭兵ギルドへ行くと、セシリはすでに建物の前で待っていましたね。
ヒメが近づいて行って挨拶をしたっす。
彼女は猫の時から、人見知りを全くしないんですよね。
「セシリ、おはようだニャーン」
「おはようございます。傭兵の皆さん」
「おはよう」とイヨ。
「どうもっす」と僕。
「おはよう、よろしく頼むぜー」とレドナー。
イヨが振り向いて言ったっす。
「テツト、私ダリルさんを呼んでくるから」
「分かりました」
僕は頷きます。
イヨがギルドの建物の中へと入って行きましたね。
ヒメとセシリが何か話し合っています。
「セシリ、昨日はよく眠れたかニャン?」
「はい。眠れました」
「今日から長旅ニャンけど、大丈夫かニャン?」
「はい。馬車での旅なので、楽をさせてもらえそうです」
ニコッとセシリが微笑します。
エルフは誰もがこのように整った顔立ちをしているんですかね?
年齢は二十代に見えますが、実際は何歳なのでしょう。
やがてダリルさんとイヨが建物から出てきたっす。
ダリルが両手を胸に組んで言いました。
「よーしお前ら。いつも通り、水とスティナウルフの食料は用意してある。地図はイヨに渡したからな。それじゃあ、気をつけて行って来い!」
「はいニャーン!」
ヒメが右手を上げてジャンプしました。
そして狼車の方へと歩きます。
馬車の前にはガゼルが寝そべっていましたね。
ヒメが元気いっぱいに挨拶をします。
「ガゼルニャーン!」
「グルルゥ」
(おはよう。ヒメ)
「またガゼルが一緒に行ってくれるのかニャン?」
(ああ、そうなった。お前たちとは縁があるな。今回もよろしく頼む)
「んにゃーん!」
そして僕たちもガゼルに挨拶をして、その身体を撫でました。
「ガゼル、よろしく」とイヨ。
「ガゼル、よろしくっす」と僕。
「頼むぜー」とレドナー。
(うむ。任せておけ)
そして僕らは馬車へと乗り込みます。
御者台には僕とイヨが並んで腰を下ろしました。
車の方には、ヒメとレドナー、それにセシリが乗ったっす。
ガゼルが立ち上がり、イヨをちらりと振り向きました。
(イヨ、どこへ行けば良い?)
イヨは地図と睨めっこをしています。
「とりあえず、町の東出口から出て」
(分かった。東だな)
ガゼルが歩き出し、馬車が旋回して動き出しましたね。
見送っているダリルが大声で言って手を振ってくれました。
「お前らー! 気をつけろよー!」
ヒメが馬車の窓をがらりと開けて、返事をします。
「任せるニャンよ~!」
手を振り返していますね。
そして、町の東出口から外に出て、狼車が道を行きます。
冬空の下は、かなり寒いっす。
イヨがリュックから毛布を取り出してくれました。
「はい、これ。テツト」
「ありがたいっす」
僕とイヨは肩から毛布をかけて、寒さを凌ぐ格好になりました。
「うふふ、こうするともっと暖かいわ」
イヨが毛布の中で腕をからめてきます。
僕は顔が赤くなって、されるがままでした。
気持ち良い上に気分が高揚します。
「ねえテツト」
「はい、何ですか?」
「テツトは、赤ちゃん何人欲しい?」
「あ、赤ちゃんですか?」
「うん。何恥ずかしがってるのよ。私たちもう婚約者なのよ?」
「そ、それはそうですね」
ちなみにイヨは婚約指輪をアパートに置いてきています。
仕事中につけて、壊れたりしたら大変す。
「うん」
「ええっと、二人は欲しいですね!」
「二人がいいの?」
「はい。僕は一人っ子だったので、兄弟とか、あこがれるっすよ」
「そうなんだ。私も一人っ子だから、その気持ちは分かるわ」
「はい。寂しくないように、二人以上が欲しいっす」
「じゃあ、頑張らないとね」
イヨが頬を染めて僕の顔を覗き込みます。
「うふふ」
「が、頑張りましょうかね」
「うん。この戦いが終わったら、作る」
「この戦いって?」
「イヅキを倒して。ジャスティンさんが次期魔王になったら、かな」
「そうですね。それがいいっす」
イヨが僕の肩に頭を預けてきます。
僕は右手で彼女の肩を抱いたっす。
「ねえテツト、私、テツトの夢の話が聞きたいわ」
「夢ですか?」
「うん。この先、テツトがどうなりたいか」
「そうですね」
僕は考えを巡らせました。
「実は僕は」
「うん」
「もっと強くなりたいんです。元々柔道家だったこともあって、戦うことに興味があるみたいです」
「ふーん。強い傭兵になりたいの?」
「そうですね。ミルフィ様やサリナさん、それに王様にも認められるような、強い者になってみたいです」
「そっか。じゃあ勇者になればいいかも」
「勇者ですか。なれますかね?」
「テツトならなれる」
「なれると良いっす」
それからもガタゴトと狼車が揺れて、道を行きます。
途中、イヨがヒメから懐中時計を借りて、方位磁石で進行方向を修正していましたね。
やがて、今日お泊まりする場所にたどり着きました。
野宿っすね。
近くに川が流れています。
狼車から降りると、ヒメが伸びをしました。
「あー、いっぱい寝れたニャン~。だけどちょっと寒かったニャンよ~」
「天使さま、大丈夫ですか?」
「平気だニャンよー。レドナーは心配性だニャンね~」
僕たちは落ちている小枝を集めて、地面にたき火を作りました。
川から鍋に水を汲んできて、いまイヨが料理を作っています。
「イヨ、今日の晩ご飯は何ニャンか?」
「うふふ、ジールコットよ」
いつかの旅で、ミリーという女性が作ってくれた料理と同じですね。
カレーっぽい味がする料理のことでした。
「やったーニャーン」
ヒメが万歳をしています。
「君たちって、家族?」
ヒメの隣に腰掛けているセシリが聞きました。
「んにゃん! あたしとテツトとイヨは家族だニャンよ~」
「ふーん。兄弟か何か?」
「ううん。イヨとテツトは夫婦だにゃんね~。あたしはテツトのペットだニャン」
僕の隣にいるレドナーがびくりと身じろぎしました。
眉をひそめて抗議します。
「天使さまはペットじゃねえぜ」
「え~、なんでニャン?」
「うふふ、ヒメちゃんはテツトのペットなの」
イヨがクスと笑って、円柱形の鍋をかき混ぜています。
セシリが首をかしげて言います。
「ペットってどういうことなの?」
「気にしないでください」
イヨは料理が完成したのか、ひとり一人の深皿にジールコットを盛り付けます。
「テツト、ガゼルの食事を運んできて」
「分かりました」
僕は立ち上がり、馬車に戻ります。
香辛料入りの樽から、大きなソーセージを二つ取って、木製の器に載せて戻ってきます。
それをガゼルの前に置きました。
「ぐるー」
(テツト、食べて良いのか?)
「いいっすよ。ガゼル」
(では!)
ガゼルががぶがぶと食べ始めます。
イヨがガゼルの分のジールコットを大きな木の器に入れて運んであげました。
セシリがパンにジールコットをつけて口に運びながら言ったっす。
「家族っていいですね」
少し寂しそうな声でした。
イヨが彼女の隣に腰を下ろして聞いたっす。
「セシリさんにも夫がいるんでしょ? えっと、ドワーフだっけ? その人」
「夫とは別れました」
「……ごめん、聞いちゃって」
「良いんです。それに、本当は私、子供を中絶しなきゃいけなかったんです」
「ドワルフだっけ? 食人族の」
「はい。私はどうしても産みたかったんです。産めば人生が変わると思った。それに、例え食人族でも、幼い頃から礼儀作法や、やってはいけないことなどをきちんと教えれば、食人族にはならないと思っていたんです。だけど、私は甘かった」
「結局、ダメだったんですか?」
「はい。私の息子、ヒューマは、一日に一人はエルフやドワーフを食べて生きています。食べたくて食べたくて仕方ないみたいなんです。だから、私は」
「辛いことをもう言わなくていいわ」
「ごめんなさい。それよりみなさん、今回の件が片付いたら、私から一冊のスキル書をプレゼントします」
「スキル書?」とイヨ。
「それはどんなスキル書ニャン?」とヒメ。
「それは、ウインドブレッシングという範囲回復魔法です」
「んにゃーん。魔法使いのあたしが覚えるかニャーン」
ヒメが嬉しそうに肩を揺らしていますね。
セシルは微笑して頷きました。
しかしその瞳はかすかに濡れています。
「はい。魔法使いの方が覚えるのが良いかと」
「やったーニャーン」
そして、食事を終えるとみんなで後片付けをしましたね。
順番に起きてたき火の世話をしながら就寝です。
最初のたき火の番は僕。
僕とガゼル以外の全員が寝袋に入りましたね。
モンスターが襲ってくることも無く、静かな冬の夜でした。