8-5 とんぼ返り
この間ね。
また伝書ガラスが来たんだけど。
手紙の内容は前と同じで、ルルのログレスの荒野への帰還を求めるものだったわ。
だけどルルはもう決めたのよね。
ジャスティンとシュナと一緒に、バルレイツでラーメン屋さんをやることにしたの。
だから。
だからさ。
帰らないって、返信を送っちゃった。
きっと今頃、フレ姉はカンカンに怒っているでしょうね。
でも、仕方無いじゃない。
ルルにだってルルの人生があるんだから。
お天気は快晴。
今いる場所はバルレイツ北。
ルルとジャスティンは、いつものように畑の世話をしに来ていた。
もう畑業務は他人に委託したんだけど、魔法はルルがかけないといけないのよね。
そうしないと、冬にいろいろな作物が実らないわ。
ルルは畑に向かって両手を突きだす。
金髪に肌が小麦色のジャスティンが軽快に言った。
「よーし、ルル、やってくれ」
ルルのお尻をぽんと叩く。
「分かったけど」
返事をして、それからルルは唱えた。
「植物成長!」
畑が緑色の光に包まれる。
これをしておけば、冬の寒さに関係なく春夏秋冬の作物ができるわ。
実もふっくらとして大きく、甘い粒ができるってわけ。
良いことづくめなの。
ルルは畑をくまなく見回して、魔法を加減する。
「今日はこのくらいね」
両手を下げた。
右手にジョウロを持った背のすらっと高いジャスティンが微笑する。
「よし! いいぞルル! それじゃあ帰るか」
「そうね」
ルルたちはアパートに向かって歩き出した。
ジャスティンは軽快に笑う。
「ルルー、俺様は考えた。ラーメンの味なんだが、もっとバリエーションを増やしたいと思う。そこでだ」
「うん」
「天界にいる金毛イノシシの骨から出汁を取れば美味いんじゃないかと思うんだが」
「それは美味しいかもね」
「だろー! はっはー。そこでだ。ルル、一日一頭でいいから、天界から金毛イノシシを狩ってきてくれないか?」
「嫌よ」
「そんな一瞬で否定するなよー。お前ー」
「嫌よ。第一天界に毎日通うことなんてできるの?」
「できるさあ」
「じゃあ、ジャスティンが狩ってくることね」
「俺はラーメンを作らなきゃいけねーじゃねーか」
「ルルもラーメンの具を作らなきゃいけないわ」
「……ちくしょー。うまく金毛イノシシを狩ってくる方法はねーかなー」
「豚さんにしなさいよ。農家から買えばいいじゃない」
「豚かー。うん、まあ、ひとまずはそーするかっ」
ジャスティンがため息をつく。
ルルもふーと息を吐いた。
歩いていると、ルルたちのアパートが見えてくる。
アパート前に、見慣れない影があった。
ルルは眉をひそめて目をこらす。
あれ。
イロハがいるわ!
どういうことなの!?
イロハって言ったら、天全六道の魅の長よ。
ジャスティンも気がついたのか足を止めた。
イロハはイヨと何か大声で話しあっている。
彼女の格好は、長旅をしてきたのか薄汚れていた。
イヨの後ろでは、ヒメとテツトとレドナーが困った顔をして成り行きを見つめている。
イロハが言う。
「だーかーらー、あたいはもう戦う気が無いんだって。バルレイツでテツトちゃんたちと一緒に暮らそうと思って、それで来たんだよ」
「信用できないわ」とイヨ。
「どうしたら信用してくれるの?」
「そんなの貴方が考えて。とにかく、即刻ここから立ち去って」
「嫌だよ。あたいはテツトちゃんと暮らすの! もう決めたんだ!」
「テツトは私の婚約者よ?」
「……そ、そうなの?」
たじろいだようなイロハの表情。
テツトは小刻みに頷く。
「へ、へぇ。だ、だけどそんなの関係ないよ。あたいはテツトちゃんと暮らすんだ!」
「聞き分けが悪いわね」
「聞き分けが悪いなんて言ったって、あたいはもう帰る場所なんてないよ!」
「そんなの知らないわ」
ルルは全身が粟立った。
六道の魅勢力と、ルルの故郷の触勢力って言うのは、昔から犬猿の仲なの。
お互いに男との夜のしとねを共にすることを得意としているって点で似通っている。
魅勢力は、相手を精神的に奉仕する。
触勢力は、相手を肉体的に奉仕する。
だけどやることは同じ。
同じことをする勢力は二つも要らないって周りから言われている。
だから、魅と触は仲がとても悪いのよね。
ルルはジャスティンを見上げた。
「ジャスティン、ルル、あの女嫌いだわ」
ジャスティンは目を細めて、ポケットからタバコの箱を取り出した。
一本くわえてマッチで火をつける。
ぷふーと吸った。
「魅と触の仲が悪いのは、今に始まったことじゃねーからなあ」
「うん。ルル、これ以上近づけない」
もしあっちがルルに気づいたら、襲いかかってくるかもしれないもの。
分かんないけどさ。
ジャスティンは歩いて行った。
イヨとイロハはまだ口論をしている。
そのイロハの肩にジャスティンは手を置いたのよね。
「よー、イロハの嬢ちゃん」
「誰!?」
イロハがびくりとして顔を上げた。
ジャスティンの接近する気配に気づけなかったみたいなの。
まあ、気配を殺して接近したんだけどね、ジャスティンは。
「俺様を覚えてるか? ハスティンだ」
「え、え、えー! だ、第一王子!?」
お互いに擬態のスキルを使っているんだけど、顔を忘れたりしないわよね。
「ああそうだ。イロハ嬢ちゃんが何しにバルレイツへ来たかは分からんが、ちょっと話あってみよう。話せば分かることだってあるだろ?」
イヨが目をとがらせて指さした。
「ジャスティンさん、この人」
「ああ、どうした?」
「テツトと住むって言って聞かないんです!」
「そりゃあ無理だな。イロハ嬢ちゃん」
「な、何でですか!?」
イロハが口をあんぐりと開ける。
「とりあえず、道ばたで会議もなんだ!」
ジャスティンは両手を開いたのよね。
そして言った。
「みんなで領主幹へ行こう」
「ど、どうして領主幹なの?」とイロハ。
「ミルフィさんに、イロハ嬢ちゃんのことを報告しなきゃいけねーからな。……そんな顔するなよー大丈夫だ。取って食ったりしねーって、ミルフィさんなら、良い方向に話を落ち着けてくれるだろうぜ」
「わ、分かった」
そう言うイロハの身体がぷるぷると震える。
イヨが後ろを振り向いた。
「みんな、領主幹へとんぼ返りみたいだけど、良い?」
「仕方無いニャーン」とヒメ。
「いいっすよ」テツトが頷いた。
「領主幹で朝飯を出してもらおーぜー」レドナーがのんきに言う。
そして、ルルたちは朝っぱらから領主幹へ行くことになったのよね。
ふと、ちらりとイロハがルルを見た。
何よ。
やるっていうの?
ルルはにらみ返す。