7-24 葬式
王都ハランクルスに来ていました。
二台の狼車で一週間、旅をしたっす。
僕たちは手紙で、ハランクルスに住んでいるルピアやミリー、ヨナやネモと待ち合わせをしていました。
町の門前で会うと、久々の再会を喜んだっす。
その後、ミルフィやサリナと共に、みんなで食事をしましたね。
今回はもう一台の狼車の手綱を引く役として、サリナも共に来ていました。
それにしてもです。
ハランクルスの町並みはすごいっす。
ロナード一番の城下町ということで、そこらかしこが綺麗に整備されていましたね。
背の高い木が等間隔に立っており、通路の地面は土ではなく、石畳でした。
冬なので花などはあまり咲いていませんが、春が来ればそれはそれは見事な光景なのだと、ルピアが話して聞かせてくれました。
大きな池や、丘の方に展望台があるということで、連れていってもらいましたね。
今回は観光旅行に来た訳ではありませんが、葬式の日にはまだ一日余裕があるっす。
大きな池の小舟には寒くて乗れませんでしたが、展望台から都市の全体の姿を眺めました。
途中、ルピアが小話を聞かせてくれましたね。
何でも、ロナードは大陸でも月の力が強い国らしいです。
そのせいか、大精霊の中でも月の精霊、ルプランが一番偉いみたいですね。
ちなみに、大精霊は大陸にいくつも存在しているみたいです。
どういうことかというと、例えばロナードにはイフリートという火の大精霊がいますが、アウランにはサラマンダーという火の大精霊がいるらしいっす。
同じ属性の大精霊が、大陸にはいくつもいるということですね。
その後、城の王様にみんなで挨拶に行くことになりました。
ルピアたちとはここでお別れのようっす。
ちなみに今回、狼車を引いてきたガゼルとステイシーは、馬車の待機所でお泊まりでした。
やがて通されたのは、謁見の間っす。
赤い絨毯が敷き詰められており、片側の机には家臣のような人間が椅子に座って並んでいました。
その際、僕たちは勇者の娘ミルフィの従者という体裁を取りましたね。
王様は赤いマントを翻しており、王冠をかぶっていました。
身長が高いっすねー。
見た感じ歳は、60を超えていると思いましたね。
そんな歳でも、重圧のある王という立場を務めているのだから、凄いっす。
「よく来た。勇者の娘、ミルフィよ。バルレイツの様子はどうだ?」
「はぁい。王様。バルレイツは先日事件なども起きましたが、町民に被害などはなく、無事に暮らしておりますわ」
「ほお。事件とな、詳しく聞かせてもらえるかの?」
「はい。それが何ですが……」
ミルフィは今回の事件の顛末を語って聞かせます。
イヅキの名前が出ると、王様は顔を歪めました。
王様は言います。
「バルレイツにもイヅキが出たか……、何としてでも討伐しなければいけぬ」
「王様、次の勇者にふさわしい者は、国にいないのですか?」
ミルフィの顔が真剣なものに変わりましたね。
いつも余裕しゃくしゃくのミルフィにしては珍しいっす。
王様は両腕を胸に組みました。
「わしがもっと若ければ良いが……、お前ぐらいじゃな、ミルフィよ。次の勇者にふさわしき者は」
「私はダメです、王様」
ミルフィが首を振りました。
どうしたんですかね。
いつも自信満々なミルフィが、顔をひきつらせています。
王様がその肩に手を置きました。
「ミルフィ、お前は以前、月の大精霊ルプランに会った時、その力の恩恵を受け止めきれなかった。体がもたなかったのう。じゃが、あれから数年が経っている。修行はしておるのだろ?」
「はい。修行はかかしておりません。ですが、もう一度やっても、私はまだ受け止める自信がないのです」
「ふむ。この国の大精霊で一番の強さを持っているルプランの力の恩恵、それが無ければイヅキと戦うにしても心許ない。誰か、誰か受け止めるほど器の大きい者はおらんのか?」
どういうことでしょうか?
ミルフィは、月の大精霊ルプランからは、力の恩恵を賜っていないみたいです。
全ての大精霊から力の恩恵を集めたと聞いていましたが、一つだけ穴があるみたいですね。
その時っす。
ミルフィの後ろでヒメが右手を上げましたね。
「あたしが受け止めるニャンよ~」
「お前は?」
王様が視線を向けました。
ミルフィは笑って顔を振ります。
「王様、お気にせずに、愉快な従者なんです」
「ヒメちゃん、静かに」
イヨが言って、ヒメの背中に手を置きました。
ヒメが笑顔で肩を揺らしています。
「んにゃん~、ルプランに会いに行くニャンよ~」
王様ははっとした顔をしましたね。
「ミルフィ、まさかそなたの背後にいるのは、従者ではなく、勇者候補生なのか?」
「……はい。実は、私が見初めて、期待している者たちになります」
「……ほお」
王様が僕たちの顔を眺め回しました。
目力が半端ないっす。
僕は心臓がドキドキとしました。
王様の唇に笑み。
「それは期待させてもらおうかの」
「王様、この者たちは、まだ時間がかかります」
ミルフィは小刻みに首を振ります。
王様は鷹揚に頷きました。
「そうかそうか。しかし、中々に有望な顔ぶれじゃ。あっぱれである」
「はい!」
ミルフィは嬉しそうに顎を引きます。
二人はそれからも近況報告をしたっす。
それが終わると僕たちは、王様の近衛兵に従い、今日泊まる部屋に案内されましたね。
ちなみに女性と男性は別々の部屋っす。
僕とレドナーは部屋で世間話をしながら、時間をつぶしました。
レドナーの提案で、城の内部を見物したりして。
ちなみに、レドナーはあれから剣を新調しました。
ティルルのお店から、マジックアイテムの剣を買ったようです。
赤い石のついた、ちょっと格好良い剣ですね。
道を行くと、びっくりしたんですが、角でイヨが知らない年配の女性と会話をしていたっす。
相手は魔法使いのような紺色のローブを着ており、杖を持っていますね。
僕は近づいて声をかけました。
「イヨ?」
「あ、テツト!」
イヨが振り返り、はにかんだ笑顔をくれました。
年配の女性が僕を眺めます。
「うん? イヨ、こちらが恋人のテツトさんですか?」
「そうなの! お母さん、こちらがテツト」
なんと、イヨのお母さんらしいっす!
そう言えば、王宮に魔法使いとして勤めているはずですよね。
イヨからしてみれば、久しぶりの再会のはずです。
名前は確か、エリザですね。
イヨが僕の腕を取って、エリザに向き直りました。
僕は照れちゃって、顔が赤くなったっす。
エリザが言いました。
「テツトさん、これからもイヨのこと、よろしくお願いいたします」
「いえいえ! 僕の方こそ、お世話になっているばかりで!」
「んふ、テツトさんはずいぶん真面目そうで、体格の良い方なのですね。母として、安心しました」
「そうなの! 私の恋人にぴったり」
イヨの笑顔が弾けます。
僕は謙遜して頭を垂れました。
「イヨは、素敵な恋人っす」
「あら、のろけるんですね」
「あ、すいません!」と僕。
「あのね、お母さん。テツトはね、テツトはね……」
それから、イヨは僕のことを一生懸命、母に語って聞かせました。
エリザは嬉しそうな顔で、時々目を細めて涙ぐみながら、聞いてくれましたね。
かなり長話になったっす。
レドナーはどこかへ行っちゃったようでした。
やがて話が終えると、エリザは僕の右手を両手で握ります。
真剣な顔で言ったっす。
「テツトさん。イヨと仲良くね」
「あ、はい!」
「それと、イヨは昔から焼き餅焼きだから、他の女性は作らないように」
「お、お母さん!」
イヨが悲鳴のような声を上げました。
僕は苦笑したっす。
先日、イヨからはミルフィのことも愛するように言われたばかりっす。
どうすれば良いのでしょうか?
それにしても、イヨが焼き餅焼きだとは気づきませんでした。
エリザは最後に言ったっす。
「今度私、バルレイツに遊びに行くわ」
「本当? お母さん、私、いっぱいご馳走作ってあげる」
「ふふふ、楽しみしているわ。それじゃあね。あと、この後夕食だけど、王宮の食事は豪華だから、楽しんで」
「あ、うん!」とイヨ。
「分かりました」と僕。
「またね」
エリザが右手を掲げて、それから背中を向けて歩いて行きました。
僕はイヨの顔を見て聞きます。
「イヨ、焼き餅焼きだったの?」
「ち、違う」
「でも、お母さんがそう言ってたよ」
「違うとは言い切れないけど。ま、まぁ、人並みにね……」
「そうなんだ。じゃあ、僕は浮気をしないよ」
「……ミルフィのことはどうするの?」
「どうするもこうするも、僕はイヨだけだよ」
「もう、テツトはストレートなんだから」
そして僕たちは近くにあった長椅子に腰掛けて、少しイチャイチャしたっす。
甘いキスもしました。
人目が厳しいので、少しの時間だけでした。
僕たちはまたそれぞれの部屋に行き、やがて夕食の時間がやってきます。
その豪華な食事を終えて、お風呂に入り、今日は夜が更けていきました。
翌日です。
ハランクルスの墓地には、大勢の国民が集まっていましたね。
豪奢な着物を着ている人が多いことからして、集まっている人々のほとんどが貴族っす。
他にも鎧を着ていたり、武器を持っていたりする兵士がいましたね。
傭兵かそのたぐいだと思います。
勇者カノスの棺は六人の鎧を来た人間に運ばれていました。
その先頭には王様とミルフィがいます。
やがて墓穴に到着し、棺がロープを使って穴の下に下ろされました。
その際、集まっている貴族たちは涙ぐんでいましたね。
ミルフィは泣きませんでした。
棺の中に、カノスの骨はありません。
ただ遺品として、彼が宝具をたまわる以前に使っていた愛用の剣が、納められていました。
棺を下ろし終えると、役人たちが土をかけて、穴を埋めます。
僕はその光景を見て、思ったっす。
カノスはどんな人だったのだろう?
一度、会話をしてみたかったな。
稽古をつけて欲しかったな。
ミルフィの唇が動きました。
「お父様……」
遠くにいるので何と言っているのかは聞き取れません。
ただ、お父様と、そんなふうに唇が動いた気がしました。
たぶん、父へのお別れの言葉を言っているのだろうと思います。
そして、墓の前に神官が来ました。
神官がお決まりの言葉を述べると、今度は貴族たちが順番に、墓に花を添えていきます。
カノスの墓前は、花束で山盛りになりました。
カノスは、こんなにも人に愛された人だったようです。
……凄い人だったんだな。
こうして、ミルフィの父の葬式は終わりました。
これで7巻が終わりです。