7-22 その夜
領主館の食堂のテーブルで、椅子に座ってレドナーが泣いていました。
悔しさを堪えきれなかったみたいなんです。
先ほどイヅキと戦いになり、彼は負けてしまったそうで。
領主館に血まみれで飛び込んできたスティナウルフにまたがる彼を、メイドたちが治療してくれたんですよね。
レドナーが生きていてくれて本当に良かったっす。
命あっての物だねですからね。
レドナーがテーブルを右拳で叩いたっす。
ドンッ、と音が鳴りました。
「俺は何で、何でこんなに弱ええんだあぁぁああああ!」
「レドナーよ、これから強くなれば良いだけニャンよ」
いま、レドナーの隣にはヒメが座っていて、彼の背中をよしよしとさすってあげていました。
僕も慰めの声をかけます。
「レドナー、イヅキは敵の親玉だって話だから、今は負けても仕方無いよ。それより、生きていてくれて良かった」
「うん。みんなでこれから強くなる」
イヨも励ましの言葉です。
上座に座っているミルフィが神妙な顔つきで言いました。
「みなさぁん、今回もご苦労様でした。おかげでスキル書を取り戻すことができましたわ。スティナウルフの宿舎も守られて、万事解決ですぅ」
そうなんですよね。
イヅキはすでに町から離れたみたいなんです。
その際、スキル書の積んだ荷馬車を置いて行ったみたいですね。
移動の邪魔だからでしょうか?
おかげでスキル書を回収できました。
だけど、レドナーの落とした剣は盗んで行ったみたいです。
現地に行っても見つからなかったんですよね。
イヅキは一体何のためにスキル書を盗んだんでしょうか?
愉快犯のような気がします。
疑問は消えません。
レドナーがわめくように叫びました。
「俺は、俺はなあ! 男に犯されるところだったんだ! 尻の穴を、掘られるところだったんだぞ!」
ミルフィがぶすんと吹き出すように笑いました。
慌てて口を両手で押さえます。
ヒメがレドナーの頭を包むように撫でてあげましたね。
「よしよし、レドナーよ。良い子良い子、良い子だニャン」
「天使さまぁぁあああ!」
レドナーがヒメの胸にすがりついていきます。
愛のある光景に、僕はちょっと目をそらしました。
対面の席に座っていたラサナが立ち上がりましたね。
両手には一冊の本を持っています。
歩いてきて、レドナーにその本を差し出したっす。
「あんたぁ、レドナーって言ったかい?」
「ぐずっ、え、ラサナさん?」
「あんたあ、話に聞いたけど、勇者になるんだってね」
「勇者? 俺は、俺は……。今の俺じゃあ、とてもじゃないけれどなれない……」
「これ、あんたにやる!」
スキル書を見ると、プラズマと書いてあります。
びっくりしました。
マジッすか?
プラズマはSSランクのスキルという話です。
それに、ラサナの夫の形見ではなかったのでしょうか?
「い、いいのか? ラサナさん」
「あんたにやる! スキル書を取り返してくれたおわびだよ! だから、もっと強くなりな」
「いいのか? こんな高級品を」
「レドナー、ここはもらっておくだニャーン」とヒメ。
おずおずとスキル書を受け取るレドナー。
ラサナはぷいと背中を向けて、元の席に帰っていきました。
レドナーはスキル書を凝視したまま、動けないみたいです。
そこでミルフィがぽんと両手を合わせました。
「はい! みなさぁん、今回は本当にお疲れ様でした。それでは、任務報酬のお時間でーす」
みんなの顔色が明るくなりましたね。
ヒメが嬉しそうに肩を揺らします。
「うー、いっぱいくれニャン」
「今回はぁ、ラサナさんのお店の事件だけでなく、私自身やスティナウルフも狙われていたということで、私が報酬をお支払いしますわ」
ミルフィがほっぺに人差し指を当てます。
ヒメが聞いたっす。
「いくらニャン?」
「ん~、みなさん大活躍してくれたと思いますが、一日で片がついた、ということですので、15万ガリュと思っています」
「少ないニャーン」
「……ですが!」
ミルフィは両手のひらを合わせます。
続けて言いました。
「みなさんとのこれからのお仕事に期待して、倍の30万ガリュで手を打ちましょう。イヨ、テツトさん、いかがでしょうか?」
イヨが笑顔で頷きます。
「いいわ、ミルフィ」
「太っ腹っすね」
僕も嬉しかったっす。
ミルフィは懐に用意してあった紙袋を取り出して、すぐ隣に座っていたイヨに渡しました。
イヨはお金を細かくして、四分の一の額の7万五千ガリュを封筒に入れ直し、レドナーへと回します。
しかしレドナーは首を振りました。
「お、俺はいい! 負けちまったから」
「レドナーニャン、もらっておくニャンよ」
「天使さま、良いんですか?」
「んにゃん!」
「天使さま、俺は、俺はもう、負けません!」
レドナーが封筒をポケットにしまいました。
ラサナの隣に座っているウンディーネが口を開きましたね。
「それで、イヅキとやらは、どのくらい強かったのですか?」
「……ありゃあやばいぜ。剣筋が全く見えなかった」
レドナーが首を振ります。
ウンディーネは重ねて聞きました。
「テツト、イヨ、ヒメ、レドナー。貴方たちにしっかりと聞いておきたい。貴方たちは、これから勇者を目指すつもりがありますか? それはつまり、魔王やイヅキを倒せ、ということなのですが」
「どうしてそんなことを聞くのですか?」
イヨが疑問を呈します。
ウンディーネは両手を胸に組みました。
「それは、もしあなた方が勇者になる気があるのなら、帰宅後、小生は他の大精霊たちに手紙を出そうと思うからです。手紙を出せば、貴方たちが他の大精霊から力の恩恵をもらうのも、スムーズに進むことでしょう」
「絶対なる!」
レドナーが吠えるように言いました。
イヨと僕も、つられてコクコクと頷きましたね。
ヒメが元気に右手を上げたっす。
「勇者になるニャーン」
「そうですか。では帰宅後、他の大精霊に手紙を書くとします」
「ありがとうございます。ウンディーネ様」
イヨがお礼を言って、頭を下げました。
ミルフィは両手のひらを合わせて言いましたね。
「それではみなさん、お話も済んだところで、夕食にしましょう。今日はジャスティンさんたちが来てくれていて、バルレイツのご当地グルメを作ってくれていますわぁ」
「本当?」とイヨ。
「んにゃーん、故郷の味だニャーン」とヒメ。
「それは楽しみですね」とウンディーネ。
「やっぱり、ラーメンですかね」と僕。
「そりゃあ、美味しい料理だといいねえ」とラサナ。
「腹減ったぜ」とレドナー。
ミルフィが呼び鈴を鳴らすと、厨房からサリナが顔を出しました。
「今運びます」
彼女がそう言って、また扉が閉じられました。
少しして、ジャスティンとルルとシュナ、それに他のメイドたちも手伝って、湯気の上がる器が運ばれてきましたね。
ジャスティンが陽気に挨拶をくれました。
「みっなさーん。こんばんはー!」
「ジャスティンニャーン」とヒメ。
みんなが笑顔で挨拶を返しました。
やっぱりっす。
器を見ると、ラーメンですね。
かなり美味しそうな香りがしています。
みんなのテーブルの前にラーメンが用意されて、ジャスティンとルルとシュナも席に着きました。
「これがご当地グルメですかぁ。すっごく良い香りですねぇ」
ミルフィがわくわくと顔をほころばせていましたね。
ラサナさんもラーメンを初めて見たようで、
「こりゃあ、美味しそうだねえ、初めて見る料理だけれど」
「小生もです」
ウンディーネが器に顔を落として、ラーメンを見つめています。
ミルフィがフォークとスプーンを持ちました。
「それじゃあ皆さん、いただいちゃいましょう」
「神よ、今日の恵みに感謝します」
イヨはいつもの祈りの言葉っす。
ジャスティンが自信満々に胸を張りました。
「いただいちゃってくだっさーい。自信作です!」
「おう! これを食べりゃあ、寒い冬も乗り切れるぜ」
シュナが男勝りの声で言いました。
僕も「いただきます」を言って食べ始めます。
茶色いスープが甘くて濃厚ですね。
あれだけあった臭みが消えています。
バキルの出汁が良く出ていて、こりゃあ美味いっす。
フォークで麺をすくって、口に運びました。
ツルツルでシコシコとしており、弾力がありますね。
すごいっす。
この短期間で、どうやってここまで完成度を高めたでしょうか?
このラーメンは、はっきり言ってマジうまっす。
ヒメが嬉しそうに首を揺らしました。
「美味いニャン~、美味いニャンね~」
「ぐすりっ」
どうしてかレドナーはまた泣き始めました。
イヅキとの戦いを思い出したのでしょうか?
イヨが僕に笑顔を向けます。
「テツト、これなら売れそう!」
「本当だね。これは行けるよ!」
僕も同意したっす。
ミルフィはしゅるしゅると麺をすすって、それから満面の笑顔を浮かべました。
ジャスティンがおそるおそる聞きます。
「ど、どうだい? ミルフィさん」
「ばっちぐーですぅ!」
ミルフィが片手の指で丸を作りました。
ジャスティンは嬉しかったのか、笑い声を響かせましたね。
「はっはー。このラーメンなら天下を取れるぜ。バルレイツの町民の胃袋を無双してやるってことだ!」
「店長! 私がアドバイスしたから、こんなに美味くなったんだからな」とシュナ。
「ルルの鶏肉の味はどうなのよ」とルル。
「ルルさん、鶏肉おいしい!」
イヨが笑顔を向けましたね。
ルルはまんざらでもない様子で、唇に笑みをたたえました。
「本当? イヨ」
「うん!」
「それなら良かったわ」
「甘辛くて、ラーメンやスープと良く合ってる」
「ふふーん」
珍しいですね。
ルルが鼻歌を歌っています。
いつもご機嫌斜めに見える彼女ですが、鼻歌を歌うこともあるんですね。
ウンディーネが言いました。
「この料理は、水の神殿にも持って帰りたいですね」
「そんなことしたら、麺が伸びるんじゃないかい?」
ラサナがツッコんでいます。
ウンディーネは小刻みに頷きました。
「やはり、そうなりますよね」
「うん。食べたいなら、バルレイツに来るしかないねえ」
ラサナがゆっくりと鶏肉を口に運びました。
僕はもう食べ終えちゃいました。
器から顔を上げます。
「おかわりはないっすか?」
「あるぜ! テツト少年!」
ジャスティンが軽快に頷きます。
そしてその日、ラーメンを堪能した僕たちは、満足で夕食を終えたのでした。
さて。
明後日にはイヨの、ウンディーネの再試練の日です。
彼女には心して取りかかって欲しいですね。
勝つことを祈るばかりです。