7-20 刺客(ミルフィ視点)
やはり敵が来ましたか。
メイドの一人に呼ばれて、執務室で仕事をしていた私は剣を持ち、領主館の玄関に行きます。
大体おかしいと思ったのですぅ。
ラサナさんのお店からスキル書を全部盗むなんて。
敵さんは、お金が欲しいとも違う。
欲しいスキル書があるとしても何か変ですぅ。
つまり、この私への挑発としか考えられませんわ。
玄関に行くと、ドルフがいて、慌てて声をかけてきました。
「ミルフィ様、敵襲です! 敵襲!」
「落ち着いてくださぁい、ドルフさん。いま、私が向かいますわ」
私はいたって平静。
敵が何人来ようと、返り討ちにするつもりだった。
玄関を抜けて門の方へ行くと、すでにサリナと何人かのメイドがいた。
敵と戦っている。
私は敵をひとり一人観察した。
数は三人いる。
ゴスロリ服の弓使い。
修道女姿の魔法使い。
そして執行人のような雰囲気のサイボーグの男。
あら。
たった三人で攻めていらしたんでしょうか?
私も舐められたものですねー。
「ミルフィ様!」
サリナが駆け寄ってきて、私を守るように立った。
ゴスロリ服の少女が弓をつがい、こちらへと矢を放っている。
「殺す、殺すデスヨー!」
びゅんびゅん音がして、空気を切り裂いて飛来する矢。
それをサリナがダガーで次々にたたき落とした。
他のメイドたちは負傷している者もいて、敵と戦うには危なっかしい。
というか邪魔ですね。
まだまだ未熟なメイドさんたちです。
私は声をかけた。
「サリナ、他のメイドたちを下がらせて」
「かしこまりました。メイドたち! 領主館に下がりなさい!」
「「はっ!」」
メイドたちが声を揃えて返事をした。
順次、門の奥へと下がっていく。
「逃がさないデスヨー!」
ゴスロリ服の少女がメイドの背中に向かって矢を放つ。
私は唱えた。
「テラーバリア、ですわぁ」
ピンク色の球状のバリアに包まれる私。
メイドたちをガードするように移動して、矢を防いだ。
「コードネームヒロインが出たな」
サイボーグの男が嬉しそうにニヤッと笑って、こちらへと歩いてくる。
修道服の女が杖を向ける。
「あれがヒロインですね。なるほど、髪の色が緑色です」
私は、あははと笑った。
コードネームヒロインって、私のことでしょうかー?
勇者はヒーローと言いますし、その娘の私はヒロインということですねぇ。
中々良い感じのコードネームをいただきました。
私は歌うように言う。
「お三方、今日は何をしにこちらへいらしたのでしょうかー? ここはバルレイツの領主館。用事の無い方は、引き下がって欲しいのですが!」
「俺たちは傭兵団ヴァルハラ。お前がミルフィだな」
サイボーグの男が一定の間隔を置いて、立ち止まります。
「はぁい。私、ミルフィですわ」
「お前の命を頂戴しろと、団長は仰せだ。よって、殺させてもらう」
「それはどうしてですかー?」
「知らんな。俺はそこまで説明を受けて無い。ただ、お前は自分の町にモンスターを引き入れて、仲間にしている。だからじゃねえか?」
「ええ、スティナウルフちゃんたちは、私の仲間です! 可愛いんですよぉ?」
「……。人間以外の種族は全部殺す。それがヴァルハラの役目だ。スティナウルフを仲間にしているミルフィ、お前は殺させてもらう」
「ちょっと、ちょっとちょっと待ってくださぁい」
私は体をぶんぶんと振って抗議した。
続けて言う。
「魔族には話ができて、心を通じ合わせることのできる者たちがいますぅ。それを殺す必要があるというのでしょうかぁ?」
「あ?」
サイボーグが眉をひそめた。
私は続ける。
「スティナウルフちゃんたちはあんなに可愛いのに、殺すなんて可哀想ですぅ」
「そういうことじゃねえ。ヒロインよ。俺たちは人間以外の種族を皆殺しにする。理由? 楽しいからだ。殺戮、イコール、楽しい。それ以上でもそれ以下でもねえ」
「貴方たち、悪、ですねぇ……」
私は辟易としてつぶやいた。
サイボーグの男がこちらへと歩き出す。
「ヒロインの抹殺を開始する」
「サリナ!」
私が呼んだ。
「はい」とサリナ。
「私が目の前の男をやります。サリナは弓使いをお願いします」
「かしこまりました」
「小生は誰をやれば?」
ふと、ウンディーネ様の声が後ろからした。
物音に気づいて出て来てくれたようだ。
私はちらりと振り返り、そして言う。
「ウンディーネ様は、よろしければ、奥の魔法使いをお願いしますわぁ」
「ふむ。かしこまった」
「行きますわぁ!」
そして、私たちはそれぞれの相手との戦闘に入った。
私はサイボーグの男に向けて剣を横薙ぎに振るう。
すでにテラーバリアの効果時間は過ぎて、消失していた。
「貴方、お名前はぁ?」
「俺はデオルゴ、お前を殺す者の名だ」
拳と剣が衝突し、ガツンガツンとけたたましい音が鳴る。
あら、力が強いですねぇ。
スキルを使って一気に殺すこともできるのですがぁ。
ここは少しお話をして、情報を聞き出しましょうかねー。
「デオルゴさん、貴方たちの団長の名前は、イヅキさんで間違いありませんか?」
「イヅキ様の名前を、やすやすと口に出すな!」
デオルゴが右拳を振るう。
その時、拳の速度を加速させるように腕から火が出た。
拳と剣が衝突し、爆発が起こる。
ズドーンッ!
私は驚いて飛び退いていた。
地面には陥没したような穴が空いている。
すさまじい威力ですねぇ。
なるほど、殴った瞬間に爆発を起こし、相手を吹き飛ばす仕掛けのようです。
デオルゴが言った。
「はは、ヒロイン弱し。ここに墓石を立てようか」
「あらぁ、私、全然本気を出していませんですよぉ? 本当に、全然ですぅ」
私はいたずらっぽく唇をすぼめる。
「なんだと?」
「デオルゴさん、ヴァルハラの構成員は、結構多いのですか?」
「これ以上情報をやる気はない」
「そうですか。では情報交換にしましょう。デオルゴさん、私に何か聞きたいことはありませんかぁ?」
デオルゴは一瞬鼻白んだ。
少しして、眉をひそめて口を聞く。
「ヒロイン、お前を倒せば、エリアロマンスという名のスキル書が手に入るのか? 勇者の家系にしか生まれないスキルのことだ」
「はい。落とすと思いますわ」
「そうか。じゃあ俺はそれが欲しい」
「ふーん。倒せると良いですねぇー。私、応援しちゃいます」
「ふっざけてんのか?」
「いえいえ、それよりも、情報交換ですぅ。デオルゴさん、ヴァルハラの構成員の総数を教えてくださぁい」
デオルゴが舌打ちをして頭を振った。
やがて顔を上げる。
「10人ほどだ」
「10人!? 少ないですねー! その人数で、お父様たちを倒したのでしょうかー?」
「勇者カノスは、イヅキ様が倒した。イヅキ様は無敵の男だ。現在、この世界にイヅキ様にかなう生物はいないだろうな」
「そのイヅキさんですがぁ、今、どこにいらっしゃるのですか?」
「それは言えん」
「ふむふむぅ。分かりました。では次の質問ですがぁ」
「おい! 戦闘開始だ。ヒロイン」
デオルゴが走って向かってきた。
ふむぅ。
もうちょっと聞きたいことがあったのですが、仕方無いですぅ。
デオルゴさんには、消えてもらいましょう。
私は唱える。
「エリアロマンス」
私の足下に黄色い魔方陣が現れる。
その効果は、魔方陣の上に立っている者の魔力消費量をゼロにするというものだ。
つまり、魔法を撃ち放題ですわ。
私はまた唱えた。
「ソーラーフレア!」
「何!?」
ドゴーンッ!
デオルゴの眼前が爆発し、デオルゴの服が燃え盛る。
そもそも彼はズボンしか履いて無かったので、燃えているのはズボンだけなのですけれど。
その頃にはサリナがゴスロリ服の少女を追い詰めていた。
弓をたたき切ったようで、少女が逃げ惑っている。
その奥では、ウンディーネ様と修道服の女が魔法の撃ち合いをしていた。
デオルゴが叫ぶ。
「おい! レビィ、アリシア! 集結スキルを使うぞ!」
「わわっ、分かったデス!」
「はーい。今行きますね!」とアリシアという名前らしい修道服の女。
「させません!」とサリナ。
「行かせるか!」とウンディーネ。
アリシアが天空に向けて唱えた。
「閃光弾」
光の玉が打ち上がり、光の爆発が起こった。
辺りがまばゆい光に包まれて、それが止むと、敵の三人が一カ所に集まっていた。
三人が口を揃えて唱える。
「「召喚、ベヒーモス!」」
彼らの前に、虹色に光る魔方陣が現れる。
虹色のスキルは集結スキルの色ですねぇ。
これはやばいです。
「グヒイイィィイイイイイイ!」
けたたましい咆哮を上げて、その場に怪獣のようなモンスターが立ち上がった。
紫色の毛並み。
口と頭には太い角。
鬼のような怖い顔。
背中にはトゲが生えていて、尻尾の先まで生えそろっている。
……。
仕方ありません。
私、久しぶりに、本気を出させていただきましょうか。
行きますよー!
私が覚悟を決めたその時です。
「エクスプローシブバレッツ!」
横から炸裂弾の魔法が飛来して、ベヒーモスの顔面に命中した。
ズダァァアアンン!
辺りの建物の窓が割れてしまうほどの衝撃だった。
「ボオオォォォォオオオオオ!」
ベヒーモスは悲鳴を上げ、顔の半分を無くして、その場に倒れ込む。
デオルゴがびっくりとして叫んだ。
「だ、誰だ!?」
「はっはー! 決まったぜ。ヒーローは遅れて現れるってなあ。ミルフィさんたち、無事かい?
!
ジャスティンさんが来てくれましたー。
いやあ、すごい威力ですねぇ、ジャスティンさんの魔法スキルは。
王族の力、という奴でしょうか?
杖で肩を叩きながら、こちらへゆったりと歩いてくる。
デオルゴが言った。
「全員、離脱だ!」
「仕方無いのデス!」
「今回は私も離脱します。ワープの魔法を覚えましたのでね!」
二人が来た道を逃げるように走っていく。
アリシアだけはワープの魔法スキルを使い、オレンジ色の魔方陣と共に姿を消した。
サリナが言った。
「ミルフィ様、追いますか?」
「いえ、いいの。敵さんの恨みを買いたくありませんから」
私は手を上げて制した。
サリナは緊張していた顔を緩ませて、ふうと息をついた。
「そうですか」
「追わなくて良いのですか!?」
向こうではウンディーネ様も同じことを言っている。
私は右手のひらを振って、追わなくても良いことを合図した。
左手の方からはジャスティンさんが歩いてきて、声をかけてくる。
「はっはー。今の敵は何だったんだい? ミルフィさん」
「いやー、勇者の娘ともなると、これが大変なんですよー。ジャスティンさん」
「ふーん、まあいいや。それよりミルフィさん、約束していたところの、ご当地グルメが完成したぜ。良かったら、これから店に食べに来て欲しいんだが」
「本当ですか!?」
私は顔をほころばせた。
さすがジャスティンさん、もう作ったみたいです。
敵が襲ってくるかもしれないので、今は領主館を離れられない旨を伝えると、ジャスティンさんは今夜厨房を貸して欲しいと頼みました。
夕食にご当地グルメを作ってくれるみたいなんですぅ。
私は笑顔で了承しましたねー。