7-19 乱戦
召喚獣プアレルが町を疾走していました。
揺れが激しすぎて、僕はもう何度落ちそうになったか分からないっす
プアレルの背中の毛をわしづかみ、体勢を低くしてみんなが振動に耐えていました。
やがてスティナウルフの大きな宿舎が見えてきましたね。
玄関口にはスティナウルフが何頭も出ていて、戦っているっす。
マジすか!?
もう襲われていたようです。
敵を見ると、知った顔です。
赤い服の男、ギニースと、確かヨミチとかいう名前の白いスーツの男が宿舎を襲っています。
僕は無を意識して魔力を漲溢させたっす。
ヒメが叫びました。
「やっぱりニャンか! みんな、いま助けに行くニャンよ~!」
「許さないワン!」
フェンリルの怒りの声っす。
プアレルは宿舎の前で止まり、みんなが飛び降りました。
玄関口にはガゼルがいて、ヨミチと格闘していますね。
体が血まみれになったバロンがいて、それでもギニースに突進を繰り返しています。
他にも大勢のスティナウルフの大人たちが出てきていました。
すぐにフェンリルが夫の隣に走ったっす。
「ガゼル!」
「フェンリルか! どこへ行っていたのだ!?」
ガゼルの語気は荒いのですが、安堵が顔に滲んでいたっす。
フェンリルが口早に言います。
「ごめんワン。後で言うのん。それより、この白いスーツを倒すワンよ!」
「そうだな!」
頷くガゼル。
ヨミチが悪態つきましたね。
「何であーるか? 次から次へと敵が増えるのであーる。こうなったら、我が輩も本気を出すのだ。修行の成果をとくと見よ。一念通天!」
ヨミチの全身が黄色い波動に包まれました。
まるでサイヤ人っす。
その間にも、イヨと僕はギニースの方に向かっていました。
ヒメはプアレルを送還したようで、召喚獣が消えましたね。
僕は叫ぶようにコミュニケーションを取ります。
「フェンリル! 僕たちが赤い方を!」
「分かったワン! それじゃあ僕とガゼルで白いスーツをやるワン!」
フェンリルの声が怒っています。
そのせいか空気が重いっす。
ざわざわと鳴る風音が、その場にいるみんなにプレッシャーをかけていました。
ヒメは後方で、ぜーぜーと息をしています。
「テツトあたし、プアレルを召喚したせいで、ちょっと疲れちゃったニャンよ~」
「ヒメちゃんは下がっていて」
イヨが声をかけました。
フェンゼルとマロの二頭は玄関へと走り、そこに二人で並びます。
幼いながらも、二頭で玄関を守るつもりなのでしょうか?
正直な気持ちを言うと、二頭には宿舎の中へ下がって欲しかったっす。
戦いの邪魔ですね。
ギニースが吠えるように言いました。
「いいい、イヨじゃないか! おおお、俺と、つつつ、ついに、けけけ、結婚する気になったのかい?」
「貴方なんかと結婚しない!」
イヨが嫌そうに叫びます。
何だか、ギニースのしゃべり方が変ですね。
壊れた機械のような響きっす。
ヨミチが言いました。
「ギニースよ。あの兵器を使ってここにいる大勢を吹き飛ばすのだ!」
「わわわ、分かった。ままま、任せろ」
ギニースがポケットから銃を取り出しました。
青白い大きな銃です。
僕は体が粟立ったっす。
……あれを撃たれたらやばいかもしれない。
イヨが声をかけました。
「テツト、やるよ!」
「分かった!」
すぐに彼女の言おうとしていることを理解して返事をします。
イヨが盾を剣で二回叩きました。
イヨと僕が叫んだっす。
「「獅子咆哮!」」
ガウー!
赤銅色の獅子が飛び出ました。
しかしその前に、ギニースは玄関に向けて銃を撃ったっす。
「みみみ、ミストルベインの、ははは、破壊力を、ととと、とくと見よ!」
ズドンッ!
青白い玉が射出されて、その玉はフェンゼルとマロを狙います。
やばい!
二人が死んだりでもしたら……
その時です。
(曲がれよ曲がれ。あれよと曲がれ!)
フェンゼルが唱えました。
その足下に黄緑色の魔方陣が展開していますね。
青白い玉は上へと曲がり、空に向かって飛んで行きました。
そこで銃弾が爆発します。
獅子咆哮を右に跳んで避けたギニースが、ぎょっとした顔をしました。
「あああ、当たらないだと!?」
ギニースは、何度も何度も銃を撃ちます。
ズドンズドンズドン!
フェンゼルがまた唱えたっす。
(曲がれよ曲がれ。その先曲がれ!)
青白い弾丸は全て曲がり、空へと向かっていきます。
ボーン、ボーン、ボーンと空で銃弾が弾けました。
何ですかねこれは。
多分、フェンゼルの詠唱スキルです。
イヨが感嘆の声を上げました。
「すごい! フェンゼル」
「フェンゼル、やるニャン!」
ヒメがフェンゼルとマロの隣に移動していましたね。
そこでヒメがトライアングルバリアを唱えました。
玄関を守ってくれるようです。
「「キャウワン!」」
(ヒメ姉ちゃんたちは、僕が絶対に守るんだ)
(守るでしゅー)
マロも爛々と瞳を光らせています。
ガゼルとフェンリルは、ヨミチと戦っているのですが。
黄色い波動を全身に帯びたヨミチは強く、中々致命打を与えられないみたいっす。
その時マロが唱えました。
「キャゥゥゥ!」
(マロのミラクルラッキーでございましゅる~!)
マロの足下に黄色い魔方陣が出現しましたね。
瞬間、ヨミチが何も無い地面の上で、足をもつれさせて転びました。
「な、なんであーるかー?」
「マロ、ナイスだ!」とガゼル。
「マロ、よくやったのん!」とフェンリル。
二人が顔を合わせて勝ち気な笑みを浮かべました。
ヨミチに蹴りかかります。
ギニースはまだあきらめていないようで、今度はネクロマンサーの笛を取り出していました。
「こここ、来い! ととと、父さんと、むむむ、村の英雄ガナッドよ!」
笛を吹きます。
ピヨロローと音が響きました。
イヨがびっくりしたように顔を歪ませましたね。
「ガナッドって、私のお父さん!?」
その場に立ち上がる二つの黒い影。
一人はセルルです。
もう一人は髪が長く、大剣を持っており、猛獣のような格好の人間でした。
くそ。
ギニースはイヨのお父さんをも傀儡にしたってことですかね。
多分そうっす。
許さないぞ。
僕は叫びました。
「イヨ、倒すよ!」
「わ、分かった!」
イヨが頷きます。
僕はセルルに向けて走りました。
弱い奴から倒すのが常套手段っす。
セルルが剣を振り、唱えます。
「スキルスタンスラッシュだのー!」
「はらはら回避」
僕は紙一重で斬撃を回避し、セルルの懐に入って一本背負いを決めました。
同時に唱えます。
「凍結背負い」
どしんっ。
セルルの体が凍りついています。
太っちょの顔面が、苦痛に歪んだまま固まっていますね。
その顔面を殴りつけました。
「ポンコツパンチ!」
青い波動を帯びる僕の右拳。
「ぬうあぁぁあああああああ!」
顔面が割れて、セルルの影が四散します。
顔を上げて見回すと、ガナッドとイヨはどうしてか握手をしていましたね。
……えっ!?
ガナッドがイヨの肩をぽんぽんと軽く叩きます。
「イヨ、大きくなったな」
「お父さん、私、強くなったよ」
イヨの目が涙ぐんでいますね。
ガナッドはニカッと笑ったっす。
「これからも元気で暮らせよ。あと、エリザによろしくな」
「分かった。お父さん!」
コクコクと頷くイヨ。
ギニースがたまらず声を上げましたね。
「おおお、おい! ががが、ガナッド、おおお、お前、たたた、戦え!」
ガナッドがギニースを振り向きました。
「はあ!? 戦えとか、知らんし。お前ごときが俺を使えると、本気で思っていたのか?」
「ががが、ガナッド。おおお、お前は俺の、ししし、死霊傀儡だ」
「知らんし」
ガナッドはまたイヨに向き直ります。
そして言ったっす。
「イヨ、次に会うのは天国だ。悔いの無い人生を送れよ!」
「お父さん、行っちゃうの?」
「ああ、それじゃあな」
ガナッドの黒い影が煙のように空中に溶けて消えましたね。
やった!
今がチャンスです。
あとはギニースを撃破すれば良いだけっす。
「くくく、くそがー」
ギニースが大きく口を開いたっす。
口から銃口のような物が飛び出て、銃弾が四方八方に乱射されました。
ズダダダダダダッ。
フェンゼルが唱えます。
(曲がれよ曲がれ。上へと曲がれ!)
銃弾は僕たちに届く寸前で、空へとそれて行きます。
フェンゼルが大活躍でした。
「ななな、なんだこりゃああぁぁあああああ!」
ギニースが悔しい声を上げていますね。
ざまーみろです。
僕は唱えたっす。
「へっぽこパンチ!?」
右手がオレンジ色の波動を帯びて、一直線にギニースを狙います。
その顔面を殴りつけました。
「グギョーン!」
ギニースは人間の声とも機械の音ともつかない悲鳴を上げて、後方に吹っ飛びましたね。
そしてその頃にはガゼルとフェンリルがヨミチを追い詰めていました。
ヨミチの体からは黄色い波動が消えています。
たぶん時間の経過で消失したんだと思います。
「これは撤退が良いかもしれないのであーる」とヨミチ。
「逃がさん!」
ガゼルがヨミチに向けて唱えました。
「蛇這の牙」
「蒼天の牙」
フェンリルも唱えました。
その時、ヨミチが尻を向けたっす。
「大放屁離脱なのであーる」
ぶおんっ! と巨大な屁をこいて、ヨミチが通りの道へとぶっ飛んでいきます。
そのまま地面に着地し、全速力で走り、逃げて行きました。
その場に残されたオナラはひどく臭く、鼻の良いスティナウルフたちがげふんげふんと咳をしましたね。
地面に倒れていたギニースも唱えました。
「えええ、エスケープ」
白い煙に包まれて、姿を消したっす。
煙が晴れると、もうギニースの姿はありませんでしたね。
やばいっす。
ヨミチとギニースを逃がしてしまいました。
だけど、宿舎を守ることはできたようです。
回復魔法を使えるスティナウルフたちが中から何頭も出てきて、傷ついた者を治療していきます。
僕は安堵のため息をついたっす。
フェンゼルとマロを見ると、二人は生き生きとした笑みを浮かべていました。
その頭をヒメが撫でます。
「フェンゼルもマロも、頑張ったニャンね~」
「「キャウワンッ!」
(どうだい! ヒメ姉ちゃん。僕の魔法スキルの威力は!?)
(マロの魔法スキルは最強でしゅる~)
微笑ましい光景ですね。
イヨと僕は顔を合わせて、真剣な声で話し合いました。
「奴ら、次はどこを襲う気だろう?」と僕。
「分からないけど、もしかしたらミルフィを襲う気なのかもしれない」とイヨ。
「そうかもね。領主館へ行こうか?」
「だけど、ここを離れる訳にもいかない。スティナウルフの子供たちがいるから」
「そうだよね。くそう」
僕は力なく、肩を落としたっす。
その頃、領主館では――。