7-15 ラサナの悲鳴
朝食時。
イヨと僕はテーブルの椅子に隣同士で腰掛けているのですが……。
二人の間にはぎこちない空気がありました。
当然ですよね。
先ほどあんなことがあったせいです。
ミルフィは気持ちの切り替えが早いのか、いつものように静かに朝食を摂っています。
レドナーがジャムのついたパンをかじりながら言いました。
「何か空気が重てーな」
「何か変だニャンねー」
ヒメも感じ取ったようで、イヨと僕の顔をしげしげと見つめました。
首を傾げて言ったっす。
「イヨ、何かあったのかニャン?」
「な、何も無いよ?」
イヨの声には元気が無いっすね。
僕はまだ腹が痛かったっす。
それに比べて、ミルフィの顔はつやつやとしており、何だか楽しそうです。
美味しそうにコーンスープをすすっていますね。
ヒメが心配そうに聞きました。
「イヨ、ぽんぽん痛いのかニャン?」
「ち、違うから」
「そうかニャン? 女の子の日なのなら、仕方無いニャンけどー」
「違う違う」
「んにゃん~、それなら良かったニャン」
「ヒメちゃん、心配しないで」
イヨが言って、ヒメの肩に手を置いたっす。
ヒメは二度頷いて、
「何かあったら、すぐに言うニャンよ? イヨ」
「分かった」
「んにゃん!」
ヒメはまた食事を再開します。
僕は重苦しい息をゆっくりと吐きました。
対面の席に座っているウンディーネが言いましたね。
「イヨ。明後日は再試練を行いますが、準備はよろしいですか?」
「大丈夫です!」
イヨが背筋を伸ばして、きっぱりと言ったっす。
ウンディーネは黙ってコクコクと頷き、
「分かりました。では、明後日」
「はい!」
イヨの瞳が爛々と燃えていますね。
自信があるみたいっす。
受かってくれれば良いのですが。
僕は野菜の和え物を食べ終えて、最後にコーンスープをすすりました。
その時です。
館の玄関の方で、騒がしい声が聞こえてきました。
「あら?」
ミルフィが反応して頭を傾けます。
僕たちも眉をひそめたっす。
誰かが急ぎ足で歩くような音が聞こえて、食堂の扉がガチャリと開きました。
「ミルフィ様! ミルフィ様はいるかい!?」
なんと、入って来たのはラサナです。
いつもの茶色いローブ姿ですね。
その後ろには、困ったような顔をしたサリナがいます。
どうしたのでしょうか?
ミルフィがその場で立ち上がり、頭を一つ垂れました。
「おはようございますわ、ラサナさん。今日はどうなされたのでしょうか?」
「どうもこうもないさ! うちの! うちの店のスキル書が、全部盗まれちゃったよ!」
僕たちはラサナを向いて、顔を硬直させたっす。
ヒメが疑問そうにつぶやきました。
「スキル書が盗まれたニャン?」
「嘘」
イヨが顔をしかめましたね。
それから。
ウンディーネが一つ席を隣に移動して、空いた席にラサナが腰掛けたっす。
サリナもまだ同席していて、テーブルの下座に控えて立っていますね。
ラサナが事の次第をミルフィに語って聞かせました。
何でも、朝起きて店に行ったら、玄関の扉が破壊されていたのだとか。
ラサナの建物には、頑丈さを強化する魔法スキルをかけていたようですね。
それでも破壊されたのだから、強盗はかなりの手練れのようです。
スキル書は全部盗み出されており、本棚は空っぽになっていたようっす
話を聞いた後で、ミルフィは右手を顎に当ててうーんと唸りました。
ラサナが言います。
「ミルフィ様、お願いです。うちを、うちを襲った強盗を捕まえてくれませんかねえ?」
「ラサナさん、大丈夫ですよぉ。ラサナさんの店ぐらいのスキル書の数をぜーんぶ盗み出すとなると、少なくとも大きな荷馬車が一つは必要になるはずです。そんなにスキル書を積んだ、怪しい荷馬車が町の門を通過したという情報は、まだ私の元には届いていませんからぁ」
「奴らは、まだこの町にいるってことかい?」
「はぁい。そうなりますー」
そこでミルフィが僕の顔を見ました。
ドキリとしたっす。
ミルフィは嬉しそうに微笑んで、言いましたね。
「ラサナさん。今回の件、解決をテツトさんたちに頼むというのはどうでしょうか?」
「テツトくんたちに? 大丈夫かい? 確か坊やは、まだDランクの傭兵のはずじゃ?」
また坊や呼ばわりされたっす。
悔しいっすねー。
「はぁい。確かにテツトさんの傭兵ランクはDと低いですが、私としてはAランクぐらいの実力を持っていると感じています。どうですか? ラサナさん」
「ふ、ふうん。それじゃあ、頼もうかねえ!」
ラサナさんは不満があるようです。
ミルフィはにこりと笑いました。
「テツトさんたち、任務を請けてくださいますか?」
「任せろどっこいだニャンよ~!」
ヒメが元気に肩を揺らしたっす。
レドナーが右手の拳を掲げます。
「ラサナさん、任せとけ! 俺たち絶対に解決してやるからよ!」
「ラサナさんには世話になっているから、頑張ります」
イヨの声もやる気に満ちていますね。
僕も頷きました。
ラサナさんには、スキル書を何度も値引きしてもらっています。
「分かりました。やります」と僕。
ミルフィが満足そうに頷きました。
人差し指を立てます。
「では段取りに入りましょう。まず、ラサナさんの店を襲った何者かについてですが、これ、普通の強盗ではありませんよね! 普通の金目当ての強盗なら、銀行や宝石店を狙った方がお金になりますから。だから相手は、何か目的があってラサナさんの家を狙ったのだと思います。ですが、その理由が分かりません」
「ミルフィ様、あのね」
ラサナが声をかけました。
ミルフィが顔を向けます。
「はい、ラサナさん」
「うちのね、うちの店にはね。亡き夫の形見の、SSランクのスキル書があったんだよ。たぶん、奴らが欲しかったのはそれじゃないかと思うんだけどね」
ミルフィは二度頷いたっす。
「何というスキル書でしょうかー?」
「……プラズマだよ」
「……なるほど。だとしたらなおさら、スキル書を全部盗むというのは、おかしな話ですね。なぜならプラズマだけを盗めば良い話ですから。全部持ち出すとなると、移動の邪魔になりますからね」
「確かにねえ」
ラサナさんががっくりと肩を下げました。
ミルフィが口元に右手を掲げます。
「うーん、敵の目的が分かりません」
「また魔族なんじゃ無いかニャン?」
ヒメが発言したっす。
そう言えばそうです。
以前、ミルフィはこう言っていました。
私の町を襲ってくる者には心当たりがありすぎる、と。
ミルフィは眉をひそめて言ったっす。
「その可能性もあります。ラサナさんの店を襲ったのは実は挑発で、敵の本当の目的は私なのかもしれません」
「どうするの? ミルフィ」
イヨが聞きました。
ミルフィは右手をテーブルに置きます。
「とりあえず、イヨたちにはこの後、襲われた店に行ってもらいます。そこで何か敵の手がかりが無いか、調べて来て欲しいのです」
「だけど、スキル書の積まれた荷馬車は移動してるんじゃねーか?」
レドナーが言いましたね。
ミルフィは「うーん」つぶやくような声で言って、それからレドナーに顔を向けます。
「ではレドナーさんだけ、町を走り回って、荷馬車を探しに行ってもらう、というのは可能ですか?」
「お、俺だけ?」
「はぁい。移動手段は、この領主館にいるスティナウルフを貸し出します。乗って探し回ってください」
「町を走り回って、荷馬車を探すのか?」
「そうです。それしかありませんから。私やここにいるメイドたちが、大きなグリフォンを召喚できれば、それに乗って空から探せるのですが、残念なことに、人が乗れるほど大きなグリフォンを召喚できる者はいないのです」
召喚、グリフォン。
いつか、サクアという名前の女性が、その召喚獣のスキルを使っていたのを僕は思い出したっす。
確か、Aランクでしたよね。
ミルフィは両手を合わせました。
「みなさん、作戦開始です。よろしいですか?」
「わたしゃどこにいれば良いんだい?」
ラサナが聞きました。
ミルフィはまた人差し指を立てます。
「ラサナさんには、この領主館にいてもらいます。テツトさんたちと行動すると、敵と出くわした時に危険ですから」
「……分かった」
ラサナが深く頷きました。
イヨが右手を上げたっす。
「私たちはラサナさんの店に行けばいいのね?」
「はぁい。行って、近くに強盗の目撃者がいないかどうか、聞き込みもお願いします。敵の居所が分かったら、行って捕まえちゃってください。生死は問いません!」
ミルフィが指を下ろしたっす。
イヨはコクンと一つ頷きましたね。
「分かったわ」
「犯人を捜すニャーン」
ヒメの声はやる気満々ですね。
レドナーは表情に緊張を滲ませながらも言いました。
「俺は、荷馬車を捜せば良いんだな」
今回、レドナーは単独行動っす。
大丈夫ですかね?
心配していたって仕方ないです。
それに、レドナーは強いですから。
大丈夫と思うことにします。
ミルフィが両手のひらをたたき合わせました。
「それでは皆さん、早速ですが、任務に取りかかってください」
「「はい!」」
「んにゃん!」とヒメ。
僕たちは立ち上がり、それぞれ行動を開始したのでした。
ウンディーネはコーンスープをすすりつつ、黙ったまま事の成り行きを見守っていましたね。