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7-14 ミルフィの孤独



 合宿も五日目を迎えました。

 明後日には、ウンディーネとイヨの決闘が予定されています。

 いよいよですね。

 イヨは合宿中に何かを掴んだのか、頼もしい笑みを浮かべています。

 朝。

 いつも通り早起きしたイヨと僕が道場へ行くと、壁際にミルフィが正座していたっす。

 青い道着姿であり、両手を太ももに置いて、目をつむっていますね。

 日本でいうところの座禅でしょうか?

 おごそかな佇まいです。

 イヨが右手を上げて挨拶をしました。

「おはよう、ミルフィ」

「おはようございます」

 僕も頭を下げます。

 ミルフィが両目を開いて顔を傾けました。

 かすかな微笑をくれたっす。

「おはようございますわぁ、お二人とも。いつもの朝のトレーニングでしょうか?」

「うん」とイヨ。

「はい」と僕。

「そうですか。それでしたら、私のことはお気になさらず」

 ミルフィが再び目を閉じます。

 イヨと僕は顔を合わせて静かに頷き合いました。

 ミルフィとは少し離れたところで、筋力トレーニングを始めます。

 最近のイヨは、腕立て伏せを軽々とこなしますね。

 連続80回はできるようです。

 僕は恋人として、彼女の腕が太くなりすぎやしないか心配でした。

 筋肉がかなりついてきているんですよね。

 代わって僕の腕の方はと言うと、もう大根ですね。

 この半年で身長もだいぶ伸びました。

 計測したわけではありませんが、175センチぐらいはあるんじゃないでしょうか?

 男性の僕としては、嬉しい限りでした。

 ちなみにレドナーは、僕よりも背が少し高いっす。

 二人が最後のスクワットをしていると、ミルフィが声をかけてきました。

「あのー、イヨ?」

「どうしたの? ミルフィ」

 筋力トレーニングをしているイヨが鼻からふー、ふーと息を吐きながら聞きます。

 ミルフィは人差し指を唇に当てて、いたずらっぽい表情でした。

「イヨ、一夫多妻婚についてどう思うかしら?」

「は?」

 イヨはスクワットを続けたまま、疑問そうに右の眉を上げました。

 ミルフィは両手のひらをゆっくりと合わせます。

「ですから、一夫多妻婚です。このロナードでは、珍しくない結婚の形だと思うんですよね!」

「それって、一人の夫に多数の妻がいるってことよね?」

「はあい。そうですそうです。イヨのお父様は、一夫多妻婚では無かったのですか?」

「私のお父さんは、お母さん一人だったけど」

「そうですか。私のお父様、この国では勇者カノスと呼ばれていた人ですが、三人の妻がおりました。そのうち二人のお母様は、神様から子供を賜れず、たった一人、私の本当のお母さまだけが、私を産むことが出来ました」

 イヨがスクワットをやめたっす。

 首に下げているスポーツタオルで顔の汗を拭き、ミルフィを凝視したっす。

「ミルフィ、どうしたの? 好きな人でもできた?」

「いやあーですね。実は私、最近、心が折れそうで」

「それはお気持ちお察しするわ……」

 父が亡くなったという手紙を読んでからまだ一日です。

 ミルフィは顔には出しませんが、心が参っているようでした。

 イヨが続けます。

「だけど、一夫多妻婚って、ミルフィは何を考えているの?」

「いえいえー、ただの世間話ですぅ」

 ミルフィが唇をすぼめました。

 イヨがタオルで首を拭きます。

「だったらいいけど。ミルフィ、彼氏や夫を選ぶんなら、一夫多妻婚はお勧めしないわ」

「どうしてですか? イヨ」

「それは」

 イヨが唇をへの字にして振り向き、僕の顔を見ましたね。

 またミルフィを向き直ります。

「愛されるのは自分ひとりが良いじゃない?」

「そうでしょうかー?」

 ミルフィが音を立てずに立ち上がったっす。

 イヨに歩み寄りました。

「イヨ、私はこう考えます。女はなにも、殿方の心や体を独占しなくてもいいのです。女は男を支えるもの。立派な男なら、妻はいっぱいいた方が良いに決まっているのです」

「その考えは分からなくはないけど……実際そういう家庭もあるんだし。だけどミルフィ、ミルフィの想い人は誰なの?」

「私、今ここに、テツトさんに告白します!」

 !

 !!

 イヨと僕の目が点になったっす。

 ミルフィは頬を赤らめて「うふふ」とつぶやきましたね。

 イヨはすぐにとがめるような顔と声で、

「ちょっとミルフィ!」

 ミルフィの瞳が真っすぐに僕を見つめていました。

 心臓をわしづかみにされたような気分とはこのことです。

 僕は首を振りました。

「ミルフィ様、それはできないっす!」

「……どうしてですか? テツトさん」

「僕には……僕にはイヨというものがあるので……」

「これから、いっぱいアプローチしますね! テツトさあん」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「私、独りぼっちです」

「そんなこと言われても!」

 イヨが駆け寄ってきて、僕の腕を掴んで引きました。

「行くよ! テツト!」

「あ、は、はい!」

 僕たちは急ぎ足で道場の出口へと向かいました。

 最後に、ミルフィの悲し気なつぶやき声が聞こえたっす。

「イヨ、これからも仲良くしてね……」

 僕はイヨに腕を引かれるがままに領主館を出ましたね。

 門の出口にはすでにドルフがいて「おはよう二人ともー」と呑気な声をかけてくれました。

 ジョギングを開始するのか、イヨが走り出すので僕は追いかけます。

 少しして、ドルフの姿が見えなくなったところで立ち止まるイヨ。

 こちらを振り向きました。

 彼女がかなり涙目っす。

「テツト、どうしよう?」

「ど、どうしようって言われても、さっきのことだよね?」

 僕は気が動転していました。

「うん」

「できないよ! 僕が、二人も恋人を持つなんて、それって浮気じゃん!」

「うん!」

「無理だよ! 無理無理」

 ぶるぶると首を振る僕。

 イヨは深刻そうに眉を寄せてうつむきました。

 ゆっくりと顔を上げます。

 泣きそうな声でした。

「ミルフィは、テツトのことが好きみたい。かなり前の話だけど、同じこと言っていたし」

「あ、あれは惚れ薬のせいじゃないか」

「……ミルフィはお父さんを亡くしたばかりで、いますごく落ち込んでいて……」

「そ、それはそうだけど! 僕はできないよ!」

「ミルフィを、誰かが支えてあげなきゃいけない!」

 イヨが僕の胸を悔しそうに叩きました。

 僕は彼女の筋肉のついてきた肩に両手を置いたっす。

「イヨが、女同士で支えてあげるっていうのは、どう?」

「ミルフィは、テツトが良いって言ってる」

「そんな、できないよ! 僕にはイヨがいるっていうのに」

「実はね……テツト」

「う、うん?」

「嘘なの」

「嘘って?」

「私のお父さん。一人しか妻がいないって言ったけど。嘘なの。本当は二人いたの!」

「まじ!?」

「……うん。だから、テツト」

「う、うん」

「テツトは、ミルフィのことも、私と同じように、支えてあげられないかな?」

「え……」

 悲しみのしずくが、僕の心に落ちた気がしました。

 それを超えて、怒りすら湧き上がってきたっす。

 だけど、イヨの気持ちも分からない訳では無く。

 はあ……。

 こんな時、どうすれば良いんですかね。

 イヨが僕から離れました。

「大丈夫よ、テツト。一夫多妻婚は、この国では普通のことなの。だから私、納得できる!」

「そ、そんなこと言われたって……」

 僕は涙目っす。

 彼女が走り出そうとします。

「私、ジョギング行くから」

「僕も行くよ!」

「テツト」

「な、なに?」

「ミルフィのところへ行って」

「行かないよ。行けないよ!」

「行ってってば!」

「行ける訳ないよ!」

 いつも通りのコースを走り出す僕たち。

 イヨは何度も何度も、ミルフィのところへ行けと言ったっす。

 僕は行かないと言いながら、ずっと追いかけました。

 やがて、コースを往復し、領主館の前に戻ってきます。

 寝床から起き出してきたヒメとレドナーがいて、トレーニングをしている最中でしたね。

 そうなんです。

 最近では、レドナーも同じ筋力トレーニングをするようになったんですよね。

 今はどうでも良いです。

 ヒメが軽快な声で挨拶をくれました。

「テツト、イヨ、おはよーだニャーン」

「二人とも、おはよー」

 レドナーはちょっと眠そうな声っす。

 門の入り口にいるドルフは感心したような顔と声で言いました。

「若い者は元気があって良いことだわい」

 三人を素通りして、イヨは僕の腕をぐんぐんと引いて門をくぐって行ったっす。

 ヒメがびっくりした声を上げましたね。

「イヨ、どうしたのかニャン!?」

「ま、待ってよイヨ、待って!」

 僕は掴まれている腕が痛いっす。

 そのまま玄関から入り、道場の方へと行きました。

 その中ではまだミルフィがいて、壁際に正座をしています。

 僕たちが入ってくるのを認めると、ミルフィはびっくりしたような顔で両目を開きました。

 イヨが呼びました。

「ミルフィ!」

 吠えるように声でしたね。

 ミルフィが立ち上がります。

「イヨ、さっきはごめんね、やっぱり私……」

「……テツトを」

 イヨはぽろぽろと涙をこぼしましたね。

 それでも言ったっす。

「テツトを、二人で支えようね」

 イヨは服の裾で顔を覆い、涙を拭きます。

 ミルフィが歩いてきて、イヨの頭を抱きしめました。

「イヨ、ごめん。ごめんね。私の大好きなイヨ」

「いいの。ミルフィ、いいのよ! 私、ミルフィのことも、大好きなの!」

 女同士が横で抱き合っています。

 それは一見美しい光景なのですが……。

 僕はとんでもなく腹が痛かったっす。

 これから僕はイヨだけでなく、ミルフィのことも愛するんでしょうか?

 女性二人が僕の気持ちを無視して、物事を進めている感が半端ないっす。

 第一、ロナードとは違い、日本は一夫多妻制ではありません。

 心の葛藤が半端ないっすね。

 どうすれば良いんでしょうか……?



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