7-13 夜のいたずら(フェンゼル視点)
みんなが寝静まった後。
深夜だった。
僕とマロは宿舎を抜け出して、いま町の南区へと向かっている。
そこにはスキル書屋があるっていうお父さんの話だ。
今から僕とマロで店に忍び込んで、スキル書を盗む計画だった。
スキル書を手に入れれば、新しいスキルを覚えられるみたいなんだ。
だけど心臓がドクドクと鳴っている。
今更ながら、悪いことをすることにためらいの気持ちが起こった。
僕は隣に並ぶマロに言う。
「キャゥゥー」
(マロ、やっぱりやめようよ。泥棒なんて、見つかったら、パパたちに怒られるよ)
「キャン?」
(フェンゼルはここまで来て何を言ってるでござましゅかー? もしかしてビビッてるでしゅるか?)
(ち、違うよ。やっぱり、いけないことはやっちゃいけないんだ)
(じゃあフェンゼル一人で帰れば良いでしゅ。マロは一人でも行きましゅー)
(そんな、危ないよ! 一人で何かあったら、死ぬかもしれないんだぞ!)
(別に死なないでしゅー。フェンゼルは何を心配しているでしゅるかー?)
マロは本気みたいだ。
本気でスキル書を盗もうとしている。
ここは兄として、叱っておくべきだと思った。
(マロ、お兄ちゃんの言うことを聞いて! 宿舎に帰るんだ!)
(何を言っているでしゅ? マロがお姉ちゃんでしゅるよー?)
(違う! 僕の方が先に生まれたんだ!)
(マロの方が先でしゅー!)
(僕だよ!)
(マロでしゅー!)
(この! いい加減にしないと食べるぞ!)
(フェンゼルを食べましゅ!)
マロが口を開いてかかってくる。
応戦する僕。
お互いの体をがぶがぶと噛み合った。
やがてマロは僕から離れて、また南区へと歩き出す。
(マロはもう行きましゅ)
(おい、本当に行くのか?)
追いかけて歩く僕。
(当たり前でしゅる~。新しいスキル書を覚えて、強くなるでしゅよー。今度会った時、ヒメ姉様をびっくりさせるでしゅー)
(し、仕方ないな。じゃあ僕も行くよ!)
ヒメ姉ちゃんをびっくりさせたいという気持ちは僕にもあった。
(結局フェンゼルも来るでしゅか?)
(し、仕方ないからな。マロが一人で危ないことになったら、大変だから)
(大変なことなんて起こらないでしゅる~。フェンゼルはビビりでしゅ)
(う、うるさいな)
それからも僕たちは歩き続けたんだ。
宿舎のある西区から南区に到着するまで、三時間ほどがかかったと思う。
大きな道に看板のついたお店がずらっと立ち並んでいることから、ここが南区の繁華街なのだと分かる。
だけどスキル書屋なんてどこにあるんだろう?
お店がいっぱいありすぎて、これじゃあ分からないよ。
(こっちでしゅ~)
マロはよどみなく歩いて行く。
彼女は生まれつき勘が良かった。
それに、格別に運が良い。
僕はマロのふりふりと揺れるお尻に黙ってついていく。
店と店の間を奥へ行った路地裏に、そのお店はあった。
すぐにマロが気づいて、家の角に身をひそめる。
(フェンゼル、こっちへ来るでしゅ)
(え、どうしたの?)
僕はマロと一緒に隠れた。
向かいにあるそのお店からは、何人もの人の気配がした。
玄関が割れたように破壊されている。
玄関口には大きな荷馬車が止まっており、馬もいて、スキル書のような茶色い本が運び出されていたんだ。
(ど、泥棒でしゅ)
マロがおびえたように言う。
僕は目を瞠った。
(ほ、本当だ)
僕たちも人のことを言えなかったけど、スキル書屋には今、泥棒が入っているようだった。
僕たちは夜目が利いた。
泥棒をしている人間たちを観察する。
貴族のような赤い服の男。
黒い服に金髪のツインテールの女。
修道服姿の女。
白いスーツの男。
褐色の肌をしたでかい男。
そして、背中に龍の刺繍の入った金色のジャケットの男。
僕は焦って言った。
(やばい! マロ! 逃げよう!)
(逃げましゅ~)
マロが走って道を引き返して行く。
僕はその背中を追いかけて走った。
今まで歩いてきた道を、走って走って一時間も経たずに宿舎にたどり着く。
その頃にはもう東の空が明るくなってきていた。
宿舎の玄関では心配そうな顔をした大きなパパが待っていた。
僕とマロは立ち止まり、それから罰の悪い顔になってパパに近づいていく。
パパが言った。
「ガルルゥ」
(お前たち、どこへ行っていたんだ? 心配したぞ!)
「キャゥワン」」
(パパ。ちょっと、フェンゼルと夜の散歩に行っていたでしゅる~)
(そ、そうなんだ。パパ)
(夜中に外へ出るな! お前たちはまだ小さいのだから)
お父さんがマロの首に噛みついて持ち上げ、宿舎の中へと連れて行く。
僕もその後を追った。
寝床では狼姿のママもいて心配そうな表情だった。
(二人とも、どこへ言っていたワンか!)
やっぱり怒っている。
それから僕たちはこってりと叱られることになったんだ。
嘘の言い訳をしたんだけど、聞いてもらえなかった。
一時間も説教された後で、パパとママは僕たちの体を舐めてくれた。
(もうするなよ)とパパ。
(二人とも。夜に外に出たらダメなのんよ?)とママ。
(もうしないでしゅる~)とマロ。
(もうしないよ?)僕は泣きべそを垂れていた。
そして僕たちは固まって寝床に寝そべり、眠りについたのだった。