7-11 イヨ頑張る(2)(イヨ視点)
合宿二日目。
私は眠くて眠くて仕方が無い。
睡眠時間はいつもと同じなのだが、厳しい修行のせいで体力の回復が追いついていなかった。
テツトたちは三人で仕事に行っている。
テツトの口下手が心配だったが、他の二人もいるので大丈夫だろうと思う。
午前中。
外の天気は、ぼろぼろな私をあざ笑うほどの秋晴れだ。
いま私は道場の真ん中に正座をしており、木刀を持ったサリナさんもとい先生が目の前に立っている。
話に聞くと、先生やミルフィはすでに全ての大精霊から力の恩恵をもらっており、9以上の力があるようだった。
私たちが出会う以前に、先生たちは大陸を旅して集めたらしい。
道理で強い訳だった。
ちなみに私まだ3の力である。
その点だけを見ても、先生と私では三倍以上もの力の差があるということだ。
先生は両手を背中に回して口を開いた。
「イヨ様、貴方は間違っています」
「私は何を、間違っているんですか?」
「イヨ様の戦い方が、です。イヨ様は、魔法使いであるヒメ様をバリアで守りながら、シールドバッシュを敵に当ててテツト様やレドナー様のアシストをしつつ、自分でも敵を倒そうとしていませんか?」
「……それが、何か悪いんですか?」
「いけません」
先生はふうと息をついた。
そして私の顔に視線を合わせる。
穏やかな瞳だった。
「一人で三役をこなすのは私でも無理です」
「でも、ヒメちゃんはあの通りの性格で守らなきゃいけないし、シールドバッシュを当てればみんなは敵を倒しやすくなるし、私に向かってくる敵はどうしても倒さなきゃいけませんが」
先生が木刀を床にトンと突いた。
「よろしいですか? イヨ様。これからヒメ様は自分で自分の身を守ります。テツト様とレドナー様はアシスト無くとも自分で敵を倒します。イヨ様のやるべきことは、自分の標的を確実に倒す、それに尽きます」
「でも!」
「……でも、何ですか?」
「私たちは四人います。テツトとレドナーというアタッカーが二人いるのなら、私はアシストに回るべきだと思いますが!」
「それが甘えなんです」
先生が静かに言って私を見る。
続けて言った。
「イヨ様。貴方は自分一人の力で敵を倒せない。だからアシストに回るという格好の口実を見つけて逃げています。戦闘から逃げている。強くなることから逃げている。テツト様とレドナー様に守られている。ヒメ様にすら守られている。このままではいつか貴方はたった一人で強敵に遭遇した時、死にます」
「……そんなこと」
「イヨ様、戦闘はスポーツではありません。相手からボールを奪う勝負とは違います。目の前に敵がいたら殺して無力化するのです。敵をスタンさせたり、翻弄したりするだけでは足りません。殺して敵数を減らす。それが唯一の味方への貢献と思ってください」
「……は、はい」
「イヨ様がそれをできるようになれば、他のお三方はぐっと楽になります。ここまで、私の言ったことを理解できますか?」
「……な、なんとか」
「良かったです。ではイヨ様が敵を倒すために、具体的なスキル回しの説明に移ります」
それから先生はスキルのコンビネーションの話をしてくれた。
一つ目、疾風三連×シールドバッシュ。
二つ目、カウンター×シールドバッシュ。
三つ目、蛇睨み×シールドアサルト×シールドバッシュ
シールドバッシュが決まった後は疾風突きを使い、首を狙って確実に敵を仕留めろということだった。
合宿初日に先生はスキル鑑定をしてくれて、これまでにコンビネーションを考えてくれたようだ。
立つように言われて、私は隣にある木刀と盾を持って立ち上がる。
先生を標的にして、ひたすらにシールドバッシュを当てる練習が始まった。
稽古をつけてもらうのだが、先生は防御をしたり、ひょいひょいと逃げたりするので全く決まらない。
それどころか反撃されて私は何度も叩きのめされた。
嘔吐しそうな不快感の中で、今日の修行を終える。
合宿三日目。
今日、先生はスキルキャンセルのやり方を教えてくれた。
その名の通り、スキルを途中で止めるのだ。
スキルを唱えた後、体内の魔力を空にすることでスキルは力を無くし、途中で止まる。
漲溢とは逆の魔力の動きだった。
虚白というらしい。
スキルの途中で体内の魔力を虚白させ、スキルをキャンセルする。
その後すぐに違うスキルを唱えることで、スキル中に別のスキルを使うような動作になる。
これがとても難しい。
最終目標としては、カウンターをスキルキャンセルしてシールドバッシュを使うことができるようにする、ということだった。
その技を覚えれば、敵の攻撃の際、必ずシールドバッシュを当てることができるらしい。
道場で私は正座し、漲溢と虚白を切り替える練習を一日中させられた。
無を意識して体に力を込め、漲溢。
体から力を完全に抜いて魔力を空にする、虚白。
一秒以内に切り替えができないと、先生に木刀で肩を叩かれる。
この合宿中に、0,1秒以内に切り替えができるようにさせる、ということだった。
私は心で泣きながら必死に頑張った。
合宿四日目。
私と先生は互いに木刀を持ち、向き合っていた。
実戦の稽古である。
ここに来て私の体はふらふらであり、体力の限界を迎えようとしていた。
だけどそれがかえって功を奏した。
何も考えることができない分、頭がクリアだったのである。
先生が木刀を振り、唱える。
「斬走」
「イリュージョン」
私も唱えた。
先生の四方に私の姿が出現する。
その内三つは幻影であり、すぐに消失した。
先生の右に出現した本物の私は、木刀と盾を掲げる。
唱えた。
「疾風三連」
先生がこちらを向く。
防御するように木刀を構えていた。
一撃目、上段から木刀を振り下ろす。
しかし防御された。
二撃目、左手の盾でパンチを放つ、瞬間、私は体を弛緩させて魔力を虚白させた。
スキルが止まった。
それは初めて出来た、私のスキルキャンセルだった。
盾のパンチと共に唱える。
「シールドバッシュ」
「なっ」先生の焦った声。
盾のパンチと木刀がぶつかり、同時に盾から紫色の波動が放射される。
先生はピヨピヨと頭をふらつかせた。
三秒間のスタン状態である。
私は頭がふらふらで、正直自分が何をしているのか良く分かっていなかった。
無意識で唱える。
「疾風突き」
オレンジ色の波動を帯びた突きが先生の首筋に決まる。
「がっ!」
先生は悲鳴を上げて床に倒れた。
私は「はーはー」と息をして見下ろしていた。
……何? 今の。
もしかして、できた?
先生が左手で首筋を押さえてごほごほと咳をしつつ立ち上がる。
そして木刀をその場に捨てて拍手をした。
「イヨ様、今のがスキルキャンセルでございます」
「え? よく、分からないんですけど」
その時、腰が抜けた。
私は尻から床に崩れ落ちる。
先生は自分の木刀を拾い、また構えた。
「さあ、イヨ様。スキルキャンセルの反復練習を始めます」
「ちょ、ちょっと待って、さすがに体力がありません」
「いけません。イヨ様。感覚を忘れてしまいます。それに、もうそれほど時間は残されていません。数日後にはウンディーネ様と本番でございます」
「ちょ、ちょっと待って。ちょっとだけ休憩をください!」
「……仕方ありません。では、三十分休憩にします」
先生はうっすらと笑みを浮かべた。
私は目に涙が浮かんだ。
まだ実感は沸かないが、どうやら私は新しい技を覚えつつあるようだ。
そのことに少しだけワクワクとしている自分がいてびっくりした。
戦うことに興奮を覚えるだなんて、初めてのことだったからだ。
なんか。
なんか、楽しいかもしれない。
ふと目の前を見ると、先生が微笑ましく顔をほころばせている。
成長を喜んでくれているようだ。
私の目じりに一筋の涙がつたってこぼれた。