7-10 イヨ頑張る(イヨ視点)
領主館の道場で、私たちは正座をしている。
右からヒメちゃん、私、テツト、レドナーの順番だ。
目の前にはメイド服姿のサリナさんがいて立っていた。
耳には絆のイヤーカフが留められている。
しっかりと装着してくれていて嬉しかった。
ウンディーネ様もいて、脇で私たちのことを眺めている。
サリナさんが口を開く。
「イヨ様。修行をつけて欲しいということでしたが、知っての通り、ミルフィ様は領主の務めがあり多忙です」
「はい……」
私は顔を落とす。
今もミルフィは執務室で仕事をしているようだ。
できれば彼女に修行をつけてもらいたかったけど、昼間は無理そうだ。
サリナさんが静かに言う。
「ですので、修行をつけてあげられるとすれば、僭越ながら私になります。私は幼い頃から、今は亡きミルフィ様のおじい様に、ノーティアス流剣術をみっちりたたき込まれています。イヨ様を指導するに当たっては、特に問題ないかと思われます」
「サリナさん、どうかお願いします」
私は深く頭を垂れた。
サリナさんが指導してくれるのなら、それはすごくありがたいし頼もしい。
サリナさんは二度頷く。
「承知しました」
「ありがとうございます」
「イヨ様、まず私から質問があります。今回はウンディーネ様に勝つために強くなりたいと仰せでありましたが、どのような修行をお望みですか?」
「ど、どのような、ですか? 私は、とにかく強くなりたくて……」
「剣術ですか? 戦闘に一人で勝つことですか? それとも集団戦で仲間にフォローをする技術を磨くことですか?」
「それは……全部って言ったら、ワガママでしょうか?」
「まず」
サリナさんがふうと息をついた。
続けて言う。
「剣術というのは、すぐに上達するものではありません。私が教えてさしあげるにしても、一年はかかるかと思います。教えたものをイヨ様が身につけるまでには、努力と才能にもよりますが、二年はかかるかと思います。三年かけて才能の芽が少しも出ない場合は、はっきりと申しますが、剣の道をあきらめるべきかと思います」
「は、はい……」
「今回、イヨ様はウンディーネ様に一人で勝たなければいけないという目的もあって、付け焼き刃的なレッスンになるでしょう。ですが、もしでしたら今日から私が一年をかけて、毎日指導してさしあげます。指導料金は、一ヶ月10万ガリュになります。イヨ様、お支払いできますか?」
「そ、そんなにかかるの?」
びっくりとした。
10万ガリュと言えば、アパートの家賃二ヶ月分だ。
払えないことは無いが、ヒメちゃんとテツトに申し訳なかった。
ヒメちゃんがぴょんと右手を上げる。
「イヨ、ここは払っておくニャン!」
「そうだね」
テツトも頷いて同意した。
私は二人を見回して尋ねる。
「二人とも、いいの?」
「んにゃん。イヨの修行のためだニャンよ~」
「イヨ、応援してるよ」
二人の言葉を聞いて、私は涙が出そうになった。
またサリナさんを見上げる。
「サリナさん、お願いします」
「かしこまりました。ではさっそく今日の修行を始めます。その前に」
サリナさんが私以外の三人とウンディーネ様を見た。
「イヨ様以外の人間は道場から出て行ってください。修行の邪魔になります」
「出て行けって、どこへ行けば良いんだ?」とレドナー。
「自己の鍛錬か、傭兵の仕事に行ってください。夜はこの領主館に泊まってかまいません」
「小生はどうすれば?」とウンディーネ様。
「ウンディーネ様にも申し訳ないですが、道場から退出して欲しいのです」
「まあ、分かりました。それでは、この館の風呂でも借りるとしましょう」
「はい。他のメイドに声をかければお風呂へ案内してくれます。では、皆さま、移動をお願いします」
ヒメちゃんとテツトとレドナーが立ち上がった。
ウンディーネ様と共に道場の出口へと歩いて行く。
途中、三人が振り返った。
「イヨ、頑張るニャンよ!」
「イヨ、頑張って!」
「頑張れよー」
「うん! 頑張るから」
私は笑顔で手を振った。
人が少なくなった道場で、サリナさんは更衣室から木刀を二本持ってきた。
私は盾だけ持ってきている。
他の荷物は泊まる部屋に置いてきていた。
私は立って木刀を受け取る。
サリナさんが私から少し距離を取り、またこちらを振り返った。
「それではイヨ様、お好きなように、私にかかってきてください」
「好きなようにって?」
「私のことはモンスターだと思ってかまいません。たたき伏せるようにかかってきてください」
「モ、モンスター? わ、分かりました」
少し躊躇したが、これは修行なのだと思い直す。
腹に力を込めて無を意識し、魔力を漲溢させる。
私は木刀でサリナさんに斬りかかった。
「せいっ!」
「斬走」
オレンジ色の波動をまとうサリナさんの木刀。
振られた木刀から斬撃が飛び、私の足が刈り取られた。
「わっ!」
前方に転ぶように倒れていく。
「斬走」
また斬撃が飛んでくる。
私は腹にもろくらい、後方に吹っ飛んだ。
道場の壁に背中から叩きつけられる。
「あぁあ!」
痛い。
お腹と背中と足が痛い。
顔を上げてサリナさんを見ると、厳めしい顔つきをしている。
「どうしました? イヨ様。私はモンスターですよ?」
「くっ、そういうことなら!」
私は立ち上がって、眉間に力を込めた。
油断なく木刀と盾を構える。
サリナさんがまた木刀を振った。
「斬走」
「トライアングルバリア!」
盾に三角形のバリアが出現する。
範囲は大きく、人間サイズのバリアだった。
斬撃とバリアが衝突し、その重い衝撃に私は左手がぶんと揺られた。
何とか体勢を整える。
「本気で行くわ!」
「さあ、来てください」
「シールドアサルト!」
私は唱えた。
オレンジ色の光をまとって盾を前に突き出し直進する。
サリナさんが唱えた。
「カウンター」
彼女の姿が消失し、私のバリアにびしりと一撃が入った。
「くっ!」
私は立ち止まり、すぐに後ろを振り返った。
ワープしたサリナさんが木刀を斜め上から振り下ろそうとしている。
私は盾のバリアで防ごうとした。
サリナさんは木刀を振ることはせず、そのままの姿勢で足払いをかける。
「ひえっ!?」
その場に横へすっ転ぶ私。
サリナさんが木刀を思い切り振り下ろした。
ドンッ、と音が鳴る。
気づけば私の顔の横の床に木刀が叩きつけられていた。
……わ、わざと外してくれたようだ。
サリナさんが木刀を上げる。
「イヨ様。貴方は今、一度死にました」
「す、すいません、先生」
立ち上がる。
気づけばサリナさんのことを先生と呼んでいた。
「さあ、イヨ様。もう一度です。私を殺す気でかかってきてください」
「わ、分かりました」
私はそう言うのだが、体が震えていた。
心が弱気になっている。
先生の姿が、絶対に勝つことはできない強大な竜のように見えていた。
私は盾を突き出す。
先ほどすっ転んだせいで、バリアは消失していた。
唱える。
「シールドバッシュ」
放射される紫色の波動。
先生は横に軽く跳んで避ける。
そして怒った顔で言った。
「何ですかその覇気の無い攻撃の仕方は」
先生には似合わない歪んだ表情だった。
すり足で近づいてくる。
振り下ろされる変化のついた木刀はまるで手品師のマジックのように見えた。
私はまるで防御できなくて、肩に、腹に、太腿に次々と受ける。
「痛あぁぁぁあああ!」
その場に膝をついて、悲鳴を上げる。
先生は一つため息をつき、そして教えるように言った。
「よろしいですか? イヨ様。私にシールドバッシュを当ててください。そのことだけに集中してください。他のスキルや動きは全てシールドバッシュを当てるための補助行動と思ってください」
「ほ、補助行動?」
「はい。イヨ様の覚えている疾風三連も、シールドアサルトも、カウンターも全て補助スキルです。シールドバッシュだけが本命の一撃です。分かりましたか?」
「は、はいっ」
「分かったのなら来てください!」
「ふう、ふっ!」
私は先生に向かって再度突っ込んで言った。
ここで踏ん張らないと。
テツトたちのために、強くならなければいけない。
テツト。
私、頑張るから!
その日、私は先生にシールドバッシュを当てることができなかった。
ボコボコにされて、体は痣だらけになる。
一日目にして、もう心が折れそうになった。