7-7 ラーメン開発計画
翌日。
僕の家のダイニングキッチンにはいつもの四人が集まっています。
加えて、ジャスティンとルル、黒髪ハーフツインのシュナがいました。
ちなみにルルの髪はブルベリー色であり、サラサラとしたボブカットです。
ジャスティンたちへのシュナの紹介は昨日の段階で済ませていました。
ジャスティンとシュナはすぐに意気投合したっす。
ルルはいつも通りやる気なさそうな表情です。
壁を背にして「ふわー」とあくびをしていますね。
それにしても、どうしてうちのキッチンで料理をするのでしょうか?
バキルのあらで取っただし汁と野菜のだし、それらに調味料を混ぜて煮たスープをジャスティンが皿ですすります。
スープは一晩かけてジャスティンとシュナで作りましたね。
この二人は寝ていないと思います。
昨日、僕が知っているラーメンの知識は紙に書き、彼に渡してありました。
ジャスティンが生きの良い表情を浮かべて絶賛したっす。
「かーっ! こりゃあ美味えぜあねさん。ラーメンのスープはこれで決まりだ!」
「どうかなー。上手く麺に絡むと良いんだけど」
いま、シュナがお鍋にぐつぐつと麺を煮ていました。
やがて茹で上がった麺のお湯をきって器に盛り、ジャスティンがオタマでスープをかけます。
ジャスティンがフォークを持ち、麺をすすりました。
「ふむ、ふむ。こりゃあ中々美味いぞ。だけど、ちょっと麺が柔らかいな。それに、よくよく味わうと、スープにコクが足りないような気がするな」
口で噛みながら、批評をしていますね。
シュナが振り向きました。
「みんなも食べてみてくれ」
「ラーメンニャン! ラーメンニャン!」ヒメが無邪気に喜んでいます。
「おう、姉ちゃん。俺にもくれ」とレドナー。
「どうしてうちで徹夜するのよ」イヨは不満そうです。
「まあ、今回ぐらいは良いんじゃないですか?」と僕。
四人分のラーメンの器がテーブルに並べられました。
魚介系スープの良い香りがします。
ちょっと臭みがありました。
僕たちはフォークとスプーンを持って、麺とスープを味わいましたね。
「これは、美味しい」とイヨ。
「こりゃ、悪くねえな」とレドナー。
「うーん、何か足りないニャンねー」とヒメ。
「麺にコシが足りないっすね。それと、スープがちょっと臭いっす」と僕。
シュナが眉をひそめて言います。
「そりゃあ、魚のあらを煮たんだから。魚臭くて当然だろ」
「ですが、そこを臭く無くするのが料理人じゃないですかね?」
僕は意識して強く指摘しました。
これからジャスティンたちとシュナは店を出すのかもしれません。
容赦の無い意見が必要だと思いました。
「レモンを使ってみたら? 臭みが消えるかも」とイヨ。
「そりゃ、スープが酸っぱくなるかもなあ」とシュナ。
「ハーブと一緒に煮込めば良いかもしれねえぜ?」とジャスティン。
「魚のあらに塩を振って冷やせばいいんじゃないの?」とルル。
「思いつくものを全部試してみるといいですね」と僕。
「そりゃあそうだ」とレドナー。
「味噌も合いそうだニャンねー」スプーンでスープをすするヒメ。
ちなみにこの町にはバルレイツ味噌と呼ばれるものがありますね。
僕たちはラーメンの試作品を食べ終えたっす。
それは美味しかったのですが、客を呼べるほどの完成度まで仕上げるには時間がかかりそうです。
イヨが言いました。
「とりあえず、私たちはそろそろ仕事に行くから、三人にはジャスティンさんの部屋に行って欲しいんだけど」
「おっ、そうだな! 悪かったなお嫁さん」
ジャスティンが頭を垂れます。
そしてキッチン片付けを始めました。
シュナも手伝っていますね。
「わりいね、イヨさん」
「いいけど。後は自宅でやってね」
イヨが苦笑して言ったっす。
ジャスティンとシュナ、ルルも手伝ってお鍋や材料を彼の部屋へと運んで行きます。
やがて三人がいなくなり、僕たちはふーとため息をつきました。
残されたダイニングキッチンは、ちょっと魚臭いっす。
イヨが紅茶を入れてくれましたね。
みんなで一息つきました。
「それじゃあいつも通り、ちょっくら仕事に行くかあ」
そう言ってレドナーが両腕を上げて伸びをしましたね。
そんな時でした。
玄関の扉が外からコンコンとノックされたっす。
またジャスティンたちが来たのでしょうか?
イヨは「はいはい」と言って椅子を立ち、玄関に行って扉を開けます。
そこに立っていたのは、青と白で分かれた服を着た知らない女性でした。
長い髪も青く、薄い鎧を着ており、腰には帯剣をしています。
「白浜ヒメさんのアパートというのは、ここで合っておりますか?」
「あ、はい。ここにはヒメが住んでいますが、貴方はどちら様ですか?」
「小生はウンディーネと申します。イフリートから、バルレイツには良い人間が、いるかもしれないと、そのような手紙をもらったので、訪ねて参った次第です」
「ウンディーネって、水の大精霊様ですか!?」とイヨ。
「「ウンディーネ!?」」と僕とレドナー。
「誰が来たニャン?」とヒメ。
イヨが脇に身を寄せました。
「と、とりあえず上がってください。みんな! 失礼の無いように!」
「おお、これは申し訳ない」
ウンディーネが部屋に上がります。
水の大精霊が訪ねてきたようです。
何の目的で来たのでしょうか?
イヨが焦ったような声で指示しました。
「テツト、お湯を沸かして。紅茶を作るのに足りないから」
「は、はい!」
僕は立ち上がり、キッチンに向かいます。
火起こし器の中に炭を組み上げて、マッチと着火剤で火を起こしました。
その上に水の入ったヤカンをセットします。
僕の座っていた席にウンディーネが腰を下ろしましたね。
イヨが聞きました。
「ウンディーネ様は、本当にウンディーネ様なんですか?」
「はい、小生はウンディーネです。水の神殿よりはるばる旅をして参りました」
「な、何をしに、いらっしゃったのですか?」
「このバルレイツの地に、勇者になるにふさわしき四人がいる、かもしれないと、そのような手紙をイフリートからもらいました。小生が訪ねて来た理由はもちろん、貴方たち四人に水の力の恩恵を授けるためです」
「水の力の恩恵をいただけるんですか?」
「欲しいニャーン」ぴょんと手を上げるヒメ。
「授けるにふさわしいと小生が判断した場合、授けます」
「どうやって、判断なさるのですか?」
「もちろん試練を課します。試練の内容は、小生が一人一人と一騎打ちをさせていただきます。小生が認めた者にだけ、授けることにします」
「一騎打ちか!」
レドナーが意気揚々とした笑みを浮かべました。
自信がありそうですね。
「一騎打ちは、ちょっと自信無いニャン~」ヒメの弱ったような声。
しかしそれより難しい顔をしているのはイヨでした。
最近彼女は強さについて伸び悩んでいますね。
ちょうどヤカンにお湯が沸いて、僕はティーポットに注ぎました。
ウンディーネの分のカップとお皿を用意して紅茶を作り、テーブルに出します。
「どうぞ」と僕。
「ありがとう」
ウンディーネはカップを受け取って、熱々の紅茶を上品にすすりましたね。
僕はキッチンを背にして立ちました。
椅子は四つしか無いですからね。
僕は座れないっす。
イヨが「そうだ」と言って立ち上がり、キッチンの棚から自作のビスケットの載った皿を持ってきました。
「これもどうぞ」と言ってテーブルに置きます。
「これは、何から何まですいません」
ウンディーネがビスケットをつまみました。
ヒメがひょいひょい口に運びましたね。
美味しそうにもしゃもしゃと食べています。
またイヨが聞きました。
「ウンディーネ様、この家の場所がよく分かりましたね」
「それは、来る途中この町の領主館に寄ってきましたから。勇者カノスの娘に、この家の住所を聞きました。あ、そうそう、夜は領主館に泊まる予定なので、貴方たちはお気遣いなく」
「あ、はい。分かりました」
イヨが小刻みに頷きます。
勇者の名前は初耳ですね。
カノスというらしいです。
ミルフィのお父さんのことですよね。
ウンディーネがテーブルをぐるりと見回して、それから言ったっす。
「それでは、準備の良い者から声をかけてください。外の地面で、試練を始めたいと思います」
僕たちは固唾を飲みました。
ウンディーネと一騎打ちという話です。
勝てるんでしょうか?
とりあえず、今日の仕事は休むことになりそうです。