7-5 フェンゼルとマロ
今日は休日っす。
午前中は四人でスティナウルフの宿舎に遊びに来ていました。
宿舎は増築が進められており、もう二つ目が出来上がっています。
いま三つ目の建築が進められていました。
建物がでかいっすねー。
昨夜は騒ぎ過ぎたせいか、レドナーはちょっと眠そうな顔つきです。
「ああー、昨日は飲み過ぎた」
「大丈夫っすか?」
僕は苦笑して声をかけます。
一棟目の宿舎の玄関には、中型犬ほど二頭のスティナウルフが待っていました。
ヒメが小走りで近づいていきます。
「フェンゼルー、マロー、ヒメお姉さんが来たニャンよ~」
「「キャルルゥ」」
二頭が幼い声で鳴いて、ヒメに走り寄ります。
早口で念を飛ばしました。
(ヒメ姉ちゃん来るのが遅いよ! もう一時間と七分四十五秒も待ったよ! 早く遊んでよ!)とフェンゼル。
(フェンゼルは何を焦っているでございましゅるかー? ヒメ姉様も、用事というものがあるでございましゅる~)とマロ。
二頭がヒメの周りをくるくると駆け回ります。
尻尾をバタバタと振っており、かなり可愛い光景ですね。
ちなみにフェンゼルがオス、マロがメスです。
イヨが口元に手を掲げてクスッと笑いました。
「ヒメちゃん大人気」
「そうだね」と僕。
「二人とも、先週よりまた少しでかくなったなあ」とレドナー。
そうなんです。
ヒメがこの二頭と遊んであげるために僕たちは毎週来ていました。
ヒメが人差し指を立てます。
「よーし、今からかくれんぼするニャンよ! お姉さんが鬼だニャン。隠れても良い場所は宿舎の中だけだニャンよ~」
「「キャウワンッ」」
(やったあー! 隠れろー!)
(隠れましゅ~)
二頭が宿舎に入り、隠れる場所を探して走って行きました。
ヒメはその場で目をつむり、ゆっくりと10秒数えましたね。
「よーし、見つけに行くニャンよー!」
目を開いて、宿舎の中へと歩いて行きます。
僕たちもその背中に続きました。
玄関から入ってすぐ脇のところに丸テーブルがあり、人狼化したフェンリルが椅子に腰掛けていました。
青いワンピース姿が素敵ですね。
お母さんになったことで、胸が前より大きくなっています。
イヨが右手を上げます。
「おはよう、フェンリル」
「みんな、来たかワン!」
フェンリルが立ち上がって、会釈をしました。
「おはようございます」僕は丁寧語っす。フェンリルには稽古をつけてもらったことがあるからです。
「フェンリル、おはよー」とレドナー。
三人で椅子に座らせてもらいます。
ヒメは、フェンゼルとマロを探してどこかへ行っちゃいました。
テーブルにはコーヒーカップやポットと豆、砂糖などがすでに用意されていましたね。
フェンリルもまた腰かけて、みんなの分のコーヒーを入れてくれます。
「ヒメには本当に助かるのん~。フェンゼルとマロが喜んでいるワン」
「こっちも楽しませてもらっているから、いいのよ」とイヨ。
二人が会話を始めます。
「それだったら良いワンが」
「うん。フェンリル、今日ガゼルは?」
「休日だけど、ガゼルは巡行狼車の仕事なのん。今頃、車を引っ張っているワンね」
「そっか。大変ね」
ちなみに今、フェンリルは育児休暇中っす。
フェンゼルとマロが生まれたのはおよそ一ヶ月前なので、もう一ヶ月ほど領主館の仕事を休むようでした。
子供にお乳を与える期間ですね。
「二人ともだいぶ大きくなったわね」
「ワン~。もう二人とも僕の体より大きいのん。おかげでお乳を飲ませるのが大変ワンよ~。すごい量を飲むのん!」
イヨがクスクスと笑いました。
「お母さんは大変ね」
その時でした。
フェンゼルとマロが走ってきて、僕のそばにおすわりをします。
(テツト兄ちゃんテツト兄ちゃん、聞いてよ! マロが寝ているダナーシの股の間に隠れてたんだ!)
(何を言っているでしゅるかフェンゼルは~。マロはそんな臭いところに隠れないでしゅ~)
(隠れてたじゃないか! しかもテツト兄ちゃん聞いてよ! 起き出したダナーシは、マロを探しに来たヒメ姉ちゃんの顔を見て、あそこがどんどん大きくなったんだよ! 最高にでかくなった時にはもう、僕の体よりもでかかったんだ!)
(あれはやばかったでしゅる~。マロもびっくりしたでしゅ~)
(どうしてでかくなったのかなあ?)
(分からないでしゅ)
(テツト兄ちゃん、教えてよ! 何ででかくなったの?)
(テツト兄様、教えて欲しいでしゅる~)
一気に会話をする二頭。
僕は苦笑して、何と答えたら良いものか悩みました。
ダナーシは知らないウルフっす。
椅子に座っているみんなが笑って肩を揺らしていますね。
二頭のお母さんが言ったっす。
「フェンゼル、マロ、あんまりテツトを困らせちゃダメなのん!」
(で、でもママ! あれはヤバいよ! でかくなり過ぎてはち切れるかもしれない!)
(まるで馬みたいな大きさだったでしゅる~)
(馬とダナーシのあそこ、どっちがでかいかなあ?)
(今度馬を連れて来て比べてみれば良いでしゅるよ~)
二頭の背中にヒメが歩いて近づいてきました。
「フェンゼル! マロ! 今度は鬼ごっこだニャンよ! フェンゼルが鬼だニャン!」
「「キャルルー!」」
(わ、分かったよヒメ姉ちゃん! じゃあ逃げてよ!)
(マロは逃げましゅ~!)
マロが走って行きます。
ヒメがレドナーを指さしました。
「レドナーよ、お前も参加するニャン!」
「お、俺ですか?」
「当ったり前ニャン。早く逃げるニャンよー」
「わ、分かりました。逃げます」
レドナーが椅子から立ち上がり、宿舎の中を小走りで駆けていきます。
フェンゼルは早口で10数えて、追いかけて行きました。
まるで台風のような二頭っす。
フェンリルがすまなさそうに頭を垂れます。
「テツトごめんなのん。ヒメには助かるワン~」
「いえいえ」
僕は首を振ったっす。
イヨがテーブルに肘をついて手に顎を乗せます。
「綺麗な瞳の色ね。フェンゼルもマロも」
スティナウルフは基本、目の色が青いです。
しかしフェンゼルの瞳の色は黄緑、マロは黄色でした。
フェンリルは嬉しそうに顔をほころばせます。
「あれはスキルの波動の色だワンね。フェンゼルはもう詠唱スキルを覚えているのん。マロも、バフスキルを使えるみたいだワン」
「へえ~、どんなスキルなの?」
「すごいスキルだワンよ。今度見せてあげるワン」
「楽しみにしているわ」
「うん。フェンゼルの名前は、僕とガゼルの名前から取ったワンけど、マロの名前はヒメから取ったのん」
「そうなの? 初耳だわ」
「マロの瞳の色は黄色だけど、ヒメの金色と似ているワン。だからガゼルが、マロにしようって言って、命名したワンよ。ほら、お姫さまは自分のことをマロって言うわんよね?」
「確かにそうね」
それは初耳でした。
ちょっと感動してしまい、僕は瞳がうるっとします。
ちなみに猫の頃、ヒメをヒメと名付けたのは僕でした。
名前の理由は特に無いっす。
やがて宿舎の中がさらに騒がしくなってきましたね。
顔を向けると、フェンゼルやマロ以外のスティナウルフの子供たちも走り回っています。
鬼ごっこに参加しているようです。
まるで嵐のような騒ぎっす。
誰も怪我をしなければ良いんですが……。
僕たちは談笑を続けながら、コーヒーを飲みました。
とは言っても僕はあまり喋りませんが。
それから二時間も経ったでしょうか?
お別れの時間がやってきます
僕たちは午後、町の南区に行く予定でした。
玄関を出る時、スティナウルフのみんながお見送りをしてくれましたね。
フェンゼルとマロが目に涙を溜めてヒメを見つめています。
「「キャゥー!」」
(ヒメ姉ちゃん! 行かないでおくれよ! 午後も一緒に遊んでおくれよ!)とフェンゼル。
(ヒメ姉様、行かないで欲しいでしゅる~)とマロ。
ヒメは両手を腰に当てて、胸を張ります。
「仕方無いニャンねー。休日は必ず来るニャンから、楽しみに待っているニャンよー」
(本当かい! 今度は何時に来るんだい!?)
(ヒメ姉様、マロは楽しみに待っているでしゅる~)
「何時かは分からないニャンけど、午前中に来るニャン! 良い子で待っているニャンよー」
ヒメが二人の頭を撫でます。
(わ、分かったよ! 絶対だよ、絶対!)
(絶対の約束でしゅる~)
「約束ニャン! それじゃあ、お姉さんは行くニャンからね!」
ヒメがそう言って、僕たちは歩き出します。
フェンリルが笑顔で手を振りました。
「みんな、今日もありがとうなのん!」
「フェンリル、また」
イヨが手を振り返しました。
フェンゼルとマロはまだ名残惜しそうに吠えています。
「「キャオーン!」」
(また来てよー! 絶対だよー!)
(ヒメ姉様、またでしゅる~!)
「まただニャーン!」ぴょこんと右手を上げるヒメ。
僕の隣にいるレドナーが満足そうに笑みを浮かべていました。
「へへ、遊んでやったぜ。ったく可愛い奴らだなあ」
「レドナー、お疲れ様っす」
僕は労いの言葉をかけました。
そして四人で巡行狼車の停留所へと歩きます。
昼食を摂るお店は、これから南区でレドナーが案内してくれるそうでした。
レドナーの習得しているスキル一覧。
『真空斬り、裂真空斬り、飛燕斬、ダッシュ斬り、ドレインアタック、スラッシュ、蛇睨み、サンダーショック、サンダーボルト、サンダーストーム、安心、雷鳴剣、ライトニングペイン』