7-4 これぞ魔族のグルメ道(ルル視点)
みなさん、ごきげんよう。
最近、ルルたちは悩んでいるの。
あの丸眼鏡の女に、町のご当地グルメを開発しろなんて言われたけど。
ジャスティンはまだ開発できていない。
どだい無理な話なのよ。
ジャスティンとルルは料理人って訳じゃないんだから。
早朝。
空は晴天ね。
目の前には広々とした畑がある。
いま育っている野菜は、長ネギ、タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、キャベツ、カボチャ。
直物成長のスキルのおかげで、季節とは違う野菜を育てることができていた。
隣にはすらっと背の高いジャスティンがいる。
彼の右手には緑色のジョウロ。
軽快な声を響かせた。
「おいルルー。俺様は良いことを思いついた」
「何を思いついたのよ」
ルルは彼の顔を見上げる。
ジャスティンはニヤリと笑みを浮かべた。
「決まってんだろ。ご当地グルメのことさ! はっはー。今ここに植えてあるニンジンやジャガイモ、カボチャを薄くスライスして、油で揚げる。カリッとした食感と野菜の風味がたまらなく美味しい、野菜チップスの完成だぜ!」
「それってお菓子にならない?」
ルルは首を傾げた。
眼鏡女が所望しているのは製菓じゃなくて、たぶん調理された料理よね。
ジャスティンが睨み付ける。
「なんだとぅ!」
「させないわ!」
お尻を叩かれそうになって、ルルは両手で防御する。
彼は舌打ちをして、難しそうな顔をした。
「ったくー。グルメの開発なんて簡単だと思ったんだが、思ったより難しいぜこれはー。おいルル、お前の故郷に良い料理は無いのか?」
「ログレスの荒野で有名なのは、鶏の丸焼きかしら」
「そりゃあ、ずさんな料理もあったもんだなあおい」
「タレに漬け込まれていて、甘辛くて美味しいのよ」
「ふーん、じゃあそれにするか!」
「他人の郷土料理をパクんないで欲しいわ」
「何だとぅ」ルルのお尻を右手で狙うジャスティン。
「甘いわ!」また防御する。
ジャスティンがポケットからタバコの箱を取り出した。
一本くわえて、マッチで火をつける。
シュボッ。
「ルル、とりあえず、朝仕事を済ませちまってくれ」
「良いけどさ」
ルルは畑に向かって両手を突き出す。
唱えた。
「植物成長!」
畑全体が緑色の光に包まれる。
やり過ぎると野菜が枯れるから、慎重に行う。
ルルは両手を下げた。
「今日はこんなところね」
「よしっ、ナイスだぞ、ルルー」
ジャスティンがタバコの煙をくゆらせる。
続けて言った。
「それじゃあ帰るか」
「うん」
ルルたちは振り返り、並んで歩き出す。
最近はいつもそうなんだけど、ジャスティンの口数が少ない。
彼はグルメ開発のことで頭がいっぱいみたいなの。
ルルが何とか助けてあげたいけど、料理の分野には知識が無い。
いっそのこと、キテミ亭の亭主にでも頼んで、手伝ってもらった方が良いんじゃないかしら?
あのお店、美味しいし。
道を歩いて行くと、いつものようにテツトたちの朝練風景に出会う。
いま、ヒメとイヨが向き合って稽古をしている。
道ばたに立って、テツトとレドナーが二人を見つめていた。
テツトが難しい顔つきをしている。
この一家、昨日は遅くまで騒いでいたみたい。
会話の声で分かったわ。
レドナーも来ているところからして、何かのパーティだったのかしら。
ヒメが唱えた。
「ネズミ狩りアタックだニャーン!」
スキルというわけでも無いのに素早い突きを繰り出している。
今のは何なの?
ただのかけ声かしら。
突きを右肩に受けるイヨ。
「痛っ!」
「続けて、ネズミ狩りの舞いだニャーン!」
ヒメは横に一回転。
五連続の突きを瞬時に繰り出した。
ドスドスドスドスドス!
「見切り三秒!」
イヨの体が青い波動に包まれる。
突きの全てを紙一重で回避した。
ヒメがまた唱える。
「スローニャン!」
紫色の魔石のついた杖が光る。
あれはデバフの成功率を上げる色の魔石よね。
イヨの体に紫色の輪っかが出現する。
「くっ!」
「続けて、ポイズンニャン!」
イヨの肌が緑色に染まる。
おかしくてルルは笑っちゃった。
スローにポイズンもかけられたら、さすがに負けちゃうわ。
ヒメが杖を上から振りかぶる。
「もらったニャーン!」
コツン。
手加減した杖がイヨの頭を軽く叩いた。
あら。
イヨの負けね。
ヒメに負けるなんて、イヨは弱いのかしら。
今度ルルが練習相手をしてあげてもいいけど……。
いつもミカロソースを貸してもらっているし。
ヒメがイヨにキュアポイズンをかけてあげていた。
立ち止まっていたジャスティンが、陽気な足取りで三人に近づいていく。
右手を上げた。
「よっ、おはよー、四人とも!」
「ジャスティン、おはようだニャーン」ぴょんと右手を上げるヒメ。
「「おはようございます」」とテツトとレドナー。
「私、弱いわ……」イヨは打ちひしがれている。
「おはー」ルルもジャスティンの横に並ぶ。
ジャスティンがイヨに教えるように言った。
「はっはー、お嫁さん。お嫁さんはスキルの使い方がなってねえなあ」
「スキル、ですか?」とイヨ。
二人が会話を始める。
「ああ。まず剣技ってのは天才でも無い限り、すぐに上達したりしないんだ。それこそ年単位で時間がかかる。では素人がすぐに強くなるにはどうすれば良いかというと? 答えはスキルだ。良質なスキルをたくさん覚えること。スキルをタイミング良く、臨機応変に使えるようになること。そして演技力も大事だ。自分は何もしませんよー、と見せかけつつシールドバッシュ。これで決まりってことさ」
「あ、はい!」
「後は、誰かに、年単位で剣を習うってことぐらいだな」
「アドバイスをありがとうございます!」
「良いって良いってー。おっとそれよりお嫁さん、いま俺たちはミルフィさんに頼まれて、バルレイツのご当地グルメを開発しようとしているんだが、何か良いアイディアはねーもんかなー?」
「ご当地グルメですか?」
イヨがあんぐりと口を開ける。
ヒメが右手を元気に上げた。
「それなら、ラーメンを作れば良いニャンよ~」
「「ラーメン?」」ジャスティンとルルとイヨの疑問の声が重なる。
「ラーメンって?」とレドナー。
「ヒメ、ラーメンは無理だよ」
テツトとレドナーがこちらに歩いてきた。
ジャスティンはヒメに聞いた。
「お嬢さん、ラーメンっつうのは、どういった料理なんだい?」
「んにゃん! ラーメンはにゃんねー、スープに麺の入った料理だニャン。あたしは食べたことないけど、テツトとパパとママがよく食べていたニャンよ~。すごく美味しい香りニャン」
「詳しく教えてくれ。おいルル、メモだ!」ジャスティンが振り向く。
「ジャスティン、その、ラーメンってのを作る気なの?」ルルはポケットからメモ帳とボールペンを取り出す。
「ラーメンなんて、知らない料理だわ」とイヨ。
「俺も知らねー」とレドナー。
「ラーメンは無理だよヒメ」とテツト。
「でもラーメンはとっても良い香りだニャン」とヒメ。
ジャスティンがテツトに向き直る。
二人が話し出した。
「テツト少年もラーメンを知っているのかい?」
「あ、はい。元の世界で、何度も食べたことがあります」
そうなのよね。
テツトとヒメは、違う世界からワープしてきたっていう話なの。
前にイヨから聞いたことがあるわ。
「ラーメンの作り方を知っている限り教えて欲しい」
「作り方ですか!? 詳しくは知りませんが、ええっと、動物の骨や昆布や魚粉なんかで出汁を取ったスープに、小麦粉で作った麺を煮て、スープと合わせたもののことだと思います」
「ふむ。骨?」
「ええ、鶏ガラとか、豚骨とかですね」
「骨なんて煮たら、アクが出そうだけどなあ」
「アクは取るしか無いんじゃないですか?」
「ふむん、なるほどなあ。テツト少年、ラーメンっていうのは、その、結構美味いのかい?」
「それは……料理人の腕次第ですが、人気のある店のラーメンはとても美味しかったですよ」
ジャスティンがテツトの両肩に手を置いた。
「よし!」
「えっ!?」
びっくりしたようなテツトの表情。
ジャスティンは決断したみたいなの。
「町のご当地グルメはラーメンにしよう! とりあえずスープだ! テツト少年、ラーメンについて知っていることをできるだけ紙に書いて、いつでも良い、俺様に渡してくれないか?」
「良いっすよ! ジャスティンさんにはお世話になってるんで」
テツトが気持ちの良い笑みを浮かべる。
夏に、天界でジャスティンはテツトを助けたって話よね。
おかげで良く懐いているわ。
ルルは心の中でクスクスと笑っちゃった。
テツトは犬みたいに可愛いわ。
ジャスティンが右手を上げて歩き出す。
「それじゃあテツト少年、待ってるぜー」
「あ、はい!」
テツトがしゃっきりと背筋を伸ばした。
「バイバイニャーン」ヒメが手を振っている。
ジャスティンとルルはアパートの階段を上がり、通路を歩いて部屋に入った。
椅子に腰掛けて、ジャスティンが言う。
「おいルル。今から、何でも良いから美味いスープを作ってみてくれ」
「何よその無茶ぶり!」
ルルはため息をついた。
オニオンスープでも作ろうかしら。
タマネギを取って皮をむき始める。
ジャスティンは一度自分の部屋に行き、ノートとボールペンを持って帰ってきた。
何か書いている。
多分、美味しいスープの作り方を考えているんだと思うのよね。
ラーメンなんて、出来るのかしら?
出来たとしても町民に流行るのかしら?
まあ、不安を並べ立てたって仕方が無いんだけどさ。
イヨの覚えているスキル一覧。
『シールドバッシュ、プチバリア、トライアングルバリア、疾風三連、カウンター、疾風の突き、シールドアサルト、凝視、蛇睨み、修行の成果、安心、見切り三秒、リフレクトバリア、獅子咆哮』