7-3 女神ラブ
不思議な夢の中でした。
宇宙のような空間に浮かんでいるヒメとイヨと僕とレドナー。
遠くには星々の光があり、キラキラと輝いています。
眼下には水色の惑星があります。
これは地球でしょうか?
それともハルバなのでしょうか?
みんなが驚いた顔をしていますね。
ヒメがつぶやくように言いました。
「あれ? みんな、ここはどこだニャン?」
「え? 私の夢でしょ? これって。だってさっき、私は寝たはずだし」
疑問そうなイヨの顔と声。
レドナーが眉をひそめています。
「おい。何かリアルな夢だなこりゃあ」
「本当に夢ですか? これって」
僕は目をパチクリとさせました。
イヨが声を上げます。
「もしかして、これって夢じゃないの!?」
「みんなあたしの夢の中に入って来たのかニャン?」
ヒメが首をひねっていますね。
畏まったようにレドナーが言いました。
「天使さま、これは多分。何かの異常事態です」
「変だね。何が起こっているんだろう」
僕はそう言って周囲を見回しつつ、右手を顎につけました。
やがて僕らの目の前に光りの柱が立ちます。
「なんだ!?」レドナーの焦った声。
その柱の中から、紫色のドレスを着た女神のような女性が現れました。
長い栗毛をお団子ヘアーにしていますね。
鼻筋のすっきりとした美しい女性っす。
右手には虹色の拡声器を持っています。
僕たちは身構えました。
彼女が拡声器ごしに喋り出します。
「こんばんはー! 勇者候補生のみっなさーん!」
やけに大きな声でした。
僕たちはぽかーんと口を開けましたね。
ヒメだけはぴょんと右手を上げます。
「お前は誰だニャン?」
「あたくしはラブって言うのー! この惑星、ハルバの女神だよー!」
女神が元気いっぱいに名乗りました。
かなりうるさい声ですね。
ヒメが代表して喋ってくれました。
「ハルバの女神ニャン?」
「うん! そうなのー! 今日はちょっと用事があって、みんなの夢をつなげさせてもらったんだー!」
やっぱり声がうるさいです。
こんなに近くにいるのに、どうして拡声器を使って喋るのでしょうか?
ヒメも同じことを思ったようで注意しました。
「お前ちょっとうるさいニャン。その機械を使わないで欲しいニャンよ~」
「あっ、ごっめーん!」
ラブが拡声器を下げます。
続けて言いました。
「ごめんごめん、声が届かなかったらどうしようと思って、拡声器を使ったんだ。これ、あたくしの武器だしね。それよりテツトとヒメ、ごめんね。半年前に、あたくしの勝手で異世界転移させちゃって。びっくりしたでしょう?」
「異世界転移ニャン?」
ヒメが眉を寄せます。
僕はびっくりとして自然と両目が大きくなりました。
地球からハルバに僕たちをワープさせたのは、どうやらラブの力だったようです。
ラブは両手を腰に当てます。
「ちなみにテツトは100人目の転移者。ヒメは101匹目の転移者だよ」
「101匹ワンちゃんニャン?」
ヒメが首を傾けます。
ラブは首を振りました。
「違いまーす。101人匹目の転移者でーす。あたくしはね、ある目的のためにたくさんの人を地球からハルバに転移させていたんだよ」
「目的ってなんすか?」
僕が聞きましたね。
ラブは「それはね」と言い、また拡声器を口に当てます。
続けて言いました。
「最低最悪のクソ野郎を倒してもらうことでーす!」
あまりの大声に、みんなが耳を塞ぎましたね。
ヒメが迷惑そうに顔をしかめて言います。
「うるさいニャーン」
「あ、ごめんごめん、つい癖で」
ラブは半笑いで言って、拡声器を下げました。
ヒメが聞きます。
「クソ野郎って、魔王のことニャンか?」
「それもあるんだけど、ちょっと長ったらしい説明をさせてもらうね。はいはい皆さん、ご静聴くださいね」
そしてラブは語り出しました。
ロナードの隣国であるアウラン皇国にとても強い魔王が存在していること。
魔王は強く、倒すことはハルバの人間たちにとって困難であるらしいっす。
倒す為に、ラブは地球から強い人間を異世界転移させているようでした。
僕たちの前にも、99人の人間を異世界転移させたようですが、そのうち98人は使いものにならず、モンスターに倒されて死んだり、ハルバでスローライフを送ったりしているそうです。
しかしその中の一人だけは戦闘の素質が抜群であり、アウラン皇国で勇者として認められたらしいですね。
勇者の名前はイヅキ。
イヅキは勇者になった途端、性格が豹変したようです。
傭兵団ヴァルハラを結成し、ハルバの種族全てに破廉恥な行いをして、その後滅ぼすことをゲーム感覚で楽しんでいるのだとか。
魔王を討伐して欲しいというラブの願いも聞かずに、遊びで殺戮を繰り返しているらしいっす。
ラブは言いました。
どうかイヅキを殺して欲しい。
そして、アウラン皇国の強い魔王を倒して欲しい。
付け加えて、いま現在バルレイツで起こっている魔族と他の種族たちとの共存ムーブを実現させて欲しいようです。
ラブにとって、ハルバの世界が平和に落ち着くのが何よりの願いのようでした。
彼女が説明を終えます。
ヒメが喋りました。
「お前の言っていること、いまいち分からないニャンけど、とりあえずそのイヅキを倒せば良いニャンか?」
「そうでーす。あと魔王もでーす」
「どうしてあたしたちに任せるニャン? 他にもっと強い人間がいると思うニャンけど」
「あたくしはずっと、101人の転移者を見守っていました。中でもテツトとヒメ、貴方たちの戦闘力の伸びしろは抜群でーす。これからもっともっと強くなるでしょうー。貴方たちに頼むしかないと、あたくしは心の底から思っています。どうかお願いしまーす」
「嫌だと言ったらどうするニャンか?」
「嫌だ? そんなこと言ったら、あたくしの超必殺ラブラブハリケーンをお見舞いします」
「お前がそのラブラブハリなんちゃらで、イヅキを倒せば良いんじゃないかニャン?」
「残念ながらー、あたくしはハルバの世界に直接介入することが難しいんでーす。大精霊たちと幻獣たち、種族の王たちが一カ所に集まって、集結の召喚のスキルでも使わない限り、ハルバの星に降り立つこともできませーん」
「んにゃん~……」
ヒメは下を向いて黙りこくりましたね。
今度はイヨが口を開きました。
「あのラブ様?」
「はいはいっ、なんでしょーか?」
「そのイヅキを倒すにしても、私たちが強くなるには時間がかかると思う。時間はどれくらいかかっても良いの?」
そこでラブはイヨに近づき、右手で額を小突きました。
「イヨ、貴方弱すぎっ。戦闘面でも、精神面でも、弱すぎっ。いつもこの宇宙から見てたけど、貴方だけは今のところ勇者の資格が無いでーす」
「は、はぁ……」
「とりあえずそうですねー。まあ五年以内には何とかして欲しいものでーす」
「五年……」
しょげたように言って、イヨが口を閉じます。
今度はレドナーが聞きました
「あの、ラブ様。せめて、そのイヅキとやらと戦って勝つために、力の恩恵のような何かを与えて欲しいんだが」
ラブは拡声器を口に当てます。
怒った声で言いました。
「お前は男だろうがー! 男は黙って修行しろこの野郎ー!」
「え、あ、はい」
しゅんとするレドナー。
ラブが拡声器を下げます。
そしてイヨに向き直りました。
「イヨ、貴方は今のところ本当に弱すぎまーす。なので、仕方無いからシークレットランクスキルをプレゼントします」
「「シークレットランクスキル?」」とイヨと僕とレドナー。
「シークレットニャン?」とヒメ。
イヨが顔を上げて、目を瞬かせました。
「何をくれるんですか?」
「うふふー、それはですねー。超チート効果のスキル書でーす」
「あ、ありがとうございます!」
「今はあげないけどね」
ラブが首を振りました。
がっくりと肩を落とすイヨ。
「あ、あの、じゃあいつくれるんですか?」
「貴方が、勇者として、あるいは勇者の仲間としてふさわしい力をつけた時にあげることにしまーす」
「あ、はあ」
少し悲しそうな顔つきのイヨ。
レドナーが右手を上げましたね。
「俺には何かくれねーのか?」
「男は自分で何とかしろやー!」
ラブがまた拡声器をもって叫びました。
みんなが両手で耳を閉じます。
ヒメが抗議しましたね。
「お前、いちいちうるさいニャーン」
「あ、ごめんごめん。また悪い癖が出てしまったんよ」
拡声器を下げるラブ。
続けて言います。
「とにかく、アウラン皇国の勇者イヅキと魔王を倒すために、貴方たちはもっともっと強くなりなさーい。とりあえず、大精霊たちや幻獣の力の恩恵を集めまくってくださーい。最低でも10の力は欲しいところでーす。分っかりましたかー?」
「分からないニャーン」
ヒメが首を振っています。
続けて言いました。
「なんであたしたちがそんなことをしなきゃいけないニャンか? あたしはただ、ぼちぼち傭兵をしながら生活して、日向でゴロゴロしていたいだけニャンよ~」
「そうは言ってもですねー、イヅキの魔の手がいつバルレイツにも牙を剥くか分かりませーん。そして貴方たちには戦う才能がありまーす。是非是非、期待させていただきまーす」
ずっと黙っていた僕は、おそるおそる口を開きました。
「あの、ラブ様。せめて、ですよ?」
「はい、せめて、何ですかー?」
「頼みを聞くに当たって、せめて力添えというか、任務をやりやすくするような何かというか、無いんですか?」
「テツト、貴方は何が欲しいのー?」
「せめて、ですよ? イヨだけじゃなくって、僕たちにも超チートスキルをプレゼントしてくれるとか、そういうの無いんですか?」
「無いよー」
ラブはにっこりと微笑して言いました。
「無いよー」
大事なことなので繰り返し言ったようです。
僕はガクッと肩を落としました。
「何か、割に合わないっすね」
「応援だけはしてあげるよー?」
「応援ですか?」と僕。
「うん、フレーフレー、フレーフレー」
ラブがきつねダンスのような踊りを踊ってくれました。
きつねダンスとか懐かしいですねー。
日本で流行っていたことがあるっす。
ただ、そんなものを見てもやる気は起こりません。
「じゃああたくしは、言うことは伝えたし、そろそろこの夢を解散にしようかと思うんだけど」
「イヅキの討伐なんて、できるか分からないニャーン」
ヒメが首を振ります。
その肩にラブが手を置きました。
「ヒメ、貴方ならできる!」
「お前がやれニャン」
「できるできる、できるよできるー、貴方はできる! ヒメちゃん貴方は銀河の星だー」
ラブが歌うように言いましたね。
そして背中を向けます。
「じゃあ皆さん、こうやってちょくちょく夢の世界に呼ぶかもしれないけど、まったねー」
「せめて今チートスキルの書をください」
イヨが懇願しました。
ラブは「ノンノン」と言って首を振ります。
「それじゃあ、皆さん、またお会いしましょうねー」
そこで宇宙が真っ白い光に包まれました。
僕たちはそれぞれ個別の夢に戻ったようです。
それにしてもですよ。
ひどい厄介ごと頼まれたものです。
ヒメの習得しているスキル一覧
『スロー、チロリンヒール、ヒール、キュアポイズン、ファイアボール、エアロウインド、グラビティ、ポイズン、蛇睨み、スキル鑑定、召喚スライム、猫の逆鱗、安心、ゴロン猫スリープ、猫鳴りスロー、炎風』