7-1 ガナッドとの傀儡契約(ギニース視点)
第七巻始まりました! 皆さま、今回もよろしくお願いいたします。
ガガガガ。
ガビガビガビィ。
……頭の中で変な音が鳴っている。
ヴァルハラの科学者のあの女には、ずいぶん脳と体をいじくられた。
サイボーグの体にされてしまった。
おかげで凄まじい力を手に入れたが、記憶は曖昧である。
俺の名前は何だったろう?
何だっけなあ。
……。
そうだ、ギニース・シャーバルだ。
この世界で最も誇り高い男の名だ。
貴公子の名前だ。
そしてイケメン。
秋の夜。
俺はいま、懐かしき故郷マーシャ村の教会裏に来ている。
そこには墓地が広がっていた。
十字架の墓石が規則正しく並んでいる。
俺は右手にネクロマンサーの笛を握っていた。
何しにここへ来たかって?
何だっけなあ。
……。
そうだ。
村の英雄であったガナッドと死霊傀儡の契約を結ぶためなんだ。
彼の墓場の前で俺は立ち止まる。
ガナッドとはイヨの父親である。
イヨとは、いつか俺のモノにする女の名前だ。
辺りは静まりかえっていた。
風も吹いていない。
虫たちの鳴き声がかすかにある程度だった。
俺はネクロマンサーの笛を唇に当てる。
笛を吹いた。
ピヨリリー。
さあ、蘇れ。
村の英雄よ。
俺の力になるのだ。
死霊傀儡になるのだ。
墓場の前に黒い魔方陣が浮かび上がる。
背が高く、いかつい体つきをした中年男の黒い影が立ち上がった。
両手には大剣を持っている。
俺は彼に話しかける。
「ガガガガ、ガナッドよ。おおおお、お前は今日から俺の死霊傀儡だ。わわわわ、分かったら、ここここ、これからは俺の命令に従え」
くそう。
サイボーグの体のせいで上手く喋れないんだ。
ガナッドは俺を見下ろして睨み付けた。
「小僧。お前ごときに俺を扱えると思うなよ」
「ああああ、扱えるさ。おおおお、俺はなんて言ったって、ここここ、この村の支配者の息子だったんだから」
「お前、地主の息子のギニースだな。イヨとエリザはどうした? 元気に暮らしているか?」
「いいいい、イヨなら、いいいい、いまは町に住んでいるらしい」
「エリザは?」
「ええええ、エリザ? たたたた、確か、おおおお、王都に行ったんだっけなあ?」
「そうか。そりゃあ良かった。二人とも、元気に生きているんだな」
「そそそそ、そんなことどうでも良いじゃないか。おおおお、俺の命令に従え」
「まあ良いか。しばらくは同行してやる」
そう言って、ガナッドの黒い影は俺の体に吸い込まれるようにして消えた。
よし。
これで契約は完了だ。
後はバルレイツを破壊して、テツトを殺すだけさあ。
そしてイヨを俺のものにするんだ。
大好きなイヨ。
色っぽいエッチな体つきの彼女。
早くエッチがしたい。
いま行くからな。
墓地を離れて、俺は歩き始める。
ふと道の向こうから人の話し声が聞こえた。
立ち止まり、耳を澄ます。
男二人が会話をしていた。
「ったく、ゴブリンの巣穴退治なんて、楽勝だったなあジェス」
「そうだねー。これで30万ガリュももらえるなんて、ぼろい仕事だよ」
「早く町に帰って、酒を飲もうぜ」
「ナザク。その前にちょっと疲れたから、酒は明日にしない?」
「バーカ、仕事の後は酒って決まってんだろ」
「元気だなー、ナザクは」
どうやらナザクとジェスという名前の男二人のようだ。
ナザクのことは知っている。
以前、傭兵として雇ったことがあるからだ。
ナザクはテツトに倒されて、雇い主である俺と父さんは路頭に迷うことになった。
そして父さんは飢餓で死んだ。
許さない。
ナザク許すまじ。
許すマジジマジジ。
二人が道をこちらへと歩いてきている。
俺はほくそ笑んだ。
ガナッドの強さを試すのに、丁度良い試験材料が現れたものだ。
「ん? 人がいるな」とナザク。
「こんな夜に人?」ジェスの怪訝な声。
二人が立ち止まる。
俺は両手を開いて言った。
「れれれれ、レディースエンドジェントルマン!」
「なんだあこいつ?」とナザク。
「何か気味の悪い奴だなあ」とジェス。
俺はネクロマンサーの笛を唇に当てた。
ピヨロロー。
壮絶に美しい音色が響き渡る。
俺の前に二人の黒い影が立ち上がった。
「息子をいじめる者は、生かしてはおけないのーう」と父さん。
「夜は野党に気をつけろ、ってな」とガナッド。
すぐにナザクとジェスが戦闘態勢を取った。
ナザクが驚きの声で叫ぶ。
「この影! セルル・シャーバルか!?」
「ナザク、知ってるのー?」
ジェスが聞いた。
彼は両手の拳を掲げて、鉄拳を発動させている。
ナザクは顔をしかめて、腰からダガーを抜いた。
「前に俺を雇ったことのあるこの村の金持ちだ」
「ふーん。で、でもどうして黒い影なの?」
ジェスの声が震えている。
びびっているようだ。
俺は父さんとガナッドに命じた。
「ふふふふ、二人とも。まままま、前の傭兵たちを殺せ!」
「了解だのーう」と父さん。
「戦いの時間だ」とガナッド。
黒い影の二人が駆けていき、ナザクとジェスに襲いかかる。
ナザクが舌打ちをしつつダガーを振った。
「つっ、マジかよ! こいつら!」
「ナザク、気をつけろ。こいつらの姿、怪しいスキルだよこれ」
ジェスが鉄拳で応戦しようとする。
ガナッドが唱えた。
「昇り赤龍!」
赤い波動に包まれる大剣。
ナザクとジェスの体が上方に吹き飛ばされる。
「ぬわあぁぁぁあああ!」
「うえぇぇぇええええ!?」
二人の驚きの声。
ガナッドはまた大剣を振った。
「閃、真空斬り!」
大剣が赤い波動に包まれて、落ちてきた二人の体を斬り飛ばす。
「こ、このおおぉぉおおおお!」
ジェスが両手を突き出して防御していた。
しかし甘い。
ナザクは右足を切られ、ジェスの体は弾き飛ばされる。
「ぐああぁぁぁぁあああああ!」ナザクの悲鳴。
地面と衝突し、二人はその場に倒れた。
ジェスが苦しそうな声を上げている。
「痛たたたっ」
「俺の、俺の足がー!」
右足を無くしたナザクが惨めに吠えている。
「ざざざざ、雑魚だお前らは、ああああ、あははあははっ」
俺はポケットから拳銃を取り出した。
拳銃の名前はミストルベインと言う。
あの科学者の女が作った兵器である。
それをナザクとジェスに向ける。
撃った。
二人の体が白い爆発に包まれる。
「あぁぁぁぁああああああああああ!」とジェス。
「なにいいぃぃぃぃいいいいいいい!」とナザク。
二人の断末魔が響き渡った。
空間が根こそぎ消失するようにして、二人の体が消え失せる。
落としたスキル書ごとこの世から消え去った。
ひ。
ひっ。
死んだ。
……。
弱い。
なんて弱いんだ。
あひゃひゃあひゃひゃひゃっ。
弱い、弱いよおこいつら!
弱すぎだよお!
弱弱弱虫だよおっ!
そして俺は強い。
強いよお俺。
最強だ。
最強だよぉぉぉぉおおおおおお!
標的を無くした父さんとガナッドの足元に黒い魔方陣が浮かんでその場から消失する。
俺はネクロマンサーの笛とミストルベインをポケットにしまった。
マーシャ村を離れて歩き出す。
ささささ、さて、ヴァルハラの仲間の元へと帰ろうじゃないか。
今回の作戦を共に遂行するために。
バルレイツの町を襲撃するために。
テツトを殺し、イヨを俺のものにする。
メシを食う豚のように喜んだイヨの顔を思い浮かべて、俺は幸せな気分に包まれた。
ここここ、今度こそチェックメイトだ。