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6-24 デート(ヒメ視点)



 ニャン。

 結婚式の翌日。

 今日はレドナーとデートの日だ。

 ダイニングキッチンのテーブルの席に、あたしとイヨの二人で並んで腰かけている。

 イヨがあたしにお化粧をしてくれているニャンよ。

 テーブルの上には丸い鏡。

 対面のテーブルにはテツトがいて、カップの紅茶をすすっている。

「よし出来た」

 イヨがあたしの顔をじっくりと見て、それから微笑む。

 あたしも鏡で自分の顔を見た。

 これがあたしかニャン?

 すごく綺麗だ。

 テツトが褒めてくれた。

「ヒメ、美人だぞ」

「うん、可愛い」

 イヨが化粧道具を片付け始める。

 あたしは嬉しくってニッコリと口角を上げた。

「イヨ、ありがとうニャン」

「ううん。それよりヒメちゃん、今日は本当に気をつけて」

 イヨが注意するように声を少し低くした。

 特にホテルで休憩するのは避けた方がいいようだ。

 他にもキスを迫られたり、手をつながれたりしたら、危険みたいニャン。

 そういうことをされそうになった時の対策をイヨが入念に話してくれた。

 あたしは元気に肩を揺らす。

「イヨ、分かったニャンよ~」

「うん。でもヒメちゃん、今日は楽しんできてね」

 イヨがそう言ったところで、玄関の扉がノックされた。

 レドナーが来たみたいだ。

 今日は二人きりということで、あたしはちょっと緊張気味。

 テツトが返事をして玄関に向かった。

「はーい」

 鍵を回して扉を開く。

 やはりそこにはレドナーがいて、服装をオシャレに決めてきている。

 染めの模様が入った青いTシャツに、タイトな白いズボン。

 真夏だというのにベージュのマフラーをしているニャン。

 いつものことだけど。

 一応剣も持ってきているみたいだ。

「よ、よおテツト」

「おはよう、レドナー」

 テツトが挨拶をして、こちらを振り返った。

 続けて言う。

「ヒメ、来たよ」

 あたしとイヨが椅子を引いて立った。

 玄関へと向かう。

 レドナーが緊張気味に挨拶をくれた。

「て、天使さま、おはようございます!」

「レドナー、おはようだニャーン」

 あたしはぴょこんと右手をあげる。

 レドナーの頬が赤く染まっていた。

 喜んでいるみたいだ。

 あたしはウキウキとする。

 イヨが注意した。

「レドナー、今日はヒメちゃんに変なことをくれぐれもしないように! くれぐれも!」

 イヨが大事な言葉を強調したニャン。

「……わ、分かった」

 レドナーは顔をしかめたけど、すぐに殊勝な表情をして頷いた。

 あたしは玄関を出た。

 後ろを向いて右手を振る。

「二人とも、行ってくるニャンよ~」

「ヒメ、楽しんできて」とテツト。

「ヒメちゃん、気をつけてね」とイヨ。

「天使さまは俺が守るから大丈夫だぜ?」

 レドナーが親指を立てた。

「貴方が危ないのよ」とイヨ。

 テツトは苦笑していた。

 扉が閉まる。

 彼があたしの姿を見て感想を述べた。

「天使さま、その服、すごく似合っています」

「ありがとうニャン!」

 あたしの格好はオフショルダーの白いシャツに下は黒のフレアスカートだ。

 昨日の結婚式にもしていたイヤリングをしている。

 青い石がついていて、とても綺麗だニャンよ~。

 ちなみに杖は部屋に置いてきてある。

 あたしは聞いた。

「レドナーはどうしていつもマフラーを巻いているニャンか?」

「えっ、これ、格好良くないですか?」

「格好良いには良いけど、夏は暑いニャンよ~」

「それはそうですが、でも、気に入っているんです」

「まあ、それなら仕方無いにゃんけど」

「はい。天使さま、とりあえず部屋の前で立ち話もなんですから、巡行狼車の停留所へ行きましょう」

「んにゃんっ。行くニャーン!」

 右手を空に突き上げるあたし。

 停留所まで二人で歩き、屋根つきのベンチに座って待つ。

 レドナーは時々話しかけてくるが、それほど喋らない。

 そういうところはテツトによく似ていた。

 あたしは喋るのが大好きだけど、黙っている時間を共有するのも嫌いじゃ無かった。

 元が猫だからかもしれないニャン。

 やがて狼車が来て、あたしたちは乗った。

 町の南区へと向けて出発だ。

 ガタガタと揺られながら、あたしが聞いた。

「レドナー、あたし、レドナーの家族が知りたいニャン」

「家族ですか?」

 レドナーはちょっとびっくりしたみたいだ。

「んにゃん、家族は何をしている人たちニャン?」

「俺の父さんは、この町の警備兵をしています。町の入り口で見張りをする仕事です」

「それは偉いニャンね~。夜勤はあるかニャン?」

「はい。一週間ごとに日勤と夜勤が交代します」

「それは大変だニャン」

 心配そうなあたしの声。

 レドナーが頷く。

「はい。大変です。ですから、尊敬しています」

 それからレドナーは自分と家族のことを詳しく語って聞かせてくれた。

 レドナーは剣を父から習ったらしい。

 母は保母さんをしているようで、幼稚園に勤めているのだとか。

 両親共に優しい人であり、レドナーはたっぷりと愛情を受けて育ったみたいだ。

 姉もいるらしく、幼い頃はよく姉弟で喧嘩をしたらしいニャン。

 今は仲が良いみたいで、休日になると姉が手料理を作ってくれるようだ

 姉は割烹料理屋でウェイトレスをしながら料理の修業をしているという話だった。

 ちなみにキテミ亭とは別のお店らしい。

 レドナーが一通りの説明を終えて、今度はあたしの家族の話を聞いた。

 彼には以前、あたしとテツトが日本からワープしてきたことは伝えてある。

 七夕の雨の日、テツトに拾ってもらったこと。

 テツトやその両親に大変可愛がってもらったことを語って聞かせた。

 レドナーは相づちを打ちながら聞いてくれる。

 話が終わると、レドナーはまた黙った。

 あたしは太陽を見上げながら、気持ち良くゴロゴロと喉を鳴らす。

 少しだけ空が雲って来ていた。

 ……雨が降るニャンかな。

 やがて南区の停留所に着き、二人で降りた。

 レドナーが声をかける。

「天使さま、カミルトンの店はこっちです」

 その店は高級料理屋だとテツトとイヨが言っていた。

「んにゃん~。おっ魚おっ魚ニャンニャーン!」

 あたしはご機嫌で歌った。

 二人で肩を並べて繁華街の大通りを歩く。

 途中、レドナーがあたしの左手のひらを掴んだ。

 手をつなぎたいみたいだ。

「んにゃんっ!」

 手を振り払うあたし。

 レドナーがびっくりしたような、残念な声で言う。

「て、天使さま、ダメですか?」

「イヨに言われているニャンよ~。手をつないだらいけないニャン!」

「……くっ、イヨの野郎……」

 レドナーは恨みがましい瞳を地面に向けた。

 お店はすぐに見つかった。

 だけど営業している様子はない。

 玄関の扉には張り紙がされており、閉店と書かれてある。

 レドナーが目を剥いた。

「そ、そんな、閉店!?」

 悲しそうな顔と声だ。

 あたしはがっかりと肩を落とした。

「レドナー、どうするニャン?」

「だ、大丈夫です! 天使さま。食堂なら他にもたくさんあります!」

 ふと空がゴロゴロとなり、雨がポツポツと降ってきた。

 やっぱり降ってきたニャン。

 あたしは傘を持ってきていなかった。

 やがて大雨になる。

 レドナーはバッグから折りたたみの傘を取り出し、開いてさした。

 二人で相合い傘をする。

「天使さま、行きましょう」

「どこのお店に行くニャン?」

「一つ心当たりがあります。魚料理もあるお店です」

「分かった。行くニャーン!」

 二人で雨の中を歩き出した。

 あたしは雨が嫌いじゃなかった。

 雨が降っているとあの時のことを思い出す。

 テツトがあたしを拾ってくれた、七夕の午後のことだ。

「雨雨降れ降れ母さんがー、ニャン」

 レドナーはあたしの様子を見て、ほっとしたようだった。

 そこはヒマワリ亭という名前のお店だった。

 二人で扉を開けて中に入る。

 カランカランとベルが鳴った。

 長い黒髪をハーフのツインテールにしているウェイトレスが迎えてくれた。

「いらっしゃいませ! って、レドナー。お前何しに来たんだよ」

 ぶっきらぼうな声だ。

 その女性は身長があたしよりも低い。

 百五十センチも無いと思った。

 レドナーとは知り合いみたいだ。

 彼が言った。

「姉ちゃん、わりい、カミルトンが潰れててさ。来ちまった」

「潰れたのか!? カミルトン」

「ああ。だから、飯を出してくれ」

「いーけどよお……まあ座れや」

「ありがとう」

 どうやらレドナーの姉のお店のようだ。

 姉はカウンターの奥へと下がっていく。

 彼女は低身長で可愛らしい顔つきなのに、しゃべり方はぶっきらぼうで、ギャップがあって面白かった。

 あたしが聞いた。

「お姉ちゃんニャン?」

「あ、そうです。今のは姉のシュナです」

「シュナかニャーン」

 あたしとレドナーは窓際の席を選んで対面に腰掛ける。

 メニューを開いて料理を選んだ。

 魚のお刺身定食があって、それにすることにする。

 レドナーは焼き肉定食を選び、お酒を二つ頼むことにした。

 やがて二つのコップにお水を持ったシュナが注文を取りに来る。

 テーブルにコップをトンと置いた。

 あたしの顔を見て「あんたあ、美人さんだなあ」と感想をもらす。

 素直に嬉しいニャンねー。

 続けて言う。

「レドナー、お前まさか、デートなのか?」

「今日はデートだニャーン」

 あたしは愉快に肩を揺らす。

 シュナはびっくりしたような顔をして、それから頭を下げる。

 丁寧な口調であたしに言った。

「初めまして、レドナーの姉だ。愚弟がいつもお世話になっています」

「ね、姉ちゃん?」とレドナー。

「んにゃん。毎日世話しているニャンよー」とあたし。

 シュナはまたもや驚いたような顔つきであたしを見た。

「毎日世話って? あんた、レドナーの彼女なのか?」

「んーん、彼女じゃあ無いニャンね~」

 あたしは首を振る。

 レドナーが激しく身じろぎした。

 どうしたんだろう?

 シュナは二度頷いて、あたしたちに言った。

「分かった。今日は私のおごりだ。好きなだけを好きなものを頼め」

「ね、姉ちゃん、良いのか?」とレドナー。

「んにゃん~、太っ腹だニャーン」とあたし。

 シュナが聞いた。

「あんたあ、名前は?」

「ヒメだニャンよ~」

「ヒメ? お前はどこかのお姫さまなのか?」

「んーん、ヒメっていう名前ニャン」

「そ、そうか。じゃあヒメさん、何でも注文してくれや」

 小柄な女性なのに男っぽい口調だ。

 声は甲高い。

 かなり可愛いと思った。

 お友達になりたいニャンねー。

 あたしとレドナーはそれぞれ注文をして、またシュナが下がっていく。

 すぐにサファイロッカの樽ジョッキが運ばれてきて、二人で乾杯をした。

 最近、あたしはお酒を好きになった。

 ミルフィがいっぱい飲ませてくれたせいだニャンね~。

 二人でごくごくと飲む。

 レドナーは黙っている。

 だけど居心地の良さそうな顔をしている。

 デートを楽しんでいるようだニャン。

 嬉しかった。

 あたしから口を開いて、二人で話をした。

 自然とテツトとイヨの話になる。

 あたしたちの共通の話題と言ったらそれぐらいだニャン。

 レドナーが聞いた。

「天使さま。テツトは、どこで武術を習ったんですか?」

「それはニャンね~」

 あたしは元の世界でテツトが柔道をやっていた話をする。

 レドナーは注意を傾けて聞いた。

 あたしは言った。

「レドナーとテツトは性格が似ているニャン」

「そうですか?」

「んにゃん。寡黙だし、それにとっても優しいニャン」

 レドナーが頬を染める。

 照れているようだ。

 あたしは続けて言う。

「だけど、違うところもあるニャンね~」

「どんなところが、ですか?」

「レドナーは人の気持ちに鈍感なところがあるニャン。けど、テツトは、分かり過ぎるニャンよ」

「鈍感ですか? 俺」

「んにゃん、もうちょっと気づいて欲しいニャン~」

「あ、はい、頑張ります」

「んにゃん。頑張れ頑張れレドナーニャンニャン!」

 あたしは愉快になって歌う。

 やがて運ばれてきた料理を二人で食べた。

 お刺身は新鮮であり、特にバキルという魚の脂身がどっかりと乗っかっていて、とろけるように甘くて美味しかった。

 バキルは魚のモンスターという話だ。

 美味しいお店を見つけた。

 今度テツトとイヨも連れて来たいニャン。

 それからもたくさん話をした。

 レドナーは釣りが好きなようで、今度一緒に行こうとあたしを誘う。

 釣りをやったことの無いあたしは、教えてもらうことになった。

 テツトとイヨも一緒に連れて行きたいと言うと、レドナーは分かりましたと言って了解する。

 釣りの日が楽しみだニャンね~。

 ご飯を食べ終えると、二人で店を出る。

 扉を出るとき、シュナがあたしに握手を求めた。

 二人で手を握り合う。

 シュナが顔を硬くして言った。

「あんたあ、これからもレドナーのことをよろしく頼んます」

「任せろどっこいだニャンよ~」

 あたしは笑顔で胸を張った。

 店を出ても、まだ雨が降っている。

 ほろ酔いになってしまったようで、あたしは足下がふわふわとした。

 二人で相合い傘をしつつ出発する。

「次はどこに行くニャン?」

「天使さま、ついてきてください。近くにとっておきの場所があるんです」

「とっておきニャン?」

「はい。とても綺麗な場所です」

 レドナーに着いていくと、繁華街の中心地に小さな池があった。

 その周りに無数のヒマワリが群生しているニャン。

 ふと、雲のすきまから太陽が顔を出して雨がやんだ。

 レドナーは傘を下ろす。

 あたしは興奮して言った。

「ヒマワリが綺麗だニャーン」

 数は千を超えるのではないだろうか。

 小さなヒマワリ、大きなヒマワリ、その光景はとても見事だ。

 こんな場所で日向ぼっこができたら、気持ちが良いニャンね~。

 レドナーが低い声で言った。

「ここに、連れて来たかったんです」

 感動してあたしは瞳がうるうるとした。

 レドナーがあたしの肩に手を置いた。

 彼の唇があたしの唇に迫る。

 やばいニャンッ!

 レドナーの頬をびんたした。

「痛っ! て、天使さま!?」

「そういうのはイヨにダメって言われているニャンよ!」

「だ、ダメですか?」

「ダメニャン!」

「そ、そうですか。くっ」

 唇を噛むレドナー。

 ちょっと可哀想だけど、仕方がないニャン。

 あたしはその場の雰囲気を吹き飛ばすために聞いた。

「レ、レドナーは、なんで傭兵をやることにしたニャン?」

「……それは、勇者になりたかったからです」

 レドナーが語ってくれた。

 昔、レドナーとシュナの幼い頃、山でオークに追いかけられてとても危険な思いをしたこと。

 そこを通りかかり助けてくれたのが、ロナードの勇者であるカノス・ノーティアスであった。

 カノスはミルフィの父という話だニャン。

 カノスがオークを鮮やかに倒す光景を見て、レドナーは決めたらしい。

 自分も勇者になる。

 あたしは言った。

「レドナーならなれるニャンよ」

「本当ですか? 天使さま」

「んにゃん! 頑張れ頑張れニャンニャニャン!」

「ありがとうございます」

 あたしたちは屋根つきのベンチに腰を下ろして座った。

 二人で黙ってヒマワリと池を眺める。

 何羽もの鳥が池に浮かんで泳いでいた。

「綺麗だにゃんね~」

 レドナーの右手があたしの左手にそっと触れる。

 またかニャン!

 あたしは振り払おうとして……。

 やめた。

 ……。

 まあ良いニャン。

 手をつなぐことだけは許してあげた。

 顔を向けると、レドナーの頬が上気している。

 何だろう。

 なんだか。

 楽しいニャンね~。

 心臓がトクトク。

 初めての気分だった。

 あたしは言った。

「レドナーはあたしが好きだニャンね~」

「はい、好きです」

 ストレートに思いを告げるレドナー。

 そういうところ。

 嫌いじゃない。

 すごく嫌いじゃない。

 そしてその日は、飽きるまでヒマワリと池と鳥を眺めて楽しんだのだった。

 たまにはレドナーとデートも良いニャンね。

 そう思った。



 これで六巻が終わりです。皆さま、今回もお付き合いありがとうございました!

 七巻は現在執筆中であり、十月一日の投稿開始になります。実際の投稿は、早くなったり遅くなったりする場合がございます。それでは次巻でお会いしましょう。またです!

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[良い点] ヒメちゃんデート楽しめてよかったね。(>_<)
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