6-22 心の傷
翌日の朝。
レドナーが早速、ユメヒツジ製のグレーのジャケットとズボンを着て現れました。
マフラーの色は藍色です。
かなり格好良い服ですね。
僕も欲しいっすねー。
でも買えないっす。
バーサクを使うと破れるんで、仕方ないですよね。
この日から朝になると、レドナーは僕たちの家に来るようになったっす。
家に上がり、一緒に紅茶を飲みました。
その後、僕たちは四人で領主館へ行き、傭兵ギルドに一緒に来て欲しい理由をミルフィに伝えます。
ミルフィは迅速な対応をしてくれましたね。
彼女はすぐに了解し、その日の午後にも空き時間を作ってくれたっす。
僕たちはキテミ亭へ行き昼食を食べて、その後は傭兵ギルドで待たせてもらいました。
ダリルやハニハと世間話に花を咲かせましたね。
もちろん僕はあんまり喋らないのですが。
一時近くになると、外の剣士像の前でミルフィを待ちます。
彼女は領主館にある豪奢な狼車でドルフと一緒に来ました。
丸メガネに緑髪の彼女が地面に降り立ちます。
「みなさん、何も心配なさらないでくださいな。私がちゃーんと報酬がもらえるように、報告書を書きますからねえ。お任せですよぉ!」
右腕に力こぶを作っています。
レドナーが「ミルフィさま、ちょっといいですか」と言いました。
ミルフィ首を傾けます。
「はい? どうしました? レドナーさん」
「あの、テツトがバーサクで倒した魔族に、魔王の第五王子と名乗っていた男が一人いたんだが、王子を倒した場合は報酬が上がったりするのか?」
なんと僕は王子を倒したそうです。
あの時の記憶はうろ覚えなんですよね。
頑張って思い出そうとすると、そう言えば僕を拷問した魔族が王子と名乗ったような気がします。
あいつでしょうか?
ミルフィはびっくりして右手のひらを口元に掲げました。
「レドナーさん、王子の名前は分かりますかあ?」
「確か、スティード・ゴルドローグって」
「なるほど! では、そのことも報告書に盛り込まなきゃいけないですね! 貴重な情報ですね!」
ミルフィが右手のひらを下ろします。
ニッコリと微笑んで、続けて言いました。
「王子を倒したのならその一人だけで、800から1000万ガリュぐらいの報酬が期待できると思いますわあ」
「マジか!」とレドナー。
「はあい。レドナーさん! みなさん! お金持ちですね! これでいっぱいいっぱい強くなれますよお!」
ミルフィの口調は間延びしていて、一見冗談を言っているようにも聞こえます。
しかし、短い期間ですがもう付き合いが濃いので、僕たちには分かりました。
これがミルフィの素なんですよね。
ヒメが両手を万歳して飛び跳ねていました。
「やったーニャ―ン、やったーニャーン」
「本当にお金持ちだわ」
イヨが目元を緩ませて微笑します。
ミルフィが口角を上げて言いました。
「さあみなさん、れっつごーですぅ」
彼女がギルドの扉へ行き、開きましたね。
みんなで中へ入ります。
午後のギルドはやはり空いていますね。
ミルフィと僕たちが入ってきたのを認めると、ダリルたち二人が恭しく領主に挨拶をしました。
ミルフィがダリルに話をしてくれて、専用の用紙をもらい、今回の事件の内容と上級魔族を二十一人討伐したことの報告書を書いてくれたっす。
もちろん魔王の第五王子を倒したことも文章に盛り込んでくれました。
死体は、戦闘中にミルフィが魔法で焼却してしまった事にしたようです。
もちろんそれは嘘ですが、倒したことに偽りは無いですよね。
嘘も方便でした。
僕たち五人がサインをして、担当者の欄にはダリルが名前を記入し、最後にミルフィが捺印をします。
報酬を受け取るまでの流れについて、ダリルが説明をくれましたね。
報告書は、傭兵ギルド本部があるアウラン皇国に送られるようです。
アウランはロナードの西にあり、隣接国家だそうです。
審査があり、審査報告が伝えられるのは約三週間後。
審査が通ったとして、お金が送られてくるのはその一週間後という話でした。
ちょうど一ヶ月かかりそうですね。
手続きが終わると、僕たちはお礼を言いました。
「ありがとうミルフィ」とイヨ。
「ミルフィ、ありがとうだニャーン」とヒメ。
「いつも世話になるぜ」とレドナー。
「ありがとうっす」と僕。
ミルフィは「いえいえ」と言って顔の前で右手を振りました。
彼女は多忙のようで、その後すぐに帰宅しましたね。
狼車に乗り、ドルフの「ハイヤー」というかけ声が響きました。
煌びやかな狼車が走り去って行くのを、僕たちは手を振って見送りましたね。
そして。
僕たち四人は今日のこの後のことについて話し合います。
結婚式に着ていく服などを買いに行くことになりました。
巡行狼車で町の南区に行ったっす。
いくつかのお店を回り、男女の服や靴、男物の腕時計、レディースのアクセサリーやポーチ、香水などを買いそろえました。
途中ティルルの店にも寄ったりして、女性陣がかしましく世間話に花を咲かせます。
そんなこんなで今日が過ぎて行きました。
翌日からはいつも通り仕事だったんですが。
ヒメと僕はちょっと困っていました。
ギルドから受ける依頼の難易度を選ぶ際に、イヨとレドナーが口論になったんですよね。
僕たちの傭兵ランクはレドナーがCであり、他の三人はDです。
僕たちへのダリルの評価は高く、仕事をBランクまで請け負うことを許可してくれていました。
しかしです。
イヨは頑なにDランクの仕事を選ぼうとしました。
安全を第一に考えているんだと思います。
先日の事件で僕が死にかけたせいか、難易度の高い仕事を嫌うように突っぱねました。
レドナーはもちろんBランクの仕事をチョイスしようとします。
少しでも多くのお金を稼ぎたいんですよね彼は。
二人が衝突して、ギルド内で激しく言い争います。
ヒメがレドナーをなだめて、この数日間は何とかDランクの仕事をしています。
しかし、レドナーの堪忍袋の尾が切れるのは時間の問題でした。
僕は心の中で彼に同情したっす。
レドナー以外の僕たちは、マグマ鉱床の利益により割と裕福です。
Cランクぐらいのスキル書やどうしても必要なマジックアイテムなら、思い切って買えてしまいます。
しかし、レドナーはそうも行きません。
彼の収入は今のところ、傭兵ギルドの仕事だけが頼りなのでした。
強くなるためには、やはり金です。
このままでは、イヨもレドナーも可哀想でした。
その日の夜。
ヒメが寝静まった後で、イヨと僕は、僕の部屋のベッドで寝そべっていました。
タオルケットをかけており、二人とも裸です。
本番はまだしませんが、もう大人の関係ですね。
事を終えた後、僕はベッドに肘をついて手のひらに頭をのせ、イヨに優しく微笑みかけました。
「ねえ、イヨ。そろそろ、僕はCランクか、Bランクの仕事がしたいな」
「……どうして?」
イヨがこちらを見ます。
悲しげな顔と声でした。
口下手な僕。
何と言えば、イヨをその気にさせられるのでしょうか?
考えました。
考えに考えて。
出てきた言葉はこれです。
「傭兵ランクを上げられるように、実績を少しでも積みたいんだ」
「……ごめん、もう少しだけ、待って欲しい」
イヨが潤んだ瞳で僕の顔を見つめます。
続けて言いました。
「もう少しだけ待って。私には、心に余裕を持つための時間が必要なの」
僕はしまったと思い、頷きます。
自分の希望を言ったことに後悔の気持ちが起こりました。
「分かった」
僕は彼女の髪を優しく撫でます。
気持ちよさそうに両目を細めるイヨ。
彼女の心は傷ついています。
夜の行為を共にすれば、傷の深さは一目瞭然でした。
甘え方が赤ん坊のようなのです。
先日、僕が死にかけたせいですね。
ずいぶんとショックを与えたみたいです。
レドナーには上手く言って、もう少しだけ我慢してもらうしかないですね。
僕の首にイヨが顔をうずめます。
「テツト」
「どうしたの?」
「ぎゅってして欲しい」
僕はイヨの背中に腕を回して強く抱きしめました。
背中をさすってあげます。
「イヨ、よしよし、よしよし」
彼女が嬉しそうに笑みを浮かべました。
「ありがとう、嬉しい、そのまま、そのままでいてね」
「分かりました」
「テツト、愛してるの」
「僕も、イヨが好きです」
「……うん」
そして、イヨはそのまま眠りに落ちたっす。
彼女の髪の匂いを嗅いだまま、しばらくぼーっとしていました。
石鹸の良い香りがします。
そして僕自身もいつの間にか寝てしまったようです。
抱き合ったままの就寝でした。
翌日から、イヨは変わりましたね。
Cランクの仕事を突っぱねたりしなくなりました。
Bランクの仕事には未だに難色を示していますが。
レドナーはやはりBランクの仕事をしたいようでした。
女性二人と距離を取り、僕はレドナーと二人で話し合いましたね。
恋人の心が、先日の事件で傷ついていることを伝えました。
レドナーはびっくりしたようで、しゅんとしたような表情をしたっす。
しばらくはCランクの仕事で我慢すると言ってくれました。
これで内輪揉めの雰囲気とはお別れっす。
そしてついに、結婚式の日がやってきました。