1-11 傭兵試験
傭兵ギルド、バルレイツ支部の建物。
それは、思ったより大きくないですね。
一つの民家ほどの大きさであり、一階建てでした。
茶色い壁をしており、建物の前には彫像が立っています。
剣を振り上げた剣士の像。
緊張感のある佇まいです。
ちなみに、バルレイツと言うのは、この町の名前っす。
前にイヨが教えてくれましたね。
彼女が先頭に立ちました。
両開きの扉を抜けて、僕らは室内へと足を踏み入れます。
中は、ガラーンとしていましたね。
カウンターの奥には筋骨隆々の男がいて、声を張ります。
「いらっしゃい! お? 女の子かな?」
イヨが歩いて近づいていきます。
僕らもその後に続きました。
「ダリルさん」
イヨが声をかけました。
筋肉質の男が顎髭を撫でつつ眉をひそめます。
「お前、まさか、ガナッドの娘のイヨか?」
「はい」
イヨが嬉しそうに返事をして、カウンターに両手をつけましたね。
またしても顔見知りのようです。
ダリルが彼女の肩に手を置いたっす。
「久しぶりだなあ。元気だったか?」
「はい。ダリルさんもお元気そうで」
「最近どうだ? マーシャ村は変わってないか?」
「はい。変わりありません」
近況報告を始める二人。
イヨが後ろを振り返り、僕らを紹介したっす。
「こちらの、男性の方はテツト。女の子はヒメ」
「へーえ、イヨの友達か?」
「はい」
イヨが口角を上げます。
そして言いました。
「三人で、傭兵をやろうと思って」
そこでダリルは厳しい顔をしました。
小刻みに顎を振ります。
「やめとけやめとけ、イヨ。お前のそんな細い体じゃあ、命を落とすだけだな。命を粗末にするな」
イヨが落ち着いた声で言ったっす。
「大丈夫です」
「大丈夫って、お前。お前がモンスターに殺されて死んだりでもしたら、俺は相棒のガナッドに顔向けできねーよ。天国で半殺しにされちまうぜ」
「傭兵ギルドへの、加入試験を受けさせてください」
ダリルがイヨを睨みつけます。
「……本気かよ?」
「本気です」
イヨは間髪入れずに答えましたね。
「本気ニャン!」
ヒメも右手を突き上げたっす。
「マジかあ……」
ダリルはうつむいて顎を振ります。
そして、ゆっくりと顔を上げましたね。
「試験を受けるのは自由だ。だけどなあ」
ダリルが足元に置いてあったアックスを取りましたね。
使い込まれており、手入れの繰り返された、屈強な斧っす。
……この人は。
柔道をやっていた僕には分かるっす。
達人の柔道着はボロボロなのに綺麗なんですよね。
ダリルの斧も、同じでした。
「三人とも、外へ出ろ。試験を受けさせてやる」
そして。
傭兵ギルド前の土の道路。
ダリルは斧、イヨは剣と盾。
それぞれを構えて一定の距離を取っていました。
僕とヒメは脇にいて、二人を眺めていますね。
「イヨ! フレーフレーニャン!」
ヒメは両手を振ってヘンテコなダンスをしていました。
通りかかった子供連れが、速足で道を行きます。
ダリルは言ったっす。
「いいかお前ら? 試験内容は単純。俺を倒せば合格。倒さなくとも3分間、俺から逃げきれば合格。死ねば失格。戦闘不能な状態になったらこれも失格。降参は認めるが、その場合このギルドに二度と顔を見せるな。いいか?」
「はい!」
イヨが大声で答えました。
ダリルが声を張ります。
「じゃあ、始めるぞ!」
ダリルが走りました。
「おらあっ!」
斧を大きく振りかぶっています。
ダメだ……。
力が強すぎる。
「プチパリア!」
イヨが唱えました。
盾の前に小さなピンク色のバリアが出現したっす。
アックスとバリアがぶつかり。
ガンッ!
火花が散りました。
「おらおらあ! どうしたどうしたどうした!」
ダリルの3連撃。
受け止めるイヨの体が右に左に揺れます。
「イヨ、逃げるニャーン!」
ヒメがおびえたように言いました。
たまらずイヨが唱えたっす。
「シールッドバッシュ!」
「当たるかよお!」
ダリルが素早い動きで後退します。
盾からの波動を躱し。
また真正面から突っ込みました。
「突撃アタック!」
ダリルの斧が赤い波動を帯びます。
スキルですかね?
「くうっ!」
おびえたようなイヨの声。
「うおらあっ!」
横薙ぎの斧の一閃。
ズガンッ!
「キャアッ」
盾が吹き飛ばされました。
それと同時に地面に倒れるイヨ。
次の瞬間、斧が彼女の首元に突き付けられていたっす。
「イヨ、試験は失格だ。出直すんだな」
彼女の瞳が潤みます。
しかし涙を必死にこらえているようでした。
ダリルが斧をどけて、イヨが立ち上がります。
「ありがとうございました」
「ああ、また来い」
彼がこちらを見ます。
「で」
僕らを指さしました。
「他の二人も試験を受けるのか?」
僕は前に出たっす。
「やります」
「ふーん、男」
ダリルが恫喝するような声で言いましたね。
「男には手加減しねーぞ? 死んでも知らん。それでもやるか?」
ダリルはイヨに手加減をしたんですかね?
していないように見えましたけどね。
僕は低い声で言ったっす。
「お願いします」
「テツト、イヨの仇を取るニャーン!」
ヒメが甲高い声で言いました。
そして。
ダリルと僕が一定の距離を置いて立ちました。
僕は両手を構えます。
拳が銀に染まりました。
「お前モンクか? へえ。それじゃあ始めっぞ?」
僕はその場で軽くジャンプしながら。
「はい」
「始めだ!」
ダリルがこちらに走ります。
斧を振りかぶっていますね。
僕は両手で弾きながら、後退します。
弾いて後退。
弾いては後退。
円を描くように、二人がその場を回ります。
まるで、柔道の赤畳から出ないように。
「どうしたどうした? 攻撃しねーのかお前、男のくせに格好悪いな!」
挑発にのってはダメっす。
彼は3分間逃げ切れば勝ちと言いました。
つまり、3分この状態を維持すれば僕の勝ちっす。
「テツト、頑張るニャン!」
「テツトくん!」
脇にいる二人が応援をくれます。
ダリルの額に、筋がピシリ。
彼が唱えたっす。
「叩き落とし!」
大きくジャンプしました。
赤い波動を帯びる斧。
「粉々になりなあ!」
かけ声と共に、斧を地面に振り下ろしたっす。
砂埃が上がります。
僕は大きく後方に跳んで避けました。
両手をまた構えています。
ダリルが怒ったように言いましたね。
「いい加減攻撃して来い小僧」
「最近肩が凝るんすよねー」
僕は左手を右肩に置きます。
右腕をぐるぐると回しました。
「なっ」
ダリルが顔を赤くしました。
「てめえ、俺を怒らせたな!」
僕はまた両手を構えます。
今のはもちろん挑発。
ダリルがこちらへ突進します。
「死んでもしらねえぞ!」
大振りの一撃。
僕は両手で受け流すように弾きます。
ガンッ。
力が重い!
大きく後ろに後退しました。
下から上に斬り上げる、二連撃目。
後退して躱します。
大きく大きく力の乗った三連撃目。
今だ。
僕は前に出ました。
「今だニャン!」
ヒメは僕が何をするのか分かったようです。
ヒメは僕と一緒に、柔道の僕の試合録画を見たことがあるっす。
左手で、相手の右腕を掴み。
右手は服の襟を掴み、体を反転させます。
真骨頂。
背負い投げ。
「なあっ!」
悲鳴を上げるダリル。
ドシンと地面に落ちました。
そのまま袈裟固めします。
「このっ! 離しやがれ!」
ダリルが四肢をばたつかせますね。
絶対に離さないっす。
両手と胸でダリルの首を圧迫しました。
「ぐおぉぉ!」
苦しそうなダリルの声
やがて、ダリルは僕の背中を軽く叩きました。
降参の合図っす。
僕は立ち上がります。
「ありがとうございました」
礼をしたっす。
「やったニャン! さすがテツトニャン」
「テツトくん、さすが!」
ぱあっと花の咲いたような二人の笑顔。
照れますね。
僕は頬をかきます。
ダリルも立ち上がりました。
悔しそうな顔で右手を差し出しましたね。
僕は握手に応じます。
「見たことねえ技を使うんだな、お前。テツトと言ったか?」
「はい」
「テツト、お前は合格だ。約束通り、傭兵にしてやる」
「あ、ありがとうございます」
「で、だ」
ダリルが脇にいるヒメを見ました。
「白い髪の女の子は、試験を受けるのか?」
「受けるニャン!」
ヒメはそう言いましたが。
イヨと僕が首を振りましたね。
ダリルは眉をひそめたっす。
「受けるのか? 受けないのか?」
「受けません」
僕が言いました。
イヨがヒメの頭に手を置いたっす。
「ヒメちゃん、ダメ」
「残念ニャーン」
少し悲しそうな顔と声のヒメ。
また4人で傭兵ギルドの建物に入ったっす。
カウンターに両手をついて、ダリルが言います。
「テツト、お前は今日から傭兵だ。仕事が欲しければここに来い」
僕は頷きました。
「あ、はい」
ダリルが茶色いバッジを差し出しました。
僕は受け取ります。
剣の模様が入っています。
「これは?」
「傭兵バッヂだ。大事にしな」
「あ、ありがとうございます」
「ああ、それでなんだが」
ダリルが続けて説明をします。
「最初の傭兵ランクはEだ。テツト、お前はいまEだ。仕事を成功させて、それを積み重ねればランクは上がる。ランクが上がれば、依頼する仕事の難易度も上がる。もちろん報酬も上がる」
「はい」
「イヨと、そこのヒメっつう女の子は、今日のところ傭兵にはなれない。だけどこれからも傭兵を目指すんなら、三人で行動を共にすべきだな。そう言うケースは結構ある。テツトの仕事を、二人が手伝うのは許可だ。ただしその場合、ギルドが二人を雇うんじゃなくて、テツトが雇うことになる。報酬は、テツトが払うことだな」
「分かりました」
「ああ。さっそく仕事をしてみるか?」
僕は二人を振り返りました。
イヨが僕の隣に並びます。
「今日は、村に帰ります」
「そうか。イヨ、鍛錬に励めよ。じゃあな」
「はい、ありがとうございました」
イヨが「行こう」と言って、僕らは建物を後にします。
「バイバイニャーン」
ヒメがひょいっと右手を上げたっす。
「元気な嬢ちゃんだな」
ダリルが苦笑していましたね。
外に出て、三人で帰ることにしたっす。
イヨはちょっと落ち込んだような表情です。
傭兵試験に落ちてしまったんですから、仕方ないっすね。
二人が合格した僕を何度も褒めてくれました。
今日、イヨは料理をふんぱつして作ってくれるそうです。
合格祝いですかね?
家に着くのが楽しみでした。