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6-18 暴走



 ちょびっと、自分がどうしてここにいるのか分からないっす。

 恋人のイヨが泣きながら、僕の頭を撫でていますね。

 目は見えないけど、感触と声で分かりました。

 どうして泣いているの?

 お願い。

 泣かないで。

 イヨ。

 泣かないで。

 向こうでは、ヒメとレドナーの切羽詰まった声が聞こえます。

 助ける。

 助けるよ。

 今。

 僕が助けるからね。

 僕は地面に膝をつき、上半身を起こして右手を振ります。

「△&$>」

 炸裂玉と唱えたつもりです。

 赤い球体が右手のひらに浮かんだ感触がしました。

 それを向こうに投げつけます。

 ズゴオン!

 竜巻のような突風が巻き起こり、敵たちの悲鳴が響きましたね。

 イヨが信じられないものを見たような声で言いました。

「テツト生きているの!?」

「※%△#……」

 僕の声は、もう何を言っているのか分からないです。

 ――求めよ。

 頭の中で声がします。

 その声に僕は素直に応じようと思いました。

 どうか、どうか、どうか力をください。

 みんなを守れるぐらいの強い力をください。

 神様。

 ――羅刹となるのだな。

 はい。

 なります。

 ――よかろう。

 瞬間だった。

 僕の体が膨らみ始めます。

 心臓がドッカンドッカンと音を立てて振動しました。

「△□×◎♪*☆◇っ!」

 僕は、体が巨大化する痛みを堪えきれなくて言葉にならない叫び声を上げたっす。

「テツト!?」とイヨ。

「テツトニャン!?」とヒメ。

「テ、テツト!?」とレドナー。

 心配と焦りが入り交じったようなみんなの声。

 待って。

 待っていてね。

 今。

 今行くよ。

 行くからね!

 僕の四肢が大木の幹のように太くなり、体が赤く染まります。

 視力が戻りました。

 その他の怪我も回復しています。

 その場に立ち上がるゴーレムのような赤い巨人。

 僕です。

 もう分からない。

 何も分からない。

 僕の心は。

 破壊。

 殺戮。

 殲滅。

 愉悦。

 杖を持った忍者の男がこちらを振り向いていました。

「な、なんだこいつは! こいつにこんな力があるなんて、聞いてない!」

 僕は一歩近づき、両手の拳を持ち上げます。

 杖を持った忍者の男が唱えました。

「フォ、フォーディレクションズバリア!」

 四方にピンク色のバリアが出現しましたね。

 僕は拳をムチのように振るったっす。

 どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんっ!

 忍者の男は顔面が恐怖に染まり、荒い息をついていました。

「はぁ、はぁ、はぁ、な、なんだよこいつは、こいつうううう!」

 あまりの恐怖にフォーディレクションズバリアが揺らいでいます。

 忍者の男は思い出したように叫びました。

「そ、そうだ! デ、デーモンよ。この赤いゴーレムを弾き飛ばせ!」

「ソーラーフレア」

 デーモンの掲げる右手が赤い波動に包まれます。

 僕の目の前で大爆発が起こったっす。

 ゴオン!

「痛くない、痛くない」

 僕は一瞬体勢を崩したけど、特に支障は無く、また忍者の男に拳を振るいます。

 どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんっ!

 ついでに唱えました。

「アイシングカッター」

 水色の波動を帯びる僕の両目。

 パキンッ!

 デーモンが凍り付き、大きな氷の中に閉じ込められました。

 続けて唱えました。

「サクレツダマ」

 ドボーン!

 デーモンの体が氷ごと粉々に砕け散ったっす。

 杖を持った忍者の男は顎をガクンと落としました。

「な、なんで!?」

 やがて一分が経過し、バリアの効果が切れます。

 僕は唱えたっす。

「ポンコツパンチ」

 青い波動を帯びる右拳。

 杖を持つ忍者の男に向けて拳を振り下ろしました。

 男は叫びましたね。

「くそう! 俺にも王子の血が流れているんだ。くらえ、フレアブラスト!」

 ドーーン!

 射出されたフレアブラストごと僕の拳は男の体を押しつぶしました。

 大きく陥没する地面。

 拳を上げると、血にまみれてひしゃげた男の体が地面に横たわっています。

 死んだようです。

 赤い光に包まれてスキル書を落としていますね。

 周りにいた忍者たちが一斉に逃げていくのが見えました。

「「お、王子様がやられた!」」

「「う、うわああああああああっ! 逃げろおおおおおお!」」

 無様に悲鳴を上げています。

 足りないっす。

 こんなぐらいでは血が足りないです。

 さあ。

 さあもっと戦いましょう。

 目の前にいる乳白色の髪の女とマフラーの男に、僕は顔を向けました。

 歩いて行きます。

「おい、馬鹿! やめろテツト!」

 マフラーの男が何か叫んでいます。

 乳白色の髪の女が折れた杖を両手に持って唱えました。

「猫鳴りスローニャン!」

 ……。

 特に何も起こりません。

 マフラーの男が言います。

「天使さま! バーサクによってテツトのスキル防御力が上がっています。なので、猫になるまで何度も唱えてください!」

「猫鳴りスローニャン! 猫鳴りスローニャン!」

 青い波動を帯びる折れた杖。

 唱えた後で、乳白色の髪の女がぜーぜーと荒い息をついたっす。

 僕の体に変化はないですね。

 女が言いました。

「もうダメニャン。あたし、魔力と体力が、もう残って無いニャンよ~」

「天使さま、ここが頑張りどころです!」

「んにゃん、猫鳴りスローニャン!」

 やはり何も起こりません。

 この二人は僕をおちょくっているんですかね。

 ムカつきます。

 僕は右手を振り上げました。

「テツト! ダメエエエエエエエエエエエ!」

 目の前に立ちはだかる黒髪の女。

 マフラーの男と乳白色の髪の女を守るように立ちました。

 両手を広げています。

 邪魔ですね。

 僕は右手を伸ばし、黒髪の女の体を掴みました。

 このまま握力でひねり潰してあげましょう。

 僕の握力は火の力の恩恵のおかげで格段に上がっています。

「んにゃん、イヨ!」と乳白色の女。

「おい、テツト! やめろ!」とマフラーの男。

 僕は右手のひらに力を込めます。

 黒髪の女はどうしてか笑顔でした。

「テツト、もう、傭兵なんてやめよう?」

 ……。

 何を言っているんですか?

 戦うことはこんなにも楽しいじゃないですか?

 傭兵をやめるとか。

 ふざけていますね。

 黒髪の女は続けます。

「テツト、傭兵なんてやめよう? それでさ、ヒメちゃんと、テツトと私で、これからは三人で平和に暮らそう? そうだ! 私、料理上手だから、キテミ亭に勤められるように、頼んでみる!」

 キテミ亭?

 何でしたっけそれは?

 分かりません。

 ご飯の美味しいお店でしたっけ?

 もう思考がめちゃくちゃです。

「テツトはさ、巡行狼車の御者さんになればいいよ。あんまり会話をしなくても良い仕事だし。そうすれば、もう危険な思いをすることなんてない。安全に、幸せに暮らせるから」

 巡行狼車?

 スティナウルフの引く馬車のことですね。

 そんなのつまらないっす。

 僕は戦いたいです。

 黒髪の女が頬を染めました。

「私、テツトの子供産んであげる」

 僕の、子供!?

 それって。

 それって。

 何か楽しいんですかね?

 戦うことの方が楽しいんじゃないですかね?

 その通りです。

「テツト、これからは、平和に暮らそう? それで、三人で子供を育てよう? 息子と娘を一人ずつ産んであげる。私、お兄ちゃんと妹がいいな。きっと、きっと楽しいから」

 黒髪の女の瞳から涙がこぼれました。

 体が痛くて泣いているんでしょうか?

 もう少し力を加えれば、女の体の骨が折れてしまいます。

 とても愉快でした。

「テツト、そうだ、今から二人の子供の名前考えようよ」

 僕は。

 僕は右手のひらに力を加えました。

 黒髪の女が悲鳴を上げます。

「あぁぁぁあああああ!」

 ――やめろ!

 ……?

 ――どうしよう、バーサクを制御しないと。

 なんですかねこの声は。

 最悪ですね。

 今、とても良いところなのに。

 ――バーサクよ、止まってくれ!

 僕は舌打ちをしました。

 とりあえずこの女だけでも殺してしまいましょう。

 僕は右手のひらに思い切り力を込めました。

 黒髪の女が最後につぶやきましたね。

「テツト、愛してる」

 瞬間でした。

「ロックストライク!」

 ドオン!

 僕の右腕に飛んできた岩がぶつかり、思いっきり弾き飛ばされました。

 右手のひらから黒髪の女が地面に落っこちます。

「うおおおおおおおい!」

 マフラーの男が黒髪の女を慌てて受け止めていました。

 何ですか?

 今のは……。

 僕の喜びを邪魔したな!

 僕は魔法スキルを撃ってきた方向に体を向けます。

 そこには金の短髪、肌が浅黒く背がすらっと高いキザな男がいました。

「はっはー! お嫁さん、危ないところだったなあ! ぎりぎりセーフって奴だあ」

「ジャスティンニャン!」と乳白色の女。

「ジャスティンさんか!?」とマフラーの男。

 いいですねえ。

 楽しい敵を見つけました。

 さあ、勝負です。

 僕は金髪の男に向かって歩いて行きます。

 彼は言いました。

「匂いで分かる。君、テツト少年だな?」

 頷きました。

 はい。

 僕はテツトです。

 両腕を振り上げました。

 ムチのようにパンチを振るいます。

 金髪の男が唱えました

「テラーバリア」

 男が球状のピンク色のバリアに包まれます。

 どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんっ!

 パンチとバリアが衝突し合い、火花と埃が舞いました。

 金髪の男がポケットから紙タバコを取り出し、一本くわえます。

 マッチで火をつけました。

 シュボッ。

 そのタバコが黄色い波動に包まれています。

「ヒーローは遅れて現れるってなあ。さあ思い切って行こうか! マジックドレイン!」

 灰色の波動に包まれる杖。

 何ですかねこれは。

 僕の魔力がどんどん吸収されていきます。

 殴るのをやめて、焦って飛び退きました。

 ふふふふふ。

 強い。

 強いですねこの男!

 嬉しいです。

 楽しいです。

 僕は唱えました。

「サクレツサクレツサクレツサクレツサクレツ、ダマダマダマダマダマ!」

 水色に何度も光る僕の両目。

 金髪の男は余裕そうに声をかけてきます。

「ポジションチェンジ! ってなあ、知ってるかいテツト少年?」

 オレンジ色の波動に包まれる彼と僕の体。

 ワープするように居場所がチェンジしました。

 地面がどぼんどぼんと爆発し、真上に吹き飛ばされる僕の体。

「ぐおおぉぉおおおお!」

 僕は悲鳴を上げました。

 さすがに痛いです。

 やがて落下し、地面に大の字に転がりました。

 金髪の男が歩いてきて、僕の頭に右手を当てます。

「マジックドレイン!」

 すーっと、僕の体から魔力が抜けていきます。

 四肢が収縮するのを感じて、僕は逃げるように立ち上がりました。

 後ずさります。

 怖い。

 怖い。

 怖い怖い怖い!

「何も恐れることはない、テツト少年。さあ、そろそろ自分の力でバーサクを解除してみな。それとも、気絶するまで、俺様が魔力を吸い取ろうかい?」

 バーサクの解除?

 そんなことできるんですかね。

 無理です。

 その通りでした。

 ――バーサク、解除!

 何ですかねこの声は。

 ひどく苛つきます。

 やめて欲しいです。

 ――バーサク、解除おおおおおおおお!

 やめろっ!。

 くっ!

 やめろおおおおお!

 あっ。

 ああああっ

 あああああああああああああああああっ!

 僕の体がみるみると縮んでいきました。

 やがて人間の姿を取り戻します。

 思考が通常に戻りました。

 目は見えるようですし、体に怪我も異常もありません。

 バーサクの時に治ったようでした。

 ……良かったす。

 裸ですね。

 そしてフラフラでした。

 その場に前から倒れ込みます。

 みんなの足音が集まってきましたね。

「テツト!」

 イヨの声がして、僕の頭を両膝に抱いてくれました。

「テツト、大丈夫かニャン!」とヒメ。

「おいテツト、無事か!?」とレドナー。

 ツタツタと足音がして、プフーと煙を吐く音が聞こえました。

 ジャスティンです。

「まだ一件落着じゃねーけど。テツト少年、お前は必死に戦ったんだろ? よくやった、後はゆっくりと寝てな」

 僕は最後に顔を上げて言いました。

 イヨの顔が映ります。

「イヨ」

「何?」

 イヨは心から嬉しそうな表情です。

 涙をぽろぽろとこぼしていますね。

 僕は言ったっす。

「後を頼みます」

「分かった!」

 イヨが僕の頭を胸に抱きしめます。

 そして、僕は深い深い眠りの底へと落ちていきました。




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[良い点] テツト戻れてよかったよかった(>_<)
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