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6-17 召喚、スライム(レドナー視点)



 泣きっ面に蜂だ。

 俺たちはいま、シェミールの森の中にいる。

 テツトが連れ去られてしまった。

 さっきまで、天使さまの嗅覚でテツトを追いかけていたんだが。

 今度は森の奥から大勢の魔族が進軍してきた。

 なんと、魔族は忍者のような格好だった。

 忍者なんて存在は、童話でしか読んだことがない。

 ……この世に実在したのか?

 天使たちは忍者たちと戦いを始め、メルメイユの町へと引き下がって行った。

 俺たち三人は森の木陰に隠れてやり過ごした。

 イヨが不安そうに口を開く。

「まさか戦争が始まるの?」

「戦争ニャン?」

 眉を八の字にする天使さま。

 俺は険しい声で言った。

「とにかく、テツトを助けださねーと」

「そうニャンよ! 早く助けに行くニャン!」

 天使さまが空中に鼻をくんくんとさせる。

 走り出した。

「こっちだニャンよー!」

「ヒメちゃん、敵に見つからないようにゆっくり行こう」

 イヨが慎重そうに声をかける。

 しかし天使さまは全力ダッシュだ。

「そんなこと言ってられないニャーン」

 天使さまの背中を追いかけて、イヨと俺も走った。

 林の木々の合間を通り抜けていく。

 鬱蒼(うっそう)と茂る藪を突き進んで、浅い川をジャブジャブと歩いて渡る。

 その先の林の合間に、白いテントがずらりと立ち並んでいた。

 テントの前には忍者の格好をした魔族が二人いて、見張り番をしている。

 その向こうに目を向けると、テントに挟まれるようにして一本の木の柱が立っていた。

 柱の下に、黒く焦げついている、ナニカ、が倒れている。

 あれは一体何だ?

 ふと俺と忍者の目が合った。

 見張り番の二人がテントに向かって走り、叫ぶ。

「「敵襲! 敵襲! 敵襲!」」

 ちくしょう、仲間を呼びに行きやがった。

 野営地には残存勢力がいるということだろう。

 戦闘を覚悟して、俺は魔力を漲溢させる。

 天使さまに顔を向けた。

「天使さま、テツトはどこですか?」

「んにゃん、分からないニャンよ。でも、この場所にきっといるニャン! 匂いがするニャンよ~」

 ふと見ると、イヨはボロボロと涙をこぼしていた。

 ……どうしたんだ?

 イヨはフラフラと前へ歩いて行く。

 俺はその肩に手を置いた。

「おい、俺が先頭だ」

「触らないで!」

 イヨが怒ったように言って、俺の手を振り払う。

 ビクッとした。

 ……何でそんな攻撃的な声を俺に向けるんだ?

 イヨが走り出した。

 柱の方に向かっている。

 くそっ、どうすりゃあいいんだ。

 天使さまと俺も、イヨを追いかけて走った。

 敵はまだ出てくる様子はない。

 イヨは柱の前で立ち止まり、その下にある黒焦げのような物体の前に膝をついた。

 その頭を両手で抱きしめる。

 ぐしゃりと顔を歪ませて泣き始めた。

「テツト、テツト、死んじゃったの?」

「テツトニャン!?」

 天使さまのびっくりしたような声。

 俺も驚いていた。

「テツトだと!?」

 その死体は裸であり、色は真っ黒で、とてもじゃないけどテツトだとは思えない。

 だけど髪型には面影があった。

 !

 !!

 くっ!

 敵に拷問されて、殺されちまったみたいだ。

 スキル書は落ちていないが、誰かに持って行かれたのだろう。

「テツトォォォォ」

 イヨがぼろりぼろりと涙をこぼす。

 天使さまがその隣に膝をついて杖を掲げた。

「ヒールニャン! ヒールニャン! ヒールニャン!」

 キラリンと三回音がして、テツトの体が緑色の光に包まれる。

 だけど肌の色や傷は回復しない。

 もう、手遅れみたいだ。

 くそったれ!

 テツトが死んじまった。

 ……友よ。

 ふと、俺たちの背中に集団が押し寄せて来た。

 魔族の忍者たちだ。

 先頭にいるのは、すらっと背が高く赤い石のついた杖を持った男。

 下品な笑みを浮かべて言い放った。

「2の人間たちよ。お前たちはイロハさまに捕らえろと言われている。悪あがきはしないことだな。おとなしく捕まれ!」

 イヨはテツトの頭を膝に抱え上げて、グスリグスリと泣いている。

 天使さまはカンカンに怒っていた。

 立ち上がって振り返る。

「お前がテツトを殺したニャンか!? ふうぅぅぅぅ!」

「だとしたらどうだと言うんだ? 俺の名前はスティード・ゴルドローグ、魔王様の第五王子であり……」

 天使さまは相手の言葉を待たずに言った。

「テツト! いまあたしが仇を取ってやるニャンからね! シャアァァアアアア!」

 猫が威嚇するような声だった。

 杖を構える。

 そして唱えた。

「ネズミ狩りの舞だニャン!」

 杖は波動に包まれていなかった。

 今のはスキルじゃない。

 だけどひどく俊敏な動きだ。

 天使さまはその場で横に一回転。

 杖の突き、それも五連打が瞬時に繰り出される。

 ドスドスドスドスドス!

「なあっ!」

 スティードはびっくりしたように後退した。

 しかしその目や喉、みぞおちや股間に杖が突き刺さる。

「ぬあああああああああっ!」

 スティードが悲鳴を上げてその場に倒れた。

 両手で股間を押さえている。

「「スティードさま!」」

 他の忍者たちの悲鳴のような声。

 俺はテツトに近寄り、その腕を縛っている鎖に剣を振りかぶった。

「真空斬り!」

 赤い波動を帯びる刀身。

 ザクッ。

 鎖が切れて、テツトの体が自由になる。

 イヨはまだテツトの頭を抱いて悲壮に暮れている。

 戦意喪失しているようだ。

 振り返ると、天使さまが敵を次々とたたき伏せていた。

 その目が黄色く光っている。

 何かのノーボイスのバフスキルが発動していた。

「ネズミ狩り乱舞だニャン!」

 杖をぐるぐると振り回し、敵をバッタバッタと吹き飛ばす。

 俺は唖然としていた。

 天使さまは、こんなに格闘が強かったのか!?

 俺もぼさーっとしている訳にはいかない。

 だけど誰かがイヨを守ってなきゃいけねえ。

 俺は前を向いたまま叫んだ。

「おいイヨ! テツトはもう死んだんだ! 立て! 立ち上がって逃げるぞ!」

「うるさい! 貴方だけ逃げて!」

 イヨは癇癪を起こしたように金切り声を上げて、テツトのその髪を撫で続ける。

 その声は泣いていた。

「テツト、苦しかったねえ。苦しかったねえ。私もいま、逝くからね……」

 俺は振り返って、イヨのそばに歩いた。

 剣を地面にぶっ刺し、イヨの襟を左手でひっ掴んで、その頬を右拳でぶん殴った。

「あぁっ!」

 イヨが悲鳴を上げる。

 俺は怒鳴り散らした。

「イヨ! テツトはもう死んだんだ!」

 地面に倒れるイヨ。

 彼女は起き上がると、俺の顔を睨むでも無く、何も答えることもせずに、またテツトに這い寄った。

 その頭を撫でる。

「テツト、私の可愛いテツト……」

 くそったれ。

 テツトもイヨももうダメだ!

 どうすりゃあいいんだああああ!

 後ろでは大勢の忍者に囲まれて、天使さまが悲鳴を上げている。

「んにゃあぁぁぁあああん!」

 敵の攻撃をさばいているのだが、その杖が小刀と衝突してポキリと折れた。

「ニャン!?」

 焦ったような天使さまの声。

 その頃にはスティードが痛みから回復しており、立ち上がって天使さまに向かって歩いて行った。

「よくもやってくれたな! 白髪の女よ、王子の力を思い知るが良い! ウインドブラスト」

 オレンジ色の波動に包まれる杖。

 どうやらこの男は魔王の王子のようだ。

 ジャスティンさんと同じ存在ってことか?

 かまいたちの大渦が天使さまを襲った。

「んにゃあぁぁぁぁあん、効かないニャンよおぉぉぉぉおおお!」 

 驚いたことに、天使さまの服は丈夫だった。

 ピンク色のワンピースとタイツなのだが、かまいたちをものともしない。

 スキル防御力の高い素材の服ってことか!

 天使さまが威嚇するように言う。

「お前、ぶっ殺してやるニャン! シャアアァァァァアアアアアア!」

「俺を殺す? やってみるが良い。この大勢を相手に、どうやって殺すと言うのだ?」

 スティードが馬鹿にしたように笑った。

 天使さまが折れた杖を握って唱える。

「召喚、スライムだニャン!」

「……なんだそれは? 召喚の最低ランクスキルではないか!」

 失笑をこぼすスティード。

 地面に巨大な黒い魔方陣が現れた。

 一つの民家ほどのサイズがある。

 !

 !!

 マジか!

 魔方陣の中心に、王冠をかぶったスライムが出現した。

「ぽよーん!」

 その場の雰囲気には似合わない間抜けな声を響かせて、巨大なスライムが体を揺らす。

 敵も俺もみんなが目を剥いた。

 なんて……。

 なんて召喚に対するスキル倍率の高さだ。

 スライムがでかすぎる!

 天使さまが眼光を鋭くした。

「スライムよ、敵をやっつけるニャーン!」

「叩き落としだぽよよーん!」

 赤い波動を帯びるその王冠。

 スライムが腹を弾ませて空高く飛んだ。

 そう思ったら急降下し、敵の大勢を踏みつける。

「「ああああぁぁぁぁああああああ!」」

 敵の下敷きになり大勢が倒れた。

 赤い光に包まれて、スキル書を落としている。

 よし!

 ナイスだ天使さま。

 今だ!

 今が勝ちどきだ!

 俺は剣を持って唱えた。

「ライトニングペイン!」

 青い波動を帯びる刀身

 空から雷が降り、それを剣で受け止める。

 ズダンッ!

 雷の力を吸収し、俺は雷光となった。

 効果時間は二十秒。

 近くにいる敵の首を切り裂いては次へと走る。

「ぐわああぁぁぁぁあああ!」

「ぬううがあああああああ!」

「あがあああああああああ!」

 響き渡る忍者たちの断末魔。

 次々と飛び散る血潮。

 俺はバッサバッサと斬った。

 死体となった忍者たちが赤い光に包まれて、スキル書がどさどさと地面に落ちる。

 俺たちが逃げるには、もうここにいる敵を全滅させるしかない。

 イヨまで死なせたら、天国に行ったテツトに顔向けできねえぜ。

 スティードはけたけたと笑いながら杖を掲げた。

「そうかそうか。ならば俺は、Sランクのモンスターを召喚しようではないか。出でよ! 召喚、デーモン!」

 地面に黒い魔方陣が浮かび上がる。

 陣のサイズは人型だが、出現したのは赤い鬼だった。

 鬼は裸であり、人間の皮膚を剥いだように筋肉がむき出しになっている。

 小さいが赤黒い翼もあった。

 かなり気持ちの悪い姿である。

 天使さまが目力を強めて叫ぶ。

「スライムよ! デーモンをやっつけるニャンよ!」

「さあデーモン、この巨大なスライムを弾き飛ばすのだ!」

 スティードが高らかと声を上げた。

 スライムが唱える。

「ぽよよよーん! 吸収!」

 灰色の波動をまとう王冠。

 スライムは口を開き、ぶおおおおおおお! と勢いよく空気を吸い込み始める。

 その勢いはブラックホールのようであり、近くにいた忍者たちが次々と吸い込まれた。

「ぐわあっ!」

「ひやあっ!」

「どわあっ!」

 スライムに吸収されて、忍者たちはその透き通った青い液状の中をじたばたともがいた。

 やがて窒息死する。

 赤い光に包まれて、落ちたスキル書がスライムの体内に浮かんだ。

 しかしデーモンは吸収されなかった。

 足を踏ん張って動かずにいる。

 スティードと俺も吸い込まれないように地面に張り付いていた。

 デーモンが右手を掲げて唱えた。

「ソーラーフレア!」

 赤い波動を帯びる右手。

 ゴオンッ!

 スライムのいる地面が大きく爆発する。

 味方も吹き飛ばすような馬鹿でかい勢いだった。

「ぼぎょーっっ!」

 スライムが間抜けな悲鳴を上げて、その肉体が大きく削り取られる。

 エクスプロージョンよりもやべえスキルだなこれは。

 天使さまが声を張った。

「んにゃん! スライムよ! 頑張るニャン!」

「ぽよよよよよよ! 叩き落とし!」

 スライムが再び体を弾ませて大きく飛んだ。

 その王冠が赤い波動を帯びている。

 デーモンを踏み潰すつもりだ。

 デーモンは空に両手を向けて唱える。

「ソーラーフレア」

 その両手に赤い波動。

 ボゴーン!

 スライムが空中で爆発し、四散した。

 その場にぼとぼとと落ちるスライムの残骸と吸い込まれていた忍者たちの死体。

 最後に赤い王冠が落っこちてきて、地面をゴロゴロと転がった。

 くそ!

 スライムが負けちまった!

 スティードが高笑する。

「ふははははははっ! Eランクのスライムがデーモンに勝てる訳が無いではないか! デーモンのスキルランクはなあ、SなのだよS!」

 スティードと残っている忍者たちが天使さまを取り囲む。

 やばい!

 こうなったら俺がやってやる!

 俺はスティードの緑の装束に向かって唱えた。

「飛燕斬!」

 ワープし、スティードの足下から首を斬り上げる。

 スティードはすんでのところで唱えた。

「はらはら回避!」

 体を反って回避される。

 くそ!

 はずしちまった。

 俺は天使さまの前に走って、守るように立った。

「天使さま、お守りします」

「んにゃん、レドナーよ、頼むニャン~」

 天使さまはひどく疲れたような顔と声だ。

 目の下が黒ずんで隈が出来ている。

 さっき馬鹿でかいスライムを召喚したせいで、魔力の大部分を消耗しちまったみたいだ。

 後はもう、俺がなんとかするしかない。

 ふと、スティードは背後に杖を向けた。

 その方向にはテツトの頭を抱いたイヨがいる。

 スティードは脅すように言った。

「お前たち、動いたらあの女に魔法を撃って殺すぞ?」

「ひ、卑怯だニャーン! ふうぅぅぅぅ!」

 天使さまが目に涙を溜めて威嚇している。

「くそ!」

 俺も顔をひきつらせた。

 これじゃあ動けねえ。

 スティードは部下に命令した。

「全員、白髪の女とマフラーの男をたたみ込め、殺さないようにな!」

「「はっ!」」

 魔族の忍者たちが一斉にこちらへと向かってくる。

 もはや絶体絶命だった。

 俺は力の限り叫んだ。

「馬鹿イヨ! 立ち上がって戦え!」

 しかしその叫びもむなしく、イヨはぴくりとも動かない。

 涙を流しながらテツトの頭を慈しむように撫でている。

 くうっ。

 もうダメだ!

 どうすりゃあいいんだああああああああ!

 スティードが杖を持ったまま両腕を組む。

 勝利を確信したような笑みだ。

「さあ、お仕置きの時間だ」

 複数の忍者の小刀やクナイが、俺の体を狙っていた。

 死んだか?

 俺。

 こんなところで死にたくない!

 くそ。

 わりいなテツト、イヨ。

 ……こうなったらもう天使さまと俺だけでも逃げるしかねえ!

 振り返ろうとした。

 その時だ。

 ズゴオン!

 敵が竜巻のような突風を浴びて、吹き飛んだ。



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[良い点] デーモンVS巨大スライム 怪獣大決戦! (>_<) (゜□゜)ワクワク
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