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6-13 神竜の孵化



 光り輝く大聖堂。

 それはまるで中世ヨーロッパの芸術職人が作ったような神々しい雰囲気をまとっていました。

 玄関口には門衛がいて、リロハが通行許可を取ってくれたっす。

 どうやらリロハはメルメイユの軍部の教官らしいです。

 顔に似合わないとはこのことですね。

 小学校の美人教師などが似合うと思いました。

 僕たちは玄関から入ります。

 天使の子供がラッパを吹いている像の下を通り抜けました。

 中の道は広く、天井は高く、壁はキラキラとしていますね。

 リロハが僕に話しかけます。

「ねえねえ、テツトちゃんたちは天界へ何しに来たの?」

 ……。

 初対面の人が相手だと、何を話して良いか分からないっす。

 僕ではなく、イヨかヒメに話しかけて欲しいですね。 

 コミュ障な僕でした。

 どうしてかイヨとヒメは後方にいて、レドナーと三人で肩を並べています。

 僕は右手で頬をポリポリとかきました。

 一応返事をします。

「あ、はい」

「あ、はいって何? 質問の答えになってないよ?」

 リロハが眉をひそめたっす。

 僕は顔をひきつらせます。

「あ、すいません、ええと」

「うん?」

「ええと、うーんと」

「うんうん?」

「ええと、すいません、なんでしたっけ?」

「は?」

 リロハがぽかーんと口を開けます。

 ……やっちゃったー。

 話を聞いてないと思われたようです。

 だけど仕方ないんです。

 だって僕、コミュ障ですし。

 リロハが怒ったように聞きました。

「テツトちゃん、あたいと話す気ないの? ぷんぷんっ」

「いえいえ、そういうわけじゃないっす」

 勢いよく顔を振る僕。

 後ろではイヨとヒメの笑い声が響きました。

 困っている僕の様子を楽しんでいるようです。

 助けてほしいところでした。

 僕は涙目で振り向きます。

 イヨが「仕方ない」と言って、僕の隣に進み出てくれました。

 助け船を出してくれます。

「リロハさん、テツトは初対面の人と話すのが苦手なの」

「話すのが苦手? こんなにイケメンなのに?」

 リロハのびっくりしたような声。

 だけどそれより驚いていたのは僕の方でした。

 イケメンなんて言われたのは初めてっす。

 イヨがぷくっと笑って頬を染めます。

「テツト、コミュ障なんだっけ?」

「あ、はい」

 頷く僕。

 リロハは両腕をぶんぶんと振って聞きます。

「コミュ障? 何それ? コミュニケーション障害の略?」

「そうなんです」

 イヨが愛想笑いを浮かべます。

 リロハは両手を目じりに当てました。

「えーん、こんなに立派な男なのに! もったいないなあ、しくしくっ」

「でも、それは良いところでもあるの」

 イヨは嬉しそうです。

 リロハの疑問そうな声。

「良いところなの? コミュ障ってところが?」

「うん、おかげで浮気ができないの」

 イヨが人差し指を立てたっす。

 リロハはまたもやびっくりしたように体をのけぞらせました。

「えっ! 二人は付き合ってるの?」

「はい!」

 イヨは満面の笑顔です。

 そう言ってもらえると嬉しいですねー。

 僕はウキウキとして歩きました。

 リロハはどうしてか、ちょっと落ち込んだような雰囲気になりましたね。

 廊下が終わると、教会のような部屋にたどり着きました。

 広い空間っす。

 床には赤い絨毯が敷かれています。

 前方の天井には穴が空いていて、太陽の光が差し込んでいました。

 茶色い長テーブルと長椅子が前から規則的に置かれており、座ってお祈りをしている天使たちが何人もいましたね。

 僕は大天使をすぐに見つけました。

 とても目立っていたからです。

 一人だけ聖職者のような服を着ており、背がすらっと高く、翼も大きいです。

 頭の上にはやはり輪っかがありました。

 そして裸足です。

 四十代ぐらいの男性ですね。

 その顔は、僕なんかよりも余程の美形です。

 リロハを先頭に、その大天使に近づいていきました。

 彼女が声をかけます。

「ミハネさま、こんにちは」

「おお。リロハか、休日を楽しんでいるか?」

 男らしい低い声であり、遠くまで通るような響きでした。

 大天使はミハネという名前のようです。

「はい! どうですか? 神竜は生まれましたか?」

「いや、まだだ。だが今日中にも孵化するだろう。いま卵にヒビが入ってきている」

 ミハネは嬉しそうに口角を上げます。

 リロハが()しく笑ったような気がしました。

 あれ?

 違和感がありましたね。

 僕は右手で目をこすったっす。

 リロハは嬉しそうな笑顔を浮かべて、ミハネと会話を続けています。

 ……。

 見間違いでしたかね。

 僕の勘違いっす。

 リロハが半身だけこちらを振り向き、左手を掲げて僕たちを紹介してくれます。

「こちらの人間たちは、テツトちゃんと、イヨさんとヒメさんと、あともう一人は、なんて名前でしたっけ?」

「レドナーだ!」

 レドナーがガクッと肩を落として名乗りました。

 リロハはすまなさそうな顔も見せずに続けます。

「そうそう、レドナーさんです。四人は天界に用事があって来たみたいです。イヨさん、事情説明をお願い」

 イヨが頷いて進み出ます。

 ミハネの前で、少し緊張した様子ですね。

「あ、あの。私たち、天霊石が欲しくて、採りに来たんです」

 そこでイヨが右手をグーにして口元にあげ、「こほん」と咳払いをしました。

 姿勢を正し、続けて流暢に話し出します。

「人間の町のバルレイツでは、近々友人の結婚式があるんです。バルレイツの領主、ミルフィ・ノーティアスの頼みも含まれており、私たちは友人にマジックアイテムのプレゼントを制作して送るんです。友情のイヤーカフと言います。それを作るために、どうしても天霊石が必要なんです」

「バルレイツ町? ノーティアス? あの人間の勇者の?」

 ミハネは顔を硬くします。

 驚いたような表情ですね。

 イヨはひとつ頷きます。

「はい」

「本当に、本当に勇者の頼みなのか?」

「勇者ではなくて、勇者のご息女、ミルフィの頼みです」

「……勇者のご息女はミルフィと言うのか。……そうか、そうか。良く分かった! 天霊石なら、シェミールの森にいくらでも生えている。必要なだけ採取し、持っていきなさい」

 ミハネは恐縮したような表情を浮かべましたね。

 僕はふと疑問に思いました。

 天霊石って、石ですよね。

 地面に石が生えるんでしょうか?

 天界では石が生えるのかもしれないです。

 ミハネが続けて言います。

「ノーティアス家の方々には、くれぐれも失礼のないようにな。それと、貴方は名をイヨと言ったか? 貴方に、ノーティアス家のご息女であるミルフィ様へ二つ伝言をお願いしたい」

「何でしょうか?」

 イヨが両手を(もも)に組みます。

 ミハネは右手のひらを胸に掲げて言いました。

「一つは、神竜さまが孵化しそうなので、神竜さまの力の恩恵を賜りに近々いらっしゃって欲しいこと。もう一つは、このミハネ・リーゲイルは健在であり、今も元気に暮らしていると、どうか伝えて欲しい」

 イヨがゆっくりと深く頷きます。

「分かりました」

「良かった」

 そこで初めてミハネが笑顔を見せたっす。

 その時でした。

 雷鳴のような大声が大聖堂に響きましたね。

「神竜さま! ご誕生なり! 神竜さま! ご誕生なり!」

 右奥の通路前に立っている天使の女性が叫んでいるっす。

 広間にいる他の天使たちが、「おお!」と声を上げています。

 ミハネが焦ったように身じろぎしました。

「ついに誕生したか! こうしてはおれん!」

 彼が走っていきます。

 リロハがその背中を追いかけるので、僕たちも着いていきました。

 短い廊下をくぐり抜けます。

 そこは直方体の部屋であり、天井は無く、太陽の光がさんさんと差し込んでいます。

 見上げると雲の無い青い空が見えました。

 中心には枝で作られた大きな鳥の巣のようなものがありましたね。

 その上に巨大な白い卵があります。

 卵は大きく割れてきており、ピキピキと音を立てて中にいる生命体が外に出ようとしています。

 神竜、なのでしょうか?

 白い卵を四人の天使の女性が囲んでおり、祈りの呪文のような言葉をつぶやいていました。

 ミハネが卵の前で床に膝をつき、両手のひらを組み合わせます。

 言葉は発さず、ただ祈っているようです。

 リロハは黙ったまま、()のような血管を顔に浮かべて、べろりと舌なめずりをしました。

 ……。

 僕は鳥肌が立ったっす。

 変です。

 リロハは神竜を食べたいんでしょうか?

 いやいや。

 そんなわけないっす。

 僕はまた右手で目をごしごしとこすりました。

 もう一度見ると、リロハは嬉しそうな笑顔でこちらを振り返り、言います。

「四人共。邪魔になると悪いから、そろそろ下がろう」

「あ、はい」

 イヨが返事をして、僕たちは廊下を引き返します。

 そのまま広間を通り抜けて、また長い廊下を歩き、外に出ました。

 僕たちは五人で輪になります。

 リロハが言いましたね。

「さあて、ちょうどお昼時だけどどうする? レストランに行くのならあたいもご一緒するけど」

「お腹空いたにゃーん」両手でお腹を押さえるヒメ。

「腹減ったぜー」とレドナー。ポケットに右手を突っ込んでいます。

 イヨと僕が顔を見合わせます。

「テツト、レストランに行こ」

「そうだね」

 リロハが左手を腰につけて右手の人差し指を立てます。

 ずいぶんと腰がくびれています。

 今更気づいたんですが、お尻も大きいですね。

 モデルのような体系っす。

「メルメイユ名物、(きん)()イノシシの肩ロースのお刺身が食べられるお店に連れて行ってあげるよ。んふふ、とっても美味しいんだからね!」

「イノシシのお刺身ニャーン」興味津々そうなヒメの瞳がくりくり。

「それは美味そうだなー」レドナーは右手をポケットから出し、腹をさすっています。

「イノシシのお刺身なの?」イヨは少し疑問そうな声です。

「いいですね」僕としてもお刺身の味は気になるところでした。

 リロハが手招きして、それから前を向き歩き出します。

「超美味いんだから! さあレッツゴー!」

 そして僕たちはその料理が出るレストランに連れて行ってもらったっす。

 金毛イノシシの肩ロースは高級であり、五人前で12000ガリュしましたね。

 高級料理っす。

 テーブルの席でメニューを見ながら、イヨが顔を渋らせて言いました。

「せっかく、はるばる天界に来たんだし、美味しいものを食べて帰りましょうか!」

「んにゃーん、思い出の味だにゃーん」

 ヒメはまだ食べてもいないのにそんな事を言っています。

 そして注文をし、運ばれてきた肩ロースのお刺身をいただきました。

 専用のソースがあり、肉をつけて口に運びましたね。

 金毛イノシシの独特な油の香りと、とろける肉が薄味のソースと絡み、絶妙に美味しかったです。

「これは! う! ま! い! にゃーん!」

 日本で見たことのあるグルメアニメのセリフをヒメが真似をしていますね。

 イヨとリロハがクスクスと笑っていました。

「ヒメちゃん、何その言い方」とイヨ。

「ヒメさんって、愉快な子だね」とリロハ。

「天使さま、さあ、肉をもっとどうぞ」レドナーがヒメの皿に肉をフォークで運びます。

 リロハはレドナーのその呼び方が気になったようです。

「天使さま? ヒメさんは人間だと思うけど?」

「あ、いや、違うんだ。天使さまは、俺にとってだけの天使さまなんだ」

 レドナーが説明をしました。

 リロハは首を傾げて聞きます。

「君、ヒメさんの従者か何か?」

「惚れてるの」

 イヨがさらっと説明して顎をしゃくりました。

 リロハは「へぇー」と言って頷きます。

 レドナーが照れたように後頭部を右手でかきましたね。

 そして昼食を摂りながら、今後のことについて話し合いました。

 シェミールの森に、天霊石を採りに行かなきゃいけないっす。

 思わぬ偶然だったのですが、リロハもその森に用事があるようでした。

 そこで人と会う約束をしているのだとか。

 リロハが道案内を申し出てくれて、僕たちはまた一緒に行くことになりました。

 その前に雑貨屋に寄り、町とその周辺の地図をイヨが買うようです。

 それにしてもですよ。

 リロハに出会った時からそうなんですが、ちらちらと僕の顔を見るんですよね。

 こんなことを言うと自意識過剰なんですが、僕に気があるんでしょうか?

 イヨという大切な人がいる手前、あんまり仲良くしない方が良いですね。

 そう思いました。



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[良い点] 石って生えるんだ。 テツトと同じ気持ち(゜□゜)
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