6-12 天界の番人
サイモン山の頂上を過ぎて、少し下ったところに薄い霧が出ていました。
イヨが地図を見て、断定するように言います。
「ここだわ」
みんなが足を止めたっす。
ヒメがキョロキョロと前方を眺めながら聞きました。
「霧は出ているけど薄いニャン、まだ前が見えるニャンよ?」
「この霧は結界っていう話だから、たぶん霧を解かないと、天界への階段にたどり着けないんだと思う」
イヨが地図をたたんでバッグに入れました。
ヒメが納得したように頷きます。
「んにゃん、なるほどニャンねー」
イヨ僕の方を向いたっす。
「テツト、結消木の枝を出して」
「分かった」
僕はリュックを下ろして、中から木の枝を取り出します。
地面に置きました。
枝から離れます。
イヨがヒメの右腕を触りました。
「ヒメちゃん、枝にファイアーボールを撃って」
「んにゃん! 任せるニャンよ~」
ヒメが杖を枝に向けます。
「ファイアーボールニャン!」
杖の先端が赤い波動を帯びて、火球が射出されます。
枝がボンッと火にくるまれて、ボウボウと燃え始めました。
黒い煙が上がっていますね。
「これで良いかニャン?」とヒメ。
「うん、これで霧が晴れてくれれば良いんだけど」とイヨ。
「頼むぜー」とレドナー。
一瞬、風が吹いたような気がしました。
霧が飛んでくように四散しましたね。
そしてなんと、前方に翼の生えた一人の大男が出現していました。
天使が着るような白い羽衣を着ていますね。
頭の上には黄色い輪っか。
足は裸足です。
右手に槍を掴んでいます。
その大男の後ろには、空へと続く黄色い階段があるっす。
ヒメがびっくりしたような声を出しました。
「んにゃん!? あの男は何だニャン!?」
「天使族だわ」
イヨが恐々とつぶやきます。
僕とレドナーは顔を見合わせて、前に進みでました。
レドナーが天使族の大男に話しかけたっす。
「おいあんた。俺たちは天界へ行きてーんだが、そこの階段を上ればいいのか?」
「待てい! 人間たちよ。何故にいま霧の結界を解き、天界へ行こうと言うのか。理由を言えい!」
大男が右手のひらを突き出して僕たちを睨みつけます。
時代劇の役者のような雰囲気っす。
僕が説明しました。
「目的は、天界へ行って、マジックアイテムの素材であるところの天霊石を採るためっす」
「……天霊石を採るだとぉ? そのマジックアイテムとやらを作るには、どうしても天霊石が必要なのか!?」
「はい、そうなんです」
頷く僕。
大男は槍の中心を持って、両手でぶんぶんと振り回しました。
すごい勢いですね。
それから言います。
「では天の試練を与える。俺と一対一で戦い、勝ったのなら通してやろう!」
僕たちは顔を見合わせたっす。
レドナー以外の三人が顔をしかめました。
レドナーだけは意気揚々とした顔つきですね。
四人で顔を向け合いました。
「俺がやる」
「僕が受けるよ」
男二人の声が重なったっす。
「んーと」
イヨは逡巡するように僕とレドナーの顔を見比べます。
レドナーが僕の肩に手を置きました。
「テツト、今日は俺だ」
数日後にヒメとのデートを控えているレドナーは上機嫌です。
ヒメに格好良いところを見せたいのは分かっていました。
仕方ないっす。
僕は顎を引きました。
「レドナー、頼みます」
「おう! 任せろ!」
レドナーが天使族の前に進み出ます。
腰の剣を抜きました。
両手で構えたっす。
大男が声を張ります。
「お前が試練を受ける者か!?」
「ああ、そうだ。おっさんわりーけど、手加減はできねーぞ」
レドナーの顔がニヤリ。
天使族は眉をひそめて小さく頷きました。
「調子に乗るなよな、小さき人間。お前は自分が死なないように気をつけろ!」
「じゃあ、行くぜ?」
レドナーが走りだします。
大男が声を張りました。
「来い!」
レドナーが上から剣を大振りしています。
いつもの超大振りに、僕は苦笑をこぼしました。
大男が槍を横に薙ぎます。
「せいやあ!」
やばいっす。
槍のリーチが長いですね。
レドナーは槍を避けるように高々とジャンプします。
そしてそのまま、大男の額に、自分の額をぶつけました。
頭突きですね。
レドナーの大声。
「うおらあっ!」
「ぐあっ!」
大男の悲鳴。
レドナーはジャンプしたまま体重を乗せて上から斬りかかります。
「くっ」
大男は回避するために後退し、レドナーの剣が空を斬りました。
レドナーは着地すると走り、大男にぴったりと肉薄します。
「雑魚雑魚雑魚雑魚、雑魚なんだよ! その背中にある翼はお飾りだったか!? お前、俺の株を上げる糧となれ!」
軽快な声を放っています。
剣を右から大振りするレドナー。
大男はたまらずに唱えました。
「幻惑回避!」
「ぐあっ!」
レドナーが悲鳴を上げ、頭をふらつかせます。
「「くっ」」後ろにいるヒメとイヨと僕も、目眩を感じて声をもらしました。
眩暈から回復し前方を見ると、天使がレドナーから距離を取っています。
レドナーは剣の腹で自分の肩をぽんぽんと叩きました。
余裕そうな雰囲気ですね。
「おい、おっさん。まだやるのか?」
「当然! フレイムスピアー!」
赤い波動を帯びる槍。
炎をまとう槍の矛先が、レドナーの首に迫ります。
ニヤリ。
彼が笑いました。
「飛燕斬」
剣がオレンジ色の光を帯びたっす。
瞬間、レドナーの体が消えます。
「ぬっ!?」
大男は目標を見失って動揺していました。
その足元にレドナーが現れて、下から剣を斬り上げます。
ドンッ!
「がふっ!」と大男の悲鳴。
首は飛びませんでした。
どうやらレドナーは剣の腹で叩いたようです。
峰内ですね。
大男が地面に膝をつき、げほんげほんと咳をしています。
その額に、レドナーが剣を突きつけました。
「おっさん、俺の勝ちだ。通してもらおう」
天使族の大男はやがて立ち上がり、槍を地面にトンと打ちました。
「いいだろう、通るが良い……。試練は、合格だ。お前たち、天界へ行ったら、まず町の大聖堂の大天使さまに、挨拶に行くようにな……」
「おっさん、サンキュー」
レドナーが言ってこちらを振り返ります。
続けて、
「おいみんな、行こうぜ」
レドナーが黄色い階段を上り始めました。
僕たちも階段へと進み、番人の大男に挨拶します。
「通らせてもらいます」軽く頭を下げるイヨ。
「バイバイニャーン」右手をぴょんと上げるヒメ。
「失礼します」僕は後ろを警戒して、最後尾を歩きました。
階段をずっと上っていくと、やがて雲の上に出ましたね。
雲は霧のようにフワフワとしており、触ると手が空を切りました。
そしてその雲の上に土の地面が広がっています。
どうやって大地は浮かんでいるのでしょうか?
不思議ですねー。
ここが、天界みたいです。
少し遠くに町の門があるっす。
町は四方を高い外壁に囲まれており、城塞都市でした。
僕たちは地面の上を歩いていきます。
看板が出ていますね。
天使族の町、メルメイユ。
門のところにいた天使族の門衛に、イヨが事情を話します。
試練を合格してきたということで、通してもらえるようでした。
イヨとレドナーが通行税を支払い、みんなが通過します。
驚いたんですが、天使族の町でもガリュ通貨が使われていました。
ガリュは世界共通の通貨なのでしょうかね?
分からないっす。
町の外観は、人間の町とそれほど変わらなかったです。
家々はレンガで作られており、屋根の色はどれも黄色か白です。
変わっていることと言えば、道を行く町民たちの背中に翼が生えていることでした。
白い羽衣を着ており、天使族にはファッションという概念が無いようです。
頭の上には黄色い輪っかがありますね。
「天使だニャン、天使だニャーン」
ヒメが町民に視線を向けては興奮したようにつぶやきました。
隣に並ぶイヨが感嘆とした吐息をもらしています。
「天使族は、みんな裸足なのね」
二人の背中を追いかけて歩く僕とレドナー。
彼が声をかけます。
「おいテツト、後でこの町のスキル書屋に行ってみようぜ。安いかもしんねーから」
「そうですね」
僕は笑って頷きます。
レドナーは強くなることばかり考えているんですかね。
その気持ちは分からなくもないっす。
ふと、イヨとヒメが立ち止まって振り返りました。
僕たちも足を止めます。
困ったようにイヨが言います。
「テツト、町が大きすぎる。大聖堂がどこにあるのか分からない」
「んにゃーん、地図は無いニャンか?」
ヒメがイヨの顔を見上げます。
イヨが右手を顎につけて唸りました。
「うーん、雑貨屋さんを探しましょう。そこに地図が売っているかも」
「そうだね」
同意する僕。
その時でした。
「2の人間たちがいる……」遠くからつぶやくような声が聞こえます。
天使の女性がパタパタとそばに歩いてきて、声をかけてきたっす。
「んふ、ねえ君君、ここに来るのは初めてなの?」
四人が体を向けます。
その女性は、やけに胸が大きかったっす。
なんて説明すると僕が性欲の塊のようで嫌なんですが。
着ている羽衣は薄く、肌が大きく露出していますね。
イヨが嫌そうに顔をしかめます。
しかし聞きました。
「……あの、私たちここに来たばっかりで、地図も持っていないんです。地図を買うために雑貨屋さんを探しているんだけど……」
「それならあたいが案内してあげる。んふ、どこに行きたいの?」
天使族の女性が体を揺らします。
ヒメが胸の前で両手を開きました。
「大聖堂ニャーン」
「そうなんだ。じゃああたいが案内してあげよっか。君、お名前は?」
天使の女性が僕の顔を見ていますね。
笑顔でウインクをくれました。
彼女は二十代に見えますが、その顔は少女のあどけなさを残しており、その瞳は知的な雰囲気がありました。
「イヨです」
「ヒメだニャーン」
「レドナーだ」
天使の女性は「違う違う」と言って進み出て、僕に右手を差しだしました。
僕は顔が熱くなったっす。
握手に応じます。
「テツトです」
「テツトちゃんね! あたいはリロハって言うの! んふふ、どうぞよろしくね」
イヨが舌打ちしたっす。
顔を歪めていますね。
僕とリロハが握手している状況を怒っています。
まずいっす。
僕は急いで握手をほどきました。
リロハはまたウインクをくれます。
「テツトちゃん、こっちよ! あたいの背中に着いてきなさい!」
「あ、はい」
その白い翼の背中を追って、僕は歩き出します。
すぐ後ろから三人が着いてきていますね。
「なんか、変な女だニャン」とヒメ。
「ヒメちゃん、我慢しよう」とイヨ。
二人とも小声ですね。
「なんか色っぽい女だなー」レドナーが感想を漏らしていました。
そして僕たちはリロハに案内されて、町の大聖堂へと向かいます。