6-10 夜這い
その日の夜。
レドナーと僕が並んで湯船に浸かっていました。
領主館の風呂はでかいっす、
女性像が肩に担いでいる水瓶からお湯が流れています。
ちなみに女性陣は先にお風呂に入りましたね。
ミルフィがお酒の瓶をカゴに入れて持ちこんで、いまイヨとヒメの部屋で飲んでいます。
今日はフェンリルがいないので、代わりにサリナがご一緒しているようでした。
さぞかし賑やかなんでしょうね。
ふと、白いタオルを頭の上に置いているレドナーが言いました、
「おいテツト」
「どうしました?」
僕はちらりとレドナーを見ます。
体がムキムキですね。
そのところどころには切り傷で出来た古傷があります。
男の勲章であり、ちょっと格好いいです。
「イヨとの性生活は上手く行ってんのか?」
「せ、性生活ですか!?」
大声が出ちゃったっす。
僕は普段の夜の生活を思い出しました。
ヒメが寝静まった後、最近ではよく僕の部屋にイヨが来てくれますね。
子供を作る気はまだありませんが、色々してくれます。
苦笑して答えました。
「ま、まあまあです」
「ちくしょう! お前だけ甘い汁を吸いやがって」
レドナーが右手で水面を叩きました。
水しぶきがあがります。
僕は何と答えたら良いか分からないっす。
レドナーがギロリと睨みました。
「おい、テツト、頼む。天使さまと俺が上手く行くように取り計らってくれ」
「そ、そんなこと言われてもですよ……」
ヒメはレドナーのことを好きなんでしょうか?
一度レドナーのことを振っていますね。
だけどレドナーが他の女性と仲良くしている時、ヒメは嫉妬をしているような空気があります。
現時点で好きかどうかは分からないっす。
ヒメに性欲はあるのでしょうか。
マニュアル本を愛読していることから、あるとは思います。
元が猫なんで、いつか発情期がくるかもしれないです。
レドナーが顔を赤くして、頬をひくひくとさせました。
「頼む、テツト。俺はもう我慢の限界だ」
「うーん……」
まるで娘を彼氏に取られる父親のような気分っす。
僕は顎までお湯に沈みました。
「とりあえず、デートに誘ってみるのが良いんじゃないですか?」
「デートか! いつだ?」
「いや、だから、レドナーが誘ってください」
「俺が誘ったって、上手く行かねーじゃねーか!」
「そんなこと言われても、ですね」
僕は熟考します。
傭兵の仕事は命がけです。
どんなタイミングで間違いが起こって、死が訪れるか分からないですね。
その前に、ヒメにもレドナーにも、幸せな思いをして欲しいです。
ちょっと涙が出てきました。
僕は言いました。
「ヒメに気持ちを聞いてみます」
「マジか! 頼むぜ。上手く行くようにな!」
「それは保証できませんが」
苦笑する僕。
レドナーは両手のひらを握り合わせました。
「頼むテツト、俺は真剣なんだ」
「その言葉、ヒメに言ってください」
そして僕たちはお風呂を上がりました。
脱衣所で体を拭いて、メイドさんたちに渡されていた寝間着に着替えます。
脱衣所を出ると、彼女たちが着替える前の服を回収してくれましたね。
洗って干してくれるようです。
さらにフルーツ牛乳をコップに入れて持ってきてくれていました。
それをもらって、脱衣所前のソファに僕たちは腰かけます。
二人でフルーツ牛乳を飲んだっす。
レドナーが鼻を赤くして言いました。
「おいテツト、これから女性陣の部屋に夜這いをかけようぜ」
「よ、夜這いですか?」
僕は顔をひきつらせたっす。
僕はそれほどガツガツとした気持ちは起こらないです。
たぶん、イヨとヒメと一緒に暮らしているので、満ち足りているんだと思います。
しかしですよ。
レドナーは乾いているのかもしれません。
レドナーにはお姉さんがいるという話ですが。
姉相手では乾きが潤わないのでしょう。
僕はコクコクと頷きました。
「分かりました」
「よし、行こうぜ!」
空になったフルーツ牛乳のコップをテーブルに置いて、レドナーが立ち上がり歩き出します。
僕もコップを同じようにして、その背中を追いかけました。
階段を上がり、通路を歩いて、イヨとヒメの部屋の扉を僕がノックします。
「はーい」
という声が聞こえて、イヨが顔を出しました。
その顔が赤いです。
ちょっと酔っぱらっているようですね。
イヨが聞きます。
「どうしたの? テツト」
「イヨ、僕たちもお酒が飲みたくて。少しだけ、仲間に入れてくれない?」
「えっ、ちょっと待って!」
イヨが扉を閉めました。
中から女性の話し声が聞こえます。
ガサゴソと音がしました。
やがて、また扉が開きましたね。
「いいよ、テツト。入って」
「ありがとう」と僕。
「わ、わりーな」とレドナー。
二人で部屋にお邪魔させてもらいました。
部屋には白い長ソファが二つあり、その間に小さな木製のテーブルがあります。
寝間着姿のミルフィとヒメが仲良さそうに腰かけていたっす。
その対面のソファには、サリナがちょこんと座っていました。
まだメイド服姿ですね。
みんながお酒のコップを持っています。
ミルフィが声をかけてくれました。
「あら、テツトさんにレドナーさんじゃないですかぁ。いらっしゃいませですぅ」
「にゃは、テツトとレドナー、男だけで寂しくなったニャンかー?」
ヒメは気持ちよさそうに体を揺らしていますね。
サリナも笑顔です。
「こんばんは、お二方」
「お邪魔します」後頭部に右手を当てる僕。
「じゃ、邪魔するぜ」少し緊張気味のレドナーの声。
イヨが手招きします。
「二人ともこっち」
イヨがミルフィの隣に座りました。
レドナーがサリナの隣に、その隣に僕が腰を下ろします。
少し沈黙がありました。
コミュ障の僕。
こういう場で、何を喋ったら良いか分からないんですよね。
サリナが立ちあがって、酒瓶をコップについでくれます。
なんと、サファイロッカですね。
高級酒です。
僕たちもお酒のコップを片手に持ちました。
レドナーが焦ったように身じろぎして言います。
「み、みなさん! どんな話をしていたんですか?」
敬語ですね。
ミルフィがクスッと笑って答えました。
「いま、男性の好きな部位について話していましたわぁ」
「男性の部位!?」
びっくりしたようなレドナーの表情。
彼が右手を掲げます。
「ちなみに、どんな部位なんだ?」
「んにゃん~、やっぱり、瞳だニャンねー。優しくて格好良い瞳にゃん~」
ヒメがコップを煽り、ゴクゴクと喉を鳴らします。
「……なるほど、瞳か」
レドナーの両目がきゅぴーんと光ったような気がしました。
ミルフィがヒメの膝に手を置きます。
「何を言っているんですぅ、ヒメちゃん? 男はやっぱり、鎖骨ですよ鎖骨ぅ」
ミルフィは鎖骨が好きみたいですね。
分からなくもないです。
レドナーがその場を取り仕切るように話を振りました。
「ちなみにイヨと、サリナさんは?」
サリナは微動だにせずに答えます。
「声です」
「ど、どんな声が好きなんだ?」とレドナー。
「ハスキーボイスが好きです」とサリナ。
なるほどっす。
女性が男性の低い声を好きというのは、良く聞く話ですね。
僕はイヨに視線を向けました。
イヨが顔を赤らめて答えます。
「私は、やっぱり、お尻の形」
ミルフィがぷっ、と噴き出して笑いました。
彼女がイヨの膝を何度も叩きます。
「ほらぁイヨ。イヨ好みのお尻が来ましたよぉ?」
「う、うるさいわねミルフィ」
「あふふふふふ!」
「笑うんじゃなーい!」
イヨがミルフィの肩を押します。
僕は赤面してしまいました。
イヨは、僕のお尻が好きということですかね?
それなら嬉しいです。
サリナが話を振ります。
「お二方は、女性のどの部位が好きですか?」
レドナーがお酒をゴクッと飲んで、それから答えましたね。
「オーラだ」
「オーラにゃん?」とヒメ。
「オーラですかぁ?」とミルフィ。
レドナーは頷きます。
「その人その人にはオーラがある。良い奴悪い奴、癖のある奴、色んなオーラがある。例えば天使さまのオーラは国宝級に澄んでいる。そういうオーラを見ると、俺はすごく和むんだ」
「「ほー」」部屋にいるみんながつぶやきました。
イヨが右手を僕に向けます。
「テツトは?」
「ぼ、僕ですか?」
僕は考えたっす。
女性の好きな部位はいっぱいありますね。
胸、尻、太もも、顔、唇、肌の色。
でも、それ以上に気になるものがありました。
僕は頬をかきながら言います。
「え、えっと、匂いですかね」
「……キャー!」
ミルフィが両手で頬を挟んで一人盛り上がっています。
イヨが顔を真っ赤にして呼びました。
「テツト!」
「な、何すか?」
僕は変なことを言ってしまったのでしょうか?
ヒメが同感というように頷きましたね。
「確かに、オスの匂いは気になるニャンよ~」
「素敵です」
サリナが頬を赤らめています。
そこで僕は、先ほどレドナーにお願いされた手前、ヒメに話を振りました。
「ヒメ、レドナーの瞳はどう思う?」
「んにゃん?」
ヒメが首を傾けます。
続けて言いました。
「レドナーの瞳は、鋭くてとがっているニャンけど、青く澄んでいて、優しい色合いだニャンよ~」
レドナーが右手の拳を胸に掲げます。
「よし」
小声でつぶやいていますね。
ミルフィが聞きました。
「レドナーさんは、ヒメちゃんのことが好きなんですかぁ?」
「それは、えっと……」
部屋が静まりました。
みんながレドナーの顔を凝視します。
レドナーは後頭部に右手を当てて、おどけるように言ったっす。
「あ、愛しちゃっているぜ」
「あたしも罪な女だニャーン!」
ヒメが頬を染めて肩を揺らしました。
サリナは小さな拍手をしています。
僕はレドナーの肩を軽く叩いたっす。
「レドナー、今がチャンスです」
「そ、そうか?」
レドナーが立ち上がりました。
ヒメの方を向きます。
二人が話し出します。
「て、天使さま」
「んにゃん?」
「今度、二人で遊びに行きませんか? 町の南区に、美味しい料理のお店を知っているんです」
「遊びに行くって、テツトとイヨはいないのかニャン?」
「で、できれば、二人が良いかなー、なんて、はは」
僕は心の中で応援しました。
頑張れレドナー。
ヒメはうーんと唸って、それからイヨに顔を向けます。
イヨは渋い顔ですが、小さく頷いたっす。
ヒメがレドナーに視線を戻します。
「日にちはいつだニャン?」
「えっと、フェンリルとガゼルの結婚式の終わった次の日にでも」
「時間は何時だニャン?」
「んっと、十時半でお願いします」
「どこに集合だニャン?」
「俺が、天使さまの家までお迎えに行きます」
「食事をする店の名前は何だニャン?」
「カミルトンです」
聞いたことがある名前ですね。
バルレイツ一の高級料理屋です。
「カミルトンには、美味しい魚料理があるかニャン?」
「あ、ありますとも! 絶品のコース料理があるんです」
「ちなみに、それはいくらだニャン?」
「それは、俺が金を出すんで天使さまはお気にせず!」
「んにゃーん」
ヒメは苦笑して何度も頷きました。
続けて言いました。
「仕方ないニャンねー。分かったニャンよ、レドナー。行ってやるニャン!」
「よ、よっしゃああああああああああああああああああ!」
レドナーがおたけびを上げましたね。
僕は心の中で、良かったねとつぶやきました。
ミルフィが面白くなさそうに言ったっす。
「私とサリナだけ、殿方がいませんですぅ」
はっとしたイヨが僕に目配せします。
「テツト、早いけどそろそろ」
「あ、ごめん」
僕は立ち上がり、レドナーの腕を引きます。
続けて言いました。
「レドナー、そろそろ失礼しよう」
「あ? どうしてだ? 今、良いところなんだぜ?」
「いいからいいから」
僕は鉄拳を発動させてレドナーの腕を引っ張っていきます。
「う、うおいテツト!」
「二人とも、おやすみなさいですわぁ」とミルフィ。
「おやすみなさいませ」とサリナ。
「バイバイニャーン」とヒメ。
「テツト、また明日」とイヨ。
僕たちは部屋を出ました。
レドナーが興奮したように聞きます。
「おいテツト、どうして?」
「これ以上邪魔しちゃ悪いっす」
僕はレドナーの腕を離して、自分の泊まる部屋へと歩き出します。
その背中にレドナーが声をかけました。
「テツト」
「はい?」
僕は立ち止まって半身だけ振り返ります。
レドナーが赤い顔をして親指を立てて言いましたね。
「ありがとう」
「いいっすよ」
僕はまた、前を向いて歩き出しました。