1-10 スキル書屋
翌日の早朝。
空は澄み渡っていますね。
いつものように僕はトレーニングを済ませました。
それから、イヨと一緒に畑に水をまきます。
早起きは気持ち良いですねー。
ヒメはいつも通りの遅起き。
三人で朝食を済ませました。
家にカギをかけて、町へ出発です。
日帰りの予定なので、荷物は少ないっす。
僕がリュックを背負いましたね。
中には食べ物や飲み物が入っています。
三人で、山の方角に歩きました。
道中。
「今日はポカポカだニャーン。ふんふーん」
ヒメが鼻歌を歌っています。
乳白色の髪が元気に揺れていました。
ご機嫌すね。
木の枝を拾ったのか、右手に持って振っています。
イヨが不思議そうに聞いたっす。
「ヒメちゃんは、本当に猫だったの?」
歩くたびに黒髪が規則正しく揺れていますね。
ヒメが顔を向けます。
「そうニャン。野良猫だったけど、テツトに拾ってもらったニャンよ~」
「野良猫だったの?」
「んニャン! 雨の日に、あたしはお腹を空かせて倒れていたニャン。そこを通りかかったテツトがあたしを捕まえて、家に連れ帰ってくれたニャンよ~」
イヨがちらりと僕を見ます。
「それは、幸運だった」
「そうニャン。テツトは優しいニャン」
「ふーん」
それからも二人の会話が続きますね。
僕は黙々と歩いています。
黙っている方が楽なんですよねー。
世間話なんかの時は特に。
今度はヒメが聞きます。
今日はピンク色のトレーナーを着ています。
「イヨはずっと一人暮らしだったニャンか?」
イヨが微笑します。
しかしその顔は、少し寂しそうでした。
彼女は白と赤で上下の色が分かれたワンピースを着ています。
「一緒に暮らしていたお父さんが、病気で死んだ」
「なんの病気だったニャンか?」
「分からない。医者もさじを投げた」
「あう~、可哀そうニャン」
「うん、でも、お母さんは生きている」
それは初耳でした。
「イヨのお母さんはどこにいるニャンか?」
「この国の王都で、お城で働いてるの」
「なるほどニャン! イヨのお母さんは偉い人ニャン!」
「そうね」
イヨがうふふと笑いました。
そんなこんなで歩き続けましたね。
途中休憩を入れたっす。
イノシシ肉と野菜のサンドイッチを食べました。
今朝、イヨが作ってくれたみたいっす。
また腰を上げて歩きだします。
やがて、町が見えてきましたね。
赤青白の屋根が立ち並んでいます。
大きな町のようでした。
「町だニャーン!」
ヒメが走り出します。
「ヒメちゃん待って」
イヨが苦笑しつつ追いかけます。
僕も速足になりました。
ヒメが立ち止まり、両手を腰に当てたっす。
「よし! この町で暮らすニャン! テツト、家を買うニャーン!」
イヨが聞きます。
「家を買うの?」
「そうニャン! 日向ぼっこをしながらゴロゴロするニャン!」
僕は頬をかきます。
「家を買うのは、まだまだ先だね」
「お金が必要ニャンか?」
「うん」
「いくら必要ニャン?」
僕はイヨに顔を向けたっす。
彼女が人差し指を立てます。
「小さい家でも1000万ガリュは必要」
「よし、テツト、1000万ガリュを稼ぐニャーン」
「稼げると良いね」
僕は苦笑しました。
そして。
イヨの案内で、僕らはスキル書屋に行ったっす。
店内の本棚には茶色い本がたくさん。
それらはスキル書でした。
さながら本屋のような光景です。
「はいこんにちは、いらっしゃいませ」
店主のおばさんが挨拶をくれます。
茶色いローブを着ていますね。
魔法使いのような格好でした。
イヨが話しかけます。
「ラサナさん」
「おお、ガナッドさんの娘さんの、イヨちゃんじゃないかい? 久しぶりだねー。元気にしてたかい?」
「お久しぶりです。元気でした」
どうやら顔見知りのようですね。
二人は近況報告をしました。
イヨが言います。
「今日は、スキル書を売りに来た」
カバンからヒールのスキル書を取り出します。
前にオークメイジから取ったアレです。
カウンターに置きました。
ラサナはびっくりしたように目を丸くします。
「これ、どこで取ったんだい? Dランクのスキル書じゃないか」
どうやらスキル書にはランクがあるみたいっす。
イヨが僕を一瞬振り返りましたね。
「山のオークメイジから」
「オークメイジからヒールのスキル書が? そりゃあラッキーだったねー! いいよ。イヨちゃんなら特別に、80万ガリュで買ってあげるさ」
ラサナは笑顔で両手を開いたっす。
イヨが瞳を潤ませます。
「ありがとうございます。ラサナさん」
「良いって良いって。ガナッドさんには生前、何度もお世話になったからね。ところで、後ろの二人は見ない顔だね。お友達かい?」
「あ、はい」
「そうかいそうかい。それじゃあ、80万ガリュ、ちょっと待ってておくれ」
「あ、ラサナさん、ちょっと待って」
「何だい?」
「Eランクのスキル書を三つ買いたい。だから」
「ああ、ヒールのスキル書の代金分と交換ってことだね」
「はい」
「いいよ。1冊20万ガリュさ。何が欲しい?」
「できれば見繕って欲しい。私の分を1冊と、後ろの二人にも1冊ずつ」
「ふーん」
ラサナが僕とヒメをじろじろと見ます。
そして手招きしたっす。
二人でカウンターに並びました。
「二人とも、武器は何を使うんだい?」
「えっと……」
僕は口ごもりました。
イヨが代わりに答えます。
「男性の方はモンク。髪の白い女の子は、まだ戦ったことが無い」
「モンクは分かるけど……。もう一人の子は戦ったことが無いって? せめて、自分のスキルを教えてくれるかい?」
ヒメが眉を八の字にしたっす。
「それがまだ分からないニャン」
「分からない? スキル鑑定をしてもらったことが無いのかい?」
イヨが頼むように言いました。
「ラサナさん、出来れば、彼女のスキル鑑定をして欲しい」
「分かった」
ラサナがヒメに右手を差し出します。
「んニャン?」
ヒメが握手をしたっす。
ラサナは唱えましたね。
「スキル鑑定」
「え? 熱いニャン!」
ヒメが手を離します。
ラサナは納得したように頷きました。
「髪の白い嬢ちゃんのスキルはスローだね。こりゃあ神さんから、良いスキルを授かったもんだ」
「「スロー?」」
僕とイヨの声が重なります。
「強いニャンか?」
ヒメが期待に顔をほころばせたっす。
「強いも何も、強いスキルさあ。嬢ちゃんの適正クラスは魔法使いだね。それじゃあ、スキル書を見繕ってあげようかい」
ラサナはカウンターを出て、店の本棚へと向かいました。
どうやらスキル鑑定にはお金がかからなかったようです。
僕はほっとしました。
ラサナが3冊のスキル書を持ってきたっす。
カウンターに並べました。
僕の前にあるスキル書のタイトルなんですが。
異国語ですね。
でもどうしてか読めました。
へなちょこパンチと書かれています。
ヒメのスキル書は、チロリンヒール。
イヨのは、プチバリアでした。
それぞれスキルの名前にしては、ですよ?
どれもこれも微妙な名前す。
Eランクのスキル書は、弱いということですかね?
大体、へなちょこパンチは、普通のパンチより強いんですかね?
「ラサナさん、ありがとう」
イヨが笑顔で言って、プチバリアを受け取りました。
「こんなゴミスキルで大丈夫だったかい? どれもこれも、傭兵が雑魚モンスターから取って来た物だけど」
ラサナの怪訝な顔。
「大丈夫です」
イヨは頷き「習得」と唱えました。
すると、茶色い光に包まれてスキル書が消えます。
彼女がこちらを向きました。
「二人とも、スキル書を持って、習得と唱えて」
「覚えられるニャンか?」
ヒメが興味津々に瞳を輝かせます。
イヨが頷いて言います。
「うん」
「分かったニャン」
ヒメがスキル書を取り「習得」と言いました。
スキル書が光に包まれて消えます。
僕も同じようにしました。
ラサナはそれを見届けてにっこりとほほ笑みます。
おつりの1万ガリュ札を20枚取り出して、イヨに渡しました。
「イヨちゃん、最近、山はオークがいっぱい出るって話だ。気を付けなよ」
「はい、大丈夫です」
「スキルを覚えたってことは、三人でイノシシでも狩るのかい?」
「いえ」
イヨは首を振りました。
続けて言います。
「私たち、傭兵になるんです」
ラサナがびっくりしたように声を上げたっす。
「そりゃあまた、イヨちゃんのお父さんと同じだね。くれぐれも、気を付けるんだよ」
「はい、ありがとうございました」
「ありがとニャーン」
ヒメが右手をひょいと上げます。
僕はぺこりと頭を垂れました。
三人で店を出ます。
次に向かったのは、傭兵ギルドの建物ですね。