99話:市街総力戦④【西側】
死霊術師ハイロ率いる【潜むもの】が仕掛けた最終戦争。
それは町を人質に取った、無差別攻撃だった。
彼らの手足となるのは、大量のゾンビ。街の外れ、東西南北から湧き出たそれらは何かに導かれるように、町の中心を目指している。その中央には闘技場があり、氷漬けのクシャーナとギルド中心の対策本部が臨時で設置されている。ハイロの目的は依然クシャーナの魂であり、そこに向けて死者の行軍が続いているという訳だ。
ゾンビの動きは緩慢で、単体の戦闘力はさほどでもない。
だが彼らにはアンデッド特有の耐久があり、また恐れを知らない。動きを止めるには入念に仕留める必要があるが、そこに時間をかけすぎると数の暴力に飲まれてしまう。前線の冒険者は奮戦していたが、やはり多勢に無勢。町人を街の中央に急かしながら、今はその殿を辛うじて支えている状況であった。
「ぜぇ……おい、もうもたねぇぞ! 援軍はまだか!?」
「ギルドには伝わってるはずだ! もう少し、踏ん張れっ!!」
「だめだ、退こうカロン! 囲まれる!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……もう、魔力がぁ」
身体を張ってゾンビの波を食い止めているのは、重騎士ハインズ。
彼の全身鎧には無数のゾンビが纏わりついており、もはや斧を振ることもままならない。隙を見て戦士カロンが剣で突きを繰り出すが、ゾンビの数は一向に減らない。全方位を警戒している盗賊レグが悲鳴を上げる中、魔術師ラーナは杖を胸に抱えすでに泣きじゃくっていた。
無理やりゾンビを引き剥がし敗走するカロン達。
いくら疲弊しているとはいえ、逃げに徹すれば撒けない相手ではない。だが至る所から湧き出るゾンビの包囲網が彼らを逃さない。脚を取られたラーナが転び、パーティーの動きが止まる。見れば、地面から突き出された手が彼女の足首を捕えていた。駆け寄ったカロンが剣でその腕を即座に斬り飛ばすが、時すでに遅し。
逃げ遅れたパーティーを囲むのは、物言わぬ死者の群れ。
「――――『流葬・滝落とし』」
あわやゾンビの仲間入りと思われたが、それを阻止したのは空から降り注ぐ剣の濁流。地面に叩きつけられる滝のような荒々しさがカロン達を包むが、咄嗟に瞑った目を開けた先には、ただ屍が地に伏しているだけであった。現実とは思えない出来事にしばしポカンとしてしまったが、どこか既視感がある。その正体を探ろうとしたカロンの前に、軽やかに剣士が舞い降りた。
「"十拳"が一人、リュウレイ=イサヤ参上。――もう大丈夫です」
「ああ……、ああ…………!!」
目に映る景色がぼやけ、剣を持つ腕が脱力する。
圧倒的な武が迸り、何者をも寄せ付けない。近づく先に切り伏せられ、敵地で絶対的な安全地帯が生み出される。もうこれで助かった、大丈夫だ、そう確信したカロン達はその場にへたり込んでしまった。空から降ってきたのはリュウレイだけではない。空を旋回する何かから次々と人が舞い降り、ゾンビ空間に穴を開けていく。
「戦士達よ!! よくぞ耐えたっ!!!」
「「「う、うおおおおおおおおおおお!!!」」」
ひと際大きな地響きと声と共に、ゾンビが幾重にも空に舞う。
リュウレイと共に来たのは、戦士の代名詞たる男。終戦斧『ソウルアイゼン』を片手に旋風を巻き起こし、最前線で耐え抜いた冒険者達に最大級の賛辞を贈る。血や泥に塗れた冒険者達はその場でむせび泣き、剣を空にかざした。彼の後ろに血は流れない。その存在自体が、最強の矛であり最硬の盾である。その男の名は――。
「"十拳"オルゲート=フュリアス参る!!」
*
東西南北、それぞれに散った"十拳"。
オルゲートとリュウレイが向かったのは【西側】。彼らの足となったのは、上空を滑空する《ワイバーン》。竜種の中でも飛行性能に優れた種族であり、冒険者にとっては脅威となるモンスターでもある。だが、騎士の派生職【竜騎士】は、その凶暴なモンスターをテイムし手懐ける。彼らはギルド本部からの依頼を受けた大型ギルド、運び屋【竜兜の配達屋】。通称"ドラデリ"。
「確かに、お届けしましたよー」
「今後も御贔屓に~~!!」
陽気な声を掛け、前線から撤退していく。
【竜騎士】は、騎士職の中でも高い戦闘能力を誇る。だが彼らは武器の代わりに荷物を持ち、人と人を繋ぐ。揃いの制服と角が付いたキャップを纏い、彼らは大空を翔る。実力のある彼らだからこそ、例え僻地だろうが島国だろうが戦場だろうが、依頼物は必ず届く。その信頼を裏切ることなく、彼らは次の荷物を運ぶ。
「救助者はこちらに!」
「魔力POTも取り揃えてます! 順番にどうぞ!」
疲弊した前線の冒険者を迎えるのは、教会のシスターとギルド員。その場の守りは近衛と新たに到着した冒険者が担い、急ごしらえの休憩所が設けられる。怪我人の手当は非戦闘員のシスターが担い、武器や回復薬はギルド員が受付を開始している。前線に留まれない冒険者や逃げ遅れた避難者は、"ドラデリ"の帰りの便で次々に空を舞って離れていく。
【西側】と同様の対応は、他の方角でも迅速に展開されている。
"十拳"の一騎当千の働きぶりと、復活した冒険者や新たに戦線に加わった者達の奮戦により、戦況は大きく押し返すことができていた。現場の士気も高く、数の優位は向こうにあれど、結束力と対応力は間違いなくこちらが上。この勢いを維持できれば、殲滅も不可能ではない。
ただ当然、相手にも奥の手はある。
「ぐぁ……!!」
「なんだ!? 動きが違うやつが出てき、がはっ……!!」
順調に押し返していた冒険者が、一人二人と倒れる。
いち早く異変に気付いたオルゲートが向き直り、瞬時にその距離を詰める。道中のゾンビを草刈りのように吹き飛ばしていく中、蠢く影を捉え、全力の一撃を叩き込む。それは他の"十拳"でもまず回避を選択するような、命を容易に刈り取る鎌。だがその一撃は、同じ長柄の斧を持つ黒ずくめの巨躯に受け止められていた。
「なるほどこれが……。ふふ、血が滾るわ」
「えー、なんかやばい人と当たったっぽい?」
超重量の斧を持っているとは思えないほどの、高速の切り結び。
実力を確認し合い、距離を取ったオルゲートにリュウレイも合流する。四方向に散った"十拳"の目的は、【潜むもの】構成メンバーである神器持ちの打破。クシャーナを救う鍵を持つかもしれない幼女は、不敵な笑みで戦意を滾らせるオルゲート相手に一歩引きながら、彼らを迎え撃つ。
「神器:【呪縛の魔鏡サクリファイス】ミーコ=ミラー。いざ尋常にぃ」
「――勝負だ」
冷静に心を燃やすリュウレイも応え、刃が交わるのであった。




