98話:市街総力戦③
膨大な魔力を放つ、巨大な氷杭。
その中には、絶命したと思われるクシャーナの姿がある。
突如闘技場のど真ん中に出現した、氷漬けの美女の彫像。その幻想的な光景に一瞬心奪われてしまうが、もはや事態は新たな展開に移っている。これが、死霊術師ハイロを無効化する手順の中で引き起こされた事象なのは間違いない。そして、恐らく今最も正解に近い位置にいるのは、クシャーナの魂と直接会話できたストリックである。
「……おい、手短に説明しろ」
「おやおや、死人にも容赦ないねぇ」
死人に口なしだろうに、と渋るハイロの首元に短剣を近づけ迫る。
すでにハイロの額には矢が深く突き立っており、ぐったりと床に転がっている。そんな相手に脅しが効くのかも分からないが、割と話すにやぶさかではないようだった。ストリックの見立てでは、クシャーナはまだ死んでいない。肉体の一時的な死が魂の分離を引き起こし、ハイロに掌握された。ただそれも完全ではなく、急襲の一撃でハイロのコントロールが乱れ、今の状態にある。
言ってみれば、ハイロにとってもイレギュラーな事態。
恨み節を交えて話す内容は、大方ストリックの予想通りであった。この氷杭についても心当たりはありそうだったが、それについては細かく語ることをしない。全くの想定外ではなく、新たな展開を楽しんでいる節すらある。苛立つストリックが短剣を持つ手に力を籠めるが、最早それも脅しにはなっていなかった。
「ガイド役を失って困るのはそちらだろう? ……まあいいさ、フェーズはすでに次のステージに進んでいる。この氷杭はただの魔法なんかじゃない。それを解くカギは、僕ら4人の内、誰か2人が持っている」
「てめぇ……」
「ふふ、本当はただの保険だったんだけどもね。別に今の状況は、僕らにとって悪い訳じゃない。さあゲームといこうじゃな――」
愉快気なハイロの言葉を断ち切ったのは、スカル。
これ以上拾える情報はないとの確信があったのか、一瞬のそよ風と共に剣戟が舞う。『天剣』により細切れにされたハイロが灰になって風に流されていく中、"十拳"の面々はすでに次を見据えていた。攻略すべきなのは、東西南北のそれぞれ四か所。町人の安全を確保するとともに、カギを回収する役目をも担う。
「誰がどの方向にいるか、確認出来てから動くべきかな~?」
「奴らには小鏡もあろう。決めつけは、足元を救われかねん」
「脅威は今も迫っています。スピードを優先した方がよさそうですね」
セミテスタの言葉を皮切りに、意見が飛び交う。
オルゲートやリュウレイが危惧する通り、こちらの後出しでは対策に限界がある。いくら相性の良い相手を選んだとしても、向こうには呪術師ミーコがいる。個別に展開が可能な移動手段、神器の生成物である小鏡は無視できない。現在進行形で街が襲われていることもあり、ここで時間を浪費するほどの重要性は感じられなかった。
「クシャーナこれ、大丈夫かな?」
「……少し試してみた感触では、やはり炎で溶ける類ではありませんわね」
「かちかち」
ひんやりとした感触が、掌から伝わってくる。
ヤムは心配そうに氷杭に寄り添い、エミットは歯がゆさも込めて呟く。コンコンとノックするのは無表情なテレサ。ハイロという脅威が一時的にだが去った今、クシャーナの確保と警備も忘れるわけにはいかない。ここに戦力を残すには人員が限られているが、最低限何かあった際に対応できる人手は欲しい。
「うお、なんじゃこら!?」
「ジーク? 何故ここに……」
「ほっほ、クシャーナを置いてお主らが暴れられないというのも困るじゃろう?」
馬鹿でか声で新鮮なリアクションを示すのは、ギルド長ジーク。
一部のギルド員と一緒に闘技場に乗り込んだ彼だが、どうやら事の顛末はクリストから聞いたらしい。召喚術師クリストは植物型の召喚獣を扱うが、何も戦闘用だけではない。人の声をオウム返しのように繰り返す《ペレットクレスト》、それらを番いのように二つ用意すれば交信もできた。
どうやらクシャーナの見守りも兼ねて、闘技場内に対策本部を設営するらしい。
街の四方から攻め込まれている以上、最終的に駆け込むのは街の中央になる。一度は闘技場から脱出した観客も、今は再び闘技場内で身を潜めている。大人数を収容できるスペースがあるからこそ、可能な対応方法であった。あとは負傷者や避難者の受け入れも必要となるので、やはり目立つ巨大な建物への誘導は理にかなっている。
「なに、守りは案ずるな。<召喚>――《大樹アルバトロ》」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「はっは、久々に見るな! 爺さんの十八番」
地響きが闘技場を襲う中、天を衝くような勢いで巨木が生える。
太い枝と葉っぱが闘技場の蓋として展開する中、クシャーナを包む氷杭は根っこが優しく保護する。クリストの相棒と言うべき召喚獣、《大樹アルバトロ》。洞窟然とした狭いダンジョンや闘技場での戦闘にはそのサイズから使用されることはなかったが、その生命力は依然衰えることなく、母なる大地の温もりと躍動を感じさせるものであった。
「こ奴なら魔法耐性も高い。神器相手でもある程度、耐えれるはずじゃ」
「木漏れ日に照らされて凄い心地いい……。すぐにでも寝ちゃいそう」
「こんな非常時に何を……ヤム? ヤム?」
「体力も魔力も隙間なく補充されてく感じ! すごいねこれ~」
フィールドの掌握が、植物型の本領。
指揮にはギルド長ジーク、守りには召喚術師クリストを据えた万全の布陣。これで"十拳"が打って出られる環境は整った。奮戦している冒険者達の援護と町人の避難誘導には、闘技場内にいた冒険者と近衛が展開する手筈となった。少し自身の立ち位置を固定しかねていたネルチェには、ジークから闘技場内での警戒を依頼した。これには当然死霊術師としての知見も期待されており、彼女は無言でこれに頷いた。
「――それじゃ、叩き潰しに行くぞ」
簡単な打ち合わせと振り分けを終え、ストリックが号令をかける。
クシャーナは生きている。
その希望を一つの合言葉にし、各自散開していくのだった。




