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97話:市街総力戦②

 ハイロの目的は、クシャーナの魂の強奪。


 わざわざ【戦士の狂宴】期間中を狙った理由。


 それは、肝となるのが闘技場というステージそのものだったからだ。神器の使い手を3人揃えたまではよかったものの、冒険者序列1位を相手取るとなると、それすら確実とは言えない。クシャーナからすれば、別に逃げれさえすれば、決して負けではないからだ。さらには、その周りにいたストリックやセミテスタの存在。そのせいで難易度は跳ね上がり、ハイロは作戦を練らざるを得なかったのである。


 やり遂げた高揚感からか、ハイロの口は止まらない。


「魂を直視できる死霊術師だからこそなんだろうね。彼女の魂の輝きには、一目で魅せられてしまってね。例えギルドや教会、"十拳"を敵に回してでも、僕は彼女がほしかったのさ!」

「…………変態野郎が。なら、覚悟はできてんだろうな?」


 ハイロの目的は達成された。


 後は再び姿を隠されれば、奪還は絶望的と言っていい。それでもハイロは敵地に一人で訪れ、悠々と熱弁を振るっている。いっそ【潜むもの】全員でこの場に現れてくれればまだやりようはあったのだが、逆にその隠された手に動きを制限されている状態だ。町中に冒険者を派遣しているとはいえ、神器持ち相手には"十拳"が直接相対しなければ、話にもならないだろう。


「ふふ、激昂して詰めてこないところを見ると、こちらの出方を窺っているってところかな? その点に関しては、朗報だよ。僕にはコレクターのように大事に飾っておく趣味はなくてね。【戦士の狂宴】に相応しいフィナーレにしたいと思ってるんだよ」

「……くどい。言いたいことがあるならば、簡潔にしろ」


 芝居がかったハイロの様子に、苛立ちを隠せない。


 依然臨戦態勢の"十拳"を前に、それでも余裕の表情を見せつけている。そんな最中、伝令役と思わしきギルド員が慌てて闘技場内に入り込んでくる。彼はハイロの姿を見ると一瞬身体を強張らせたが、最優先事項を全うしようと声を張り上げた。


「ギルド本部より伝令! 街の外れから東西南北、四か所からそれぞれ大量のゾンビの群れが発生!! 現在は街の警備に付いていた冒険者パーティーが各自応戦中! しかし、圧倒的な物量に徐々に押されています! 至急応援をっ!!!」

「ちっ……! これかよっ!!」

「ふふ、楽しくなってきただろう?」


 ハイロは、闘技場内の観客に固執しなかった。


 何故なら、彼はすでに町全体を人質に取っていたからだ。最早逃げ場などない檻は、内側に徐々にその包囲網を縮めていた。仮に突出した実力を持つ冒険者、"十拳"の一人でも出向けば、その場の形勢不利はたちまち逆転するだろう。だが、何処に誰を派遣するのか。まだ神器持ちの所在も分からない中で、その選択はあまりにもリスキーな問題を孕んでいた。


「さあ、読み合いといこうじゃないか。僕はその間に……っと」


 闘技場という舞台を超えて、町全体を巻き込んだ場外戦。


 展開を無理やり動かしたハイロは、周囲の葛藤や雑踏に紛れて報酬を回収しようと手を伸ばす。蒼く澄んだ輝きを放つ、クシャーナの魂。それを手中に収めようとした死霊術師の手が、おもむろに弾かれる。ハイロの表情に浮かんだのは、紛れもない驚きの感情。そのイレギュラーを見逃さなかったのは、"鷹の目"。


 次の瞬間、ハイロの額には音もなく矢が突き立っていた。



 *



 "鷹の目"こと、【見敵必中(ホークアイ)】マキリ=インカルシ。


 彼はギルドからの依頼を承諾し、今回の襲撃に備えていた。現在は"十拳"番外となっている彼だが、隠密と精密射撃の腕においては、他者の追随を許さない。盗賊も覚える隠遁術『ステルス』、そして弓兵の無音狙撃『サイレンサー』。また彼がいるのは闘技場の外壁、さらにその切り立った最上部分。闘技場の舞台からは豆粒以下にしか見えず、誰も彼の存在は認識できなかっただろう。


 決勝の解説役には、替え玉を用意する周到ぶり。


 変な魔法ばかり覚えている女性ギルド員から掛けられた、変身魔法『トランス・マジック』。予告なく代役にあてがわれた、可哀想な男性ギルド員は解説席で冷汗を掻くばかりであったが、彼の犠牲はかくして報われた。意識を断つ、必殺のヘッドショット。ハイロの目玉がぐりんと裏返り、スローモーションで仰向けに倒れていく。


 次の一手で、零れ落ちそうになっていた『隠世の器』も射止める。


 空を黒く染めんとするほどの、死霊の怨念が解き放たれる。ハイロの言葉通りであれば、これで闘技場の機能は回復する。まだ、望みはゼロではない。そんな異質な現象が視界的に展開される中で、ストリックはクシャーナの魂目掛けて駆けていた。自分に何ができるかは分からない、それでもこの役目だけは――っ!!


 彼女の指先がその魂に触れた瞬間、ストリックは白い空間に立っていた。


「あ、やっほ」

「お前…………」


 何もない、ただ白い景色が無限に拡がる中で、一番聞きたかった声が聞こえる。いつも通りの姿だった。顔の上半分を隠す怪しい仮面を付け、美しい蒼いドレスに身を包んでいる。一種の精神世界なのか、決勝という激戦の痕はなく、ただ綺麗なクシャーナの姿がそこにあった。


「――【占星術師】にとって、一番大切なことは何だと思う?」

「なにを…………」


 くるくるとその場で優雅に回りながら、禅問答のような問いが振られる。


「師匠曰く、――自分の勘、だってさ。笑っちゃうよね」


 ストリックの反応を無視して、クシャーナは言葉を紡ぐ。


 誰よりも、どの職業よりも未来を見通せる力を持つ【占星術師】。その道をひた走った先人が送った言葉は、それを笑い飛ばし否定すらしかねないものだった。隠してたんじゃないのかとか、もっと他に言いたいことがあるんじゃないかとか、ストリックの頭に渦巻くのはそんな、戸惑いと後悔と自責の念ばかり。


「でも、それが一番大事。だから、優勝おめでとう。ストさん」

「私は…………っ!!!」


 私は自分の勘を信じて、ストさんも自分の信念を貫き通した。


 それだけだよ、だからおめでとう。それはストリックにこびり付いた懺悔の念を溶かす、微笑みと言葉だった。恐らくここがクシャーナの精神世界だからだろう。言葉こそ出るものの、ストリックの身体の自由はきかない。だからこそ、よかったと思う。そうでもなければ、きっとその場に崩れ落ちて恥ずかしい姿を見せていただろうから。


「あ、それでさ。今ちょっと困ったことに……なってて……」

「お、おい? クシャーナ、逝くな……っ!?」


 まるでタイムリミットが来たかのように、クシャーナの声が遠くなる。


 彼女の姿にはノイズが走り、消えかかろうとしている。それはクシャーナにとっても想定外だったのか、両手を持ち上げ透け始めた身体からこちらを眺めたりしている。余裕があるのかないのか、久方ぶりに思い出した苛立ちと焦燥感に襲われながら、ストリックが堪らず声を張り上げる。


「まいったな……。うん、仕方ない」

「おい! 待てって……!?」

「とりあえず、返すよ。まっ……から……ね」


 接続が、切れた。


 明確にそうと分かったのは、突如沸き上がった衝撃に身体を吹き飛ばされ、反射的に受け身を取れたからだ。ひと時の夢から覚めたストリックの手には、クシャーナの魂の痕跡もない。ただそこには、あるものが握られていて――。


「あーあ、やってくれたね」


 しかし、誰も何もストリックには合わせてくれない。


 彼女が理解をしようと奔走する中、目の前には巨大な氷の杭が出現していて。恨み節を垂れるのは、額を矢に打ち抜かれたまま地面に横たわっている、死霊術師ハイロ。『隠世の器』から解き放たれた死霊の怨念が空に暗く渦巻く中、事態は急展開を迎えようとしていた。

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