96話:市街総力戦①
時は少し遡り、こちらは街の外れ。
街の中央から聞こえる大歓声が、決勝の熱量をここまで届けてくる。
「……盛り上がってんなぁ。なんで俺はこんなとこにいんだよ」
「うるせえなぁ、カロン。何度目だよ」
カロンと呼ばれた男のぼやきに、パーティーメンバーの重騎士が反応する。
戦士のカロンをリーダーに据えた、初級上がりのパーティー【四つ葉の誓い】。彼らは同じ村出身の4人編成パーティーであり、その一人である重騎士ハインズが横で気怠そうに長柄の斧を肩に抱え直している。その他の二人、盗賊のレグは近くの木の柵に乗り警戒中、魔術師ラーナは眠いのか立ったまま身体を振り子のように左右にユラユラ揺らしていた。
「いや恨み言も言いたくなるだろ。決勝をこの目で見れたかもしれないんだぞ?」
「はっ! 運よく闘技場の警備になれたとしても、俺らみたいなのが中に回されるわけねぇだろ」
「……虚しくなるから皆まで言うなよ」
正論で言い包められてしまったが、無論カロンとて分かっている。
チケットを取れずトボトボ歩いていた彼らに掛けられた声。それは、ギルドからの【戦士の狂宴】中の警備依頼であった。配備場所によってはタダ見できるかもしれない、という誘い文句に釣られた彼らは、これにホイホイと乗った。だがそんな甘いことはなく、結局割り当てられたのは街の外れだったという訳だ。
それでも短期間の稼ぎとしては、全く悪くない。
さらにお祭り期間中の揉め事と言えば、精々酔っぱらい同士の喧嘩か、たまに不慣れな旅行者から道を尋ねられる程度。背中に盾と剣を背負ったまま、こうして油を売ってる暇があるのも、この街が穏やかな証拠であった。
「まあ平和が一番だわな……ん?」
あくびをかまし振り向いた先、そこには何やら足取りが覚束無い町人の姿があった。
酔っぱらいにしてはこんな場所で見かけるのは不自然だ。まだ見た目も若そうな女性であり、俯いて足取りが拙いことを考えると、何かトラブルがあったのかもしれない。もらう金の仕事分くらいはするか、と重い腰を上げ声をかけようと動く。
「お嬢さん、どうかしましたか?」
「……っ! カロン避けろ!!」
「ウォオオオオオオオオオオオオアアアアアア……!!!」
「なっ……!?」
反射的に背の剣の柄に手を掛けるが、間に合わない。
俯いていた町人の女性が上げた顔、それはグロテスクに崩れており、有り体に言えばゾンビであった。街中に突如湧いたイレギュラー、そんな相手こそ彼らが力を振るうべき相手なのだが、すでに先手は取られてしまった。噛み付かれたりすると、複数の状態異常をもらう危険性がある。顔を引きつらせるカロンが後ろからの声に弾かれるようにのけ反ると、次の瞬間にはゾンビの頭にナイフが突き刺さっていた。
パーティーの目の役割を担うのは、盗賊レグ。
以前お粗末な警戒でパーティーを危機にさらしてしまった彼は、今回こそはと気持ちを切らしていなかった。盗賊の探知スキル『シックス・センス』と投擲スキル『ピアース・ダガー』による、反射的な迎撃。パーティーの戦術として組み込まれていたカウンターアタックは、見事にカロンの窮地を救った。
「むぅうううううううううん!!!」
そして、直後に振られるのは重い斧の一撃。
その見た目に不釣り合いな身のこなしを以って、重騎士ハインズがとどめの一撃を放つ。彼もカロンと同じ戦士だが、騎士に憧れた彼は好んで全身鎧を身に付けている。その甲斐もあってか、騎士がよく使う護衛スキル『クイックガード』を取得していた。これは足取りが重たい騎士が護衛対象に素早く近づくための移動兼護衛スキルであり、その加速を利用した速攻は彼の十八番であった。
「すまん! 助かった!」
「まだだ! おい、ラーナ起きろ!!」
「……ふぁい!?」
剣を抜き放ったカロンが辺りを警戒する。
「どうなってんだこりゃ……!?」
人通りもなく静かだった街の外れは、今や大渋滞。地面から大量に這い出すのは、先ほどと同じゾンビ。別方向からも警戒の声や競り合いの音が急に聞こえるようになる。それは明らかな異常であり、【戦士の狂宴】に沸く街に重大な危機が迫っている証であった。
*
舞台は、再び闘技場。
「あれ? うーん、反応としてはいまいちだなぁ」
死霊術師ハイロが芝居がかった動作で首を傾げる。
決勝を終えたその舞台では、突如始まった乱入にざわめきだけが拡がりつつあった。何か余興の演出なのか、はたまた完全なイレギュラーなのか、そもそも何が起こっているか把握できない観客は身動きができない。そんな彼らを見渡し、ため息をつく。絶対王者であるクシャーナの死、そのショッキングな事実を呑み込むだけの猶予も実感もない中で、ただ虚無な空間が出来上がっていた。
「いつまでもお客様気分は良くないね。もうすでに、君達は舞台に上がった役者なのだから。――こうしたら、少しは危機感を持ってくれるかな?」
にこやかな顔で、何の躊躇いもなくその引き金を引く。
「「「う、わああああああああああああああああああああ!!?」」」
「落ち着いて! 押さないで!?」
観客の悲鳴を誘発したのは、地面から湧き出た無数のゾンビの群れ。
「あれ、意外だね。動かないんだ?」
「もうすでに、終わっている」
対面に見据える不動の"十拳"を、目を細めて挑発する。
観客を人質に取られれば、こちらの動きは大きく制限される。当然それは理解しており、対応パターンも念入りに打ち合わせ済みだ。闘技場内には、複数の近衛と冒険者が等間隔で配置に就いていた。だが流石に恐怖に駆られ我先に逃げようとする観客の誘導は容易ではない。であれば、一度その動きを無効化してやればいい。
端的に返答したスカルに応えたのが、魔術師二人。
「あなたの好きにはさせませんわ!」
「次、動いたら串刺しだからね~」
エミットの風魔法『アップ・ドラフト』が観客を宙に浮かばせる。闇属性のスキル『ポルターガイスト』と比べると緻密な操作はできないが、その分効果範囲は広い。そして憂いが無くなった地上では、ゾンビが飛び出た杭に磔にされていた。土魔法『ニードル・サウザンド』、セミテスタが放った範囲魔法は瞬時にゾンビの群れを無効化し、目の前のハイロに釘を刺すのも忘れない。
「……なら、種明かしの時間にでもしようか」
おお怖い、と肩を竦めながら話を変える。
"十拳"がハイロを牽制する中、観客の避難が迅速に行われる。闘技場の外周までエミットが押し上げ、その後は近衛や冒険者の指示で近い出口から脱出を図る。物理的に距離が離れたことで多少の安堵感もあったのだろう、近衛の結界にも守られながら少しずつ人が闘技場内から姿を消していく。無差別に襲える人質が減る中、ハイロに焦った様子はない。
「この闘技場の絡繰りを知っているかい? 血濡れた闘争が生んだ、無限遊戯の舞台。致命傷を負っても死ぬこともできず、永遠に戦いの連鎖から逃れることは叶わない。これを見世物にして、闘技場運営するなんて考えたよねぇ」
「戦いは人の歴史でもある。安全性はギルドと教会が確認済みだ」
ハイロのご高説を、スカルが言葉で斬り捨てる。
「そうだね、魔道具として昇華されたこれは実に見事だ。その動力に僕が気付かなければ、ね」
「それは…………まさか」
クシャーナの魂を右手で掲げたまま、今度は左手をも突き出す。
そのハイロの左手には、掌に収まるサイズの赤黒い宝玉が乗っている。スカルの眼が正解を導き出す中、愉悦を堪え切れないとばかりにハイロの高笑いが響く。
「そう、これは『隠世の器』さ! 僕達みたいなのが手に入れるためには、ダンジョンボスを倒すしかなくてね。ただその苦労は報われたんだよ。闘技場の動力たる『数多の死霊の怨念』を吸収することによってね!!」
「そんな……!!」
ハイロの種明かしが、全ての行動の謎を繋げていく。
『隠世の器』は、数多の死霊を留めておける器である。それをギルドは死霊の兵隊を組織する手立てとして警戒していたが、問題は何処から調達するかだったのだ。闘技場という巨大な魔道具の機能を支えていた、数多の死霊の怨念。それが無くなってしまえば、闘技者の自動回復も無くなるのは道理。
「あとはタイミングだけだったんだよ。焦って早く展開して、気付かれるのも嫌だったからね。我ながら見事な切り替えだったと自画自賛したいところだけど……【瑠璃色蝶】には気付かれたみたいだね。もっとも、だからこそ彼女は今そこで死んでるんだけど」
「その口を閉じろ……っ!!」
激昂するストリックを、スカルがすんでのところで止める。
(……"鷹の目"が配置に付いている、堪えろ)
(……!!)
嘘か誠か、まだ真偽は定かではない。
それでもクシャーナの魂であろうものを人質にされれば、おいそれと動くことすらできない。もし狙うとするならば、気付かれないほどの速さと精度を誇る、無音の一撃必殺。その手札は、切られるその瞬間を今か今かと待ち構えていた。




