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93話:戦士の狂宴-決勝④

「……ーナ!! クシャーナ!!」


 猛烈な眠気の中、自身の内側から声がする。


 やめて、もう眠たいんだよ。私が朝弱いの知ってるでしょ。


「クシャーナ!! お願いっ、起きて!!」


 必死の懇願が、胸を打ち破りそうな勢いで張り上げられる。その声は恐らく涙ぐんでいるのだろうか、グズグズな感情を処理できないまま、ただ闇雲に発せられていた。流石にこれだけ何度も呼ばれれば、クシャーナとて鬼ではない。眠気という巨大で重い蓋を少しずらし、様子を窺う。


 そこには、クシャーナだけに見えるマリアの姿。


「…………マリア」


 一言、口にした。


「――っ! クシャーナ!!」


 先程までの悲痛な感情が、嘘のように喜びに変わる。それでも事態は思わしくないのか、再びその顔が曇る。いつもお姉さんぶってクシャーナを嗜めてばかりのマリアが見せる、ぐしゃぐしゃの泣き顔。やめて、そんな顔しないでよ。もう誰も不幸なんかじゃないんだから。もう救われたんだよ、私は。だから笑ってマリア。


 安心させようと、いつもの不敵な笑みを見せようとする。


 ――できなかった。身体が上手く動かず、代わりにこみ上げてきた血反吐を吐く。そこで初めて自分の状況が視界に入ってくる。蒼いドレスを赤に染め、剣を支えに片膝で俯いている。フラッシュバックするのは、ストリックに出し抜かれて致命傷をもらった光景。十字に斬られた胸は熱を持ち、痛みと共にクシャーナを焼いたが、その表面にはブヨブヨした水の塊が這っていた。


「これ……マリアが?」

「喋らなくていいから……! 今は回復に専念して……っ!」


 水魔法『スライム・マス』。


 魔力を流し込むことで持続的に傷を癒す、水の回復魔法である。実体を持たないマリアが魔法を行使できたことにも驚いたが、状況は更に複雑らしい。少し持ち直したクシャーナが顔を上げると、周りには水流がドーム状に渦巻いていた。水魔法『アクア・シェル』、こちらも魔力を流し続けることで存在し続ける、無形の防御結界であった。


(身体が重い……そっか、これ私の魔力で……)


 恐らく意識を飛ばしたクシャーナは、マリアの一時的な操作によってここに立て籠もったのだろう。使える魔力は当然クシャーナのもので、意識を回復する前から使用されていたそれにより、彼女の魔力残量は危険水域にあった。【占星術師】であるクシャーナの魔力量は魔術師には劣るが、下手な戦闘職よりもよっぽど多い。それ故に魔術師とも互角に魔法の打ち合いができたのだが、流石に二つの魔法に継続的に搾り取られれば、長くは続かない。


「こっちはもういいや……どのぐらい経った?」

「そんなには…………数分程度だと思う」


 『スライム・マス』による治療を切り上げ、再起を図る。


 本当は完治するまで続けたいところだが、これ以上やると戦えなくなってしまう。ギリギリ薄皮一枚まで回復に漕ぎ着け、止血を終える。数分とはいえ、無意識下での全力の魔力放出の代償は重く、身体は依然鉛のように重い。すぐにでも『アクア・シェル』も解きたいが、外のストリックがただ黙って待っている訳もない。何かしら対策なり、反撃の道筋をつけないとせっかく引き籠った意味がない。


「…………もう、大丈夫そうね」

「え、これからだよ。何言って――――マリア?」


 反射的に顔を上げた先、そこにマリアの姿はなかった。


 無茶をさせた自覚はある。きっとマリアがいなければ、あの時点で勝敗は決していただろう。それでもこの仕合を勝ちきるためには、マリアの力は欠かせない。二人で顔を上げて、前を向いて、これからなのにどうしてそんな。そんな不可解な視線を向けた先は、今もクシャーナを支え続けている呪剣『トリステスアイル』。儀式用に洗練されたその美しい剣は、いまや半ばから折れ、蒼い輝きを失っていた。


 言葉にできない動揺が、再びクシャーナを襲う。


 クシャーナをすんでのところで仕留めきれなかったストリックだったが、逃げられると見るや武器破壊という名の爪痕をしっかり残していたのだ。そんな動揺が魔力に揺らぎを生じさせ、『アクア・シェル』が崩れつつある。茫然と見上げた視線の先、そこには澄んだ青空が日差しと共に差し込んでいた。



 *



 【占星術師】のスキルを見破ったストリックの、一世一代の大博打。


 クシャーナの実力を知る彼女は、それでも勝率は五分と見ていた。それすらも逆手に取られ、空振りで終わっているのは自分かもしれない。だがクシャーナには、そこだけは決して疑うことはできなかった。暗闇の中で、ただ一つだけ頼れた道標。呪具を収集していた教団から逃れた際も、彼女は無意識にだが正確に、最短距離で街を目指していた。


 指向性を操るスキル『コンパス』。


 それは時に道標としてクシャーナの杖代わりとなり、彼女を支え続けた。今回利用されてしまった『マーカー』についても、日常生活すら覚束無かったクシャーナを救った。そして冒険者として羽ばたくために、何よりも頼れたのは『オラクル』。敵の脅威や知覚できない攻撃の事前察知。剣士としては才のないクシャーナを引き上げたのも、このスキルである。


 彼女は否定された自身の才だけで、しっかりと立ち上がることができたのだ。


 そこから師に恵まれ、先生と呼べる人に出会い、家族に囲まれて成長していった。壮絶な半生とは決別し、笑顔を取り戻したクシャーナは、気付けば冒険者最強の座に就いていた。だからこそ、彼女は失うことを何よりも恐れる。冒険者は誰しも自由で、例え短命だろうがそれは覚悟の上だ。だが自分が付き合わせて起きた事案であれば、クシャーナは絶対に許容できない。


『――苦しくてどうしようもなくなった時は、空を見上げな』


 縋るものを求めた末に頭に響いたのは、師からの選別の言葉。


『星はいつでも――あんたを見守ってる』


 星は、昼夜問わずそこにある。


 だが日差しの高い昼時には、人はその存在を視認することはできない。それはクシャーナとて例外ではなく、彼女を包み込む星空は身を潜めたままだった。やや項垂れるように視線を下げたクシャーナの視界、呪具越しではあるが、そこには何か光っては散る火花のようなものがあった。周囲を360度囲むそれは熱気を含んでおり、そのどれもが声を発していた。


 意味として頭に入ってこない情報を、少しずつ溶かしていく。


 多少呪具を操作する余裕ができたのか、はたまたただの好奇心か、呪具『絶望の断罪マスク』の効果を固有スキルで調整し、視力を回復させていく。眩しさに顔を歪めながら、情報を視界から拾っていく。そこにいたのは、闘技場に集った観客達。誰もが総立ちで声を枯らしながら、それでも叫んでいる。


「はは…………」


 そのどれもが、クシャーナに向けられた声援であった。


 ストリックの執念が実るを期待していた観客は多いだろう。だが、いざ片方が絶体絶命のピンチに陥ると、人はそちらの復活を願ってしまうものなのだ。それが絶対王者というカリスマであればなおさら。『だから、私が見つけに行くんだ。見てる人もいるよって』――思い出したのは、呪具への想いを語った自分の言葉。それはそっくりそのまま、自分自身に向けられていたものだと知った。


「みんな…………私を見てる。…………見つけてくれたんだね」


 透明な、純粋な雫が頬を伝った。


 それは、所要時間にして僅か数秒の出来事。ここは戦士の最高峰を決める舞台であり、当然まだ幕は下りていない。澄み切った青空にチカッと点滅したのは、黒の星。それは無数の影の槍となり、クシャーナの真上に降り注いだ。闇魔法『シャドウ・レイン』、虎視眈々と機会を窺っていたストリックの設置スキルである。回復を終えた彼女は瞬時に罠を張り巡らさせ、クシャーナを待ち構えていた。


「きれい…………」


 呟いたのは誰だったか。


 闇の雨が降り注ぐ中、そこにはまるで無邪気な子供のように舞う、クシャーナの姿があった。星の導きが足を進める位置を照らし出す。障害は『シャドウ・レイン』だけではなく、毒や麻痺などの罠が所狭しと敷き詰められていた。それでもクシャーナの歩みは、舞は止まらない。手に持つのは半ばから折れた呪剣『トリステスアイル』。その剣の先からは水の刀身が生み出され、あらゆる形状に形を変えながら、障害を無効化していく。


 地雷原で踊る少女は、誰よりも美しかった。


 一種のトリップ状態、覚醒した【占星術師】のスキルは一瞬の閃きを全て拾い上げ、不可能を可能にする未来のルートを啓示する。人智を超越した星の軌跡は何者にも捉えれず、その刃は確実にストリックに迫っていた。真面に付き合う必要はない――理性が制止を叫ぶ中、凶悪な笑みを浮かべたストリックは、咆哮と共に刃で迎え撃った。


「クシャーナぁあああああああああああああ!!!!!」


 一切の出し惜しみなし。


 目ぼしい攻撃用のスキルを全て『開放』し、力で勝利を手繰り寄せんと迫る。【占星術師】のスキルを把握したストリックにすら盗むことも、辿り着くこともできない境地に至ったクシャーナ。そんな相手の覚醒を誰よりも歓迎していたのは、他ならぬ彼女だったのかもしれない。全てを出し切って、勝つ。そのために私は――――っ!!!



「――――――『星の瞬き』」



 星が、煌めいた。


 刹那の輝きはストリックの身体を空高く跳ね飛ばし、一瞬の邂逅の決着を告げた。無数の傷がその身を刻み、空中で血を吐く。受け身すらままならない彼女は頭から不時着し、盛大な砂埃を撒き散らすのだった。

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