92話:戦士の狂宴-決勝③
ずっと疑問だった。
それは、クシャーナの強さの秘密。
ストリックはよく戦いの天才だと持て囃されたが、自身がそうでないことは自分が一番よく分かっていた。彼女は言うならば秀才タイプ、予習復習を十二分に行い、蓄えた豊富な知識と経験で常に最善手を付きつけて勝利を収めてきた。そんな彼女だから思う、天才とは――クシャーナのような人のことだと。
様々なスタイルの冒険者がいる中で、クシャーナは誰よりも特殊だった。
風魔法を操り前線で戦う魔術師、2枚の大盾を持ちパーティーの防御を一手に担う戦士。大剣を担ぎ一撃で相手を仕留める、機動力無視の剣士。よくある職業のお手本からは外れながらも、独自の個性を持つ冒険者もいた。だが装備や動きからその特性を瞬時に把握できたストリックは、対人戦は無敗を貫いてきた。
そんな彼女の前に立ちはだかったのは、ふざけた格好をした剣士。
社交界から逃げ出してきたような蒼の薄手のドレスを纏い、奇天烈なマスクを付けた変人。手に持つ細く綺麗な剣はまるで儀式用に整えられたようで、とてもモンスター相手に振るえるものだと思えない。そして周りには、彼女の美貌や一種のカリスマ性に釣られて群がる、男性冒険者達。冒険者の生き方を冒涜する、場違いな存在。彼女にとって、クシャーナの第一印象はそれほど最悪だった。
しかし、そんな印象は直ぐに覆されることとなった。
大の男が逃げ惑う巨大なモンスターを相手に一歩も引くこともなく、軽やかに剣を煌めかす。それは無謀な勇気ではなく、実力を伴った勇猛。恥ずかしい話、ストリックはその時からクシャーナの動きに魅せられていたのだ。誰かに憧れるという、今まで持ちえなかった感情。素直じゃない彼女は何かと突っかかりながらも、クシャーナの後を追った。
そしてもたらされた、彼女の固有スキルと呪具の関係性。
優等生なストリックには到底思いつけない、特異な組み合わせ。そもそも人の固有スキルの把握など無理な話なのだが、彼女は大いに喜んだ。今まで雲に手を伸ばすが如く、全く掴めなかったクシャーナの強さの一端を見たのだから。だがそこからは、再び圧倒される日々が続いた。知れば知るほど穴がなく、【戦士の狂宴】では更なる手札をも披露して見せた。それでも、追うのを諦める理由にはならなかった。
憧れを横に置き、倒すべき相手と見据えると、彼女は分析を始めた。
対戦経験を踏まえると、戦闘スタイルなどの情報はどの冒険者よりも持っている。さらにそこに追加するのは、固有スキル:『呪物操作』と呪具の新情報。ダンジョンで見せた一連の動きは非常に洗練されており、高いレベルで昇華されていることが分かった。全ての呪具の存在を把握している訳もなく、一つ一つの対策には流石に無理がある。
その対策を、呪具という一括りで形にしたのがオルゲート。
彼はストリックよりも早く自力で呪具の存在に気づき、呪具の効果を全て呑み込む新装備まで揃えてみせた。その分析と努力は実り、クシャーナをあと一歩まで追い詰めたが、結局新たな力を解放した彼女に敗れた。彼女にとってもリスクのある手札と思われたが、それはさらにストリックを悩ます要因となった。
その中で感じた違和感と焦燥感。
焦りを解消する手立てもない中、彼女が足を伸ばしたのは図書館。すでに決勝を控えた身でありながら、未だにクシャーナの攻略法を見出せない中での悪あがき。再び原点に返ろうと何気なく手に取った『全職業一覧』。パラパラとめくりながら、ふとクシャーナとのやり取りを思い出す。
『…………私、奴隷だったんだよね』
思い出した瞬間、ストリックの身に衝撃が走った。
何故今まで見逃していたのか。忘れていた訳ではなかったというのに。ページをめくる手が速まり、呼吸も荒くなる。そう、クシャーナは奴隷だった。理由は、冒険者に向く職業ではなかったから。剣術を高いレベルで操り、魔術師顔負けの魔法も操る万能型。その事実が否応にも目に入ってきたから。誰しもが気付かなかった盲点、――だがストリックは既に知っていた。それでいて気付かなかった理由。
それは、ひとえにクシャーナが戦えすぎていたからだ。
非戦闘職が戦闘職に勝てないのは、世界の理だ。人の常識、道理を真っ向から否定するイレギュラーな存在。冒険者に向かない職業を前提にするのならば、当然彼女が剣士であるはずがない。思えば剣士のスキルでは説明のつかない挙動はいくらでもあった。
それを覆い隠したのは、彼女のカリスマ性と呪具という特異性。
知識と経験で相手を手玉に取るストリックにとって、異職業のスキルで剣士を模したクシャーナは、まさに天敵。固有スキルと呪具による戦術が彼女を覆う鎧とするならば、彼女の根幹は秘匿していた天職のほうだったのだ。
ページをめくる手が止まらない。
まず戦闘職は除外だ。すでにストリックの目は非戦闘職の項目に注がれており、真相に迫ろうとしていた。他の誰にも分からなくとも、ストリックになら分かる。誰よりも直接対決を行い、奴隷であった過去をも知った自分ならば。今にしてそれが、どれだけクシャーナがこちらに心を許してくれた証だったかを知る。本を握る手に力がこもるが、それでも一心不乱にページをめくる。
そして、ストリックは一つの結論を見出した。
クシャーナ=カナケーは、――――【占星術師】である。
*
【占星術師】、ざっくばらんに言うと占い師である。
星の導きで人や道を占う職業で、まごうことなき非戦闘職であった。
非戦闘職と言っても、内訳は様々だ。【村人】や【鍛冶師】を生産職とするならば、【占星術師】は文化職。ヤムの天職である【踊り子】もその毛色はあるが、スキルは戦闘向きのものも多く、彼らは戦闘職における支援職として認識されていた。文化職とは、人の生命活動には直接的に必須ではない、人間が人間たる文化が結集して生み出された職業である。それは天職でなくとも行えるものであり、趣味交じりな人々に埋もれがちな職でもあった。
それ故見逃され、軽視され続けた存在。
そんな天職を持ち奴隷にまで身を落とした一人の少女が、今確かに冒険者の頂点にいる。誰よりも彼女をリスペクトする一人の友は、明かしてくれた秘密を武器に変え、その刃を振り切った。スカルばりの見切りを備えていたクシャーナを欺いたその術は、盗賊の強奪スキル『イービルコピー』。それを彼女はクシャーナの持つ、【占星術師】のスキル『マーカー』に使用していた。
【占星術師】のスキルは、言うまでもなく直接的な攻撃力はない。
そのうちの一つ、『マーカー』は対象を捕捉するスキル。対象に定めた人や物、地点に彼女だけが分かる目印をつけるものだ。本当にただそれだけなのだが、クシャーナはこれで霧の中でも相手を正確に捕捉できたし、分身と本体の見分けにも効力を発揮した。それが、彼女が変幻自在なストリックの身代わりスキル『ドッペルゲンガー』を見破れた理由。
では何故、今までそれができなかったのか。
その原因は、『イービルコピー』の仕様にある。一見万能に見えるそれには、クリアすべき前提条件があった。まず、使用するには最低限そのスキルを知っておく必要がある。さらにそうと認識できなければ、いくら目の前で使われても条件を満たさない。クシャーナの徹底した情報の秘匿が、その隙を与えなかったのである。
しかし、今回は違う。
ストリックは他ならぬクシャーナ本人からの情報を元に、彼女が【占星術師】であることを看破した。職業が分かれば、当然使用されるスキルも目星が付く。また発動タイミングまでは把握できなくても、必ず身代わりスキルを持つストリックには使ってくる。後は『全職業一覧』で調べた知識が、ストリックにその行使を許した。
極めつけは固有スキル:『天元技宝』による『開放』。
それにより可能となったのは、他者が付与した『マーカー』の改ざん。こうして分身の弾切れと誤認させたストリックの誘いに乗ってしまい、クシャーナは致命傷を浴びた。指向性を操るスキル『コンパス』、危機察知という未来予知『オラクル』、そして対象捕捉の『マーカー』。一つ一つは取るに足らない、非戦闘職【占星術師】のスキル。
それを誰よりも認めた者だけが届く、冒険者序列1位の座。
「私はお前を喰らう――、どんな手を使ってもだ」
頬に流れたのは血か、別の何かか。
その事実を知る者は、黙して語ることはない。




