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89話:十拳十色④

 打ち合いを経て理解を深め合った、"十拳"の二人。


 その二人は今、正座で怒られていた。


「あなたは今、自分がどういう状況か理解しているのですか!?」

「面目ない……」


 闘技場の真ん中で首を垂れるのはハクマ。


 その大きな身体を小さくし、心底申し訳なさそうにしている。その彼の前に立つのは、お目付け役の近衛シスターである。名はメルクゥ、まだ若いながら実力と統率能力を買われており、サラの代わりに近衛の取りまとめを行うこともある女性だ。


「ぷぷ、怒られてる」

「クシャーナ! 焚きつけたのはどうせあなたでしょう!!」

「あ、やべ」


 ハクマの横で同じく座らされているクシャーナにも、容赦しない。


 彼女はクシャーナとも面識があり、クレオ共々交流を深めた過去がある。サラと同じく生真面目で優秀であり、綺麗に整えられたボブカットは彼女の性格の一端を現していた。優等生なクレオと問題児のクシャーナ、何時しかメルクゥの話はその世話時代まで遡り、小言は増す一方だった。


「いや、首輪のことも分かってたし、メル姉は心配し過ぎだって」

「あなたが無頓着すぎるんです、クシャーナ!」

「メルクゥ殿、どうかその辺で……」

「私はっ! あなたが心配なんです……っ!!」

「…………おや?」


 手を伸ばしたハクマを拒絶し、距離を取るメルクゥ。


 その瞳には薄ら涙が浮かんでおり、並々ならぬ想いが見て取れた。その様子にティンと来たクシャーナは正座仲間のハクマに何やら耳打ちを行う。その顔は悪いことを思いついた時のそれだったが、メルクゥと同じく糞生真面目なハクマは真剣に頷きながら、やがてゆっくりと立ち上がった。


「メルクゥ殿……」

「ち、近寄らないでください!!」

「いいえ、それはできません」

「いいからこっち来ないで……っ!?」


 涙を隠そうとしたメルクゥを、ハクマがやや力任せに抱きしめる。


 その後ろでは悪知恵を仕込んだクシャーナが何やら囃し立てていたが、その声は最早メルクゥには届かない。最初はただの世話係だったのだろう。だがハクマの紳士的な人となりに触れるにつれ、恋慕が芽生えていった。生者と死者という決定的な違いはあれど、同じ人同士だ。そして、ハクマの首輪とメルクゥの繋がりが、その関係性を物語っていた。


「この首輪に誓い、私はあなたを守ると誓います」

「そんな……ずるいです」


 二人だけの世界にどっぷり嵌まるハクマ達。


 上手いこと説教を終わらせたクシャーナは、サッサと離脱しようと徐に立ち上がる。ハクマとの打ち合いに熱中していたからか、すでに時は昼前であり、身体が栄養を欲している。エミットの邸宅に戻ってもいいが、朝に覗いた露店街に顔を出すのはどうだろう。人がいるとやっぱり騒ぎになっちゃうかなーと、あれこれ考えるクシャーナだったが、その前に複数の人影が視界に入ってくる。


「む、何やら騒がしいと思えば……お前達か」

「あー! なんか楽しそうなことしてるー!」


 顔を出したのは、同じ"十拳"に連なる面々。


 オルゲートの脇からぴょこっとヤムが顔を出し、なんだなんだとリュウレイやテレサも続く。その後ろにはすっかり保護者役となったスカルの姿もある。昨日の打ち合いが思いのほか濃い内容になったからか、道中話を聞きつけたヤムも連れ添い、彼らは今日も闘技場に姿を見せていた。


 そんな彼らも巻き込み、中日二日目はちょっとしたお祭りとなるのであった。



 *



 心地よい打ち合いの音と、適度な騒ぎ声。


 複数の露店街のお店も闘技場に乗り込み、少し緩い緊張感の中で開かれる突発的な催し。当然普通のお客さんの姿はなく、"十拳"の面々の他はシスターや警備に当たっていた冒険者などが空席を埋めている。お目当ては当然ながら、"十拳"同士の打ち合いである。


 じゃれ合いに見えて、その動きはやはり最高峰。


 スキルなどをほぼ禁止しているため派手さはないが、入れ代わり立ち代わりの打ち合い、前衛後衛に別れてのチーム戦、複数人でのサバイバルマッチなど、気の赴くままにやり合っている。その頃には残りの"十拳"も集い、決勝前の贅沢な前哨戦が繰り広げられることとなっていた。


 その中で人気なのが、ハクマとスカル。


 特にハクマは疲れ知らずの死人の特性を活かし、誰の挑戦でも快く受けていた。説得に失敗したメルクゥは教皇に縋りついたが、面白そうだからと逆に許可してしまう始末。今は既にいろいろ諦めたのか、隠しもせずにハクマを応援している。彼らにとっても、入れ替え戦や本戦で当たらなかった相手は多く、闘争心を燃やすには十分すぎる環境であった。


 少し疲れれば観客席に引っ込み、露店の料理に舌鼓を打つ。


 物怖じしない冒険者が助言を求めれば、それに応える場面もあった。そんな交流会の引き金となったクシャーナは、観客席に座るストリックの横でいじけるように身体を丸めていた。お腹を満たした後、期せずして始まった祭りに参戦しようと意気込むも、エミットを筆頭に「本戦を控えている奴は大人しくしていろ」と追い出されてしまったのである。


「こんなの生殺しじゃん~……」

「見てるだけでも結構楽しいがな。ほれ、動きの癖読むなら今の内だぞ」

「はぁー……そういうのじゃないんだよ、もう。ストさんは分かってないなぁ」

「うっせーよ」


 まあ悪い気はしないけどね、とポツリと呟く。


 本来、戦いにおいて相手は倒すべき敵でしかなく、そこに情は存在しない。だがここには戦いを楽しむ余裕がある。同じ頂きを目指す者同士、不思議な一体感を感じるこの光景が眩しくもある。もちろん一度仕合が始まれば、馴れ合いは不要。要はケースバイケース、楽しめる時に楽しめないのは損なのだ。


「あ……やっぱ損な気がしてきた」

「その熱は決勝まで取っとけよ」


 闘技場を俯瞰したまま、ストリックが言い放つ。


「お、宣戦布告ってやつ?」

「何とでも。今回は負ける気はないぜ」

「ふふ、そうこなくっちゃ」


 思えば奇妙な縁だ。


 彼らを繋いだのもまた戦いだが、そこに恨みつらみはない。冒険者最強の座、その栄光を追い求め集った強者だけが見れる世界。その世界を、二人は誰よりも共有している。ストリックは認めないだろうが、その関係性はきっと戦友と呼べるものだから。


「全力でやろうね」


 無言で鼻を鳴らしたストリックを横目に、クシャーナは笑みを浮かべるのだった。

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