86話:十拳十色①
準決勝の激闘から一夜明け、再び中日へと入った。
残すは決勝のみとなり、"十拳"の面々の過ごし方も変わってきている。
前回の中日と異なるのは、誰もダンジョンには潜っていないこと。【潜むもの】の襲撃を警戒してのことか、各自近場で過ごすようにギルドに要請されていた。オルゲートやリュウレイなどは街の見回りを提案したが、別の騒動に発展する恐れがあるとして却下。今は闘技場内の室内施設で両者打ち合い、汗を流している。
その模擬戦闘を見守るのは、テレサとスカル。
スカルは壁際で直立で腕を組み、静かに見つめている。スカルに付いて来たテレサは、若干暇そうに横でしゃがみこみ、間延びした声を掛けていた。
「ほれほれ! 受けてばかりでは何もできんぞ!」
「くっ…………!」
「おじさん、がんばれー」
リュウレイは入れ替え戦において、一度はオルゲートを破っている。
しかし今の彼は防戦一方であり、オルゲートの間合いの内に踏み込めていなかった。彼らの持つ武器は刃が潰された訓練用のものだが、真面に受ければ打撲ではすまない。兄弟子には冷たいテレサだが、負傷時のケアを自ら買って出るなど、シスターとしての姿勢も垣間見えていた。
「え、打ちのめされた兄弟子の治療とか、最高に面白いじゃないですか」
「すまん、余計なことを聞いた」
飾らない彼女は、横のスカルを見上げあっけらかんと答える。
リュウレイを迷わすのは、対ストリック戦での敗北。自信に満ち溢れた剣技は鳴りを潜め、その剣筋にも陰りが見える。素人目に見れば彼の動きは何も変わっていないように見えるが、達人同士の打ち合いにおいては、一瞬の迷いが致命的となる。さらに一度対戦経験のある相手ともあれば、百戦錬磨のオルゲートなら対応もしてくる。結果生まれているのが、今の構図という訳だ。
「これ以上……っ!」
「……ふん、青いな」
己の間合いに持ち込めない焦りか、オルゲートの大振りな斬り払いを掻い潜り、半ば強引な接近を試みるリュウレイ。その時点で、見守るスカルから僅かなため息が零れるが、必死な彼は気付かない。頭のすぐ上を最重量を誇る斧が掠める中、自身の必殺の間合いへと足を伸ばす。しかし、眼前に迫ったのはオルゲートの右拳。重厚な籠手を纏った彼の徒手空拳は、安易な防御や反撃も許さない。
誘い込まれていた――、そう悟ってももう遅い。
「ぐっ…………!!」
「ここまで、だな」
間一髪、剣の腹でガードをしたまではいいが、流石にオルゲートの怪力を完全にいなすことは難しい。結果、無様に尻餅を突き、見上げた先には斧の先端が突き付けられていた。ただの打ち合いとはいえ、スカルの前でこの一本の取られ方はあまりに情けない。テレサの煽りが聞こえないほど、思い詰めるリュウレイ。そんな若人の姿に思うところがあったのか、オルゲートがスカルのほうに目をやる。
「スカル殿、よければ手合わせいかがかな?」
「私がか? ――――いや」
「お爺様!!」「師匠!!」
武芸だけで見れば、間違いなく"十拳"の中でも最上位。
そんな二人の打ち合いなど、見たくないはずがない。キラキラした目で迫る弟子達の圧に負けたのか、若干の葛藤の後、スカルは静かに訓練用の剣を抜いた。一本取られた屈辱やお互いの仲の悪さなど忘れて正座するリュウレイとそれに倣うテレサの姿に、仮面の下で微かに息が漏れる。そんなスカルの様子を横目で見ていたオルゲートは、ニヤリとしてリュウレイに向き直る。
「悩むのも時には必要であろう。だが、憧憬を追いかけただひた走るのもまた――、若者の特権よ」
幾千もの戦闘を刻んできた、戦士の言葉。
何もリュウレイを買っているのはスカルだけではない。若さの迸りが、海千山千の強者が集まる"十拳"の階段を駆け上がってきたのだ。こんなところで終わる暇などない。斧を担ぎ背中で語るオルゲートは、新たな戦へと歩を進める。待ち受けるのは、最高の剣士。
名誉も褒賞もない、ただの手合わせ。
そんななんでもないひと時は、多くの意味と意義を見せつけ、静かに過ぎていくのだった。
*
舞台は変わり、こちらは図書館。
街一番の大きさを誇る図書館であり、魔術書から夕飯の献立まで、様々な書物が取り扱われていた。ここに時間を潰しに来たのは、エミットとセミテスタ。お目当てはやはりというべきか、魔術書やそれに付随する学術書などである。
「わお、珍しい」
「…………なんだよ」
そして、もう一人。
たまたまの出会いに目を丸くしているのはセミテスタ。そしてその目線の先には、何やら本を片手に立ち読みしているストリックの姿があった。知り合いに見つかることは想定外だったのか、ややばつが悪そうな顔をしてそっと本を棚に戻している。
「なになに、何読んでたの?」
「別になんでもねーよ」
「ふむふむ……『お手軽モンスター飯百選』『全職業一覧』『恋人と逝く魅惑のダンジョン』……ストリック、いい人でもできたの?」
「なんでその中でそれをチョイスしたんだよ」
雑多な本棚を前に、セミテスタが当たりを付けるもはずれ。
これだよ、と辞書のように分厚い『全職業一覧』を再び取り出し、セミテスタの頭を軽く叩く。受け取りズシリとした重さに驚きながら、ペラペラとめくってみる。そこには『職業適性診断』で発現する、全ての職業が網羅されていた。多少図解はあるものの、みっちりと情報が書き込まれたそれは、気軽に立ち読みするものでもなかった。
「へぇ、普段こういうので情報仕入れてるんだね」
「まあ……表に出てこないやつは特にな」
「ふーん……?」
どこか歯切れの悪いストリックに生返事を返す。
流石に全職業と謳っているだけあって、その情報量は大したものである。冒険者に向く戦闘職の解説本は多く見られるが、ここには取り扱い自体稀な非戦闘職のものまで羅列されている。少し誤解されがちなところはあるが、村人や商人であっても、それぞれの職業的スキルは持っている。農耕具の扱いに影響する『ツールマスタリー』や商品の目利きに影響する『アナリシス』などなど。
あくまで戦闘に向かないだけで、彼らもしっかりその道のプロなのだ。
そうした普段触れない異職業のスキル一覧などは、わざわざ調べないとそう拝めない。一人で旅をすることもある冒険者であれば、そうした面から時には頼り、時には自衛することも求められるだろう。法外な宿賃を要求されたり、素材を二束三文で買い叩かれるなど、それらは全て知識不足からくるものだからだ。
「……それで、そっちのお目当てはあったのか?」
「おっと、それはもちろん。これだよ~ジャジャーン!」
「『魔術界の奇才マホウ=メチャスキー提唱★失われた魔法に迫る新説』……またとんでもない色物探してきたな」
『全職業一覧』に負けず劣らずの分厚い本を、ズイッと差し出す。
ストリックも知るそれは、魔術師のごく一部界隈において、カルト的人気を誇る魔法学者が手掛けたものだ。現実主義な彼女が数ページでギブアップしたそれは、空想と妄想により飛躍したトンデモ理論から始まり、斜め方向に不時着することもままある、ある種の狂気を含んだ論文であった。
「あはは、ストリックはこういうの苦手そうだよね」
「苦手と言うか……苦痛だな。まるで読める気がしねぇ」
「私も別にまるまる信じるとかそんなことはないけど、自分にはない視点だからね。そういう解釈もあるんだって気付くだけでも、魔術師には堪らないものがあるんだよ」
「はーん、そんなもんか」
そんなもんだよ、とニカッと笑うセミテスタ。
その後合流したエミットがそれに目を輝かせるなど、ストリックがげんなりする場面もあったのだが、それはまた別の話。日々の忙しなさから隔離された空間は、彼らの日常にしっとりとした時間をもたらし、緩やかな時を刻むのであった。




