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85話:寄り道に繋がる道

 日が傾き夕暮れに差し掛かる中、よろよろと歩く影が一つ。


「酷い目にあった……」

『お疲れ、ネルチェ』

『はぁ、ポポロには後できつく言っておかないと』


 刀を杖代わりに歩くのは、死霊術師ネルチェ。


 彼女は今の今まで、通りすがりのストリック相手に死闘を繰り広げていた。もちろんそこは実力者同士、本当の命のやり取りにまでは発展しなかったが、さりとて決して気を抜けるものでもなく。慰めてくれるのは【剣聖】レギルスともう一人、【夜妃】アイネ。ポポロとアイネはネルチェと同郷であり、生前も仲良くしていた。今はネルチェが二人の魂を使役する形で、当てのない冒険者生活を送っている途中であった。


「ポポロはレギーを困らせたかっただけでょ、全く」

『いやぁ、私は楽しかったけどね。さすがスカルに勝っただけはある』

「それ本人の前で言ってみなさいよ……。もう一戦始まるわよ」

『はは、あの娘の前で、の間違いだろう?』


 彼女は決して、意図してストリックの前を通り過ぎた訳ではない。本当にたまたま発生した事故であり、それを思い付きで引き起こした当の本人は今この場にはいない。


『そのポポロは何故か意気投合して、一緒に行ってしまったし……』


 使役される彼らの拠り所は、ネルチェがもつロザリオである。


 違うパターンの戦闘手段が取れる強みを持つネルチェだが、やはりというべきか、実力は【剣聖】レギルスが抜きんでていた。出番を取られ常に頬をリスのように膨らませていたポポロにとって、ストリックは都合のいい捌け口だった。だがどういう訳か、鬱憤を晴らす機会をくれたポポロのことをストリックは気に入ってしまい、今はロザリオ片手に友好を深める小旅に出かけていた。


『私達は横の繋がりが希薄だったから、いい機会になったんじゃないかい?』

「それで毎回決闘を吹っ掛けられたら、堪ったものじゃないけどね」

『ふふ、それは言えてる』


 同じ死霊術師だから、というだけで呼び出された今回の案件。


 出無精な彼女が渋々付き合ったのは、騒動の原因が昔の顔馴染みだったからだ。死霊術師界隈は狭い世界である。だが同族だからと言って、べつに強い絆を持つ訳ではない。関与を疑われたままなのが癪だったということと、迷惑を掛けた代償に頬を引っ叩くという目的を持って、彼女はこの場にいるのだ。


「――――その目的は、ここで果たしておかないかい?」

「急に出てきて、人の心を読まないでくれる?」


 人通りが少なくなってきた夕暮れの道。


 そんなどこか寂しさも覚える時間帯に、気付けば真向いから男が寄ってきていた。最早確認するまでもない。ネルチェと同じような闇に紛れるローブに身を包んでいるのは、今回の騒動の元凶。【墓荒らし】と悪名高い死霊術師、ハイロ=ナインソウルであった。


「心なんて不確かなものじゃないさ。君は昔からよく顔に出るからね」

「……そう言えるのなんて、あんただけでしょうが」


 不愛想なネルチェの態度が、さらに硬くなる。


 今は亡き故郷、死霊術師の里で共に駆け回った思い出が蘇る。ネルチェ達とハイロの里は微妙に住む区域が異なっており、大人達の仲は悪かった。ただ子供達にそんな事情は関係なく、共通の遊び場にこっそり集まっては遊んだものだ。その中でリーダー格だったハイロの後を、ネルチェはよく付いて回っていた。


 気付けばネルチェと同じ進行方向に向き直り、並んで歩く。


「あんた、教会にもちょっかいかけたんですって? 本格的に生きる場所が限られてくるわよ」

「あはは、やっぱりばれてるか。きついお灸をすえられたよ」


 宗教的な理由から、教会は死者には排他的である。


 ネルチェが協力関係を築いているのはあくまでギルドであり、教会と接点を持つ時は彼女でさえ妙な緊張感を覚えていた。それが目の敵にされようものなら、おおよそ日の当たる場所での生活は難しい。そう忠告するも、ハイロは笑って誤魔化すだけだ。彼が今五体満足なのは、おそらく神器の存在があるからだ。


「教皇は理性的に線引きができる人みたいだからね。どこまでがダメかは把握したつもりだよ」

「……となると、教会からの支援は期待しないほうがいいわね」

「そうだね、静観してくれるならこちらもありがたい」


 教会は不可侵の領域である。


 例えば()()()()()()()など、タブーを犯した人間は、例え相手が野盗だろうが子供だろうが別の国の人間だろうが、教会は必ず追い詰めて報いを受けさせる。そういう意味では実に綱渡りな一連の襲撃であったのだが、彼らの本目的の前に線引きができたのは、一つの光明だったと言えよう。


「それで本題は?」

「やれやれ、君に隠し事はできないね。なに、簡単なことさ。君が前線に出ないこと。古い馴染みの相手との命のやり取りなんて、虚しいだけだろう?」

「……それは同感だけど、攻めてきてる方が言うことじゃないでしょ」

「それでも、だよ」

「………………」


 実に身勝手な、侵略者の世迷言。


 彼ら【潜むもの(ラークス)】の目的は未だ分からないが、ギルドや"十拳"との戦闘は避けられないだろう。そうなった時、ネルチェは何処にいるべきなのか。いや、すでにダンジョンボス部屋の中で刃は交えている。だからこその、前線に出るなとの警告。次に交わる時は、きっと明確な命のやり取りが待っている。


「私は…………」

「残念、時間切れだ」


 俯いていた顔を反射的に上げる。


 そこには夕日をバックに【潜むもの】に合流した、ハイロの姿がある。魔術師イルル、呪術師ミーコ、狂戦士ギルガメイジュ。神器を携えた危険度Sの一味は、最早国家間レベルの脅威である。つい手を伸ばしかけたネルチェだったが、すでに立場を違えたのだと気づき、そっと下ろす。今の彼には、別の戻る場所があると悟ってしまったから。もうこの手を振り上げ、腹いせに頬を引っ叩くこともできない。


「僕は、僕の好きなように生きるよ」


 その宣言を別れの言葉として。


 ハイロ達は、暗闇の中に消えていくのであった。

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