84話:戦士の狂宴-閑話⑪
待合室の一室で、のんびりとした会話が重ねられている。
「そろそろ来る頃かな?」
「あはは、もう乗り込んでくるのは確定なんだ」
「魔力感知に関しては、私に一日の長がありましてよ!」
声の主は、時の主役であるクシャーナ、ヤム、エミット。
待合室にある備え付けの長椅子に並んで腰かけ、束の間の雑談と洒落込んでいる。本日の最終仕合が終わり、見るほうも力が抜けて話も弾んでいるようだ。実に姦しい、ファンから見ればたまらないオフショットの一面であったが、閉ざされたこの空間では観客は限られている。
「……何故ここにいる」
その内の一人、現在のこの部屋の主であるスカルが声を発する。
ここは、スカル側の待合室。馴れ合いを好まない彼は、これまで仕合終了後の待合室にはほとんど姿を見せることはなく、訪れる者も少なかった。まるで居て当たり前のように、リュウレイとテレサはすでに潜り込んでいたが、その後から合流したクシャーナ達の存在は意外だったようだ。
「それはもちろん、お目付け役としての仕事だよ」
「ねー。せっかくいい仕合したんだもん」
「ええ、余計な盤外戦でケチを付けたくありませんわ」
クシャーナが口を開けば、残りの二人も相槌を打ちながら応える。
「私達の部屋に余計な人は入れたくないんですけどー」
「お前も部外者だろうが」
「ごめんね、テレサ。迷惑だった……?」
「ちがっ!? ヤムお姉様は別です……!!」
「はっは、好かれておるな」
現在ここに集う"十拳"は7名。
入り口のドアに近い位置で、壁にもたれ掛かっているのはオルゲート。若者達の会話に積極的に混ざることはないが、その光景を微笑ましく見守っている。ムッとしたり慌てて訂正したりと、忙しいのはテレサ。スカルに代わり何故かベッドを占領しており、うつ伏せで脚をバタバタしている。激戦を終えたばかりのスカルは座椅子に腰かけ、その後ろにはリュウレイが直立で付き従っていた。
「あ」
「おっ、来たかな?」
「多少距離はあるけど……ああ、もう乱暴な足音が聞こえてきたね」
雑談している中、エミットが何かに気づいた素振りを見せる。
続いてクシャーナも入り口に目線を向け、ヤムがニヤニヤした顔で含み笑いを浮かべている。それぞれ皆軽い口調ながら、ピリッとした空気が張り詰め共有される。テレサが面倒くさそうに枕に顔を埋め、リュウレイが手持ちの剣を腰の位置に上げる中、勢いよくドアが開かれる。
「ふざけんなよ、てめぇ!? なんで勝ったやつが降参してんだよっ!!!」
「……ごめ~ん、やっぱり止められなかったぁ」
「ふふ、セミちゃんお疲れ」
本日最速の勢いで乗り込んできたのはストリック。
無事オルゲートに捕まり、宙でバタバタする中、セミテスタが遅れてひょこっと顔を出す。彼女は準決勝仕合終了後、意識を失ったストリックへの説明係兼制止役を買って出たのだが、それはやはり不発に終わったようだった。
「ガキじゃあるまいし、騒ぐでないわ」
不本意な形で準決勝を勝ち進んだストリックの怒りは依然収まらず、最終的にオルゲートの拳骨で強制的に動きを止められるのだった。
*
準決勝、ストリック対スカルの一戦。
序盤に猛威を振るった闇属性スキル『ダーク・プラント』をスカルが突破し、仕合は中盤をすっ飛ばして終盤へと駆け込んでいった。固有スキル:『天元技法』を惜しみなく使い、スカルを押し込むほどの攻めを見せたストリック。それを最後まで凌ぎ切ったのは、己の得意属性である炎属性スキルをも解放したスカル。
最終盤の読みと気付きは、二人の中でしか共有されていない。
スカルの正体が『アンデッド』であると看破したストリックが次に取った手、それは弱点属性での反撃。盗賊のスキル『イービルコピー』で強奪していた、テレサの『刀剣術式』によるストリックの真後ろからの急襲。シスターと剣士という異職業の合わせ技、その属性は神聖魔法、つまりはアンデッドを浄化する光属性を纏っていた。
ストリックの猛攻により、機動力を削がれていたスカル。
さらにストリックに止めを刺すべく、詰めの一手に移行していた彼にとっては、不可避の一撃。結果、反撃と迎撃を同時にこなすという難題を強制され、それでも彼はやり切った。その成果は『ドッペルゲンガー』の『開放』分をも切り伏せ、ストリックに致命打を与えたこと。代償は、両腕の消失。
「剣士の魂である刀を握れなくなった。ならばこの勝負、勝敗は明らかだ」
虫の息だったストリックを差し置き、先に投了したスカル。
当然ストリックは食って掛かったが、「これは仕合であって死合ではない」と最後までスカルは譲らなかった。最終的に「ストさんは私との仕合から逃げるんだ」との別方向からの煽りが突き刺さり、ドアを壊す勢いで出て行ってしまった。慌ててセミテスタが追いかける中、待合室に残った面々は十二分に時間を置いてから、息を盛大に吐き出し脱力した。
「はぁ~~~……生きた心地しなかったよぉ」
「……同感ですわ」
「ストさんが本気だったら、ここにいるニ、三人は再起不能になってただろうね」
「それは盛りすぎ…………え、じゃないの?」
ピンと張り詰めていた空気が、ゆっくりと溶かされていく。
ヤムが隣のエミットに寄りかかり、そのまま雪崩のようにクシャーナまで波及する。ぼやくクシャーナに茶々を入れたテレサが場の沈黙に焦る中、リュウレイはただ揺れるドアを見つめていた。いざとなれば実力行使も辞さないであろうストリックを止めるために集ったクシャーナ達の役目は、無事果たすことなく終わったと言えよう。
「ふん、その血の気の多さは決勝に取っておけばよかろう」
目じりに皺を寄せ、どこか嬉しそうにオルゲートは零すのだった。
*
その頃、荒れる梟は当てもなく彷徨っていた。
「ストリック、待ってよぉ~~~……」
「くそっ、くそっ、くそっ……!!!」
彼女がどれだけ騒ごうが、もう結果は変わらない。
見逃されたという憤りがグルグルと身体の中を駆け巡るが、無理やりにでも前を向かなければいけない。無論彼女とて、そのことは分かっている。この子供のような癇癪を撒き散らす時間は、彼女なりの気持ちとの向き合い方であった。実のところ、セミテスタもストリックの心配はそこまでしていない。唯一懸念しているのは、すこぶる機嫌の悪い彼女による巻き込み事故。
『あっ、お情けで決勝に進んだ人だー』
「あ………………?」
「ちょおっ……!?」
荒れる野生動物の前に、愉快気に姿を現すものなどいない。
普通に考えればそうなのだが、その人物は無邪気な煽りと共にストリックの進行方向を横切る形で姿を見せた。刀を腰に携えた、魔術師のようなローブを纏った女性。言った本人が口を押え、何やら慌てた様子を見せているが、今のストリックは歩く爆薬庫である。元々煽り耐性も高くない彼女は、無言で武器を抜く。
「……ちょうど消化不良だったんだよ。お前が遊んでくれるんなら、いいぜ」
「は……? え、いや、ちがっ……!? これ私じゃなくて!!!」
『はっ! 【剣聖】を従えた私に、あんたみたいな雑魚が勝てるとでも?』
「黙りなさい、ポポロ!!!」
珍しく慌てた様子を見せる死霊術師、ネルチェを前に野性の殺意が迫る。
『あー……ネルチェ、もう遅いみたいだよ』
『あっはは! 鬱憤が溜まったなら体動かすのが一番でしょー!』
「わ、私は避難しとくねー……」
「な、なんで私が――――っ!?」
スカルと親交のある【剣聖】レギルス。
その魂を使役し『憑依』で剣の達人となるのは、死霊術師ネルチェ。彼女の使役する魂は【剣聖】【獣王】【夜妃】の三つ。その内の一人、【獣王】(自称)ポポロは好戦的なやんちゃ娘であった。何故か手持ちの魂に急に売られたネルチェは、困惑顔のまま剣を抜くのであった。




