79話:戦士の狂宴-閑話⑨
魔術師の星、堕つ――。
「悪くなかったと思うぜ」
そんな見出しをぼんやり考えていたエミットに掛けられた声。
声の主はストリック。彼女の悪くはない、は最大限の誉め言葉であり、エミットどころか一緒に待合室に駆けつけたヤムやセミテスタも目を丸くしている。彼女が評価したのは、魔法封じを掻い潜った機転とその方法である。
「どうも魔術師は自分の魔法だけで、全て済まそうとする節があったからな。これからは『魔術師の籠手』や『魔封石』を使った戦術も増えるだろ」
茶化すでもなく、坦々と話すストリック。
エミットは確かに負けた。だが今回示した新たな可能性は、今後の全ての魔術師に繋がっている。端的にストリックはそう評価したのだ。元々魔法封じという、魔術師の天敵たる技を持つ相手と、互角以上の闘いをしてみせた。これが評価されずにただ結果だけをみられるのであれば、どいつもこいつも見る目がない。だから、胸を張っておけ。
言葉の裏に本音を隠した、不器用な優しさ。
言いたいことを言ってスッキリしたのか、ストリックはエミットの返事も聞かず、ほどほどで去っていった。「素直じゃないよねー」とか「あれで一番心配してるんだよね」なんて言葉が飛び交うぐらいには、ばれていたのだが。或いはそうした声から逃げるための、照れ隠しもあったのかもしれない。
「そういやそれって、たぶん特注だよね?」
「あ、そうそう。中級魔法が入った『魔術師の籠手』なんて聞かないもんね!」
「え、ええ。これは…………」
ストリックとバトンタッチして、騒ぐのはやかましい二人。
『魔術師の籠手』はいまや魔術師ギルドや各学び舎に広く置かれているが、人工的に魔導回路を構築した、技術の粋を集めた魔道具である。それはたった一人の天才が生み出したものと言われており、現代の魔術師にも解析は困難とされている。それが初級だけでなく、中級魔法『ケラヴノス』も入っているとなれば、魔術師でなくとも喰いついてしまうという訳だ。
「もっと知りたい、知りたーい!」
「わっ、セミテスタの目がまじだ。腐っても魔術師だよねー」
「失礼な! 私はいつでもピチピチ新鮮な魔術師だよっ!!」
「あの、私仕合終わったばかりなのですけれど……」
ストリックがこれまで見越していたのであれば、大したものである。ストッパー役不在の中、魔術談義が加速する一室で感傷に浸る間もないまま、エミットの闘いはまだ続くのだった。
*
「……仕合よりも疲れましたわ」
結局エミットが解放されたのは、あれから小一時間後であった。
待合室の備え付けベッドにローブなどを身に付けたまま、身体を放り投げる。普段淑女たる行動を重んじるエミットならまずしないであろう、多少の果たしたなさも含んだ行動も、今は疲労と合わせて心地よささえ感じる。出し切って負けた、というある種の解放感も手伝っているのかもしれない。
あれほど騒がしかったのが嘘のように、今は静かだ。
『魔術師の籠手』の話題から派生して、仕合の振り返りも合わせてできたので、どこか心の整理もついている。終始不利を負わされた状況下での戦闘。それに合わせる答えは人ぞれぞれだろうが、大きくは間違えてなかったことに若干の安堵も覚える。こうして一歩引いた目線で見ることも、きっと大事なことなのだろう。
「新装備を持ち出したオルゲートと言い……私達はどこまでも試されてますのね」
それは遥か高みにいる、行ってしまったクシャーナへの吐露。
あなたの上に行きたかった。いや、もしかしたらただ横に並びたかっただけなのかもしれない。【戦士の狂宴】前に話してくれた呪具への想いも、中日を利用したお出かけも、全てがエミットの一部となりこの胸に宿っている。ただ隣に立つ――、それが一種の憧れや羨望を含んだ故の行動や感情だったのだと気付いた。そう、気付いてしまったのだ。
「私は……相応しくない……っ!!」
仰向けに見上げていた天井がぼやける。
みっともなく何度も手や腕で拭うが、目の前の歪んだ景色は一向に消えない。これは自分への失望だ。ストリックは魔術師の闘い方を変える一歩だったと、高く評価してくれた。セミテスタやヤムは無邪気に寄り添い、戦友としてありのままを受け入れてくれた。そんな肯定してくれた友人を否定するほど、愚かなことはない。だが、どうしても彼女は自分が許せなかった。
それは気高さ故か、あるいは幼さ故か。
心の整理を付けた後、それでもその隅に残っていた棘。それは仕合の終盤、雷魔法『スパーク・リング』でクシャーナを止めた後、次の行動に迷ってしまったことだ。クシャーナの速さに戸惑い、あの時点で――完全に置いて行かれた。それは決して、物理的な速さなどではない。今まで立っていたステージが根本的にずれた、違えたと認識してしまった瞬間。
彼女は羽ばたき、自分の羽は散った。
だから、結果はあの時あの瞬間、約束されたものでもあったのだ。最後まで同じスピードで、同じ速度の中で居られなかった。クシャーナをひとりぼっちにしてしまった。そのことが、悔しくて仕方なかった。何故だか思い出してしまうのは、クシャーナが呪具に対しての想いを吐露した言葉。
『だから、私が見つけに行くんだ。見てる人もいるよって』
彼女はただ、ひたすらに前を見ている。
過去を置き去りにし、さりとて否定することはなく。これまでの全てが彼女を強くし、それが彼女を形作っている。思えば、貴族然とした外から見えるエミットではなく、ありのままの自分を見て戦ってほしいという願い。それもどこかでクシャーナの生き方に憧れを抱いていたからかもしれない。
手を伸ばして掠めた蒼い蝶の行方を憂う雫は、暫く止むことはなかった。
*
あれから更に数十分、エミットはようやく重い腰を上げた。
流石に長く待合室を占拠してしまった。
本日はもう一つの準決勝が組まれている。長めのインターバルもすでに折り返しを過ぎている。ここにいる間、スタッフなどから声を掛けられることはなかったが、いい加減移動したほうがいいだろう。力の入らない足取りで重々しくドアを開けた先、そこには見慣れた人影があった。
「ニノ……」
「……ようやく出てきた。スタッフさん困ってたよ」
壁にもたれ掛かり、しゃがみ込んでいるニノ。
ぼやく妹のその姿に、急激に現実へと意識が引っ張られ戻ってくる。頬を膨らまし呆れ顔で迎える妹に手を合わせて謝り、やがて一緒に通路を歩く。言葉が出てこない。何を言っても言い訳になるし、茶々な言葉で誤魔化したくはない。エミットのそんな性格を、生き様を一番近くで見ていたのは他ならぬ実妹のニノだ。
「また上を目指せばいいじゃん。お姉ちゃんは最強なんだし」
「ニノ、あなた――」
軽い口調で笑い飛ばす。
それが出来てない、妹の震え声がエミットを揺さぶる。目の下は何度も擦った痕があり、姉妹二人揃って酷い顔だった。目と目があって、誤魔化せてないのがばれて必死に取り繕うと藻掻く。そんな妹の様子がまるで移し鏡のようで、やっぱり何も言えない。
「お姉ちゃんは最強だよ!! だって、魔術師の……私の星なんだからっ!!!」
ただの子供の癇癪だ。
冒険者となり世界に羽ばたいたエミットは、きっと成功者だろう。ただそんな彼女にもままならないことは山ほどあったし、世界はそれほど綺麗でも単純でもない。現実を見ろ、ほどほどに生きろ、そう論するのが大人の役目だろうか。やがて純粋な少女も、世界を知っていく。ならばいっそ、傷つく前に――。
「それは、できないわね」
「なんっ、お姉ちゃん――!?」
ニノの声が落胆の色に染まる。
そうだ、今ここではっきりさせよう。私はただの平民。クシャーナのようなカリスマも、過去を受け止めひっくるめて力に変える強さもない、ただの魔術師。いい機会だ、もう言ってしまえ。自暴自棄のような、不思議な感覚が沸き上がるとともに、言葉も自然と紡いで出る。
「今回はただ雲に隠れてしまっただけですわ。だから上には、空には常にいますの。何故なら私は――あなたの星ですもの」
感情がコントロールできる許容値を超えたのか、口を開いては閉じるニノ。
そんな彼女に茶目っ気を含んだウィンクを返すと、ようやく遊ばれていたことに気づいたらしい。若さを全て声量と怒りに変えて、隣の姉へとぶつける。でもそこには、笑い声も紛れていて。釣られて笑い、次に向けての意気込みと決意が高らかに宣言される。
「待ってなさい、クシャーナ! 私はしつこいですわよ!!」




