78話:戦士の狂宴-準決勝AB③
エミットの戦術はクシャーナの魔剣技により崩された。
それは間違いない。
だが隠し札を持っていたのは、クシャーナだけではなかったということだ。ほぼ零距離に近い位置で、まともに受けたカウンターアタック。それはクシャーナの脇腹に突き刺さった、数本の暗器のような針。盗賊顔負けの反撃の一手であったが、これももちろん魔法である。
土魔法『ハイド・スピナ』。
魔術師の暗器とも呼ばれる、近接専用の魔法である。この魔法の特徴は消費魔力が少なく、また溜めもほとんどないこと。発動したかすら分からないほどの静穏性も武器だ。魔法だけに詠唱も存在するが、『石より尖れ――』の短文詠唱のみと、取り回しと速射性に優れている。威力は盗賊の暗器同様、急所に当たらなければ大したダメージも出ない代物だが、使い時を考えれば十分に活きてくる。
エミットはこれを、右手の『魔術師の籠手』に取り付けた三つの『魔封石』からそれぞれ発動していた。これが全てクシャーナに突き立っていれば、すでに勝敗は決していたかもしれないが、真面に当たったのは一つ分の魔法だけであった。
『魔封石』は魔法を封じ込める特殊なドロップアイテムであり、主に魔法に疎い前衛職が保険に持つものである。それを魔術師が持つことの意義については議論の余地があるが、エミットは今回『魔術師の籠手』に頼ると決めた時に、一緒に持ち込んでいた。保険としての意味合いが強かったのだが、今回は正しく期待通りの働きをしたと言えよう。
この保険に頼る時。
それは相手に接近を許し、こちらの魔力切れが近い時である。
そんな時に発動する、クシャーナにとっては意識外からの攻撃。一部とはいえ、喰らってしまうのも無理はない。身体が一瞬痛みで強張ったのも束の間、すぐさま緊急離脱。折角詰めた距離を捨ててしまう選択ではあったが、今は追撃が怖い。その瞬時の判断により、クシャーナは安全圏へと離脱に成功。観客席からは、劣勢を跳ね返したエミットに向けられる喝采が鳴り止まない。
「しかし、エミットがあんな小技を使うなんてね……」
「流石のクシャーナも虚を突かれたようですね。エミットの執念を感じます」
「距離を再び引き離したのは大きいが……次の手には悩むやもしれんぞ?」
「おっとぉ!? ここで両者、急展開から再びの睨み合いかぁーーー!?」
しばしポカンとしていた実況、解説が慌てて仕合を追っていく。どうやらクシャーナは傷の回復を、エミットは魔力の回復を優先したようだ。
クシャーナの脇腹にはブヨブヨと空気中に浮かぶ、水の塊が纏わりついている。水魔法『スライム・マス』、持続的に魔力を流し傷を癒す魔法である。安全圏で足を止め、呪具により強化された魔法はクシャーナをたちまち全快へと癒す。対するエミットが発動する風魔法『マナキス・ブリーズ』は、外気に満ちた魔力の取り込み速度を一定時間速める魔法である。
両者落ち着き、結果振出しに戻る。
だがエミットを守る障壁が失われた今、分があるのはクシャーナのほうだろう。ただクシャーナもエミットの隠し札によって危うく落とされかけたのだ、慎重になるのも当然。そんな中、次に仕掛けたのはクシャーナ。切った手札は、中距離での魔法の打ち合い。脚を止め、呪具強化を施した『アクア・ランス』が幾重にも重なり射出される。
魔術師相手には無謀とも言える攻め手。
クシャーナにしては消極的な選択だが、対応するエミットにもそこまでの余裕はないようだった。エミットの選択は、火魔法『フレイム・ジャベリン』による撃ち落し。属性の不利を後出しで選択したのは、周りから見ると下策にも感じられる。結果、衝突する先からその場で相殺され、次々と淡い霧を生み出していく。
「雷魔法は……使いづらいのでしょうね」
「うーん、なんというかクシャーナの手が多すぎるんだよね。絡繰りが分からないことばかりで、多分エミットは今疑心暗鬼になってるんじゃないかな」
「一歩間違えて魔法をまともにもらえば、エミットとて苦しくなる。相反する属性での相殺は、ベストではないがベターと言ったところじゃろうな」
流石に解説に座る3人も実力者揃い。
エミットの心情を把握し、闘技者目線で一定の評価を口にしている。しかしここで問題なのが、属性の相性があるとはいえ、魔法が相殺されていることである。魔術師のレンジで押し切れず、ただ魔力を消費する展開はエミットには不利だ。何か切っ掛けを掴みたいが、剣士に自ら接近するのも本末転倒。そんな焦れる展開が少し続き、霧の密度がいよいよ深まった頃、再び仕合は急展開を迎える。
「あれ、もしかして……クシャーナいない?」
怪訝な顔のギルハートがポツリと零す。
それは外野から観戦していて、ようやく気付く程度の違和感。当然クシャーナとて、いつまでも魔法の相殺合戦をしている訳にもいかない。勝機と見たか、発動をずらした『アクア・ランス』で時間工作し、ひっそり霧に乗じて距離を詰めにかかったようだ。もしかすると、霧を生み出す水魔法『サイレン・ミスト』も併用していたのかもしれない。遅れて気付くのはエミット。『アクア・ランス』を相殺し、瞬時に索敵に入る。
しかし、クシャーナの機動は速く、そして無音に近い。
魔術師による索敵は土魔法『グランド・エコー』が一般的だが、これではとても拾えない。霧の中で前後不覚に陥る中、エミットの切り替えは早かった。索敵を諦め、迫りくるクシャーナの脚を止める方向にシフトする。発動したのは、雷魔法『スパーク・リング』。詠唱者を中心に展開したリングが、地面に並行して光速で拡がる。
「うっ……!!」
光速で放たれたリングに触れ、微かな呻き声が聞こえる。それは、すでにエミットの斜め後方まで近づいていたクシャーナの口から洩れた音。雷魔法『スパーク・リング』に攻撃性はなく、【麻痺】や【痺れ】での足止めが目的の魔法である。中心に近いほど【麻痺】にかかる可能性は高くなるのだが、今クシャーナがどちらにかかったかまでは分からない。
速く追撃をしなければ――。
「あ、迷った」
再び呟いたのはギルハートか。
杖を振りかざし、高速化する思考と共に態勢を変えたエミットだったが、――逡巡してしまった。それは時間にしてほんの一瞬、平時であれば何でもないただの一秒が、クシャーナに次なる反撃の一手を与えてしまう。霧を突き破りいくつも空に打ち上げられたのは、強大な質量を持った水の龍。空に頭を突き出した龍は、やがてカーブを描き下向きに咢を開き、怒涛の勢いで迫る。
「ここに来て『リヴァイアサン』!?」
「まさか……序盤から、回避しながら設置していた……?」
「やれやれ……どこまでも驚かせてくれるのう」
解説も最早呆れるしかない。
高速で迫る雷魔法を避けながら、果たしてこれほどの並行処理ができるものなのか。設置魔法は設置するタイミングで魔力が消費される。設置する隙をカバーすることはもちろん、発動タイミングを熟考するあまり機を逃すこともよくあり、魔術師にとっても扱いが難しい魔法である。そんな水の上級魔法『リヴァイアサン』を、クシャーナは無詠唱で設置していた。当然高速移動中の最中のため、呪具強化を施す時間はない。
「いいタイミングで止めてくれて助かったよ」
それでも、魔法発動のタイミングさえ合っていれば、呪具『チェインルートの指輪』による魔法強化は、効力を発揮する。奇しくも雷魔法『スパーク・リング』で強制的に動きを止められた時点で、『リヴァイアサン』発動のトリガーは引かれていたのである。呪具による移動阻害を同じタイミングに被せ、隙を最小限に収めたクシャーナ。当然エミットはそんなクシャーナへの追撃よりも、頭上に迫る水の龍をどうにかしないといけない。
エミットの選択は、土魔法『マッド・シールド』による全面防御。
大質量を誇る『リヴァイアサン』の操作は平時でも難しい。今はただでさえ、フィールドは霧に包まれ、エミットという標的を狙いづらいシチュエーションだ。そう彼女の選択は何も間違っていない。だが、指向性すら操るクシャーナは、的確にエミット目掛け大技を叩き込む。各方面から集った水の龍は再び一つになり、天地に迸る水柱となりエミットを呑み込む。
惜しむらくは、無詠唱だったことか。
綺麗に決まった大技であったが、高い魔力量を誇るエミットは辛うじて耐えていた。もちろん魔力量はギリギリまで削れ、次の行動も朧気であったが、それでもまだ終わらせない。そんな中、一本だけ逸れた『リヴァイアサン』の直撃を受けていたクシャーナは、まだ距離が離れている中、おもむろに剣を構える。
遠目に微かに光る剣の輝きが、エミットに更なる警戒信号を送る。
呪剣『トリステスアイル』を用いた魔剣技、『アクア・スラッシュ』。その狙いにすんでのところで気付いたエミットは、最後に隠していた手札をも使い、セミテスタばりの耐える姿勢を見せる。それは左手の『魔術師の籠手』に取り付けていた、残り三つの『魔封石』。中には全て『マッド・シールド』が仕込まれており、これと合わせればまだ凌げるはずだ。
そして、最後のなけなしの魔力を使い、一撃でカウンターを決める。
劣勢の中、それでも勝利への執念を燃やし、そこまで組み立てたエミットは素晴らしい。これほどの攻勢に出ればクシャーナとて消耗し、隙を晒してしまうだろう。だが、その決意の一撃は放たれることなく、この仕合の最期を迎えた。
「ふう……やっぱり近づかなくて正解だったかな」
ギリギリの攻防の中で、ようやく零れた言葉。
それはクシャーナによる、安堵の呟きだった。遠距離からエミットを真っ二つにしたのは、魔剣技『アクア・スラッシュ』。だがその属性は水ではなく――。属性を変異させる呪具『穢れし呪縛精霊の腕輪』。クシャーナの左腕に付けられたそれにより、最後の最後で属性の相性を味方につけたクシャーナは、風の斬撃で、エミットの多重防御を打ち破って見せたのだった。
「準決勝、勝者――クシャーナ=カナケー!!!!」




