76話:戦士の狂宴-準決勝AB①
本戦4日目、とうとう準決勝の闘いの火蓋が切って落とされた。
対魔術師不敗伝説を誇るのは、現序列1位のクシャーナ。
彼女の固有スキル『呪物操作』と二つの呪具が合わさり、最速の剣技となって襲い掛かる。『チェインルートの指輪』の効果『反転』による、驚異的な機動力の確保。そして、『清貧な賢者の首飾り』の効果『付与』による、魔法封じ。これによりクシャーナの魔法威力は地に落ち、エミットの身体能力は大幅に向上しているが、剣士と魔術師双方の職業的ミスマッチがその影響を感じさせない。
結果もたらされるのは、クシャーナの最速必勝の一撃。
以前は訳も分からぬまま沈んだエミットにとって、この大舞台での雪辱に駆ける想いは並々ならぬものがあった。だが魔法を封じられた魔術師に、一体何ができようか。魔法封じの絡繰りすら分からず、エミットの憤りは募るばかりであったが、対処法は意外なところからもたらされていた。
「ああーーっと!? クシャーナ選手の剣がっ! 止まっているぅうううう!!?」
「ほっほ、流石じゃな」
「魔法封じの絡繰りさえ分かってないのに……これどっちだろ?」
「魔法封じを破ったか、あるいはかかってなお掻い潜ったか……」
一撃の元に切り捨てるはずだった、上段からの重い振り下ろし。
それを防いだのは他でもない、エミットが展開した土魔法『マッド・シールド』であった。衝撃を真正面から受け亀裂が幾重にも走るが、それでもエミットは耐えていた。そして一時でも耐えれれば、今度はエミットの番である。シールドの内側から放たれるのは、基本五属性でも最速を誇る、雷の矛。
「――あっぶなっ!」
「これを避けられるのですから、溜まったものではありませんわね」
近距離、引き付けてからの反撃の雷槍。
雷魔法『ボルト・スピア』。水魔法『アクア・ランス』と同じ溜めが可能な魔法だが、こちらは数の集約や分散ができない代わりに、溜めた分射程と威力が向上するスキルである。今回はまず『マッド・シールド』で受けきることを前提に置いていたためか、『ボルト・スピア』という二の矢は有効打足りえなかったが、距離を戻すことには成功したようだ。
「さあ、ここでお互いしばしの睨み合いに突入か!?」
「双方にとって考えるべきことが多いね、これは……」
「ええ、いかに早く整理して戦い方を決めることができるのか……頭の中の攻防ですね。整理に時間がかかると難しいですよ」
解説が戦況を読む中、態勢を整える両者。
失意の敗戦をそれなりに長く引きずったエミットだが、対策は思うように進まなかった。魔法封じという大きすぎる効果を与えながら、クシャーナの動きに淀みはなかった。序盤早々に決着したことから、発動に時間がかかるものでもない。流石にノーリスクではないはずだが、そのリスクが顕在化する前に勝負を決められるのであれば、クシャーナサイドから見るともはや懸念材料にもならない。
(ニノに感謝すべきですわね……)
そんな中、エミットは妹への感謝の念を抱いていた。
魔道具『魔術師の籠手』。
両腕に装備した二対の籠手であり、これが今回エミットが対クシャーナ用に用意した秘密兵器。効果は『魔法詠唱の手助けをする』というもの。俗に言う、初心者のお助けアイテムであった。偶然ニノが家に投げ出していた籠手を目にしたのが始まりであり、この気付きがなければ、きっと今回も早々にクシャーナの剣の餌食となっていただろう。
今回エミットが注目したのは、この魔道具の機構そのものであった。
この魔道具は本来、詠唱が不慣れな初級魔術師を補助する目的で用いられ、当然ながらエミットほどの魔術師が使う意味はない。だが今まで漠然と把握していた、『魔法詠唱の手助けをする』効果。それを紐解いていくと、補助以外の使い道が出てきたのである。
まず詠唱とは、魔法を発動する際に正しい道順に魔力を通す役割を持っている。
魔力を走らせる道標と言ってもいいだろう。これが苦手な魔術師は意外に多く、お世話になる者も少なくない。この道順を間違えると暴発を引き起こすため、例え詠唱に時間がかかろうが、まずは正しく唱えることが求められるのだ。
大抵は正しい道順を覚えれば解決するのだが、例外もある。
ニノの場合がまさにそうで、彼女のように魔力量が多すぎる者はその出力も半端ではない。不慣れな詠唱が魔力が流れる速度に追いつかず、結果暴発を繰り返す。同級生は彼女を茶化して笑うが、それはスペックが高い故のジレンマであることを知らない。今は出力の調整と詠唱のマスターに努めており、そこがクリアできれば、彼女は魔術師として大きく飛躍することだろう。
そして、詠唱の役割を代わりに担うのが、魔道具『魔術師の籠手』である。
その魔道具の中にはすでにいくつもの魔法の正しい道順、魔導回路とも呼ばれるが、それが仕込まれている。魔道具に魔力を通せば、固定された正しい道順を通って魔法が発動する。要は魔術師本人の魔導回路を用いず、魔道具の魔導回路を代用している訳だ。
つまり、魔法封じの対策になり得るのである。
魔法禁止と魔道具の発動禁止は全く別の話であり、成功する可能性は極めて高かった。それでもぶっつけで試すしか方法はなく、今のエミットの心境は「発動してよかった」という安堵に包まれていた。これにより、クシャーナの魔法封じは『対象の魔導回路封鎖』によるものと推測できたが、今はそこの把握に時間を取る場面ではない。
「先に再起したのは、エミット選手! 数多の雷魔法がクシャーナ選手を襲います!!」
「水魔法を使うクシャーナには雷。こういうところで適性開放が活きてくるよね」
「属性の相性もそうですが、高機動の相手を仕留めるには、いいチョイスです」
クシャーナを襲うのは、追尾属性のある雷魔法。
(やれやれ……忙しいな)
先手を取られたクシャーナは、思考がまとまり切らないまま回避を余儀なくされている。初期軌道を把握できていれば避けやすい他の属性魔法と比べ、雷魔法を機動力だけで避けきるのは難しい。それでも呪具効果で機動力を底上げしたクシャーナは、その追尾すら振り切ってしまう。並の使い手であれば焦ってもこようが、エミットは避けられる前提で仕合を組み立てていた。
現在エミットが展開している魔法は3つ。
自陣の守りに欠かせない土魔法『マッド・シールド』、クシャーナを追い立てる雷魔法『チェーン・ボルト』。そしてもう一つ、エミットの前面に展開する『サンダー・ボール』である。『サンダー・ボール』は文字通り、一度の詠唱で3~4つほどの雷玉を生み出す魔法だ。クシャーナのように素早い相手に相対したときに使用することが多く、宙に浮かぶ第二の盾として活用される。
魔術師にとって何より大事なのは、敵を近づけさせないこと。
クシャーナの機動力は脅威だが、そのスピードの速さのあまり、直線距離でないと活かしきれない側面を持つ。常にクシャーナを前面に捉え、間に雷玉を挟めば、備えとしては万全という訳だ。威力はさほどでもないため強行突破される可能性はあるが、ここで効果を発揮するのが【麻痺】である。
状態異常の一つ、【麻痺】。
盗賊のスキルや暗器を用いた戦闘術が思い浮かぶが、魔術師が扱うのは専ら雷魔法によるものだ。追尾属性と並ぶ特性ではあるが、状態異常としてかかるには直撃させないとほぼ発動しない。それでも掠りさえすればその前段階、【痺れ】としては必ず発現し、対象者の動きを一瞬阻害する。これが一流の闘技者同士の仕合では馬鹿にできず、決まり手に繋がることも多々あった。
「エミット選手の雷魔法を避ける、避ける、避けているっっ!!?」
「普通ならスキルや障害物での相殺合戦になるとこだけど……」
「ほっほ、これは空振り感が否めんが……落ち着いておるのぅ」
「ええ、魔力消費という点では痛いですが、近づかせないための要塞は着々と組まれてますよ。これはエミットの想定通りでしょう」
クシャーナの機動力には依然手を焼いているが、近づかせてはいない。
そうこうしている内に『サンダー・ボール』の障壁は増え、逆にクシャーナの領域を狭めていく。立ち回れる自陣の範囲が狭まるほど回避は困難となり、どこかで強行突破に出ざるを得ない。そうなれば、【痺れ】や【麻痺】の餌食となり、クシャーナの脚は止まるだろう。エミットはただ距離を取り、有利なフィールドを確固たるものにしていけば、勝利は手堅い。
「……なんて思ってても、先に仕留めに行くのがエミットだよ」
「ああっと!?」
魔力消費も惜しまず、丁寧に丁寧に誘導した先。
そこは安全地帯と思われたが、地面と天を結ぶ2点が破滅の雷を召喚する。それは雷魔法の追尾属性を最短距離で繋ぐ、威力と速さに特化した設置魔法。『チェーン・ボルト』に追われ、じわじわと『サンダー・ボール』の波も迫る中、第三の矢が天上から放たれる。
「『ケラヴノス』――」
中級魔法ながら、上級魔法に迫る威力を誇る落雷。
それは狙いを違うことなく、クシャーナの頭上に舞い落ちるのだった。




