75話:星と蝶のカルマ
教会が標的にされた襲撃も落ち着き、本戦4日目。
闘技場には再び多くの観客が詰めかけている。
「さあ、いよいよ出揃いました! 【戦士の狂宴】ベスト4!! 様々な激闘が私達を熱くしてくれましたがっ! 本日、決勝に上がる2名が決まりますっ!!!」
「「「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」
実況のサミュがやかましく吠え、会場を盛り上げる。
"十拳"に名を連ねる猛者の中から選ばれし4名、その役者達が闘技場の舞台に姿を現していた。現在の序列1位に君臨するのは、【瑠璃色蝶】クシャーナ=カナケー。長く伸びていた長髪もばっさりカットし、いつもの出で立ちに戻っている。その表情は余裕に満ちており、今も観客席から降り注ぐ歓声に手を振って応えている。呪具対策を施した歴戦の戦士オルゲートをも退けた、優勝候補筆頭である。
迎え撃つのは魔術師の星、【天変地異】エミット=アルグレカ。
華やかで可憐な佇まいとは裏腹に、ド派手な魔法の数々が多くの観客を魅了してやまない。セミテスタとの魔術師対決を制し、名実ともに魔術師の代表としてこの場に立っている。そんな気負いそうになる立場ではあるが、彼女の表情は明るい。中日に存分に英気を養い、大一番に臨む気概も十分と言ったところだろう。
そして、残りの二人は黙して動かない。
まるで陰と陽。華やかな二人の影に隠れるように佇むのは、【放浪武者】スカル=ゾゾン。"十拳"を形作ったとも言われる最古参である。【戦士の狂宴】にシスターとして初参加した、テレサとの死闘も記憶に新しい。『万年十位』と揶揄された立場ももはや過去、全剣士の憧れとなった男は髑髏仮面に素顔を隠し、ただ剣で語る。
最後の一人は、【灰掛梟】ストリック=ウラレンシス。
器用貧乏と呼ばれがちな盗賊だが、彼女の突出した殲滅力はパーティーでも主戦力足りえるだろう。対人戦においては、剣士と正面から打ち合える高い戦闘技術、独特の間合い掌握術、そして仕合巧者と呼ばれるほどの隙の無さが光る。勢いに乗る若手剣士リュウレイをも余裕で下し、改めてその実力を見せつけた。
「うむ、実に壮観じゃの」
「ええ、皆いい顔をしています」
「改めて……あそこに立ってる凄さをひしひしと感じるね」
解説も板についてきた3名が、口々に感想を零す。
召喚術師のクリストは、オルゲートやスカルと同じく"十拳"古参として、長く第一線で活躍してきた。今回の"十拳"落ちを機に引退を表明しているが、確かな戦術眼を持つ彼は解説でも人気であった。第二の職としては申し分ないと本人も割と乗り気であり、今後の入れ替え戦でもその語りは聞けるかもしれない。
爽やかな笑顔を振りまくのは、端に座る若人。
"十拳"初の弓兵、マキリの解説は丁寧ながら時に熱く、男のファンもしっかり獲得したようだ。特異な眼を持つ彼は仕合の盤面を正確に読み、解説の職も高いレベルで全うしていた。もっとも彼はクリストと比べるまでもなく若く、熱い戦いに触発されて早くも次回の入れ替え戦に闘志を燃やしているらしかった。
新たなファンの獲得と言えば、彼女も負けてはいない。
マキリの隣に座るのは、黒騎士ギルハート。普段は重鎧に身を包み、寡黙な武人としての姿しか見せていなかった彼女は、今は鎧を纏わないラフな格好だ。貴族の名門ノーブル家に生を受け、魔術師の才能を授かった異色の魔法騎士だが、専ら目を引いているのは、彼女のビジュアルだった。育ちの良さが窺える品行方正な佇まいの中に、何処か隙のある性格。それが妙な魅力であり、観客達を惹きつけていた。
「では、スタンバイをお願いしますっ!」
顔見せが済み、実況サミュのアナウンスで誘導される。
先に戦うのはクシャーナとエミット。両者とも激戦を潜り抜けてきたが、コンディションは良好なようだ。無駄口を叩くでもなく、ただ自然体でゆったりと構えている。いまや"十拳"の新しい顔となった二人だが、実は直接対決はほとんどない。
「さて……御三方はこの一戦、どう見ますか?」
「両者実力は申し分なし。ただ昔の戦歴を見るに、クシャーナにオッズは傾いておるようじゃのう」
「私は記録でしか見たことがないのですが、あれは本当なんですか?」
「クシャーナの対魔術師不敗伝説を知らしめた、あの一戦だね」
そう、両者共に一流の闘技者であり、そこに疑いの余地はない。
だが観客の勝敗予想はなんと7:3。クシャーナに軍配が大きく上がっている。剣士と魔術師といった職業的要素も加味しているとはいえ、対セミテスタ戦で見せつけたエミットの実力は、多くの観客を唸らせたはずだ。それでも大きな差が生まれた理由、それは以前の直接対決の結果が大きく影響していると言えた。
「文字通りの瞬殺……入れ替え戦最速で決まった一戦だよ」
「ええ、にわかには信じられませんが、クシャーナには魔法封じの力がある」
「当然エミットとて無策ではあるまいて。ほっほ、そこが一番の見どころじゃな」
呪具『清貧な賢者の首飾り』効果の『付与』。
それが解説の3人が語る、魔法封じの正体である。呪具『清貧な賢者の首飾り』の効果は、『身体能力強化と魔法禁止』。相手が魔術師ならばそれだけで完封できる、正に魔術師にとっては呪われた魔道具であった。魔法禁止という重い制約は、本来相手に影響を与える魔道具やスキルの中には存在しない。
ただ一人、固有スキル『呪物操作』を持つクシャーナを除いては。
攻防の術をほぼ魔法に頼る魔術師からすると、それは剣も盾も取り上げられた戦士のようなもの。もちろん身体能力はその代償に見合った強化をされているが、効果把握もできない魔術師に急に肉弾戦をしろというのも無茶な話だ。仮にできたとて有効な手段足りえる訳もなく、やはりクシャーナの圧倒的優位は揺るがないのだった。
周りの予想とざわつきが不穏な空気を作っている。
当然面白くないのは魔術師達だ。魔術師ギルドからお偉いさんや有望株などが集う、とある一角に設けられた関係者席からは憤る声が漏れる。だが彼らとて、二人の戦歴を把握している。やはり分が悪いのではないのか、頂点を狙える逸材なのにツイていない、などと投げやりな言葉まで聞こえる。そんな会場の雰囲気に一緒に染まる身内に嫌気がさしたのか、やけに通る大きな声が闘技場の喧騒を切り裂いた。
「お姉ちゃあああああああん!! 絶対勝てーーーーーーーっ!!!」
身を乗り出し危うく落ちそうになる少女に、慌てて周りが駆け寄る。
「ニノ……なんでいますの?」
「あー、ごめん。私が関係者席にねじ込んじゃった」
声の主はエミットの実妹、ニノであった。
突然の身内の登場に驚きを隠せないエミットに、悪びれもない様子で応えるクシャーナ。しばしポカンとしていたエミットだったが、拳を振り上げそうになり、やがてため息とともにそれも下ろす。行動の是非ではなく、無断で話を進められたことへの抗議の意思であったが、これが新手の精神攻撃ならやり手と言わざるを得ない。
「もっとも……そんな心配というか、邪推はそれこそ無粋ですわね……」
「え、だめだった?」
若干日和るクシャーナの様子が可笑しくて、堪らず噴き出す。
高めた闘技場の雰囲気が一瞬揺らぐが、すぐさま観客主動で再び盛り上がりを示す。その頃には不穏な空気は鳴りを潜め、純粋に仕合を心待ちにしている声援だけが響いていた。ニノに触発されたのか、魔術師ギルドのお偉いさん方も立場を忘れて、エミットにこれでもかと大声で後押しのエールを送っている。
「勝たせて頂きますわよ、クシャーナ」
「それはこっちも同じだよ。楽しもう、エミット」
二人の笑みが交錯し、お互い離れていく。
闘技場のボルテージは最高潮。剣と杖が向き合い、お互い準備万端。この仕合を今か今かと待ちわびたのは実況のサミュも一緒だ。きっと今まで以上の仕合を見せて、いいや見せつけてくれる。半ばそんな確信を頂きながら、サミュは仕合開始を宣言するのだった。
「【戦士の狂宴】準決勝! 【瑠璃色蝶】クシャーナ=カナケーvs【天変地異】エミット=アルグレカ!!」
「――――始めっ!!!!」
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