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73話:シスターズプライド⑤

 感情が振り切れた先にあるもの、それは純粋な殺意だった。


 本人がただ操られているだけなのか、皮を被った偽物なのか、はたまた別の何かなのか。そうした疑問を吹き飛ばし、反射的に神速の剣を振るう。その刃は空を切り、振り切った姿勢のままのクレオの後ろから、軽い声が落ちてくる。


「やれやれ。僕が避けなかったら、どうする気だったんだい?」

「魂を汚す人でなしがっ! お前は私が斬る!!!」

「おお、怖い」


 いつの間にか袋小路の壁の上に立っていた偽テステが、すっと反対側に姿を隠す。


 十中八九罠だ。それでも追わない選択肢はない。近衛として、一人の友人として、なんとしてでも取り返さなければいけない。テステを教会に、家族の下に返すために。まだ希望は捨てたわけではない。だがきっと縋りつくだけでは、足元をすくわれてしまうだろう。剣をきつく握りしめたクレオは、軽い身のこなしで壁を乗り越える。


 追いかけっこの続きは、長くは続かなかった。


「あっさり上手くいけばよかったけど……ここからはプランB、かな」

「!……ここは…………」


 偽テステが足を止めた場所、それは広場の中央だった。


 小さい闘技場のようなすり鉢状の形をしており、市民間での簡易的な催しが不定期で開かれている場所だった。住民憩いの場所は今は闇に紛れ、クレオを誘い込む深淵と化していた。死霊術師がわざわざ誘い込んだ先、目に見えた罠に飛び込むのはあまりに無謀だ。


「それでも……っ!!」

「そう、君はそうするしかないんだよ。さあ、始めよう……! 『デッドマンズ・パレード』!!!」


 自ら飛び込んだクレオを迎えるのは、広場から溢れ出した死者の群れ。


 一人の生者に群がる亡者が、濁流の如く遅いかかる。それでも神聖魔法を操るクレオは、死霊術師にとっては天敵だ。近衛としての実力を存分に発揮し、次々と切り捨てていく。神聖魔法『ブレス・オーダー』、邪気を弾く光属性を付与した肉体と手に持つ剣は、暗闇の中で淡く輝く希望の光だった。


「ふむ……流石に手強い。でも、言うほど余裕はないだろう?」

「べらべらと……!」


 相性の良さは確かにある。


 だが、無駄口を叩く偽テステの口を塞ぐには、まだ遠い。数の暴力と言ってしまえばそれまでだが、死者の一体一体が()()()()()のである。哀れに生に手を伸ばし縋りついてくる死者は、武術のぶの字もない烏合の衆だ。だが死霊術師のスキルで強化された彼らはそれなりに頑強で、一撃のもとに断つのはクレオにとっても至難の業だった。


「うん、思いのほかやれるね。こればかりは試してみないと分からなかったから、助かるよ」

「ほざけ……!!」


 囲まれないように絶えず動き回る。


 脚を止めてはいけない。視界の端には彼女の姿があるというのに。死者の肉の壁がクレオの突破を阻み、呑み込まんと迫る。少しずつ数を間引いていくが、少しもその波が引くことはない。絶えず補充されているのか、全体がまるで見通せない。張り詰めた緊張、終わらない死闘、孤立無援。その事実が少しずつクレオを蝕み、やがて辛うじて保っていた均衡も崩れる。


「しまっ……」

「うん、それが生者の限界さ」


 手が汗で滑り、力のない斬撃が死者の首元に埋まる。


 振り切れなかった――。その事実を頭で認識する傍ら、自分に群がる死者の群れをどこか他人事のように眺める。抵抗虚しくクレオは彼らの仲間入り――、その薄暗い未来を幻視したがその未来はやってこなかった。その事実を地面に仰向けに伏したまま確認すると、クレオは盛大に息を吐いた。


「なんだ、何故…………」

「やれやれ、ようやくか。貴様の敗因は、()()を侮ったことだ」


 初めて余裕を失った偽テステ。


 その滑稽な姿に失笑を浮かべ、敗因を突き付ける。


 すり鉢状の広場を覗く最上段、そこには等間隔で剣を突き立てた近衛達の姿がある。その剣はクレオと同じく淡く輝いており、即席の神聖結界を生み出していた。彼らはクレオが要請していた援軍であり、罠の可能性を可能性だけで終わらせなかった、彼女の思慮深さと信頼が生んだ奇跡であった。



 *



 そこから先は、ただの消化試合と化していた。


 強化された死者の群れは確かに強力だが、それ以上に相性と近衛の熟練度が力として上回ったのである。次々と数を減らす死者を癒し強化し操作する献身も、立場が逆転した今、もはや無意味。全ての障壁が取り払われ、とうとう操作するテステの身体を人質に迫るが、それもクレオは意に介さない。


「……なるほど、君が強気でいられたのはこれか」

「ふん、そのまま惨めに隠れていればいいものを」


 結果、一太刀で偽テステを切り捨てたクレオ。


 その胸には、傷一つついていないテステの身体が横たわっていた。彼ら近衛が持つ聖剣は、あくまで自衛の剣。他者を侵略しない護衛に特化した剣技は、斬る相手をも選べるのだった。目論見が外れた死霊術師が次に乗り移った先、それは広場の隅から湧き出た別の死者であった。


「あなたの性格の悪さには、ほんと反吐が出るわ」

「ええ……ほんの可愛いジョークじゃないか」


 クレオの胸の中に居るテステは、か細いが確かに息をしていた。


 死霊術師のスキル『デイ・ドリーム』。()()()()にした対象に取り憑き操る、簡易的な死霊術である。ちなみに死者に取り憑くのは『デッド・ドリーム』というスキルであり、『デイ・ドリーム』と比べると手間はかかるが、より死霊術師の本領を発揮できるスタイルだった。


 相変わらず軽口を叩く死霊術師だが、すでに立場は逆転している。


 周りを囲む近衛の輪が徐々に狭まり、いまや再び広場の中央へと追い込まれていた。テステの身を案じたクレオはそこから退き、広場の上からその様子を窺っている。まだまだ余裕を崩さないその姿勢から、二の手三の手を隠し持っている可能性はある。ただ警戒するあまり、ここで見逃すという手はない。


「はぁ……ここからは――」

「くどい」


 中央に迫った一人の近衛が、死霊術師の言葉を短く遮る。


 それを合図にしてか、一斉に上段から振られた聖剣が、魂すら残さないと浄化にかかる。裁きの剣先が棒立ちの死者の身体に滑り込む正にその瞬間、硬質な響きと共に弾かれる。死霊術師と入れ替わるように突如現れたその正体は、物理特攻の結界を引っ提げた魔術師イルル。そして、全てを焼き切る矛を持つ狂戦士、ギルガメイジュだった。


()()()C()――殲滅戦や」


 無防備な体勢を晒す近衛と、イルルの冷徹な一言。


 その先に用意された結末を描くのは、すでに神器:【煌炎の天槍ソールハスタ】を振りぬく姿勢で待機していたギルガメイジュ。それはクレオの叫びを無視し、広場を底から真一文字に切り裂く一撃として放たれるのだった。

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