72話:シスターズプライド④
呪法『カレイドスコープ』。
呪術師ミーコが操る、変装スキルである。
その魔法自体に攻撃性はない。ただ見る人により見える姿が変わるそれは、暗躍にはうってつけであった。彼女はその魔法を駆使し、ターゲットであるニノに迫り、無事に目的を果たしていた。今は足早に広場を後にしており、安全圏に離脱。何と言ってもニノは"十拳"に連なる最高位の魔術師、エミットの実妹であり、ミーコ一人で相手するにはなかなか厳しい相手だからだ。
「1位がいたのも予想外だったけど……やれた私えらい」
人知れず鼻息を荒くし、満足げな表情を作る。
自分の役割である、仕込みは終わった。あのままずっと3人で行動されれば失敗に終わっていただろうが、上手い具合に別れてくれたのは助かった。ここ最近のミーコの活動は、この作戦を成功させるための前準備ばかりであり、それなりに手間のかかる作業であった。
「家族構成に、行動の把握。……あとは心臓の用意」
ミーコは以前、クシャーナに死人であることを看破されている。
ハイロ達にも報告したところ、生者の証である心音が一つの区別ポイントだと推測した。これが別の要素、それこそ死人を判別する魔道具やスキルに頼ったものだとすれば、不発に終わっていただろう。だが、その研究と対策は実を結び、クシャーナの目を欺くことにも成功していた。
「心なしか……温かい気もする」
自身の胸に手を当て、その鼓動を直に感じる。
今の彼女の身体に埋め込まれているのは、『ジェネラルデーモンの核』。高位のデーモン族のモンスターであり、ダンジョン深層に出現する悪魔のドロップ品である。このドロップ品は主に黒魔術に関する儀式に使用され、そのまま使っても闇魔法の効力を高める効果があった。
「呪法も強化されて万々歳。あとは……」
イルル達も多忙だったため、一人で変装してダンジョンに潜る中、何故か他の冒険者パーティーと共闘することになったのも記憶に新しい。そんな出来事や先ほどのニノの様子を思い出し、不意にチクリとした胸。
「…………?」
そんな些細な違和感に怪訝な顔をしたのも束の間、役目を果たしたミーコは上機嫌な足取りで、一足先に古城へと戻るのであった。
*
同僚のシスターテステに連れられること、小一時間。
来た道をなぞり、時には脇道に潜り窺うも不発。
立ち寄った店の店主に話を聞くも、落とし物の届けや不審な動きをする者はおらず、ついぞ失くした財布の情報を得ることは叶わなかった。街はゆっくりと夕暮れに差し掛かっており、これ以上教会を留守にするわけにもいかない。愚図るテステの肩に手をやり、一緒に怒られるからと宥める。
「これ以上は無理でしょ。さっさと謝ったほうがいい」
「うう~……これでお買い物当番はく奪されたらどうしよう……って、あっ!?」
項垂れていたテステがいきなり走り出す。
それなりに厳しい規律を求められるシスターにとって、買い出しは公然と街に繰り出せる口実だった。特に目新しいものや噂話が好きなテステにとって、それはお財布の中身よりもよっぽど大事だったに違いない。そんな彼女の心情を正確に読み取っていたクレオだったが、予想外の動きに一瞬時が止まってしまう。
「テステ? ちょっと……!」
そのまま路地裏に入り込む彼女に慌てて声を掛けるも、足音だけが遠ざかっていく。仕方なしにクレオも追うが、思いのほか入り組んだ地形をしており追跡も楽ではない。それでも近衛たるクレオの優れた感覚、そして鍛えぬいた身体能力があれば、ただのシスターであるテステに撒かれることなどあり得ない。
急に始まった追いかけっこは、クレオの息が少し上がるまで続いた。
「急に……はぁ、なんなの」
「ね、ねこちゃんが……財布咥えてて……奥に……」
袋小路になった先、木箱が乱雑に積まれた場所に顔を突っ込むテステ。暗闇の中、お尻をフリフリして悪戦苦闘するが、その労力は実らず。全速力の反動もあってか、その場でへたり込んでしまう。
見かねたクレオはテステを下がらせ、今度は自分が代わると前に出る。
後ろで息を整えるテステは、背を向けたクレオをおもむろに見定める。そんな彼女が音もなく懐から取り出したのは、鞘から抜かれた小刀。何の前触れもなく振り上げられたそれは、クレオの背中へ――――。
「下手な芝居はもう終わり?」
「…………おや、迫真の演技だと思ったんだけどな」
狂気の刃が突き立つ寸前、テステの喉元には逆に鞘の先が突き付けられていた。応答したテステはおどけた様子で後ずさり、あっさりと両手を上げる。
その声は確かにテステの声だが、彼女ではないことははっきりと分かった。カランと小刀が落ち、剣を構え向き直るクレオに平然と相対する。クレオの息が上がるほどの距離を移動したにもかかわらず、汗一つ出ていない。そんな様子に言いようのない不安を感じるが、先に動いたのは偽テステのほうだった。
「誘い込まれたのは逆に僕のほうだったか……。参考までに、何処で気付いたか教えてもらってもいいかい?」
「――――簡単よ、だって財布は私が持ってるもの」
クレオの啖呵に偽テステがそんなことはないと、慌てて懐を探る。
そこから取り出されたのは、金貨袋。失くしたと嘘を付きクレオを誘き出す餌として使ったのだ、ないはずはない。ただクレオが取り出したのも、同じ金貨袋。偽テステが困惑する中、追及するクレオの顔はつらそうだった。
「ねぇ、テステ……あなたが言ったのよ? 帰ってすぐ、『私が持ってたら失くしそうだから、クレオ預かっておいて』って。そんなありふれた金貨袋、テステ個人が別に持っていても驚かないわ」
「はぁー……やられたね」
流石に僕も教会内でのやり取りは分からない、と白旗を上げる。
誘い込まれた暗闇の中とはいえ、剣を突き付け両手を上げさせた相手に後れは取らない。何かあれば反撃を許さず切り捨てるだけの技量を、クレオは持っている。わざわざこんな茶番に付き合ったのも相手の目的を探るため、そしてテステの安否を確認するためだった。
「本物のテステはどこ?」
「ひどいな、目の前にいるじゃないか」
「……テステは無事なの?」
「その問いは、ある程度僕の正体に勘付いているからかな? なら答えは一つだ」
まるで斬り捨てられないと確信しているような動きで、大げさにその場でクルクル回る。芝居がかったその動きに苛立ちが募るも、同僚の命を握られている今、下手なことはできない。だが、そんなクレオを嘲笑うかのように、テステの皮を被ったナニカは言葉の刃を突き立てるのだった。
「死霊術師が操るのなんて、死人しかいないだろう?」




